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久々のツーリングレポート
'98信州ツーリング その1 1998 8/30〜9/4  その1(ここ) その2 その3



やぁ、どうも。吉住です。
一仕事終えて、ちょっと遅めの夏休みが取れたんだけど、それを利用して信州へ行ってきたぞぇ。
っていうのも、どこ行こっかなー、って考えていた時に、釣り師匠のN田先輩が、「よっしぃ、信州でイワナ釣りだ」って言うので、今回は信州へ行くことに決まったのだ。安易といえば安易。
釣りをするならそれなりの装備が必要なので、出発前に釣り道具一式と渓流靴などのウエア類を預けておいた。まるでサポートカーのよう。
N田先輩は車で移動するし、出発日も違うので、現地で会って、現地で解散ということにして。


出発

朝はゆっくり起きて、とろとろと準備。
出発は結局10時半くらいになってしもうた。でも、明石大橋ができたおかげで、フェリーの時間などは気にしなくて良い。
そう、今回は陸路で本州上陸をしようという試み。セローでは初めてよん。

出発が遅かったので、どこまで行けるかわからなかったけど、帰りに寄ろうと思っていた琵琶湖湖畔の小豆ヶ浜キャンプ場まで行くことにした。急に決めた。どうせ通り道だったし、新たなキャンプ地にチャレンジするのもかったるかったっていうのもある。そんな気分だった。
勝手知ったるキャンプ場なので安心で確実。ゆえに気楽。


れっつごー

社会人になってから、時間を金で買う、と言えるような行動を取るようになった気がする。
すなわち、高速道路を使うようになる。
正直言って、リトルハート・セローで長距離の高速道路の移動はつらいものがあるのだが。
結局鳴門ICから滋賀までは、ずーっと上を走ることになる。でもコツはつかんできたでよ。セローでも高速行けるよ。


高速道路のできごと

本州に渡ると、いったん料金所を通過することになる。
某料金所で、前の車が料金不足?のまま強行突破しようとして、料金所のおっちゃんがボックスから出て大声出しながら追いかけていくという珍しい光景を目にした。あ、あの〜、次は私の番なんですけど・・。
前の車は追いかけてくるおっちゃんに気づいたようで、十数メートル先で止まり、おっちゃんと何か話している。
その間、私は無人の料金所で待ちぼうけ。
「悪い悪い」といいながらおっちゃんが帰ってきて、無事に精算を済ませたのでありました。
ちなみに後続車は思いっきりバックして、隣のレーンに入ってましたが。あいにくセローにバックギアはないんだ。


琵琶湖だ

気が向いたので、ちょっと手前の大津ICで降りてしまう。ほんでもって、なぜか意味もなく近江大橋道路なんていう有料の橋を渡ってしまったりなんかして。湖岸道路は気持ちいいかと思ったのだが、車が多くてあまり快適ではなかった。
ウインドサーハーだらけだった。芋洗い状態。下手くそがいたら危ないと思うのだが。

まだ明るいうちにキャンプ場に着いた。腹が減っていたのでメシを食った。
いつも通り、とことんチープで質素なメシだった。

メシを食ったら、やることがなくなったので、いつもよりちょっと早めかなとは思ったが、夕方6時半に寝た。


おいおい

ちょっと早すぎる?
目が覚めたのは9時台だったと思うが、朝かと思ったら夜だったよ。わはは。
昼寝状態だったね。そんなに早く寝れるかいっちゅーの。
遠くでは、別のキャンパーのグループが、まだ談笑中でした。そうか、まだ宵の口か。どうしよぉ?
テントから外へ出て、夢遊病者のように少し彷徨ってみる。



ひまわり畑をみつけた。
 



翌日

結局、疲れていたのかもしれないけど、再び寝ることに成功して、朝は5時台に目覚めた。
7時くらいまではうだうだしてて、ゆっくり準備。8時半くらいに出発。

今日は、木曽御岳山の北、開田高原まで行けばよい。
高速も使う気でいたので、行程としては十分余裕があるはずだ。

そう、この日の夕方にはN田先輩と合流する予定。ちゃんと来てるのかな?
名古屋の北のほう、小牧ICで高速を降りて、41号線を北へ。岐阜県に入る。


東白川村のできごと

41号線は、そのまま北へ向かうと下呂温泉で有名な下呂町を経て高山市へ向かう道。
でも、ずいぶん手前の白川町というところから東へ進路をとることにした。
それはなぜか。
東白川村というのが、日本でも有名な「ツチノコ」の産地らしいのだ。産地っていっても、よく捕れるわけじゃないよ。どうやらツチノコがいるそうで、年に1度ツチノコ狩りの日があったりとか、賞金を出したりしてるみたい。まあ村おこしの一種でしょう。
道路沿いにありました。「ツチノコ館」。ぷぷぷ。

1Fはありふれたお土産コーナーなんだけど、300円を支払うと2Fのツチノコ資料館を見学できます。
いかにもチープでつまらなさそうだったので、こんなものは・・ふっ、もちろん300円払ってちゃんと見ました。他に客もいなかったので、私のためだけにおばちゃんが電気を入れてくれましたが。

「ツチノコは見つからず。でも山菜とれた。」とかいう、ほのぼのノーテンキ系の新聞記事とか、目撃者のじーちゃんの再現写真「そうぢゃ、ワシが見たのはこの通りぢゃった」などのコメントなどが展示されてるのだけど、圧巻は「ツチノコ体験コーナー」でしょう。こっ、これは怖いぞ。というか、とてもやな感じ。嗚呼ぁぁ。誰かぁ〜。
ちなみにツチノコになれるわけじゃないよ。これだけでも300円の価値は・・・ないと思います。


お天気ころころ

天気のことを書き忘れていた。
ここまでは幸い雨具のお世話にならなくてすんでいたのだけど、ツチノコの館のあたりから、ポツポツと雨が。
早めに雨装備。

このごろの天気は、すごく局地的ということだったのだけど、バイクで移動してると、本当にそれが実感できる。
ポツポツ、が数秒後にはドサーッワハハハハッっていうバケツ雨に変わったと思うと、5分後くらいにはピタッと止んでしまう。そして、道路も乾いてる。対向車も濡れていない。ありゃ?今の雨は何じゃったんじゃー!?

空も、あっちを見れば真っ暗。こっちを見れば真っ青。いったいどうなっとんねん、って感じ。
とにかく豹変ぶりが激しいので、降り出してから雨具を身につけていたのでは手遅れ。カッパを脱ぐタイミングが難しい。
今回重宝したのがブーツカバー。昔は使っていたのだけど、ゴアテックスの靴にしてからは持ってなかった。でも結局雨が靴の中に入ってしまうんですよねー。で、今回はブーツカバーを持っていったのだけど、これが大正解。ちょいと面倒だけど、足を濡らさないというのは重要だ。

ちなみに途中通ってきた道(256号線)は「裏木曽街道」と呼ぶらしい。ウラという響きがいい。


開田高原

19号線(おもての木曽街道)を北上して、開田高原に向かう。このあたりも晴れと雨が交互にきて、なかなか楽しい道中でした。晴れた時のカッパ姿はムレムレになるんだよなー。

とは言っても、標高が徐々に高くなって、しとしと雨になってくると、どんどん気温が下がってくる。
寒い。とても寒いよ〜。
開田高原キャンプ場はまだか?

わざと迷ったのか、必然的にそうなったのか、着いたところは御岳明神温泉「やまゆり荘」という立派な建物であった。
キャンプ場の場所を聞くついでに、温泉に浸かることにする。雨は相変わらずザーザー降っている。

「あぁ、キャンプ場なら近くですよ。ちょっと戻って、こう行って・・。その前にお風呂へ入ったらいかがです?今日は空いていますから、ごゆっくりどうぞ。」

そういえば、開田村には店がない・・。キャンプなのに。食料がない。
・・・ということに気づいて危機感を覚えた私は、急遽、温泉の売店で腹の足しになりそうな「酒まんじゅう」を買う。
いざというときに、これで飢えをしのぐことにしよう(とほほ)。


キャンプ場に着いたけど

温泉を出たら、雨は小降りになっていた。
キャンプ場までは、ほんの5分ほど。

お!、見慣れた徳島ナンバーの車を発見。ちょっと違いで私の方が遅かったみたい。
時間も特に決めていなかったと思うのだが、だいたいぴったりN田先輩と合流に成功!

「こんな雨だから来ないかと思っていた」と言われたが、ちっちっち甘いですね。雨なんてへっちゃら(やせ我慢)。

さて、どうしまひょ?という相談の末、テントを買ってきたばかりの先輩は、雨の中のキャンプはどうやらお気に召さないらしく、バンガローを希望する。わたし的には、テント設営もOKの天気だったと思うのですが。
しかし、管理人のおっちゃんに聞いてみたら、なんとバンガロー利用料がまたバカ高い!

そんなことなら快適な宿のほうがいいってことになり、結局N田さんが出発前にインターネットで見つけてきたというペンション「ロッジ上天気」っていうところに飛び込み。
「予約も何もしてないんですけど、キャンプしようと思ったけどこの雨で、かくかくしかじか・・」という一方的な要請に、「えぇ、構いせんよ。どうぞどうそ。今なら夕食も間に合います」と快く笑顔で応対してくださったのでありました。ありがたやありがたや。


上天気

ちょっとワイルド系のご主人と、かわいい奥様が経営する「ロッジ上天気」は、とても居心地の良い宿で、くつろげる空間。
食事もとってもおいしくて豪華。
おぉ、食卓にロウソクと花だよ。おぉ、あたたかいメシだ。冷えた生ビールだ。サラダだ。スープだ。岩魚のパイ包み。馬のステーキ・・
たくさんの本と洒落た音楽と快適なベッド。

雨の中のテント、懐中電灯の明かりで食べる土産用の酒まんじゅうで夜を過ごす覚悟を思えば、まさに地獄と天国の差じゃ。


その2へつづく


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