初心者向け中国史書籍指南


[はじめに]

台湾の寺  中国史頁を作り始めてから、「初心者なのだけど面白い中国史小説などを推薦して欲しい」という要望を何度か受けたことがあります。
 私がホームページを作り始めた理由の一つに「中国史の面白さをもっと知って欲しい」というのがありましたから、そういう頁を作って当然と言えば当然でした。しかしどうも私はそういう頁を作る気になりませんでした

 それにはいくつが理由がありますが、簡単に箇条書きにすれば

・中国史ものを大部分網羅したわけではなく、その中からいくつをお勧めするなど、烏滸がましすぎる
本には好みがあり、自分が好きな本でも薦められた人が気にいるとは全然限らず、場合によってはその人に悪影響さえ及ぼしかねない。
・だから精々自分が知っている本を紹介する程度で、あとはそれをさっと読んで、気になった本を読んで頂けばいいんじゃないか。

とかとか思っていたからなのです。

 しかし考えてみれば、中国史に関して知識のない初心者がそこを読んで、自分で選べるかというと、かなり難しいですよね。しかも、尋ねられたときにはその場に応じて紹介していましたが、答えてみると結局いつも同じような本を紹介しています。ならば結局ホームページで紹介しても同じであるし、もしかすると同じようなことを聞きたい他の初心者の方々もいるかもしれないと思い、ようやくこの頁を作ることにいたしました。

 もちろん、前に言ったような躊躇いは今でも変わりません。そんなわけですから、ここで紹介した本があなたにとって一番良い中国史との出会いというわけではないことを十分に覚悟して頂けたらと思います。

 中国史への道へは人それぞれだと思うのですが,私が中国史に入っていった道は、大きくは

吉川三国志
司馬遼太郎「項羽と劉邦」
陳舜臣もの
宮城谷昌光もの

と言う流れであり、本格的に「ハマる」まで行くのに5〜6年ほどかかっています。そんなわけですから、皆様も一朝一夕に中国史にのめり込もう、中国史を知ろう、なんて思わずに、少しずつ,興味が沸く程度に囓っていって行けばよろしいかと思います。
 あなたにとっては中国史以上にハマり込む、「これがあるから人生は楽しいんだ!」と思える何かがあるかもしれないのですから。



[やはり最初は小説か!?]

 中国史を知るための本は、

*時代小説*
 歴史をフィクションたっぷりの味付けをして、面白く書いた小説。
*歴史小説*
 歴史を比較的史実通りに(そのため得てして淡々と)書いた小説。
*概説書(通史など)*
 小説ではなく、いわゆる説明口調で中国史を解説した本
*専門書*
 一般向、専門家向があるが、ある程度の中国史についての知識があるとの前提で、中国史について述べた書物。

というような分類が出来るでしょう。

 「説明調の文でないと信用できん」という方もそれなりにいらっしゃると思いますが、やはり気楽に読める小説が一番親しみ、入りやすいという方が多いと思われます。日本は中国から長く文化などを吸収してきた関係で、実は中国史とは縁が深いのですが、それはともかく、現在、中国史に基づく小説は多く書かれていまして、同じ時代を扱うものがかなり重複する状況になっています。

 その中で、私が読んだ範囲で「初心者に薦める小説」としてはまずメジャーな2冊を挙げておきましょう。

劉邦....なんかカッコ良すぎ^^;
司馬遼太郎「項羽と劉邦」(上中下)新潮文庫
宮城谷昌光「重耳」(上中下)講談社文庫?

 実は「項羽と劉邦」に関しては私は遙か昔一回ぐらいしか読んだことがないかもしれません。そして特に思い入れがあるわけでもないのです。それにも関わらず、ここで薦めてしまうのは「長く、多くの人々に支持されてきた重みと、それに耐え得るだけの内容と、そして中国史の基本とも言える題材を扱っているから」なのです。

 「中国史の基本」とはどういことか。まず、この小説の原材料として、小説以上に小説的な中国の偉大な歴史書『史記』があることなのです。私は司馬遼太郎の小説は、本書と「龍馬がゆく」ぐらいしか読んだことがないのですが、やはり「項羽と劉邦」の面白さは私にとっては題材である『史記』の面白さだったと言わざるを得ません。
 『史記』は中国史において絶対に避けられない道であり、そして、その「項羽と劉邦」が扱う時代も、中華帝国3000年の中で絶対に見逃せない時代なのです。そういう意味でこの本は「(日本人にとっての)中国史の基本」と言えるように思います。ちなみによく知られたことですが、司馬遼太郎のペンネームは、この『史記』を記した偉大な中国の歴史家、司馬遷のもじりであります。

 余計なことは述べず、先を急ぎましょう。さて、二番目に挙げた「重耳」。これは「項羽と劉邦」に比べると最近の作品で、宮城谷昌光氏はこれによって現在、歴史小説界の寵児(駄洒落ではない^^;;)になっています。本書も『史記』を題材に扱っている点は同じで、基本的なストーリの流れは史実に基づくものです。
 しかし、本書の場合、やはり宮城谷氏の並々ならぬ力量を感じます。これを読んだ当時、私はこの題材についてある程度は知っていたはずです。しかしすっかり魅了されてしまいました。中国史がただでさえ面白いのに加えて、彼はそれを利用し、それを膨らませて、非常に豊かな味付けをしてくれたのです。登場人物達の個性、言葉の重み、雰囲気、そしてストーリの展開など、本書には宮城谷作品の真髄が詰まっているように思います。
 小説家・宮城谷昌光と中国史との出会いは、中国史好き、小説好き、時代小説好きにとって、それぞれ幸福なことであったと言えるでしょう。その幸福な出会いにより、宮城谷作品は一世を風靡しているわけですが、そうなるに相応しい価値を持つと思います。
 宮城谷さんの作品は多く出るようになりましたが、私自身としては自分が最初に読んだ本書を薦めておきます。

 さてやっと私が紹介したくてたまらない本、しかも上と違って読みやすい短編集の登場です。上の二つは「メジャーで世間でも認められている」という観点で取りあえず選びました。しかし次は私自身の独断と偏見での大推薦です。

『中国任侠伝』
陳舜臣「中国任侠伝」「続・中国任侠伝」文春文庫

 お願いですから題名からは内容を判断しないで下さい(_o_)。私は日本のいわゆる「任侠もの」は全く興味がないというか、好きではありません。ともかく、この作品は私が中国史をもっともっともっと知りたいと思わせた作品であるとともに、未だに「座右の書」なのです。

 あまりこの本の評判は聞きません(^^;;)。本屋で手にも入れにくいかもしれません。やはり私の思い入れもあるのかもしれませんね。しかし今読み返してもやっぱり面白いし、考えさせるし、中国史の面白さを十分に詰め込んでいると思うのです。題材は『史記』中心ですが、それ以降についても含んでおり、まさしく「中国史自身」の面白さを体現しているように感じます。
 嗚呼、どうしてこの本が評判にならないのだろう!それを思うと悔しくて夜も眠れません....というのはウソですが、本当に残念です。なお似たような雰囲気に「景徳鎮からの贈り物-中国工匠伝-」「中国畸人伝」があります。こちらも凄く気に入っていますが、内容的に中国史を代表しているのはやはり「中国任侠伝」でしょう。

 さて、中国史関連の本を読み進めていく時に、いろいろな進み方があります。例えば宮城谷氏の作品が気に入ったならば、彼の作品をひたすら読むというのも手ですし、同じ時代を扱う異なる作者の作品を読み比べてみるのも面白いでしょう。

 もし「量が多めでもいいから、出来るだけ長い時代の中国史を知りたいな」という方であれば以下のようなのもあります。

陳舜臣「小説十八史略」(全六巻)講談社文庫

 「十八史略」とはもともと中国で書かれた概説書でして、上で挙げた全ての時代を含む偉大な書物です(時代はチンギスハーンの前の時代までです)。日本では鎌倉時代の終わり頃に書かれた書物でして、そのころ中国の正史(正式に書かれた書物)があまりに膨大なため、初学者用の簡易版が作られたのです。このような所にも中国人の歴史に対する並々ならぬ思い入れと、歴史を大事にする心意気が感じられてなりません。
 その、もともと面白い書物を陳先生が小説化したのが本書です。

 ところで、上の『重耳』や『中国任侠伝』が扱う時代は、いわゆる「春秋戦国時代」と呼ばれます。中国には群雄割拠の時代が何回も訪れますが、名前的にも正真正銘「戦国時代」なのはこの時代です。
商(殷)の紂王らしい  日本の戦国時代も人気ですが、中国史の場合は春秋戦国時代に思想などの多様化などが興り、様々な要因が絡んで本当に非常に楽しい時代となっています。その後の中国に大きな影響を与えた孔子、ナポレオンの座右の書であった『孫子』の作者である孫武、臥薪嘗胆のエピソードで有名な呉越の争い、などなど、「中国史なんて知らないよ」という人でもエピソードなどを耳にすることの多い時代で、その分、初心者にも入りやすい時代であります。
 日本でも中国史を愛する人は多いですが、中国史が好きと言う場合、三国志と、この春秋戦国時代を対象としている人が大部分なようです(それはちょっと残念)。

 その「春秋戦国時代」は宮城谷氏の小説や他の方の本でも様々に紹介されていますが、なるべく全体を見通したい、メジャーなエピソードなどを知りたいという場合には以下のような本があります。まず

海音字潮五郎「中国英雄伝」(上下)文春文庫

この書物は結構古く、春秋戦国時代を一般向けに紹介した画期的な本でした。ただ現在ではちょっと文章が硬く「時代小説」というより「歴史小説」になっている感じです。ただ春秋戦国を専ら描く宮城谷さんに影響を与えたというだけでも、その中身の濃さが分かるでしょう。もっとくだけた感じで読みたいな、という人は

安能努「春秋戦国志」(上中下)講談社文庫

なんてのもあります。これはさらっとその時代全体を扱っている上,「おもしろおかしく」書いています.もっともこの人の書き方には「物事を斜に見る」ようなクセがありますので、「若干注意!」という感じですが(^^)。

 さて、日本でなら「三国志」は春秋戦国時代よりもっとメジャーな時代ですね。あんまり紹介する必要性は感じませんが、一応

吉川英治「三国志」(全8巻)講談社文庫

を薦めておきましょう。これを御覧になっている方には「三国志を読んで、別な時代を知りたくなった」という方もおられるかもしれませんね。私自身もそうでした。しかし今考えると本書というのは「中国史を知りたい」という初心者が取っ付く書物ではないですね。
 勿論内容的には十分面白く、『三國志』を読むなら本書がお薦め、というか本書以外は私はあまり知りません(巷にはいくらでも出ていますが)。でも分量は多いし、人間は多いし、似たような名前の人物は登場するし、極めつけはいつの間にか人物がいなくなっていたり、死んだ人物が再登場したり(^^;;;)、ちょっとハードすぎます。本書を読むにはゲームで十分に人物名を知っておくことが必要かも知れません(^^)。まあでも「読むのが大変」という点に関しては「小説十八史略」も同じですけど。

 こう書いていくと、中国史は古代ばかりが面白いような気がしますね。たしかに中国古代が非常に魅力的なのは否定できませんが、その原因にはその面白さを伝えてくれる小説が主に古代中国を中心にしか出ていないからだというためもあるんです。
 現在、ファンタジー作家からすっかり中国史ものに転向してしまった田中芳樹氏などはこの点を強調し、今まで扱われていない時代を魅力的に紹介しようと努めておられます。

 実際私も、古代史以外を知ったのは小説ではなく、概説書や研究書が中心なのです。そのため、ここではどうも紹介する気になれません。田中氏の作品では秀作も出ていますが、取りあえず田中氏の作品は置いておいて、二つだけ近世以降を紹介しましょう。

映画『阿片戦争』
陳舜臣「阿片戦争」(上中下)講談社文庫

 教科書で習う世にも非情な戦争、アヘン戦争を題材にした作品です。もはや中国が西洋に圧倒的な国力の差をつけられている時代、すなわち「ラストエンペラー」のちょっと前の時代ですね。中国が欧米に浸食されていったようすが書かれていますが、欧米の勝手な振る舞いに腹が立つわ、魅力的な人物に喝采を送りたくなるわ、とにかく結構面白いです。魅力的な人物が出てくることと言い,皇帝制の柔軟の無さといい、結構中国史の縮図となっている気もしますね、今から思いますと。

 さて次にその少し後の時代,西太后の時代を扱った小説です。

カスティリオーネの絵
浅田次郎「蒼穹の昴」(上下)講談社
[本書は99/3に追加]

 評判を聞いてとうとう読んだのですが,はっきり言って素晴らしい!
 最近は私も中国小説を読まなくなってしまいました。中国史小説はたしかに中国史をそれなりに知れるという利点がありますが,ある程度概説書などで歴史を知っていると,単にそれを小説として描かれても面白くないんですよね。たとえ細かくは歴史の流れを知っていないとしてもです。小説を読んで裏切られて,時間の無駄を嘆くくらいなら,研究者の一般向け研究書を読んだ方が後味が良いという感じを抱き始めています。そんな気持ちの時に「ああ、やっぱり面白い小説ってのはあるんだ!」と感じさせてくれたのが本作品です。

 宮城谷氏の作品に出会った時と同じような感動を覚えました。科挙の合格を目指す青年と同じ故郷の貧民の子である少年の数奇な運命を描いたもので,歴史小説ではありますが非常に清末の時代,中国史の舞台というものを見事に描いてくれています。話をもり立てる,そこかしこに見られる数々の道具からは著者の並々ならぬこの時代への知識と勉強が感じられます。史実と伝説と創作と研究成果などをうまく融合していると言えるでしょう。

 さて、小説はこれくらいにして....


[説明調でも大丈夫!]

 さてここまでくると「小説じゃなくてもいいよ」という方がいるかもしれません。小説などを読んでいると「どこまでが史実だったのだろう?」という疑問が次第に沸いてきます。そうなると、小説ではなくて本当のことを解説した本が読みたくなってくるんですね。そういう場合に出てくるのが通史などの概説書です。

 長い中国の歴史、とてもとても短く出来るものではありません。しかし、かなりおもしろさが減るのを覚悟で,全体をさらっと見通したいのならば,

陳舜臣「中国五千年」(上下)講談社文庫
貝塚茂樹「中国の歴史」(上中下)岩波新書?

などがあります。前者は内容忘れましたし、後者なんて読んだことさえはありません。まあこういう本もあるということで。

 教養のために中国史の流れを知りたいならば別ですが、趣味として楽しむならばやっぱり個々の時代をじっくり攻めたいものです(^^)。

教養文庫は少し見つけにくいかも^^;;  各出版社から「世界の歴史シリーズ」というのが出ています。この中で初学者に一番お薦め

教養文庫「世界の歴史」

です。エピソードたっぷりで、かなり面白く書いてあります。研究成果とか、あんまり難しいことは抜きにして、とりあえず歴史の面白さを前面に主張してくれているのが嬉しいですね。「なるほど、歴史ってやっぱり面白いよな」と思わせてくる本です。


 さて「分量が多くてもいいから、歴史としての中国史の面白さに迫りたい」という方がいらっしゃるかもしれません。そんな方、そして、たとえいろいろな中国史書籍を読んだ方(専門家の方を含む)にもどうしても一度は目を通して欲しいのが

陳舜臣『中国の歴史』!
陳舜臣「中国の歴史」(全七巻)講談社文庫

この本は陳先生が一人で書いた中国通史解説本(ただしアヘン戦争、すなわち近代以降は不十分)です。たしかに他にも通史はたくさんありますし、専門家が書いた各時代の詳説もあります。そして本書の内容が徐々に古くなっていることも確かです。

 しかしそれでも私は本書には、決して侮れない重要な長所があると断言します。それは恥ずかしい言葉ですが「中国史に対する並々ならぬ愛情」です。
 あちこち飛ぶ話、思い入れに浸る解説、それらは確かに研究者的冷静ではなかったり、系統的ではなかったりします。しかし陳先生の中国史に対する愛情はいやが上にもすごく心に伝わってくるのです。各種の通史本を読みましたが、専門家ではないけれど、いや、ないからこそか、本書ほど中国史に愛情を持って書かれた本は無かったように思うのです。本書の内容を覚える必要なんてありません。中国史の面白さを本書で是非感じて下さい。

 さて、初心者向けの割には少々長くなりました。そろそろ終えることにしましょう。繰り返しになりますが、ここで御紹介した本はあくまで高崎真哉個人の独断と偏見による推薦本でしかありません。これを読んでいるあなたには、もっと別な中国史本があるかもしれないのです。中国史本はまだまだまだまだまだまだまだ他にもあるのですから。

 たとえば、中国史への入り方では、たとえば他にも
・諸子百家などの中国思想から入る
・水滸伝、紅楼夢などの中国小説から入る
・中国っぽいファンタジー小説系から入る
などがあって、そちらの方の興味でいろいろ読んでいる方も多くいらっしゃいます。他の方の中国史頁を参考になさってみては如何でしょうか。

 そういえば私が読んでいないけれども、中国史を扱う作家には他にも
井上裕美子、金庸
などの方達がいらっしゃいます。最先端の話題の本を読みたい方は是非どうぞ!そして感想を聞かせて下さい(^^)。

 では、あなたが「本当に面白い!」と思う中国史本との出会いをすることを願いつつ、そうでなくとも「本当に面白い!」と思う何らかの本との出会いをすることを願いつつ、筆を置かせてもらいましょう。 [改訂 99/3/23]


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