プリンセス救出陽動作戦



ダブルナイトの章


☆☆☆ 11.ダブルナイト ☆☆☆
 俺達がロッドと知り合ってから、7日が過ぎていた。
奴が言っていた通り、あの日以降暗殺者の姿が消えた。(正確には大男が見つからなかっただけだが。)
その間、一度だけ通常空間に戻ったが暗殺者は襲ってこなかった。
ロッドは、あの日だけ俺と徹夜したが、その後は自室に戻ってしまった。
いつまでも俺達の部屋で生活させるわけにもいかないからな。
そして・・・時々、俺達の部屋にやってきては談笑していく。
本当にセリルを護衛しに来ているのかと疑いたくなるほど雑談し、見回りとか言っては頻繁に行き来を繰り返す。
その笑顔から悪意は感じられないが、俺は信用しない。
特に警察は信用できない。
普段は俺達犯罪者を目の仇にしていながら、自分達の手に負えなくなると助けを求めてくる。
今は非常事態だとか、考えを改めると言っておきながら、事件が解決した瞬間に恩を忘れる。
あれは非常事態のみの対処だとか、考えを改め直したとかいってな。
ロッドも同じ様な男かもしれないし、俺とセリルの為にも、俺の正体を明かすわけにはいかない。
それに、今日から3日の間に敵が襲ってくる予感がする。
というのも、今回のワープシフトが終われば、通常空間を2日間航行することで<母なる水中の星系>の宇宙ステーションにつくからだ。
俺達はこのまま次の星系に向かうが、一部の乗客の乗降がある。
暗殺者の言葉を流用するなら、”イレギュラー(予定外の事態)が多すぎる暗殺は、失敗する”だ。
しかも今から1時間後には、乗降の安全を確認するため、宇宙客船スタッフ達の訓練が行われる。
暇な乗客達の自由参加者も認められており、退屈な宇宙旅行の気分転換になっている。
亜空間は光の靄(もや)のように見え、理解する事が出来ない。
通常空間ではスター・ボウ(星の虹)や(星の虫)を見れるが飽きてしまう。
乗客の貴族達は普段、指図するほうだが、指図されるのも面白いらしい(貴族達の心が歪んでるからだろう)。
ロッドもそれに参加するとかいって、自室で待機中らしい。暗殺者からの襲撃を考えると、俺達は参加しないし、リスクを犯すつもりもない。
もし俺が暗殺者だとしたら、訓練を絶好のチャンスとみなして行動するだろう。
敵の計画までは推測できないが、今までの7日間でいくつかのデータを集めておいた。
例のばあさんに、食堂でセリルと一緒に会ったが、セリルを連れだした記憶を失っていた。
つまり、この宇宙客船アドリーム号にマリオネットが乗船していると断言できる。
(客室の端末から、ばあさんの部屋の位置は調べられなかった。船長が乗客のプライベートを守るため、パスワードを変えるように指示したらしい。)
第2に俺の調査によれば、あの無敵の大男がゴーレムと断言できる。
最後の戦闘場所となったイメージ・ルームの状態から、ヒドラも乗船していると判断できる。
通常は故障が発生した時点で情報がサービス・ルームに送られ、修理班が現場に赴くのだが、結局彼らは現れなかった。
何者かが制御回路に仕掛けを施し、異常事態を感知できなくしている。
それだけの知識を持ったデスナイト配下の暗殺者はヒドラをおいて他にはいない。
亜空間航行中に、前まで使っていた客室に行き、ドアに仕掛けられていた爆弾を解体したが、亜空間では作動しないようにロックがかけられていた。
航行中に爆発したら、船は間違いなく俺達の銀河から失われてしまうだろう。
奴らも俺達と心中をしたくないだろうし、だから俺も爆弾を解体する気になっていた。
解体した爆弾は、安全を考えて避難用の救命艇に隠しておいた。
通常空間に戻ったら、おりをみて宇宙空間に捨てるつもりでいる。
あとは・・・これといって不審な点は見当たらない。
強いて挙げれば、あの日以来、セリルはマジックペンを握りしめて寝るようになった。
本人が言うには、早起きするためのおまじないだそうだが、俺より早く起きた事はない。
俺の眠りは浅く、小さな物音や殺気、臭い等にすぐ反応する。
俺達の客室のいちばん奥がセリルの寝室(一番偉い人物の寝室)に、その手前がトイレ(トイレは寝室と居間のそばにある)に、そして俺の寝室がある。
敵が、眠っているセリルに対して危害を加えるためには、俺の寝室を横切る必要がある。
そして俺は、それに気がつかない愚か者ではない。
仮にセリルの目覚めが俺より早かったとしても、俺の寝室に入ってきた時点で俺も目覚める。
これは主張ではなく、長年の訓練や経験で身につけた能力であり、事実だ。
で、俺は居間のソファでくつろぎながら暖かい紅茶を飲んでいるのだが、セリルはまだ起きてこない。
どうやら早起きのおまじないは、さぼっているようだ。
いつもならセリルは目覚めているはずだし、ロッドが現れてもいい頃だ。
やはりアドリーム号の乗降訓練に参加するつもりなのだろう。(その方が、余計な気を使わなくてすむし、楽だ。)
こうして、ゆっくりとくつろげたのは久しぶりだし、暖かい紅茶が胃の中にフワフワと広がっていくのが感じられる。
そして俺は・・・。
不意に背後から、ドンッ!!と大きな音がした。
俺は、俺の体はソファから反射的に飛び退くと、それを盾にして音の方をのぞく。
その方向には俺の寝室が、その奥にはセリルの寝室がある。
真夜中に、この部屋に忍び込んだ者はいないはずだ。
客室の壁に穴を開けても、通風口から侵入しようとしても客室のガード・システムが反応し、警戒音が鳴り響く。
同時にサービス・センターにも警報がなり、ガーディアンと呼ばれる保安員が該当する客室に出動するようになっているはずだ。
それともまさか、ヒドラがガード・システムを無効にしたのか?。
俺は左手に銃を持ち、右手でナイフを構える。そして、俺の寝室から姿を現したのは・・・。

『キャハハハハッ!。』と笑い声をあげるセリルは、花柄のパジャマをだらしなく身につけ、ボサボサ髪のままで現れた。
そして、ソファの陰に隠れている俺に気がつくと、キャップの外れたマジックペンを持った右手で、俺を指さす。
『ふみゃ〜っ。・・・・・・あっれぇ〜っ、ダブルナイトが二人いる。』
そしてそのままセリルは倒れ込んだ。
俺が二人いるだと?、どこだ?・・・寝室かっ。
今すぐにでもセリルを抱き起こしたいが、それは俺の両手の自由を奪い、戦闘力と行動力を失わせようとする敵の罠だ。
俺はゆっくりと寝室の方へ移動し、その入り口でナイフを構える。(左手の銃は、いつでも発射できる状態にしてある。)
そして俺は飛び込んだ。
右手のナイフは投げる体制に入り、寝室内の不自然な物に当てられるようにしてある。
そしてそれは、俺のベッドの中にあった。
俺の弧を描く右腕からシュッという音と共に放たれたナイフはそれに突き刺さり、俺の体は奥にあるトイレの前、俺の寝室からは死角となる場所に移動してい た。
もし敵が、ナイフを避けるための行動をとっていたなら、俺の左手の銃からは光が放たれていたはずだ。
が、敵はナイフに反応しなかった。
なぜだ?・・・。
俺は、今度はゆっくりと寝室に戻った。
そこには、俺のベッドの上には、長さ約1メートルの、落書きされた枕が、ナイフを受けたままで横たわっている。
その枕に何かあるのだろうか。
念のため銃口を枕に向けて、ゆっくりと近づいていく。
俺の枕は、太い油性のペンで落書きされている。
あれは、セリルの手にしたマジックペンによるものだ。
つまり、寝ぼけたセリルは、枕を俺の顔と勘違いして落書きをした。
多分徹夜で、俺が熟睡するのを待っていて、目的を果たしたつもりになったセリルは緊張が解け、居間に倒れるようにして熟睡し始めた・・・そういうところだな。
『だから子供は嫌いなんだ。』
そうつぶやいた後で、慌ててセリルを見た。
今の言葉を聞かれたら、またセリルは暴れて、手に負えなくなる・・・が、間違いなく熟睡しているようだ。これからどうする?。
叱るべきか、それとも・・・子供に媚びる気はないが、あの子の気持ちを考えると・・・いやしかし、だいの大人が・・・。
俺はセリルを抱き上げると、俺のベッドに寝かせる事にした。
枕のナイフは危険だから抜いて、それを彼女の隣に、添い寝させる形でセットする。
もちろん、彼女が起きたとき、その落書きが目に入るようにし、マジックは取り上げ、枕元には鏡を置く。
後はセリルが起きるのを待つだけだ。
それまではちょっとした仕掛けと、武器の手入れと読書にいそしんでおこう。

それから3時間後、船内放送が鳴り響いた。
『ただ今より、乗降訓練を行います。係りの者及び参加者は、指示通りに、訓練通りに行動して下さい。では、保安員A班は3番デッキに集合して下さい。繰 り返します・・。』
その放送が終わる前に、俺の寝室から叫び声が響く。
『きゃっ!、きゃあぁぁぁ〜っ!!。』
ドテドテドテッという足音が寝室を抜け、居間に移る。
俺はといえば、セリルと目を合わせないように、分厚い雑誌で顔を覆わせている。
『わ、わ、わ・・・おこ、おこ、おこ・・・。私、怒ってるんだからっ!。』
確かに、セリルの怒った声がする。
『・・・・・。』
俺が無言のままでいると、セリルが泣きそうな声で怒るのが聞こえる。
『れ、レディの顔にマジックで落書きしていいと思ってるの?。
これは犯罪よ。え〜と、傷害罪になるのよっ。』
『・・・・・。』
それでも、俺は何も言わない。
『なっ、なによ。確かにおにーちゃんの顔に落書きしようとしたわ。でも、失敗したじゃない。』
俺は、セリルの顔を見ないよう、俺の顔を見せないようにしながら、右手で居間の鏡のある方を指さす。
そして、セリルの言葉が詰まったのが感じられた。
俺は確かに、セリルをベッドに寝せた後で落書きをしたが、それはセリルの顔にじゃない。
枕元に置いた鏡にだ。
あの放送で起こされたセリルは、枕の落書きから失敗した事を知ったはずだ。
次に、俺が復讐のために、セリルの顔に落書きしたのではと疑い、枕元の鏡をのぞき込んだはずだ。
そして、先ほどの悲鳴を発し、怒りで判断力を失って、居間に怒鳴り込んできた。
そして、ここにある鏡で、自分の顔にいたずらされていない事を知ったはず・・・だが、悔しさ恥ずかしさも手伝い、怒りは収まっていないはず。
『で、でも、こんな子どもに本気になる事ないじゃない。なぜ顔をかくしてるの?。どうせ、私と顔を合わせられないんでしょ。』
そら来た。
そう言われるのは百も承知。
俺は静かに雑誌を閉じ、セリルと顔を合わせる。
確かに、セリルは最初、怒りの表情を浮かべていた。
それがあっという間に困惑の表情に、ついで笑顔に変わり、大笑いし始めた。
『あ、あは、あはははぁっ。きゃははははぁ〜ぁっ。』
そのままセリルはお腹を抱えて床を転げ回る。
そう、俺は自分で自分の顔にマジックでメイクを施したのさ。
セリルは笑いを抑えると、素直になった。
『あ・・あは・・ご、ごめんなさいっ・・・あははっ。』
『これからは、相手の気持ちを考えて行動しような。』
そういいながら俺は、額の髪の生え際に手を持っていくと、ピリピリと皮をはいでいく。
セリルの顔からは笑顔が消え、驚きながら俺を見ている。
いくら俺でも、顔に落書きはしない。
始めに透明なパックをして、その上から落書きしておいたのさ。
『・・・だから、ダブルナイトのおにーちゃんって、だ〜い好きっ!!。』
セリルはそのまま抱きつき、俺は彼女を慌てて支え、ペラペラの顔を床に落とす。

それから30分後、俺達は貴族としての仮面と衣装を身につけ、ブランチのために客室を後にした。
俺はいつものように、教育武官の制服で。
セリルは白地に淡い青の星をあしらったドレスに身を包む。
そのドレスには、青い蝶の髪飾りをブローチとして胸に留め、緑のリボンが金色の髪に映えている。
通路への扉が開くと、船内放送が聞こえてくる。(客室内のスピーカーは、セリルが目覚めた段階で切ってある。あのままでは、うるさいからな。)
『・・・より、ハッチの通路を開きます。乗客の皆様は、客室入り口のランプが紫に変わり次第、順次お集まり下さい。』
セリルは両手で軽く耳を抑えると、俺の顔を仰ぎ見ながら、
『おっきな声ね〜。』と話しかけてきた。
それに俺も同意する。
『そうだな。あの声が客室に洩れてこないのは、防音設備がしっかりしているからだ。それよりも、お腹がペコペコなんだけど。』
『そうよ、お腹がペッコペコ!!。』
セリルは笑顔で相づちをし、俺達はいつもの食堂に向かった。
第2展望室を通過しながらスター・ボウを眺め、時々出会う、他の乗客と軽く言葉を交わしながら進んでいく。
その途中にあの男がいた。
『あれ、奇遇ですなぁ。どうしました?。』
あの男、ロッドは笑みを浮かべながらも右手のハンカチを放さない。
『ロッドさん・・・乗降訓練に参加するはずでは?。』
俺の問いかけに、ロッドは一瞬だけ手を止め、そして答える。
『お腹がすきまして・・・それで、一般庶民用の食堂で食事をしてきた帰りですよ。わたくしは、お二人が行かれる食堂に入れないんでね。しかし、ここの一般庶民用の料理も家庭的で、とても美味しいですよ。どうです、一度食事に行かれては?。』
セリルには、すぐにでも庶民の食事がどんな物かを知ってもらう必要がある。
それに、あの食堂の料理は美味しいが、たまには違う料理を食べるのもいいだろう。
今の時間なら、第3食堂が開いているはずだ。
『私、そこで食べてみたいっ。』
セリルはそういいながら、俺の左手をぶんぶん振る。
ええぃ、なつくんじゃない!!。
あくまでも、俺は教育武官で、おまえは貴族の娘なんだぞっ。
声を出して言いたいが、ロッドがいる。
その彼も、軽く会釈をすると、
『自分の部屋でゆっくりしているから、何かあったら知らせてくれ。』と言いながら去っていく。
誰がおまえを呼んだりするかっ。
『ねぇ、早く行こうよ〜。』
『あ、ああ。』
セリルの言葉で我に返った俺は、セリルの右手を取ると、エスコートするように先を急いだ。
その途中で、船体に振動が走る。
鈍感なセリルは感じなかったようだが、俺には解る。
急にセリルは顔をしかめると、
『なに、この臭い?。』
どうやら、鼻だけは人並に敏感らしいな。
臭いは、通路の先から流れてくる。
背後からは人の足音。
俺はそれを無視し、セリルを臭いの方へと引っ張っていく。
セリルは声を上げて抵抗したが、宇宙船が通常空間に戻った今、別れるには危険すぎる。
敵が、わざわざ目立つ事をするとは思えないし、一つの不安があった。
そしてそれは的中した。
目的地への最後の角を曲がると、壁の一部が壊れ、3つの人影が倒れている。
ここには、救命艇の一つへの通路があり、その救命艇に、解体した爆弾を隠しておいたのだ。
それが・・・何かのショックで暴発したのか?。
セリルが、俺の左手を握りしめている。
そして、誰かが俺の右肩を叩く。
俺が振り返るより早く、その男・・・ロッドの声がする。
『はぁ、はぁ・・・速いですなぁシルバーさんは。・・・さっきの揺れは、これが原因だったんですか。』
そうか、俺達の後を追いかける足音は、ロッドか。
さっき別れた後で追いかけてきたんだな。
『たしか・・・前にシルバーさんが救命艇に爆弾を隠したとか言ってましたよね?。まさか・・・。』
『そうだ。爆弾は、暴発しないように分解したはずだ。なのになぜ・・・。』
俺はセリルの手を握り返しながら振り向き、非難めいた目をするロッドに答えた。
床に倒れているのは、紺に深緑のチェック模様が目立つ、スーツ姿の若い男。
今時、この様なセンスの悪い服を着ているのは田舎者に決まってるし、生まれて初めての宇宙旅行なのだろう。
通路側の壁近くに倒れている老人は、その風采からすると技師か科学者だろう。
見にまとう白衣は爆発の衝撃で汚れてはいるが、その陰になった部分は純白で清潔感を受ける。
反面、ボサボサで殆どが白髪に見える紺の髪と顎髭からは、不潔感だけが漂ってくる。
研究あるいは仕事のために白衣を身につけるが、自分自身に対しての清潔感を持ち合わせていない。
そんな老人は、熟練した技師か科学者と相場は決まっている。
ほかに、医者という選択肢もあるが、彼らは白衣を普段着として扱わないし、患者に与える影響を考え、外出時や病院内では常に清潔感を与える服装を心がけているからな。
それに、真っ赤な一枚板のサングラスをかけるのは、技師か科学者に決まっている。
実験や溶接をする者にとって、フラッシュから目を守る事が大事だからな。

あとは・・・動き易いスラックスをはいた背の高い女性。
淡い黄色の髪がサラサラと、後光のように伸びている。3人とも命に別状はないようだ。
『う・・・ううぅっ。』と、倒れている女性がうめき、ロッドは慌てて若い女性を起こしにかかる。
セリルは、なんとか俺の手を振りほどくと、仰向けで倒れている若い男のそばにしゃがみこみ、顔をのぞき込んでいる。
あのそばかす顔は、どうみても俺よりハンサムではないが、じいさんのそばに行くよりはましだと思ったのかな。
つまり、じいさんの介護は俺がやらなければならない、という事だ。
『君、大丈夫かね?。』
ロッドの発した言葉が合図だったかのように、男達もうごめき、立ち上がり始めた。
俺は・・・じいさんの前に立つと、声をかけた。
『じいさん、気分はどうだい?。ここでなにがあったのか、話してくれ。』
じいさんは・・・顔をしかめながらも上半身を起こし、ダランとした左肩を右手で押さえ、冷や汗を流しながら答えてくれた。
『わからん・・・孫と言い争いをしていたら、突然・・・。それより、医者を頼む。腕の骨が折れたらしい。』
余り、役に立たない情報だが、何もないよりはましか?。
だが、あの女性にとっては重要な情報だった。
気を取り直し、辺りを見渡し、床に転がった木製の杖を抱き上げて俺の元に走りよってくる。
切れ長の一重瞼に長めの鼻は、じいさんからのいでんだろうか。
ある意味では美人に見えるが・・・。
『あ・・・。』と声をあげ、ロッドは残念がっていたが、俺にとってはラッキー。
彼女が瞳を潤ませながら、華奢な両手を振りながら・・・おぼつかない足で走ってくる。
危ないじゃないか。
俺が両手で支えて上げるから。
さぁ、両手を広げて、俺の胸に飛び込んでおいで。
ドゲシャッッ!!。
と音を立てて俺の体がのけぞる。
か弱そうに見えても、杖を前面に出してのタックルが、俺の顎を突き上げる。
じいさんの体を心配するあまり、俺の事など眼中になかったんだろう。
『おじい様、大丈夫ですか?。怪我は・・・早く医者を呼んでェ!!。』
これだから女は嫌いだ・・・。
軽く頭を振ると、こちらを見ているセリルと目があった。
今にも吹き出しそうなあの顔。
あ〜、どうせ俺は道化師だよ。
・・・だから子供は嫌いなんだ。
そうこうしている間に、ドカドカと数人の足音が近づいて来るのが聞こえた。
俺達がやって来たのと同じ角から現れたのは、5人のブラック・ガーディアンだ。
こういった豪華宇宙客船には様々なガーディアンがいる。
通常の保安と、乗客のガードを目的としたホワイト・ガーディアンは、その乗客と同一の種族に限られている。
彼らは保安員兼サービス係りとして働いているがいざという時、例えば宇宙賊に襲われた場合には私設軍隊となる。
彼らとは別に、特殊技能を持った他種族を雇う場合もある。
たいがいは、容姿が乗客に嫌悪感を与えるケースが多く、そのため常に宇宙服を着ている。
彼らの呼吸する大気が船内のものと異なる場合も多く、宇宙服の背中にくっついたボンベで呼吸するという、実用的な意味もある。
つまり、見えない、見せないという意味を込め、ブラック・ガーディアンと呼んでいる。
様々な武器に精通した彼らは・・・例えるなら傭兵だな。
その彼らが現れたという事は・・・原因は不明でも、何が起きたのかは知ったという事。
彼らは俺達に武器を向けている。
『君達、医者を呼んで欲しいのだが・・・。』
ロッドの冷静な言い方に、俺は呆れてしまった。
今はそんな場合ではないだろう?。
『・・・・・。』
やつらは、宇宙服に備え付けの翻訳機で言葉を理解しているはずだが、何も言 わない。
長年の経験から、おしゃべりな奴は早死にすると知ってるのだ。
そのブラック・ガーディアンの後ろから現れたのは・・・。
『また君達か。もし、この救命艇が訓練で使用されていたとしたら・・・恐ろしい事だ。今度は、しっかりとした説明を聞かせてもらおう。場合によっては、次の宇宙ステーションで強制退船してもらう事になる。』
船長は言い切ると、先頭に立って歩きだした。
俺達は銃に促されて連行された。
じいさんは孫娘に助けられながらヨロヨロと歩く。
『ねぇ、どうして近くの船室からは誰も出てこないの?。』
セリルは、俺達のおかれている立場を理解できないまま質問してくる。
ここでヘタな事を言って、船長のご機嫌を損ねたら・・・強制退船は確実だ。
それを・・・。
『それはね、客室の防音設備が優秀で、船体の震えも壁に吸収され、お客様に不快感を与えないようにしているんだよ。』
ロッドの答えは、船長の肩から力を抜かせた。
一つの危機を乗り越え、俺は軽くため息をついた。
その俺の気持ちを理解せずにセリルは語気を少し荒げた。
『でも・・・私は不快だよ。』
ば、ばかやろ〜っ。セリルの言葉に・・・船長の肩は以前にも増して堅くなったじゃないか。
これだから子供は、だいっ嫌いだ!。

俺達が連れ込まれたのは、縦横7メートル位の小部屋で、現場に居合わせた6人と船長、4人のブラック・ガーディアンがいる。
ホワイト・ガーディアンは全員、訓練に刈り出されているようだ。
ブラック・ガーディアンの2人が出入口の両脇に立ち、2名が船長を挟むように立っている。
最後の一人は、ドアの通路側に立っているらしい。
それ以外の7人が、椅子に腰掛けている。
この中で大きな怪我をしたのはじいさんだけだが、ガーディアンの応急処置で左腕が吊るされている。
『では・・・シルバーさんから説明してもらおう。』
船長の言葉を受け、俺は渋々・・・事実の一部だけを説明する事にした。
『たまたま、食堂に向かう途中で船の揺れを感じまして・・・職業柄、事件の場所へと向かってしまうのです。あの時もそうでした。空気が引き込まれる感じと、壁を焦がすような臭いもしましたし。で、セリルを連れたままで見た物は・・・船長と同じです。』
『じ、実はわたくしもそうなんですよ。』
ロッドは、求められもしないのに、汗を拭きながら発言する。
『私が指定してから発言するように。』
船長はロッドにきびしく言い渡すと、
『では、そこのおじいさん、お願いします。』
『わしは・・・エンジンの組立工をしてる、タゥーロウといいます。<ギャレック星域>で行われる恒星系レースに出場するチームのメンバーとして、この孫娘と向かうところです。わしらは・・・あの通路を歩きながら、太陽風エンジンの性能に議論して、つい白熱しましてな。5分後位かな。急に体に衝撃を受けまして。気がついた時には、このざまです。』
『ううん、おじいちゃんは悪くないわ。私が強情なばっかりに。』と、女性が叫びながら立ち上がった。
ああっ、事態はますます悪化していく。
『わたしに何度、同じ事を言わせる気かね。発言は、私が指定した時にするように。』
船長の言葉に彼女はびくっとしたが、話しを続ける。
『わ、わたし、レモニアといいます。おじいちゃんの孫娘で、おじいちゃんと一緒にメカニックを担当しています。宇宙レースで有名な<カギリオスのパルサー>の臨時メカニックです。』
『あー。ゴホン。』と、船長はわざとらしく咳をして、本題に入るように促す。
『す、すいません。私が知ってるのは、おじいちゃんと同じ事だけです。』
彼女はピョコンとお辞儀をすると、慌てて席に着いた。
つまり、新しい情報はないという事。
『あ、ぼ、ぼくですか。』
最後になった若者は、船長の視線を感じると、あどけない顔に不安と焦りの表情を浮かべながら急いで喋り始めた。
『こ、・・・コペリィといいます。こ、今回がは、始めての宇宙旅行で、学生です。食事を終えて、部屋に戻る途中で事故に巻き込まれました。』
その時、船長の右隣にいたガーディアンが、左腕で胸を二度叩いた。(右腕で武器を構えているからな。)
発作か、それとも習慣なのだろうか。
船長、『君が部屋へ戻るのであれば、あの通路は通らないはずだ。』
この船長の記憶力は異常過ぎるほど大きく正確だ。
あの若者は、びくびくしながら話しを続ける。
『暇だったんで、運動をかねて散歩してたんです。ぼくは何も知りません!。 』
『あの・・・。』と、ロッドが割り込んできた。
『わたくしは銀河帝国の巡回警官なんですが・・・身分証明書はスーツの内ポケットにあります。』
彼はいったい、何を言いたいんだ?。
『あの爆発は、そこのシルバーさんが隠しておいた爆弾が原因なんです。』
俺は抗議するために立ち上がったが、ガーディアンの銃に脅され、渋々、席につかされた。
奴め、ついに暗殺者としての本性を現したのか。
俺を逮捕させる事でセリルを孤立させ、任務を遂行する。
みんなの視線が俺に集中している。
ここで逮捕される訳にはいかない。
そのためにはどうする。
一応、武器は隠し持っているが、それを取り出す前に、俺は捕まるだろう。
逃げる事も不可能だ。その俺の窮地を救ったのは、ロッドの言葉だった。
『あ、いや・・・彼も被害者なのです。彼らが以前使用していた部屋のドアに爆弾が仕掛けられ、それを分解し、救命艇に隠したのです。あの爆発は・・・爆弾を仕掛けた何者かが、故意に行ったものでしょう。』
『ふん、それで、どうしろというのだ?。もし、この二人が命を狙われているとしたら、この船からは降りてもらおう。君達のために、大勢の乗客と船を犠牲にする訳にはいかんからな。』
不機嫌そうな船長の言葉からは、俺達に対する同情が感じられない。
船長の立場を考えれば当然な反応だが、これでは計画が大幅に狂うことになる。
計画の狂いと時間の遅れは王女の命を危険なものとする。
囮が、囮として使えなくなったら意味がない。
『それで・・・ここはわたくしに任せてもらえませんか?。わたくしが責任持って保護しますから。』
その言葉に、船長は妥協することに決めたらしい。
『仕方がないな。では・・・』
船長には、言葉を続けることが出来なかった。
突然床が揺れ、照明が点滅する。
異常を知らせる警戒音の後で、壁の一部が開き、パネルが出現する。
それが光り輝き、保安員の一人が映っている。
彼は、顔をひきつらせて叫んでいる。
『船長、大変です。通常空間航行用のエンジンが緊急停止しました。現在、機関長が調査中ですが、原因は解明されておりません。』
『解った、すぐいく。』
船長が答えると、パネルからの表示が消えた。
『皆さんは部屋に戻り、閉じ込もっていて下さい。ガーディアンはお客様達を部屋までご案内しろっ。ではまた。』
それだけ言うと、部屋を飛び出した。
その後ろ姿に、じいさんの声が飛ぶ。
『船長、腕は使えないが、この頭に詰まった知識は役に立つはずだ。』
船長は驚きながら振り返ったが、じいさんの真剣な眼差しに笑みを浮かべながら、ついてこいと合図する。
『わ、私もいきます。おじいさんを一人には出来ません。これでも、エンジンに関しては第一人者です。』
レモニアさんは、杖をつきながら歩きだしたじいさんの後を追いかけ、部屋を出て行った。
じいさんも、孫娘の安全を考え、思いとどまらせればいいものを・・・二人連れだって先を急ぐ。
そして学生さん(コペリィとかいったな)は・・・ペコッとお辞儀をすると、そそくさと出て行った。
二人のガーディアンが後を追った事から、部屋に戻るものと考えられる。
これで、この件に関しては問題はないだろう。
いや、一つだけあった。
こっちに笑顔を送っているロッドの事だ。
確かに奴に救われたが、奴と共に行動するのを余儀なくされるのだ。

いつの間にか、この部屋には俺とセリルとロッドの3人だけになっていた。
セリルはもじもじし、『・・・・』と、俺が黙っていると、ロッドが人懐っこそうに話しかけてくる。
『そろそろ機嫌を直して下さいよ。あの船長の言い方もひどいものだ。ま、わたくしの説明で無罪放免となったのですから、楽しく行きましょうよ。』
こいつは勘違いしている。
俺が不機嫌なのは、船長のせいではない。(少しはあるが。)
ヘラヘラしてるお前のせいだっ!。
だが、それを本人に告げて人間関係を壊すような子供ではない。
ここは一つ、機嫌の直った振りをするか。
『いや〜、助かりましたよロッドさん。これからもよろしくお願いします。』
ううっ、我ながら嫌になる。
『セリルちゃんを守る、同じ仲間じゃないですか。あそこで、黙っていても良かったのですが、ばれるのは時間の問題でしたよ。もし、シルバーさんが嘘をついていたら、すぐにばれて軟禁されてましたよ。』
なぜだ?。
これでも仕事がら、人を騙すのは得意だし、しらを切る自信もあった。
ロッドは、俺が理解できないでいる事を悟ると、小声で説明してくれた。
『今はいませんが・・・コペリィを護衛して出て行ったガーディアンの一人は、<判定者>ですよ。』
判定者とはテレパスの一種で、発言者が嘘をついたか真実を述べたかを知覚出来るのだ。
ロッドの言葉は続く。
『さっき、ガーディアンの一人が胸を叩いていましたね。それが<判定者>です。胸を二回叩いたのは、コペリィが嘘をついていたからです。船長は、すごい記憶力の持ち主とか。しかし、いくら何でも全乗客の部屋までは把握していないでしょう。ですから、あそこで嘘をついていたら、今頃は独房の中ですよ。』
そう言われると、思い当たるふしがある。
あのファッションセンスや言葉使いも芝居だとしたら・・・暗殺者としての気配を感じさせない恐ろしい敵だ。(独房とは、監禁室の蔑称だ。)
どうやら、俺の方が勘違いしていたらしい。
ここはロッドを信用して行動していくしかないな。
ロッド、『もし、あのコペリィが暗殺者だとしたら、人気(ひとけ)のない、ここにいるのは危険です。急いで出ましょう。』
その通りだ。
暗殺するには、攻撃を仕掛けるにはもってこいの場所だ。
『そうだ、急ごう・・・。』
それも遅かったようだ。
扉の向こう側、通路側にいたはずのガーディアンが室内に投げ飛ばされ、大きな音を立てて壁に激突する。
首が不自然に曲がり、ピクリともしないところを見ると、首の骨を折られたな。
残る二人のガーディアンが躊躇するように見える。
が、傭兵としてのプライドが勝ったようだ。
銃を構え、通路に向かって飛び出す。
それより速く、太い足が二人を部屋に蹴り戻す。
バランスを崩したガーディアン達は、死体の隣に吹き飛ばされた。やばい!。
俺達、俺とロッドは、とっさに銃を抜くと構えた。
だが、それを使う間もなく、巨体が猛スピードで突っ込んでくる。
そいつは・・・ゴーレムは、両手を拳(こぶし)のまま、二人のガーディアンの体をぶち抜いた。
左側の宇宙服からは灰色の液体が勢いよく吹きだし、壁や床を染め上げていく。
セリルは、恐ろしさのあまり、声も出せずにいる。
一瞬で、ブラック・ガーディアン達が全滅した。
俺は今まで、こんな奴を相手にしていたのか。
・・・だめだ。このまま戦意を喪失してしまっては、戦う前に負けが決まってしまう。
それに、よく見ると、まだブラック・ガーディアンは全滅していない。
右側の宇宙服の裂け目から、灰色に近い紺色の物が、奴の腕にまとわりつきながら這い上ってくるのが見える。
あいつはメタンガスを呼吸するアメーバ状の生物だ。
銀河系にわりと広く分布している奴らで、名称は忘れたが、本来は綺麗な紺色の皮膚をしている。
だが、彼らにとって我々の大気は毒になり、あのように皮膚を変色させる。
それでも奴らは強靭な戦士であり、2時間は耐えられるはずだ。
『ウ・・ウガラーッ。』
ゴーレムは叫び、必死にそれをはぎ取ろうとするが、アメーバの力にはかなわないようだ。
そして、宇宙服は抜け殻だけになっている。
『チャンスだっ。』
ロッドは我にかえると、銃を撃ち始めた。
だが、銃口から打ち出された弾丸は、俺の記憶通りに弾き飛ばされた。
『ばっ、馬鹿な・・・。』
唖然とするロッドを無視して、戦いは進む。
最初に壁に叩きつけられていたブラック・ガーディアンが首をあらぬ方に向けたまま、ゆっくりと立ち上がり、巨漢の首を後ろから絞め上げる。
非人類のそいつにとって、首の骨折は大したダメージではないようだ。
『ウゴグアァーッ。』
ゴーレムは苦しそうな声を上げながら、首に当てられた腕を掴み、体格にものをいわせて大の字に広げる。
アメーバは既に右手から離れ、ゴーレムの体に巻き付いているため、両手が自由になっている。
だからこそ、それが可能なのだが・・・。ゴーレムの怪力で、首を絞めていた腕は解かれ、その右手が引きちぎられる。
・・・奴と力比べをするのはやめよう。
ガーディアンは、そのまま床に倒れて動かない。
その間に、アメーバがゴーレムの顔を覆った。
逃げ出すチャンスは今しかない!!。
俺はロッドに合図を送ると、セリルの手を引き、音を立てないように退散する事にした。
始めにロッドが、次にセリルが出ていく。そして、二人がこの部屋から遠のくまでの時間稼ぎをしなければならない。
しかし、この分だとアメーバの勝利に終わりそうだな。
ゴーレムの体が赤く火照り、窒息しそうになっているのが判る。
その時、俺にも閃きがあった。
奴は確かに、銃や刀には無敵のようだが、それでも倒す方法がないわけではない。
アメーバのように窒息させるのも一つの方法だし、人間であるいじょう、それ以外にも方法はある。
『ウッラー!!。』
ゴーレムの、生に対する執念が勝ったようだ。
奴は本能のままに、アメーバの体を引きちぎり始めた。
辺りにはゼリー状の物質が散乱し始める。
このままではやばい。
俺は、振り返る暇も惜しんで走りだした。
『バケモノめ・・・。』
つい、そんな言葉が口から洩れた。
これが暗殺者達の、力の一部なのか。

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