プリンセス救出陽動作戦
ダブルナイトの章

☆☆☆ 7.ダブルナイト ☆☆☆
だから女と子供は嫌いなんだっ、と心の中で叫んだ。
俺の名はダブルナイト。
過去の事はあまり言いたくないが、今ではただの犯罪者だ。
それを知ってるのは同業者だけ、つまり一度も捕まった事がない優秀な犯罪者
だ。
今回の仕事はかなり大きい。
敵が・・・デスナイト率いる暗殺部隊で、子供のお守りも兼ねるとなると・・
・ボス直々の仕事でなかったらキャンセルしていた。
そしてキャンセルした方がよかったと、つくづく後悔している。
デスナイトとは戦ったことなどないが、その名が示すように、やつもまた仕事
にしくじったことがないらしい。
奴らについて知っていることといえば、奴には9人の部下がいたということだ
。
その1人、ソウル・イーターは既に死んでいる。
残り8人の内3人は、仕事をしくじり、デスナイトに殺されている。
それ程やつは冷酷だ。
例え仲間でも、失敗は許さない。
今、奴の手駒は5人。
その内の3人を第2の刺客として派遣してくる可能性が高いし、もうこの船に
搭乗している可能性も高い。
会った事はないが、奴らの噂だけは聞いている。
マリオネットと呼ばれる者は催眠術を得意とし、罪もない人を操ってでも仕事
を済ませる。
ゴーレムとは名前の通り、怪力の大男で少々頭が悪いらしい。
それを補うのがヒドラと呼ばれる男で、メカを使った暗殺を得意とし、ゴーレ
ムとチームを組んで仕事をすることが多いらしい。
3人はソウル・イーター以上の実力者で、彼らを同時に相手にするだけの自信
は無い。
となれば、エサをうまく使って敵を各個撃破するしかないな。
後の2人、ゴッド・アイは部隊の助言者的役割の老人で、ある種の予知能力を
持っているらしい。
戦闘力は0に近く、最近では暗殺の現場に姿を現わしていない。
エンジェル・ウィングは美女らしいが変装の名人でもあり、暗殺の現場を見ら
れたことが無いという。
デス・ナイトの片腕ともくされてるエンジェル・ウィングとは戦うのも避けた
い。
が、情勢は悪い方へと動いていく。
今も、あの子供のせいで計画はボロボロだ。
敵に発見されたことを前提に、襲い易いイメージルーム等で時間を潰したが、
その意味では時間の無駄だった。
つまり、まだ敵に見つかっていないという事。
つまり、セリルを囮にし、敵1人づつに気づかせ、倒していくことが可能だと
いう事。
それを、この大食堂で、しかも一番目立つ状況で注目を浴びたら・・・敵が一
斉に襲いかかって来るのを歓迎しているのと同じではないか。
スカートの裾を左手で少しまくりあげ、苦い薬を飲まされた表情を浮かべ、右
手には1個のパイケーキを何時でも投げられる体制のまま震えている。
怒っているのか、おびえているのか・・・その両方なのか。
最近の女子供は何時でもそうだ。
勝てそうもない相手に、平気で喧嘩を売る。
かと思えば、回りの男に泣きついて、あたしは可愛そうな女なのよ・・・だと
。
いつも尻拭いさせられる男の身にもなってみろ。
そう思いながらも・・・また、ため息がでてくる。
ま、ここは様子を見てみるか。
最初に動きだしたのは、気に食わない道化師の野郎だ。
5つの果物を次々に床に落とし、表情のない顔で辺りを威圧しやがる。
奴の右腕がセリルに向かっておいでおいでをし、セリルといえば・・・ひきつ
った表情のまま歩き出した。
目の前のテーブルを右に回り込み、ギクシャクしながら道化師のまん前に出る
。
つい、つられて前に出かかったが・・・冷静さを忘れたら俺の負けだ。
今の俺の仕事はセリルを援護し、どこから襲いかかってくるかわからない敵に
備える事だ。
相変わらず、セリルの右手のパイが搖れている。
その2人の間を塞ぐように、メイドを抱き寄せようとしていた貴族が歩きだし
た。
『おいおい、お嬢さん、これは大人の話なんだよ。さっさと食事をして、とっ
ととでていきな。』
バカな貴族だ。セリルの首が、左側から割り込んで来た貴族を見上げるように
勢いよく向く。
彼女の右腕もつられて時計とは逆に回り、その貴族の顔面めがけてパイを押し
つけるように動く。
まだ非力な女の子のパンチ(?)だが、左足の軸がしっかりしているし、腰も
回転している。
右手も孤を描いてなめらかに動き、手首も回転している。コークスクリュー・
パイ投げとでも命名しようか。
その貴族が避けるより早く、セリルの右足のハイヒールが貴族の右足を踏みつ
け、苦痛にゆがむその顔にパイが投げつけられた。
(単に、セリルの手と背が貴族に届かなかっただけだが。)
『う゛あほっ、げぶふがっ。』と大声で咳込む貴族を尻目に、セリルはにっこ
りしている。
大半の貴族について言えることだが、彼らは他人の痛みに関しては鈍感だが(
痛みを感じないという説もあるが)、自分の痛みに関してはデリケートを通り越
して敏感だ。
彼女はその貴族に向かって、抗議を始めた。
『あなたのせいで、私のハイヒールの底が汚れてしまったわ。踵の調子も悪く
なったみたい。手もパイので汚れてしまったわ。さて・・・どうなさるおつもり
?。』
俺は絶句した。
俺だけではない。
回りの観客全員が言葉を失っている。
明らかに、あの貴族達をもじっての事だと思うが、ハイヒールの靴底が汚れた
などと・・・情けない。
しかし、このままほおっておく訳にもいかない。
タイミングを見計らって行動しないとな・・・と思いつつ、なりゆきを見守っ
た。
セリルは唖然とした貴族を無視し、ひざまづいているメイド達を守るかのよう
に立つと左手の甲を彼らに向かって突き出すと見えをきる。
『この指輪が見えるかしら。銀河貴族の中でも公爵家の女性のみ、身につける
事が許されている指輪を。』
あれは、セリルのために俺が用意した物だ。
銀河公爵とは銀河皇帝の血縁にあたる10才以上の貴族達をさし、その証とし
て男性には特殊なエンブレムと本人のみが身につけられる銃と帽子が、女性には
特殊な指輪と本人のみが身につけられるネックレスと腕輪が皇帝から直々に手渡
される。
その品々を銀河公爵の3証と呼び、本人のみに調整されている。
本人以外の者が身につけると(エンブレムと指輪は除くが)・・・不幸が襲い
かかるようになっている。
ある意味で、銀河公爵に逆らう事は銀河皇帝に間接的に逆らっているのと同じ
事になる。
もしその事実が銀河皇帝の耳に入れば・・・場合によっては死を賜ることにな
る。
目の前の貴族達にも、それだけの度胸は無いようだが、疑ってもいるようだ。
指輪についた宝石は、本人の体の波長に併せて反射光の色が変わる。
本人以外が身につけると輝きを失い、黒い石のようになる。
動きの止まった道化師のそばで、3人の貴族達の視線が複雑に絡み合っている
。
あの貴族達にとって、上位の階級に位置するセリルに謝るのは恥ではない。
『そう、謝れないの・・・。』と振り向くセリルの態度に、貴族達はあわてふ
ためいた。
遊びのつもりだったメイドいじめが原因で、死を賜る事を恐れたのだろう。
『わ、私どもは別に・・・』と口答えし始める貴族を2人が抑え込む。
『も、申し訳ございません、プリンセス。』
『ご一緒にお食事でも・・・。』
そんな事でごまかされるセリルではないようだ。
『プリンセスは余計です。許しは、殿方がそろって行うべきでしょう?。』
態度は別として、上品で柔らかな物の言い方だ。
その時、俺は気がついた。
セリルは貴族達がメイド達に謝るようにと、6人の間に移動していたのを。
『お嬢様、申し訳ありません。』
貴族達は直立不動の体制から、銀河貴族として礼儀正しい挨拶をする。
手際のいいセリルに感心してる間にも、彼女は次の手をうつ。
『心優しい殿方達にとって、口で謝るだけでは心が重いでしょう?。それでは
・・・わずかばかりのお金をいただきましょうか。先ほど、10000リーンは
小銭だと言われましたね。10000リーンでは失礼ですから、一人10万リー
ン、合計30万リーンいただきましょう。』
子供のくせに、もう世渡りがうまくなってやがる。
『た、高い・・・。』
一人の貴族がうめいたが、もう一人の貴族がそれを制した。
『しっ、彼女は銀河公爵の娘だ。逆らっても益はないし害がある。』
そうささやくと、10万リーンの小切手をセリルに差し出す。
あとの2人も急いでそうすると、軽く一礼して走り去っていった。
その3人の後ろを、大食堂にいる全員の嘲笑と拍手が追いかけていく。
もう二度と、大食堂に近寄る事はないだろう。
道化師もいつの間にか消えている。
しかし、30万リーンもせしめるとは・・・詐欺師の才能もありそうだな。
セリルは手にした3枚の小切手を・・・美しい牡丹色の髪のメイド達に手渡し
た。(美しいのが髪だけなのか、姿が美しいのか、それともその両方か・・・想
像に任せよう。)
そしてセリルは彼女達に声をかける。
『ごめんなさいね。これは、あなた方への迷惑料です。貴族があんな人達だけ
と思わないでね。』
回りから大きなどよめきと歓声があがる。
銀河貴族の、それも銀河公爵の娘がメイドに大金を渡して謝ろうとは。
セリルの手腕は見事だが、平民をまだ誤解しているようだ。
一生懸命働いているメイドが、こんな大金を進んで受け取るわけないだろう?
。
えてして大金持ちは、平民がお金を欲しがっていると思いこみ、金を恵む自分
に酔う。
げんに、メイド達は慌ててそれを返そうとする。
『こ、こんな大金、受け取れませんわ。』
その通り。
メイドも1人の人間であり、人間としての誇りを持って生きている。
それに、不相応な大金が身を滅ぼすと知っている。
『あなた達も、あの貴族達のせいで、この船には居ずらいでしょう。これだけ
あれば、次の職を探すまで、苦しい生活をしなくても済みます。それに・・・私
にとっては不要なお金です。』
『でも・・・。』
明らかに、メイド達は困惑している。
当然だ。
10万リーンあれば、一生遊んで暮らせるだろう。
セリルの気持ちも分かるが、メイド達の気持ちも察して欲しいものだな。
『ここは、有り難く貰っとこーよ。』
メイドの赤銅色の瞳がウィンクし、俺は心の中でコケた。
お金を受け取ったりしないはずなんだが・・・メイド達の方が永く生きてきた
分だけ人間ができていたんだろう・・・セリルの気持ちを察してくれたんだろう
・・・と思う事にした。
そろそろ俺の出番だな・・・俺はゆっくりとセリルの隣まで歩いていくと、声
をかけた。
『お嬢様、そろそろ勉強のお時間です。お部屋に戻りましょう。』
セリルは優雅にうなずくと、メイド達に言葉をかける。
『・・・お幸せに。』
『本当に、ありがとうございます。』
メイド達は目を潤ませながら、食堂から去りかける後ろ姿を見つめている。
回りからはセリルに対して大きな賛嘆の拍手が沸き上がっている。
先ほどのおばあさんでさえ、セリルに片目を閉じてみせると、右手の親指を上
に向けて合図を送っている。
セリルもそれに答え、同じように合図を返す。
そして俺達は部屋に戻っていった・・・ただし、食事をとり損ねた俺達は、サ
ービスルームに連絡してシェフを呼ぶのを忘れなかった。
俺は、後をつけてくる者がいない事を確認し、部屋の扉を閉めた。
あの事件のせいで、俺達は船内で有名になった・・・有名になりすぎた。
敵は、俺達を楽に見つけだす事ができ、俺達の事について疑われる事無く情報
収拾できるだろう。
有名人に興味を持ち、有名人の事を知りたがるのは自然な行動だからな。
敵があの大食堂にいたとして後をつけてこなかったのは、正体がばれる危険を
犯さなかっただけかも知れない。
俺達の部屋が知りたければ、サービス・カウンターに尋ねるだけでいいからな
。
ドアを内側から閉めるとオートロックされ、その上に付いている照明が、赤か
ら淡い緑に変わる。
赤はドアのロックが解除され、誰にでも出入り自由になっていて危険ですよ・
・・と教えている。
淡い緑はドアがロックされ、安全ですよ・・・と教えてくれる。
カード型チケットが部屋の鍵であり、船内には客用とサービス・スタッフ用の
2種類(一枚づつ)しかない。
(多人数用の部屋であればその人数分だけのカードはあるが。)
サービス・スタッフが鍵を使いたい場合には、自分のチケット型カードを代わ
りにしまわなければ取り出せないようになっている。
だから、部屋に忍び込むのは非常に難しい(不可能ではない)。
ドアのロック解除ができるのは、外からならカード型チケットのみで、内側か
らはリモコンのみになっている。
念のため、ドアに耳を当てても足音は聞こえない。
今のところは安全らしい。
ドアを背にし部屋を見渡すが、誰かが侵入した様な気配もない。
セリルはどうやら、奥にある居間に入っていったようだ。
俺も彼女に続いて中にはいる。
そこではセリルが俺に背を向けたまま、しゃがみこんで小さく震えている。
理由は想像できたが、彼女に自覚させるため、あえて質問してみた。
『セリル・・・どうした?。』
『・・・わかんない。あのメイドさんの言葉が・・・ありがとうって・・・や
さしく。今までも、ありがとうって言われた事あるけど・・・何かが違うの。熱
いものが・・・こう、喉の奥からこみ上げてきて。悲しくないのに・・・なぜ涙
が止まらないの?。』
涙声で喋るセリルは実に女の子らしい。
『それは君が初めて、人に真心を与え、真心を受け取ったからだろう。君はな
ぜ貴族の足を踏んだのかな?。』
俺はそう尋ねながらセリルの左肩に右手をのせる。彼女は声をあげて泣きなが
ら振り返り、俺のお腹に両腕を回して、さらに泣きじゃくる。
『ひっ・・・あの・・・ね・・・。貴族・・・ひどい・・・。おねーさん・・
・一生懸命・・・かわいそう。助けられるの・・・私だけだったもの。』
俺はセリルを少しだけ離すと、ポケットの中からハンカチを取り出し、涙を拭
いた。
『なぜ、彼女達のために貴族から金を巻き上げたんだい?。なぜ全額を彼女達
にあげたんだい?。』
落ちつきを取り戻し始めた彼女は俺の手からハンカチを受け取ると、涙を拭き
取りながら答える。
『私だって、多少は社会の常識を知ってるわ。別の船に乗ってた時、メイドさ
んが職を失うのを見た事あるもの。あの時は何も感じなかったけど、今は違うの
。もしかしたら、私も同じ目にあうかも知れない。それって、かわいそうじゃな
い?。私がかわいそうなら、おねーさん達も可愛そう。お金は・・・昔の私にと
っては大金じゃないし。』
そうだった。セリルにとって、あれだけのお金にこだわるのは恥だからな。
『・・・それに、私にはダブルナイトがいるから・・・。』
ううっ、なんていじらしい事を言ってくれるんだ。
俺は、セリルにそこまで言わせてから説明した。
『セリル・・・それが親切心だと思う。相手の立場を考えて、相手のために行
動する事。君に必要な感情の1つだ。』(まだ配慮が足りないようだが、今の彼
女にそこまで求めるのは酷だと思う。それを今、口にするわけにはいかない。)
セリルは俺の言葉にショックを受けたのだろう、ハンカチを落として泣きなが
ら抱きついてくる。
『ダブルナイトのおにーちゃん・・・だ〜い好き。』
セリルにつられて、感傷的になった俺の頬を涙が流れ落ちる。(だから俺は子
供が嫌いなんだ・・・。)
少女は今、人間として持つべき心の1つを取り戻した。
あれから2時間後、俺達はサービス・カウンタから派遣されてきたシェフの御
馳走をたらふくお腹に詰め込み、幸せな気分にひたっていた。
(料金は船長の好意により、無料との申し出がテレビ電話を介してあり、快く
受け入れることにした。)
気持ちが落ちついた事だし、今後の事をセリルと打ち合わせる。
俺達が乗った豪華宇宙客船アドリーム号は宇宙ステーションを離れ、<母なる
水中の星系>へと向かう。
そこには、人の住む惑星が3つ(第2・3・5)と、人の住む衛星が7つある
。
ただ、そのほとんどが水に覆われていて、99%以上の人間が水中都市に住ん
でいる。
ここの行政機関は第3惑星上の小島にあり、各水中都市からの代表者(評議員
)で構成されている。
そこへは亜光速航法とワープ航法で、約10日かかる。
ワープとは、リボンの平面を俺達が住んでいる宇宙と考え、平面上の一点を宇
宙船、もう一つの点を目的地とし、この2点がくっつくように輪を作ることだ。
そうすると、宇宙船は一瞬で目的地に着くことになる。
これには、幾つかの問題点がある。
1つは、ワープ先に物質が存在する場合、ワープ後にそれと融合してしまう。
(場合によっては核融合による爆発が発生する。)
そのため、星系内部へのワープは危険で、ワープ航路と、客船(または商船)
用のワープ開始宙域とワープ終了宙域が決められている。
2つ目は、1度にワープできる距離が限られている事だ。
外宇宙船の規模にもよるが、通常星系間ワープは、3回以上必要となる。
3つ目は、ワープから次のワープまでに約1日の時間が必要だということ。
ワープ用の推進機関は繊細で、各部品の点検・修理・調整・交換が行われる。
推進機関の一部はワープにより高温となり、そのための冷却期間が必要となる
。
(ほとんどの宙域では連続ワープが禁止されている。)
その間の移動と星系内の移動は亜光速航法で行われる。
(こちらはイオンを利用した推進機関だ。)
俺達は水中都市に降りる事なく、宇宙ステーションで3日を過ごし、次の星系
に進む事になる。
もし敵が船内に隠れているなら、敵の援軍が来る前の10日間で倒さねばなら
ない。
まだならば、次の宇宙ステーションで乗り込んでくる可能性が高い。
そのために船内のあちこちを、セリルをつれて歩き回ったし、船内の地図を暗
記させた。
様々な危険も考慮し、船内の何処で敵に襲われ易いか、その場合にはどうすれ
ばいいかを覚え込ませた。
(これが、食堂で俺が口にした、お勉強の中身だ。)
セリルの頭の回転は思ったより速く、出来のいい生徒と認めよう。
一通り説明し終えてくつろいでいた時、短いメロディが流れてきた。
それは、ドアの前にお客が来ている事を意味する。
居間のモニタに向かってリモコンを操作すると、画面に外の様子が現れる。
そこに写っているのは・・・食堂でセリルをこき使ったばあさんだ。
あの時のばあさんの行動も褒められたものではないが、セリルの社会勉強には
なったはずだ。
最後は楽しく別れたはずだが、それを見たセリルの顔が微かに歪んだ。
食堂で会った時と同じ格好で、敵のようには見えない。
『中にいれるぞ。』とセリルに伝え、リモコンスイッチの1つに触れる。
ドアの上の照明が、淡い緑から赤に変わる。
外の老婆がドアに付いている黒いプレートにさわると、シュッと音がしてドア
が開く。
老婆は礼儀正しく入ってくると、ドアの右側の黒いプレートに触れ、ドアが閉
まる。
そして・・・俺達を大きく開けた瞳で見つめ、両手を広げたまま近づいてくる
。
敵意がないのは判るが、どうしたのだろう。
セリルが逃げる時間を与えず、いきなりギュッとだきしめる。
『なんて可愛いお嬢ちゃんかしら。さっきは孫娘達を助けてくれて、ありがと
うね。』
あのメイド達が、このばあさんの孫娘?。
全然似てないし、髪の色や肌の色も違う。
どう見ても人種が違う。
セリルも驚いて、逆らう事も忘れている。
ばあさんの話は続く。
『もちろん、本当の娘じゃないのよ。私は孤児院の院長をやっています。あの
娘達は、そこで育った孤児達なのです。この船で働く事になった3人の娘達は、
私を招待してくれたのです。社員割引がきくのと、早く私に一人前になった姿を
見せたかったのね。あの事件が起きた時、何とか助けたいと思いました。しかし
、相手は銀河貴族、私が口を出したせいで、あの娘達の立場が悪くなるのを考え
ると・・・何も出来ませんでした。お嬢ちゃんに料理の盛りつけをお願いしたの
も、意地悪からではありません。なんというのかしら・・・私の職業病で、レデ
ィになるようにと、しつけようとしてしまうのです。』
なんて勘の鋭いおばあちゃんだ。
なるべく、セリルから離す必要がある・・・と思う。
院長は、まだ喋り続ける。
『私の可愛い孫娘達が、再度お礼を申し上げたく、イメージルームにてお待ち
しております。』
話の中に、矛盾はないようだし、ここで断ると、何かやましい事があると勘ぐ
られるな。
するどい勘で、俺がセリルをさらったと思い、警察に通報するかも知れないし
・・・断れない。
まずは、おれも同行する事で話を進めよう。
『判りました。それでは参りましょうか。』
セリルが、また泣きだすかと心配だったが、セリルの顔色に変化はない。
『申し訳ありませんが、殿方には遠慮していただきます。娘達が緊張して、口
にしたいものも出来なくなりますから。』
ううっ、それは困る。
セリルは・・・俺の心配をよそに、大丈夫よとウィンクしてきた。
ま、いいか。船内の事も、敵の特徴も教えてある。
秘密兵器も渡してあるし・・・セリルの髪飾りには発信器兼盗聴マイクを仕掛
けてある。
もし、これが敵の罠だとしたら、罠にかかるのは敵の方だ。
『わかりました。それではお嬢様のこと、よろしくお願いいたします。』
2人をドアの外から、見えなくなるまで見送った。
次に、誰もいない事を確認してから、イヤホーンとコンパクト・レーダーで後
をつける事にした。
だが、敵は襲ってこない。
2人がイメージルームの1つに入るのを確認し、隣のイメージルームの中から
耳に集中した。
そこから、第3の声が聞こえてくる。
メイドではなく、男の声が。
『セリルさんですね。あ、いや・・・偽名は結構です。すでにあなたの手配書
が出てますから。私は、帝国警察のロッドといいます。この大男は私の助手です
。実は、内密にあなたとお話したく、こちらのおばあさんに頼んだのです。』
俺は話にショックを受けた。
帝国警察だと?。
彼らの手に負えないからこそ、俺達が雇われたんだ。
ここであいつに保護されたら・・・まちがいなく彼女はプリンセスとして殺さ
れてしまう。
俺は今まで以上にイヤホーンに集中した。
もくじ
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8. セリル
感想は、 karino@mxh.meshnet.or.jp
までお願いいたします。