プリンセス救出陽動作戦
ダブルナイトの章

☆☆☆ 6.セリル ☆☆☆
朝・・・私はいつもの音楽で目を覚ました。
私には、ぼやっとした人影が見える。
『お、お父様。お母様・・・。セリル、恐い夢を見たの・・・お父様とお母様
が殺されて・・・。』
そう泣きじゃくりながら、人影に抱きついた。
その私の耳元に、お父様でもお母様でもメイドでもない声が聞こえた。
『あれはすべて現実だ。だが、未来と希望はある。』
私はまた声をあげて泣いた。
なぜこんな目にあわなきゃいけないの。
『私、家に帰る。学校に行くのっ。』
行ってどうなるというの。
家には誰もいないし・・・友達もいない。
じゃあ、どうすればいいの?。
分かっているけど・・・でももしかしたら・・・お父様とお母様が家で待って
るかも。
それを見抜いたかのようにダブルナイトが話し始めた。
『貴族連合の調査機関では行方不明の君を犯人の一味と断定し、星系内で指名
手配した。もちろん、他の星系に広がっていないし、君が犯人でないことを知っ
ている。もっとも、君はここに残るより、未来へ向かった方が幸せになれる。そ
れだけは保証しよう。』
私が反論しようとすると、手で制し、話を続ける。
『君は上級貴族の娘ではないし、一時的な孤児になっている。』
孤児・・・私が・・・貴族でなかったら・・・貴族を奉仕する立場の人間って
こと?。
貴族の令嬢の時は当り前だと思っていたのに、急に奉仕する人間に回ってみる
と・・・不公平よっ。
世の中は不公平だわ。
『この現状を駄馬(本当は”打破”っていうんだけど、この時はかんちがいし
てたのっっっっっっよ!。)するにはセージ家になるか・・・じょーおー様にな
るのよ。!』
『誰が女王様だって。』というあの声はダブルナイトのおにーちゃん。
私はあわてて涙を拭くとガバッと起きあがり・・・。
『やーん、聞ーてたのっ、ぶーーーーーっ。・・・・ここはどこ?。これから
どうするの?。(私はだれ?なんて言いたいけどいわないわっ。)』
まだ朝の7時だというのに、ダブルナイトは白いスーツをまとってる。
左肩から伸びている3本の細い鎖は弛むように左膝に留められ、左手にはトキ
色の手袋を、右手には白に近い水色の手袋をはめている。
その格好は貴族の教育武官(庶民の家庭教師よ)が好んでいるものにそっくり
。
白いスーツは教育武官(貴族の子息の教師兼ボディガード)の制服みたいなも
ので、右手袋が青っぽいのは高貴さを、左手袋が赤っぽいのは武芸を身につけて
いる証拠。
で、赤っぽい手袋をしてるのが利き腕なの。
(貴族として、武術家として利き腕を明らかにするのが誇りだって友達の教育
武官が言ってた。)
左肩からの鎖は教育武官の階級を意味してる。(1本が惑星貴族、2本が星域
貴族、3本が銀河貴族の教育武官。)
『ここは宇宙客船の中だ。』
ダブルナイトはスーツの内ポケットからカードを取り出すと、私の膝元のベッ
ドの上に投げてきた。
それを手にとって見ると・・・豪華宇宙客船アドリーム号のカード型チケット
で、<争いの惑星>経由の<偉大な賢者の惑星>行きになってる。
このカード型チケットは船内での身分証明書で、船内の各種施設が料金見合い
で利用できるの。
これには写真がついていないけど、首から上の立体映像が浮きでるようになっ
てるし、船内の各所に設けられたテレビカメラと、その画像から人物を認識する
コンピュータがあって、チケットの不正使用が出来ないようになってるの。
しかも、カードの色(金色)からすると、私は特別旅行客扱いになるのね。
『それで・・・どうして<偉大な賢者の惑星>に行くの?。あそこにあるのは
宇宙港と星域一の図書館だけで・・・逃げ道なんかないわ。』
ダブルナイトは室内にある、ノートが置いてある椅子にもたれ掛かると、内ポ
ケットから取り出したチケットを私に投げてきた。
そのカードはわたし用のチケットで、<偉大な賢者の惑星>発、星系の外れに
ある宇宙ステーション経由で行先が空欄になってる。
私たちはこの星系を離れ、どこか別の所へ行くのね。
宇宙ステーションには星系外宙域と星系内宙域とを結ぶ宇宙港があるだけで、
普通の人は生活していないもの。
でも、どうしてチケットを2つに分けておく必要があるの?。
ダブルナイトは私の顔から質問を読みとったように答えてくれた。
『追跡を撒くためだ。俺達は<偉大な賢者の惑星>に降りないが、船のコンピ
ュータに細工して、降りたように見せかける。追手は俺達が<偉大な賢者の惑星
>にいるか他の船に乗り換えたと思い、この船を調べないだろう。』
サッスガーは・・・ダブルナイトね。私もそうだと思っていたのよ。
『でも、その後どうするの?。』
『君には、ある作戦の囮になってもらう。今この銀河では、銀河皇帝の曾孫に
あたる王女の一人を保護し、皇帝の元にお連れする作戦だ。幸い、セリルは王女
に似ている。』
そっかー、そゆことなのね。・・・って事は、もしかして命をねらわれるの?
。
『大丈夫。命がけで守るから。それに・・・作戦が終わったら、必ず家族の元
に連れて行くから。セリルも、今すぐに家族の元へ帰るのは心苦しいだろ?。』
私の不安を見抜かれてる。
しかも、今すぐに本当の家族の元へ帰りたいのも・・・見抜かれてる。
暗に協力しろって脅してるのかしら。
それとも・・・。ダブルナイトが笑みを浮かべてる。
『セリル・・・すぐに家族に会いたいと・・・自分の事だけ考えていると、立
派な庶民にはなれないぞっ。』
なれなくてもいいもん。
私はすぐに、ほんとのお父様とお母様に会いたいのっ!・・・って言ってもム
ダみたいね。
でもでも・・・夢と恋とを求める冒険旅行と考えればおもしろいかも。
それに、しばらく(女王様・・・じゃなかった、)王女様になれるのよっ。
おもいっきりゼータクしてやるんだから。
『まさか、王女様の気分で旅行できると思ってるんじゃないだろうな。』
ぎくぎくっ、やっぱりダブルナイトが私の感情を読んでる。
もしかして、ダブルナイトはミュータント?。
『いっとくが、オレはエスパーじゃないぞ。因果な商売をしていると、つい相
手の顔色と態度から、考えが推理できる。特に、セリルのように表情を隠す事を
知らない貴族の考えがな。』
『ダブルナイトって、救急の運送屋さんでしょ。なのに・・・。』
ダブルナイトは私の質問を無視して話を続けた。
『これから君には、銀河貴族の娘に化けた王女の役を演じてもらう。素直に王
女を演じられたら、計画をじゃまする奴らに囮ですと怒鳴ってる様なものだ。』
そうか・・・それでダブルナイトは教育武官の格好をしているのね。
その私に向かって、今度は椅子の上のノートを軽く投げて来た。そのノートを
開くと・・・。
『役作りの台本だ。よく読んでおいてくれ。』
ダブルナイトはそれだけ言うと私の寝室からでて行った。
ノートの表紙には、確かにこう書いてある・・・<プリンセス救出作戦>と。
私の役どころは・・・銀河貴族の娘に化けた、変装が下手な王女様。
・・・名前はまだない。(ばれてるのは王女様の歳や格好だけで、名前は秘密
。
育ての親からもらった名前は本名じゃないらしいし・・・当然ね。)
見た目は・・・美しく、いつもさわやかな笑顔を浮かべている。
急いで回りを見渡すと、おっきな鏡を見つけた。
試しにそれに向かってニカッと笑ってみた。
やっぱり、可愛いわ。
見た目はOKね。
私は更にシナリオの続きを目で追った。
性格は・・・太陽のように明るく美しく、優しく、賢く・・・それでいて子供
らしく・・・なのに気品がある。
蝶が好きで、チョウチョの髪飾りがお気に入り・・・って、私はそんなのもっ
てない。
『チョウチョの髪飾りなんか持ってないよーっ』って、寝室の外に向かって声
をあげると、ダブルナイトが少し離れた所から答えてくれた。
『君の枕元に台がある。その上に可愛い宝石箱が見えるだろ。』
振り向いて枕元を見ると・・・きれいな小石で飾られた小箱がある。
これが宝石箱なの?。
こーんなちいさいのは、恥ずかしくって、宝石箱とはいわないわ。
ペット用の宝石箱だって、周囲が70センチメートル位、深さも10センチメ
ートル位あるわ。
なのにこれは・・・周囲約50センチしかない。
それとも、これが庶民の宝石箱なのかしら。
ま、いいわ。
ちょっとだけ期待して蓋を開けると・・・私の大好きな曲だっ。
朝の目覚めの音楽とは違う、3時のおやつの音楽よ。
でも、がっかりした。
何で髪飾りしか入っていないの。
普通、宝石箱っていったら、蓋を開けた時にペカーっと・・・キンキラキンに
光って、オルゴールが静かな音楽を奏で、何ともいえない香りが辺りを包むもの
よ。
なのに、満足できるのは音楽だけじゃない。
髪飾りもステキね。
青い蝶の羽の模様に沿って埋め込まれた、砂粒のような無数の宝石が七色に輝
き、光が踊っている。
安物にしてはよくできてるわね。
でも・・・私の好みにぴったし。
本物の王女様もセンスがいいのね。
さっそく、オルゴールの音をバックに、鏡の自分に見とれながら髪飾りをつけ
てみた。
ああっ、やっぱり似合うわ。
こんなに似合うなんて、どーしましょ。
『早くおぼえるんだぞっ。』と、ダブルナイトの声。
はっと我にかえる私。
ほーんのちょーっとの間、見とれていただけじゃない。
私を助けてくれた時は、あんなに優しかったのに。
ひ、ひどい、私の事をもう愛してはいないのねっ・・・とおどける気にもなら
ないわ。
『わかってる。・・・・びーーーーだっ。』
ダブルナイトに聞かれないように呟くと・・・シナリオをパラパラとめくって
みた。
そして・・・私は宝の地図を見つけてしまった。
それは、シナリオに挟まっていた一枚の紙切れだけど、それはアドリーム号の
船内にある施設の案内図だった。
アドリーム号は豪華客船っていうぐらいで星系内航行用の船体と星系外航行用
の船体に分かれてる。(普通の宇宙船は星系内航行用か星系外航行用のどちらか
だけで、両用のってなかなかないのよ。星系外航行用の運航に莫大な・・・って
いっても、私の小遣い位だけど・・・お金が必要なの。でも星系外航行用宇宙客
船は、おっきくて重いから、惑星や衛星に着陸できないの。だ・か・ら、両用は
無理なの。なのになぜアドリーム号は可能なのか。じ・つ・は、各星系の外れに
ある宇宙ステーションを境にして星系内航行用として船体の一部がカパッと外れ
るの。今は星系内航行用の部分だけど、もうすぐ探検しまくるぞーっ。)
星系外航行状態になった時の全長は約4キロメートル。
その中には巨大な温水プールに展望台、図書館、美容室、医療施設にトレーニ
ングルーム、2種類の食事処(食堂)と様々なイベント会場等々、お客に旅を飽
きさせないつくりになってる。
そんな、わくわく状態の私に向かって、ダブルナイトの声が飛んで来た。
『もうすぐ食事にいくぞ。』
え、ええーーーーっ。
私まだ着替えてないのに・・・そう、着替えはどこにあるのっ。
辺りをキョロキョロすると・・・あった。
目の前にある鏡の右側にあるのが衣装扉ねっ。
その向こうには・・・何着かのドレスがしまってある。
それを急いで・・・身につけられない。
『ダブルナイトーっ。』
こっちに来てーっ、と呼びたかったけどやめた。
そのかわり、お願いをする事にした。
『まだ着替えてないの。着付け師を呼んでちょうだい。』
それなのに・・・ダブルナイトってば、なんて冷たいの。
『・・・だめだ。王女様という正体を隠そうとする娘が、着付け師を呼ぶわけ
ないだろ。それに・・・これからは一人で着替えが出来ないと、庶民の娘として
生活できないぞ。』
『そんな・・・あたしを誰だと思ってるの。こう見えても銀河貴族の娘・・・
じゃなかった。』
ダブルナイトが更に追い打ちをかけてきた。
『誰が銀河貴族の娘だって?。・・・早くしないとおいてくぞ。あと、10分
だけ待ってやる。』
ぎゃぴーっ。
怒鳴ってやる!。
唸ってやる!。
叫んでやる〜っ!。
怒鳴ってやる!。
唸ってやる!。
叫んでやる〜っ!。
あたしって、ブラックホールの奥まで不幸〜っ!。
10分後・・・ばろぼろになりながらも着替えた私は・・・はんべそ状態で寝
室を出た。
そこは特別旅行客用の豪華客室の居間になってて・・・ダブルナイトが大きな
ため息をついて近づいてきた。
笑わなかったから許してあげる。
『あそこの鏡を見てご覧。明日は、今日よりもうまくなろうな。』
そういいながら、ダブルナイトがドレスと髪を整えてくれた。
冷たいようで・・・やっぱりいい人みたい。
くしゃくしゃの髪が見るまに美しい小川になる。
その小川には一斗(一羽)の青い蝶。
しわのよったストロベリー(ローズレッドに近い赤)のドレスもすっきりして
いく。
ひらひら(フリルっていうんだよ。)も花びらの様に波打っている。
だから、ダブルナイトがだ〜いすき!。
そして・・・。
『これから、お金持ち専用の食堂に参ります。お手をどうぞ、お嬢様。私めが
会場まで案内させていただきます。』
そういって差し出されたダブルナイトの右手をとると・・・左腕に私の腕をか
らませた。
『爺や、頼みましたよ。』
あ、ダブルナイトの足が止まった。
『二人っきりの時は、おにーさんと呼んでほしいな。ただし、通路に出たら先
生と呼ぶように。』
前にも言ったと思うけど、食堂はびんぼーにん(2等旅行客)用とお金持ち(
1等旅行客以上)用とに分かれているの。
(私達のような特別旅行客の部屋にはキッチンもついてて、サービスカウンタ
に電話一本するだけで、しぇふが料理してくれるの・・・別料金だけど。それか
ら・・・びんぼーにん用の食堂を貴族が利用してもいいんだけど、そんなもの好
きな貴族はいないわ。)
私達が入った大広間は学校の体育館が入るくらいの広さで、バイキング形式の
朝食が並んでいる。
会場には100人近い旅行客が正装で食事を始めてる。
貴族がセルフサービスを喜ぶと思ったら大間違い。
広間中をかけずり回っているメイド達が貴族の指示に従って皿に盛りつける。
更に(皿にじゃないよ。)貴族の後に従い、貴族が気に入る席まで運んでいく
。
席には立席もあり、そのための丈の高いテーブルもある。(中には自分で皿に
とってる貴婦人や、貴婦人のために料理を選んでいる紳士もいるけど。)
あれ、あれれ・・・急に不安になっちゃった。
もしかして私に自分でとれっていうの。
そんな私の心配をよそに・・・。
『お嬢様、何にいたしましょうか。』
さすがはダブルナイトね。
でも、直径50センチの皿を手に持つのはやめてくれる?。
食事を適度に食した(たらふく詰め込んだ)私達は、メイドに命じてサンドイ
ッチをバスケットに詰め込ませ、会場を後にした。
次に目指すのは・・・イメージルームよっ。
でもね・・・この施設は星系外航行用の船体にしかついていないの。
朝食から5時間後、私達は宇宙ステーションを後にして<夢楽園の星系>を目
指すアドリーム号の中にいた。
<夢楽園の星系>は大昔に入植が始まった星系で、入植者が願いを込めてつけ
た名前なの。
でも実際には大変だったらしいわ。
入植者の大半は夢みるびんぼーにんとか犯罪者とかで、ろくな設備も持たずに
植民したらしいわ。
その星系にあったのは極寒の惑星や灼熱の惑星、有毒ガスの惑星にヴィールス
の惑星、全てに毒がある惑星。
吹き荒れる大気に大型の肉食動物に食中植物。
原住生物との戦いと共存。
凶作等の天変地異に反乱。
そして今の星系があるってダブルナイトが説明してくれた。
あんまり関係ないけどね。
イメージルームは直径約10メートルの円筒状の部屋で、円周にあたる壁の9
9%が特殊なパネルにおおわれている。
入口の壁に掛けてあるハンディタイプのリモコンを取ると、入口が静かに閉じ
る。
(入るためには1等旅行客以上の資格が登録されたチケットが必要よ。)
私が手にしているリモコンは、この部屋のイメージをかえるためのもの。
私は、ダブルナイトの手にバスケットがあるのを確認すると、リモコンのいく
つかのスイッチを押す。
それにつれてパネルの映像が変わっていく。
夏の穏やかな浜辺には私達だけ。
あるいは雪がしんしんと降る丘の上。
それとも、色とりどりの熱帯魚が泳ぎ回る珊瑚礁の上がいいかしら。
いいえ、やっぱり野原がいいわ。
それをスイッチで確定すると、回りが生き始めた。
私達の右手には小川が流れ、せせらぎが聞こえてくる。
左手の奥の方には森の木々が見える。
辺りには花が咲き乱れ、柔らかな風が花の香りを運んでくる。
蝶が踊り、小鳥達が歌う。
本物じゃないけど本物に感じられるし、私(私達)の心を和ませてくれる。
バスケットを開けてサンドイッチを取り出すと・・・ダブルナイトが物欲しそ
うな顔でこっちを見てる。
そして・・・大きく口を開くと、その中を指さしている。
食べたかったら勝手に取って食えばいいじゃない。
それを・・・。
私の手の中にあるサンドイッチをダブルナイトの口元に持って行くと、ぱくっ
と食べた。
子供の前で子供の振りなんかするんじゃな〜い!。
こっちが恥ずかしいじゃない、照れるじゃな〜い。
『目覚めのあの曲・・・いつも私の目覚しがわりなの。』
私の独り言のような告白ともとれるような質問にダブルナイトが微かにうなず
いた。
『知ってたよ。だから、あの曲をかけた。』
それが・・・心遣いなのね。
もう一つ聞いてみた。
『・・・初めて会ったあの日、廃墟でたき火をたいてくれたわ。敵に気づかれ
る危険を犯して。』
『寒かったからね。それに、たき火をつけなくても敵は俺達を発見しただろう
し、火をつけていないと人間もどき達が襲って来ただろう。襲われても勝てるが
、彼らの命を奪うのは忍びない。あと、敵に勝つ自信があったし、君を守り抜く
自信もあった。』
自信の話はいいけど・・・。
『人間もどき達は生きてて幸せなのかしら。死んだ方が幸せじゃないかしら。
』
『それは俺達が判断すべき事じゃない。生きる権利は彼らにあるし、生きるこ
とが生を受けた生物の義務だと思う。』
そゆものかしら。
『毛布をかけてくれたのはなぜ?。いざという時、手足がかじかんでしまった
ら・・・。もしかして私をあわれんだの?。両親を殺された私に同情したの?。
』
いつの間にか瞳に浮かんできた涙をダブルナイトに見られてる。
『それは違う。わかるだろ?。』
同情じゃなかったら、あわれみじゃなかったら、何なのかしら。
『私に対する奉仕・・・?。それとも優しさ?。』
『少なくとも奉仕でないことは確かだ。見返りを求めないで、人に優しくする
事さ。君はこれからの人生でそれを知るだろう・・・いや、すでに学び始めてい
る。俺にパンを食べさせてくれた時、見返りを期待していなかったはずだ。』
ダブルナイトのいう通りね。
貴族ではなかなか学べないものなのね・・・。ダブルナイトの言葉が続く。
『おなかが空いたろ。沢山たべな。・・・やけ食いするタイプなんだろ。』
やっぱり見抜かれてる・・・。
でも、今の私にはそれしかできない。
もし大人になった時に、どうして太ったのって聞かれたら、こう答えるの。
私の体の中には無数の悲しみが詰まってるんですっ・・・て。
私はそこで、しばらくの間ダブルナイトの胸の中で涙を流した・・・声を押し
殺して。
そんな私の背中と頭の上にダブルナイトの手が触れる。
『声をあげて泣いていいんだよ。ここから外には音が漏れないから。』
そう言われたって・・・淑女は大声で泣いちゃいけないって・・・。
『そうか・・・泣き方を知らないんだな。”わー”と、いってごらん・・・泣
くことができるから。』
言われた通りに声を出すと・・・泣けたわ。
庶民の泣き方をマスターしたわ。
でも・・・うれしくないの、かなしいのっ。
一時間くらいかしら・・・泣きながらサンドイッチと紅茶をおなかに詰め込ん
だ私は、涙を拭き取るとイメージルームを後にし(誰かが使用したら、船のサー
ビス係が後片付けに来るからバスケットは置きっぱなしでかまわないのよ)、展
望室で星空(といってもレインボー・スターしか見えないんだけど)を眺め、プ
ールで泳ぎ(涙を隠すためじゃないわ、本当に泳ぎたかったのっ。水着はサービ
スカウンタで貸してくれるの)・・・今日という一日の終わりが近づいてきた。
そして・・・食堂に悲しみを詰めにいった。
『前よりも広いのね、ここは。』と私は傍らにいるダブルナイトに話した。
朝食を食べた広間の4倍位広いけど・・・私が両親(もとい、育てのお父様と
お母様)に連れられて参加した貴族のパーティと比較したらかなりせまいわ。
それでも・・・テーブルに並んでいるご馳走はお・い・し・そ・う。
『コホツ。』というダブルナイトの咳払いでハッとした。
私ったら物欲しそうな顔をしてたのかしら。
とにかく、疑われないように、靜か〜に中に入りながら辺りをうかがったけど
、誰も私達(私じゃないの・・・私とダブルナイトの2人よ)に注意をはらって
いないようだわ。
私達より目立つ人達が多いもの。
例えば・・・中央の奥では暑苦しい太った貴族が3人(それもハゲよっ)、道
化師(ハゲよハゲッ)の踊りを見ながら大声をあげて笑ってる。
胸の勲章からすると星域貴族(わざわざ勲章をつけてるのは、自分の地位を誇
示したい気持ちの表れだとダブルナイトが言ってた)ね。
(もしかして、敵が隠れてたりして。そすると、あの道化師が怪しい。)
その右向こう、に・・・身長3メートル近い大男がキョロキョロしてる。
(小心者?それとも敵?)メイド達の中に、チームを組んで忙しくかけずり回
る女性が3人。
(目立ちすぎて、逆に怪しいわ。それに、メイドなら食べ物に毒を隠しても怪
しまれないし、合鍵で部屋に忍び込めるわ。)
そう考えている私の耳元にダブルナイトが聶きかけた。
『見たまえ・・・あの娘達を。彼女達は平民で、生きるためにここで働いてい
る。君も、彼女達の様に働かないと、生活できなくなる。』
その現実に、私は震えてしまった。
考えてみたら・・・私は無一文でただの平民。
あんなに働いて、一年間にもらえるお金は私の一ヶ月の小遣いよりも少ないん
だと、ダブルナイトが教えてくれた。
今まではお金を見た事もなかったし(買物はカードか小切手か後払いだったし
)、それを考えると不安でいっぱいになるの。
どう考えても生きてけるわけないじゃない・・・私の今までの小遣いは、一ヶ
月もった事ないんだもの。
だから、つい彼女(おねーさま)達に目がいってしまう。
『!。』
身の危険を感じた私は、あわてて振り返った。
そこには、藤色の髪をくるくるっとまとめあげ、それを頭の上の方で留めてい
るおばあちゃんがいる。
そんなに高齢にも見えないし、背筋もピンとして老いを感じさせないわ。
動きも軽やかで(乱暴っていう見方もあるけど)、バイオレットの瞳は生気に
輝き、全てを見通すように動いている。
白地に細い縦縞の花紫色が映えるドレス(?)と、同じく白地に瑠璃色の渦巻
模様が頭上から縁へと流れる帽子が、変にマッチしてる。
元気なのに手にした丈夫な杖は、凶器。
こ、恐いっ。でも、セリル負けないっ。
『わーっ。』と、背後から人々の歓声があがる。
なにっ、と思って会場に目を戻すと、化粧で素顔を隠した道化師が、3個の果
物を放り投げ、再び放り投げるまでの間に一口づづ食べていく。
やがて芯だけになった残骸は、道化師の手によって屑篭へと投げ込まれていく
。
そして・・・果汁が染み込んだ手袋をした右手で、私に向かっておいでおいで
をしてくる。
表情は読み取れないけど・・・その目の輝きはいたずらか罠を感じさせる。
私は多少、不安を覚えながらもダブルナイトの瞳から安らぎを感じとり、促さ
れるままに前に進みでた。
幸い、道化師との間にはおっきなテーブルがあり、それ以上進めないようにな
ってる。
その前で立ち止まった私の右側には、教育武官を演じるダブルナイトがいる。
さて、道化師はどうするのでしょう。
彼は大げさな身ぶりで右へ行け、左へ行けと命令する。(一応、道化師は言葉
を喋っちゃいけない事になってるの。)
道化師を叱りつけてもいいんだけど、心が狭いと思われるし、そんなことをす
ると、こっちが貴族に化けてるか、やましい事があると思われちゃう。
だからその通りに動くしかないんだけど、そうこうしているうちに、背後から
きびしさを感じさせるおばあちゃんの声。
『ちょっとそこのお嬢ちゃん?、私しゃ、あんたの目の前にある鳥肉が食いた
いんだけどねぇ?。』
ひょっとして、それは元銀河男爵の娘だったわ・た・し・にいってるの。
私はムカっとしながら振り返った。
そこにあった顔は、あの、杖を振り回しながら入場してきたおばあちゃんで、
とても貴族には見えない。
単なる金持ちなら私と一緒(平民という意味でよ)、私の役がお姫様(ほんと
は貴族の娘だけど)なんだから、私の方がう・え・なのよっ、。
その私に皿を差し出して、横柄な態度が許されるとおもってるの!!。
『あんたが自分でとればいいじゃないっ。』と、言ってやりたかったけど・・
・けどダブルナイトの目がそれを許さなかった・・・ニコッとした目の縁が、微
かにピクピクしてる。
ダブルナイトは銀河貴族が好んでつけるエンブレムをスーツの内側からちらつ
かせながら、
『お嬢様、お年寄りには親切にしなければ。』と、のたまった。
まだ、親切については理解しきれてないけど、ダブルナイトの言葉に逆らえな
い事は理解してる。
私は、おばあちゃんの左手から皿を受け取ると、望んでいた肉を盛ってあげた
。
私はおばあちゃんの付き人じゃないのよ。
こゆ事はメイドさんかお手伝いさんに命令してね、と思いながら、にっこりや
ってるのに・・・あのババさん、次々と小言を行ってくる。
『肉は、重そうなのはやめて、軽めに・・・そんな脂肪がついてるのは食えな
いだろ。あ、骨付きはダメだよ。焦げていないのを・・・色が濃いのは堅いんだ
から、柔らかいのを選ぶんだよ。一口サイズを選ぶんだよ。そんなに乗せちゃ、
重くて持てないだろ。デザートはどうしたの?。あたりまえでしょ。甘い果物に
・・・それじゃ重くて、私の手首が折れるだろ。そうそう、それでいいのよ。』
やっとの事で私はババから解放されたけど、何も言わずにその場を離れようと
する。
も〜頭にきたわ。
ダブルナイトが何を言おうと、私の怒りは収まらない。
『おばあ様・・・お礼の一言もいただけないんですの?。』
すると、あのババアはピタリと立ち止まり、ゆっくりと振り向き、ケンカを売
ってきた。
『おやまぁ、あんなにイヤイヤながらしておいて・・・皿を私に無言で渡して
?。あんたの行動には真心がない。だから、私がお礼を言う必要はないね。それ
とも、お礼の言葉を期待して料理を取ってくれたのかい?。』
そのあと、ニコッと笑って・・・ツンッとしながら右のほうへと去って行った
。
ば、ば・・・ババァ〜っと、私は叫ぼうとした・・・でも、左側からのざわめ
きが気になってしまった。
そちらに視線を移すと・・・あのハゲた貴族達が見える。
その内の1人の服が紅茶で汚れ、怒ってる。
後の2人はニヤニヤし、道化師は天井を見上げながら5個の果物を投げあげて
いる。
そして、その足元で震えているのは・・・メイドのおねーさん。
そばかす顔で若葉色の制服に、薄緑色の髪が綺麗。
そのおねーさんは床に座り込み、スカートの後ろ側を押えながら瞳に涙を浮か
べている。
彼女の回りにはグラス(割れないような特殊合成繊維金属?でできてるの)が
散乱し、真紅のじゅうたんに染みができてる。
『あの娘も可愛そうに・・・そこの道化師が、お尻を触らなければ・・・。』
と、近くの貴族が呟くのが聞こえた。
でも、その貴族は星域貴族だし、3人の銀河貴族には逆らえないのね。
『またあいつらか・・・。別の船でも同じ事をしてたな・・・。』え、じゃあ
道化師にいたずらさせて、わざと紅茶をこぼさせてるの?。
でもどうして?。
『皇帝陛下からいただいた大切な服に紅茶をこぼすとは・・・例え悪意がなか
ろうと、許されることではないっ。お前の罪は、皇帝陛下に紅茶をかけたのと同
じくらい重いのだっ。』と怒りに震える姿は3流役者ね。
でも・・・誰も逆らえない。銀河貴族が口にする皇帝陛下って銀河皇帝の事で
しょうし、貴族達が嘘をついていたとしても、逆らえば皇帝を侮辱した事になる
わ。
そこに、2人のメイドが騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきた。
『も、申し訳ございません。』と、牡丹色の髪をしたおねーさんが謝ってる。
赤銅色の髪のおねーさんは薄緑色の髪のおねーさんをかばうように座ってる。
その、おびえた3人のおねーさんを前に、汚れた服の貴族がからんでくる。
『それなら、クリーニング代として10000リーン頂こうか。』
『我ら貴族にとっては、はした金だが・・・こいつらにあるかな。』
『では、体で払ってもらおうか。』と言いながら、貴族の一人が牡丹色の髪の
おねーさんを抱き寄せようとする。
私はあのババァの事を忘れ、この貴族達に激しい怒りがメラメラと燃えだした
。
ゆるさない・・・許さないっ、あの貴族達。
平民いじめの威張りんぼが・・・10000リーンは私の1カ月の小遣いだけ
ど、おねーさん達にとっては大金なんだぞ〜。
私はダブルナイトが止めに入る前に、あの手近かのテーブルに近づくと・・・
パイを3手に持ち、あいつらの顔に次々と投げつけてやった。(道化師に投げる
のは、なんか恐いのでやめた。)
と同時に私の回りからは、おおっというどよめきと拍手が起こった。
はっと冷静になって回りを見渡す私。
その時になって初めて、大食堂で食事をしている大半の人々に注目されている
のを知った。
みんなが私と同じ気持ちでいる事が分かった。
こーなったら、とことんやっちゃえやっちゃえーっ!!。
貴族達は奇襲から立ち直り、クリームを顔から拭き取りながら、こっちをにら
んでる。
ケンカでもにらめっこでも負けないんだから!!。
だからダブルナイト、危なくなったら助けてね。
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7. ダブルナイト
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