プリンセス救出陽動作戦
ダブルナイトの章
☆☆☆ 24.シルバー・レンジャー ☆☆☆
エンジェル・ウィングが放った8本の赤い羽は、狙い違わず、オレの急所目
指して飛んでくる。
2つの瞳と眉間、喉と心臓、股間と両膝めがけて・・・。
が、その全てが目標に到達することはない。
セリルは恐怖のあまり、オレから目を外らすが・・・静寂の中で視線を戻す。
そしてオレは立ち尽くしたままさ。
『ひっ!。』と、エンジェル・ウィングの押し殺した叫び。
セリルの笑顔。
8本の羽は目標の直前で宙に浮いている。
オレが軽く超能力を使えば・・・テレキネシスでその全てを止めれば・・・オ
レは無傷だ。
この力がある限り、飛び道具による攻撃は殆ど無意味だ。
あらゆる銃の使い手であるダブル・ナイトが、銃で誰かに負けるとは思えない
。
そして超能力者であるオレが飛び道具の大半については無傷だと断言できる。
もちろん、この能力にも原因がある。
テレキネシスにとって、物体の大きさは関係ない。
関係があるのは・・・体積と時間と数だ。
体積がある物ほど動かし難く、短時間で物体を移動させるのは疲れる。
また、同時に操れる物体の数にも個人差があり、オレの場合は12個までなら
大丈夫。
能力に目覚めたばかりの人間なら、1つを動かすのも大変だ。
特別な訓練を受けない者なら、2つが精一杯だ。
そして1つ増える毎に、その労力は2倍ずつ増加する。
これだけの能力を持っているのは・・・銀河広しといえども、100人には満
たないだろう。
それに、オレの能力では、物質でない純粋エネルギーを移動させられない。
『あっ、あんたは超能力者・・・だっかのかい?。』
『今更それを知ってどうなる?。お前の武器では、オレにかすり傷さえつけれ
ないさ。』が、エンジェル・ウィングは怯まない。
震えているように見えるが・・・引き下がる気はないようだ。
奴は無謀にも、4枚の赤い羽を手にとると、それらでオレに攻撃を仕掛けてく
る。
奴は・・・超能力者と戦った事がないのか?。
『やれやれだな・・・。』
オレは8枚の羽を反転させ、元の主人に向かって移動させる。
その半分が途中で奴の第2撃とぶつかって爆発する。
残りの半分は・・・奴が逃げる隙を与えることなく、攻撃をかわすように回避
行動をとらせ、4方向から攻撃する。
それより早く、逃げきれないと覚った奴は、慌ててコートを脱ぎ捨てる。
「ボン、ボムッ・・ボンボンッ」と音を立て、奴の姿が4つの火の玉に包まれ
る。
『ひっ・・・ひいぃぃっ!。』
奴の叫びが響くが、それは自業自得というものだ。
オレには元々攻撃する気もないし、ダブルナイトと合流するまでセリルを守り
きれればいいのだから。
『それで私を倒せると思ってるのぉっ!。』
奴は腰に装着していた1対の黒いムチを両手に持つと身構える。
こいつはっ・・・無駄だということが分からないのかっ!!。
「ヒュンヒュン!・・・ヒュゥン!!」
奴は軽やかに鞭を操り・・・。
『ハアッ。』
かけ声と共にオレを襲う2本のムチ。
当然それらはオレに到達することなく空中で停止し、オレの念力を受けたそれ
は、奴自身の顔を襲う。
「ビシィィィッ!!」
そして、『きゃあぁぁぁっ!。』と奴の悲鳴が、ほぼ同時に聞こえる。
音にびっくりしたのか、セリルは耳を抑えて目を閉じている。
が、オレはそれに構わない。
今、エンジェル・ウィングから注意を外らしたら・・・何が起きるか判らない
。
『なっ、何をするのよぉっ。か弱い女性に暴力をふるうき?。』
お前は気持ちの悪いオカマだろうがっ!!。
奴はオレの鞭を頬に受け、そこを大事そうに撫でている。
その、奴の手が、切り裂かれた頬から流れ出る液体で滑る。
『あ、あ、あたしの大事な大事な顔をっ・・・よくもおおっ。殺してやるーっ
。』
怒りに自分を失った奴は、両手を広げてオレに掴みかかってくる。
奴の武器は飛び道具であり、それを持たずに、華奢な体で肉弾戦に持ち込もう
というのか?。
肉弾戦〜っ?。
冗談じゃないっ、誰が好きこのんで変態と抱き合ったりするものかぁっ。
オレは、奴の手が体に触れる前に、鞭で叩きのめす。
狙いは・・・奴の顔だ。
恐怖で目を開けていられない位に激しい攻撃を加える。
「ビシッ、ビシィィィッ。ビシビシビシビシビシビシッ。」
『き、きゃあっ・・・・あああああっ。ひいぃぃぃぃぃっ。たっ、助けてお願
いっ。かっ、顔だけは止めてえぇぇぇっ!。他はガマンするからっ、かおだけは
あぁぁぁぁっ、お願いよおぉぉぉぉっ。』
こっ、こいつ、まさか・・・痛みで快感を感じてるんじゃぁないだろうなっ。
『・・・さっさと消えろっ。この次は・・・ないと思えっ。』
そしてオレは、2つの鞭を奴に投げ渡す。
奴の顔に安堵の表情が浮かぶ。
オレに媚びるつもりだろが、そう甘くはない。
奴の手が鞭に触れた瞬間、能力を総動員して鞭を粉々に引き裂き砕いて見せる
。
「ビッ。バッ。ババッ。ビンッ。バババババババッ。ビバビバビバビバビバッ
!!。」
『ふっ、ひっ、ひぃぃぃぃ!!。』
そして奴は・・・鞭の残骸を放り出し、床を這うようにオレ達を回り込み、貯
蔵庫の方へと・・・違う!。
『間に合いましたな。』
その声は・・・ミュータントのように、調和のとれていないその体は、ゴッド
・アイ?!!。
ここしばらく、奴の心が読めないと思っていたが・・・奴は奴で仕事に熱中し
、オレの能力では探知できなくなっていたのか。
奴は乗客に混じって、下船したのではなかったのか?。
その背後にエンジェル・ウィングは隠れ、ブルブルと震えている。
そしてオレの背後にはセリルが・・・。
『自信を打ち砕かれて、戦闘不能か。ここにいても足手まといじゃ。先に戻っ
て、脱出の準備でもしておけ。』
『でっ、でも、あたしは・・・。』
だがゴッド・アイは、抗議しかけるエンジェル・ウィングの言葉を遮り、一喝
する。
『ワシの命令がきけんのかっ。貴侯様の前では対等だろうが、ワシとお前とで
は暗殺者としての年季が違うわっ。さっさと行けっ。』
動揺の色を隠せないエンジェル・ウィングはオレを睨みつけ、ゴッド・アイを
も睨んで走り去っていった。
こいつらは・・・同じチームでも、仲が悪いのか。
しかし・・・星系内航行ユニットが本体から切り放されていると暗殺者達が知
ったら・・・どう反応するのかな。
オレ達に逃げ場はないと信じているようだが、逃げ場を失ったのは、お前達暗
殺者の方さ。
『さてと、お見苦しい醜態をさらしてしまいましたな。』
サイズの違う両目で作る笑顔は不気味で・・・見ているオレ達の不快感が増す
だけだ。
『どうしました?。ワシがいるとは、思っていなかったと?。』
当然だ!。
奴自身がダブルナイトに下船すると告げたはずだ。
『ダブルナイトと別れ、下船する途中で嫌な予感がしましてな。ダブルナイト
と、生きて再会する事はないと知っている。しかし・・・このままでは任務が失
敗する気がしましてな。どうも・・・何者かがダブルナイトに協力しているよう
な・・・。』
『それがオレだと知ったのか?。』
奴はオレの質問に、口だけで答える。
2つの目玉はオレ達をとらえて離さない。
『いいや。ワシにとっては、誰だろうと関係ない。自らの勘を信じて行動すれ
ば、結果は全て、望んだ形となるのじゃ。』
そう、相手に超能力者や特異能力者がいなければな。
奴が何時からここに居たのかは知らないが、奴の予感が外れるのは確実だ。
『シルバー・・・とかいったな。貴様が何を考えているか読み取れるぞ。自分
が超能力者だから、ワシの能力は自分にとって無力だと考えているな。だが・・
・お前の仲間、ダブルナイトの運命は決まったのだ。奴は死ぬ。』
『そんな事ないもんっ!!。』
はっとして振り向くと、セリルが瞳に涙をためて・・・堪えている。
彼女にとって、トーちゃんは大切なお兄ちゃんだからな。
ゴッド・アイの言葉が嘘であろうと事実であろうと、彼女が認めるわけない。
『そんなこと、ないもん!!。あなたなんかねっ、あんたなんかっ、お兄ちゃ
んに倒されるのよっ。』
そう、その通りだっ。
オレだって、トーちゃんをむざむざと殺させはしない。
ゴッド・アイが生還への道を閉ざそうというのなら、オレが新たに道を造って
みせる。
『まだ分かってはおらんようじゃなっ。既に貴様達は、わしの力に支配されて
おるのじゃっ。』
何を馬鹿な事を。
オレがその気になれば・・・・。オレの体から冷や汗が流れ始める。
なっ、何なんだこれはっ。
体が動かないっ。
言葉さえも出ない。
これは・・・この感じは・・・。
『ふぉっふぉっふぉっ。理解したようじゃな。ロッドのあの能力、<言葉使い
>の力をどうやってプログラムしたと思っていたんじゃ?。ワシこそ正真正銘の
<言葉使い>、同僚殺しの・・・そこまで正体を明かす必要などなかったな。』
やられたっ。
エンジェル・ウィングを簡単に撃退したオレに、驕りがあった。
その心の隙を突かれたっ。
オレとセリルは無防備に立ち尽くし、どうする事も出来ない。
いや、時間さえあれば・・・2つの事件を期待できる。
一つはダブルナイトが助けに来てくれる事。
そう、とにかく時間さえあれば・・・。
『ひゃっひゃっ。今動けるのはワシだけじゃ。しかし・・・お嬢ちゃんの口だ
けはきけるようにしてあげよう。但し、ワシの質問に答えるだけじゃが。』
ゴッド・アイは何をする気だ?。
『ワシはまだ、こいつが王女ではないかと疑っておる。そこでじゃ・・・。思
い出すのじゃ、過去に起きた出来事を。まだ言葉も口に出来ぬ子供の頃を・・・
。生まれた瞬間の風景を・・・。』
セリルの目の焦点が合っていないっ。
夢遊病者のようにふらつく体。
きっ、きさまっ・・・。
能力を使って無理矢理セリルの心をこじ開け、破壊する気かっ。
ゴッド・アイはオレの殺気に気づいたのだろう、嫌らしい笑いを浮かべて言葉
をかけてくる。
『ひゃひゃひゃっ。心配はいらん。ロッドのような欠陥製品には限界がある。
が、優秀なワシの能力を発揮すれば大丈夫。だいいち、セリルの正気を無くして
しまっては、殺す楽しみが消えるというものじゃ。』
体は動かなくても、心は動く。
怒りが・・・体中が熱くなるっ。
『さて、本題に戻るか。』
奴はそう言いながらも、すぐに目的を達成できるようにと短剣を取り出す。
真実を聞きだした後で、セリルを殺そうというのかっ。
体は動かなくても、心を集中させられれば・・・もしかしたら。
オレは短剣に念を凝らす。
動け・・・動けっ!・・・動けぇぇっ!!。
っだめだ、力が使えない。
オレの超能力が無効だと、奴はそこまで知っていたのか?。
『お嬢ちゃんの側には何が見えるかな。優しい母親、その他には誰が見える?
。』
『おねーちゃまがいる。きっと、おねーちゃまよ。』
『うううっ、う、嘘だぁっ。お前は一人娘だ。姉がいるわけない。これは・・
・何かの間違いだ。』
奴は慌てている。
セリルの告白に戸惑い、自分が持っている情報を再確認しているな。
『いや、まてよ。デス・ナイトは少女の命を奪う事に反対している。今回の仕
事でも、王女と目される数多い少女の中から、王女の可能性が低い少女をターゲ
ットに選んだとしても不思議ではない。では・・・やはり・・・王女ではないの
か?。ロッドの調べ上げた情報は正しかったのか・・・。』
奴は呟き・・・ナイフを構えてセリルに近づく。
殺すつもりかっ!。
『まだだ・・・まだ、諦めん!!。・・・セリルよ・・・時は過ぎていく。1
日、1日と時が流れ・・・3ヶ月がたった。さあ、何が見えるかな?。』
ゴッド・アイの誘導で、オレも知らなかったセリルの過去が、少しずつ見えて
くる。
『・・・おじさんや・・・おばさんがいる。美味しそうな匂い。くすんだ壁と
天井。あの曲は何かしら。楽しそうな、明るい音。遠くで・・・子供達の笑い声
。』
彼女の家は、裕福とは言えないが、それでも楽しく、暖かかったと感じられる
。
それなのに何故、彼女はここで孤独に生きているんだ?。
『お前は、王女の囮なのか・・・。』
『はい、そうです。』とセリルが、ゴッド・アイの独り言に反応する。
『もういいわっ!!。』
あてが外れ、イライラしながら叫ぶゴッド・アイの右手に、ナイフが妖しく光
る。
奴の命令を受け、言葉を失ったセリルの瞳から涙が・・・。恐怖か、過去をか
いま見た事実に対するものなのか・・・。
くっ、ダメだっ。
奴の、不気味に大きな左目に見入られていると・・・金縛りにあったように・
・・。
「ドオォォォォォンッ!!。」
その衝撃は、急に来た。
それは・・・オレが予期し、期待していたもう一つの事件だ。
『なっ、何事がぁっ。』
起きたんだ?、と叫びたいのだろうが、力を受けた奴は最後まで言えない。
オレ達3人は衝撃と一緒に、通路の奥へと吹き飛ぶ。
『キッ、きゃあぁぁぁぁーっ。』
セリルの叫び声があがる。
つまり、オレも奴の呪縛から逃れられた!!。
ゴッド・アイとセリル、そして船内に残っている人間で、全てを理解している
のは2人だけだろう。
今回の事件で、ダブルナイトの前に初めて姿を現した時、オレは一つの手を打
っていた。
彼がヒドラと対峙する少し前、オレは通路で船長と出会っていた。
トーちゃんやセリルの危機を救うため、オレは船長に一つのお願いをした。
オレが2人をあるエリアまで誘導するから、船内のモニターでそれを確認し、
暗殺者達も同じエリアに移動したのを確認した後で、スイッチを入れてくれと。
そのある場所とは、星系内を航行するための船体、星系内航行ユニットの中を
意味し、スイッチとは、それを星系外航行ユニットから切り放すための物だ。
暗殺者とオレ達が星系内航行ユニットに移動したのを確認し、そのスィッチを
星系外ユニットのサービス・センターから入れれば、船長は自分を含めて残った
乗員の命と、船体を守れる。
逆にオレは、切り放される衝撃から、生き残った暗殺者全てが、この星系内航
行ユニットに移動したと理解できる。
そう、船長の最後の放送で、彼は一人だけ、自分の気持ちを理解してもらえる
だろうと発言していた。
その一人というのが・・・オレさ。
もう一つ説明すると・・・アドリーム号には3つのサービス・センターがある
。
一つは星系内航行ユニットに。残りの2つは星系外航行ユニットに。
今、考え直してみると・・・エンジェル・ウィングは本来のサービス・センタ
ーに、船長は副サービス・センターにいたのだろう。
暗殺者達だが・・・エンジェル・ウィングが救命艇を全て発進させたのは、オ
レ達にとっては都合が良かったな。
これで奴ら自身も脱出できないわけだ・・・オレだけは違うけどな。
『きゃあ〜っ。』
セリルの悲鳴でオレは辺りを見回す。
時間にして、あの衝撃から5秒も立っていないだろうが・・・壁が近づいてく
る。
壁に一番近いゴッド・アイは無視するとして、それでもオレより先に壁に近づ
いているセリルが心配だ。
彼女に怪我をさせるわけにはいかぬ。
オレは神経を一点に集中させ、壁に激突寸前のセリルの動きを止める。
が、そこまでだった。
テレキネシスの対象から、その術者は外れる。
「ドンッ」「ドーンッ」とゴッド・アイ、それに続いてオレがぶつかる。
が、オレは体の向きを変え、衝撃の移動エネルギーを蓄積したまま、先に壁に
打ち当たった奴の腹部に強烈な肘打ちを加える。(パンチでもよかったが・・・
オレの手首を痛める恐れもあったので、それは止めた。)
『ぐゅっ、ぐえぇぇぇぇぇっ。』
奴は呻き、うつむきかけるが、関係ないね。
オレは、テレキネシスで浮遊させたセリルに手を伸ばし・・・オレの体も宙に
浮く?。
その通り。
人工重力を失ったユニット内は無重力となり、ちょっとしたショックが、すぐ
にエネルギーとして発散され、保持される。
『ちっ。』
何とかオレは体勢を立て直し・・・ゴッド・アイを一瞥すると・・・奴はお腹
を抑えて苦しみながら浮いている。
今ここで奴を始末する方法もあるが・・・セリルに、その様子を見せてショッ
クを与えるつもりはない。
最悪なケースを考えれば・・・身の危険を感じた奴が、最後の力を振り絞り、
<言葉使い>としての能力を発揮し、逆襲してくる可能性もある。
ここは一つ・・・。
『きゃっ!!。』
例の如くオレは、セリルが自分を取り戻すのを待たず、両手で抑えて先を急ぐ
。
なるべく早くここから離れたほうがいい。
エンジェル・ウィングが逃げ去った穀物貯蔵庫の方は・・・待ち伏せされてい
る可能性が大きい。
が、目の前には・・・両肩に合わせて10本の長剣を下げた・・・デス・ナイ
トが。
通路を先回りするのは、時間的にみて不可能だ。
だとすると・・・どこからか壁を破壊し、通路に進入した事になる。
この通路のありかは、船内の保安上、秘密になっているし、地図にも設計図に
も載っていない。
なのに何故・・・いや、そんな事を考えている暇などない!。
ここは・・・一番近いスポーツ設備の裏舞台を破壊し、表へ飛び出したほうが
いい。
オレは壁を巧く蹴り、そのままドアの一つに飛び込む。
そこは、低重力テニスコート。
内部は大きな円柱を横倒しした形で、オレ達はその真ん中辺りから中へ入り、
目の前に現れた紐にしがみついた。
円柱の円形の両端は直径約3.4メートル。
その両端を結ぶ、円周にあたる面には0.8Gの重力がかかり、プレイヤーは
円周面を駆け回る事になる。
そして内部は、オレ達がくっついている紐・・・中央に1.4メートルの穴が
開いているネットで仕切られている。
ここにいつまでも絡まっていると、背後からデス・ナイトに襲われてしまう!
。
とにかくオレはセリルの腕を引き、円周面の片方に向かって走る。
コート内にはいつでもプレーが出来るように重力がかかり、内部を移動するに
は走るしかない。
そして両端の円周面には選手の控え室があり、そこから乗客用の通路に移動で
きる。
中央から円盤面までの6メートルを走り、控え室への扉を押す・・・が、びく
ともしない。
「ガン、ガァンッ、ガァンガァンガァンッ」と叩いても・・・外側から鍵が掛
けられ、扉を開けられない。
『どっ、どうするの?。』
どうするのと尋ねられても・・・ま、オレに任せておきな。
テレキネシスで、ドアの鍵を解除すれば・・・。
『そこから逃げ出す時間は無いぞ。』
その声は・・・オレ達を追ってコートに現れたデス・ナイト。
奴が装備している武器は恐ろしいが、そんなに重い剣を10本も背負い、重力
がかかったコート内で自由に動けると思っているのか?。
確かにオレには、扉に神経集中する余裕などなさそうだ。
だから、セリル一人をここから逃がす事もできない。
できないが・・・目の前のパネルスイッチに何度も触れる。
1回、2回、3回・・・10回・・・30回。
その度毎に、試合用の硬球テニスボールが、コートの一端から中央の無重力ゾ
ーンへと、約30個が弾き出されてくる。
ダブルス用のラケットも2つ置いてあるし・・・これは使える。
それを手にするのはまだ早い。
今は・・・ポケットに右手を突っ込む。
『何をするつもりだっ?。』
敵にわざわざ教える必要はない。
オレはセリルに得点標示板の陰に隠れるように指示し、ラケットを両手に持ち
、テニスボールの8個をテレキネシスで浮遊させる。
そしてそれらを、ネットごしにデス・ナイトめがけて発射する。
奴は・・・オレがテニスボールを操り、攻撃を仕掛けたとみるや、手近のテニ
スラケットを2つ構える。
それで打ち返そうというのか?。
一流のプレイヤーなら、そのうちの6個までなら打ち返せるだろうが、それで
も無傷とはいかない。
・・・全てを打ち返せる自信があるのか?。
事実は違っていた。
奴はラケットを手放し、背中の剣を抜くと・・・
『ハッ!、ハァアッ!ハッハッハアァッ!』
気合いもろとも、襲いかかるボールを切り裂く。
それも、ひと振りで2個のボールを切断し、更にはラケットまでまっぷたつに
する。
奴の手にした刀は激しく反応し、テニスボールが漂う。
もちろん、こんなボールで決定的なダメージを与えられるとは思っていなかっ
たが、ここまでやられるとは考えていなかった。
だからこそ、念のためにとアレを取り出したのさ。
それは・・・細くて長い、銀の糸に見える疑似生命体アェーエル。
これもミドルリング文明の遺産で、オレを主として認めさせるのは大変だった
し、その話は別の機会にまわそう。
アェーエルに主人として認めさせるには、精神感応(テレパシーの1種)に物
体転送と念動力、精神壁などの20近い超能力と、彼を納得させられるだけの考
え方を示す必要がある。
こいつには知性もあるし、様々な力もある。
オレは彼の試験に合格し、オレが生きている間は主人として認めると宣言した
。
こいつのおかげでオレは、本業の仕事を楽にこなせるようになった。
そのオレが、デス・ナイトに対して恐怖と危険を感じる。
奴が隠している力は何だ?。
テニスボールを切りまくったのは・・・念動力や精神壁を使えない証拠だ。
そこでオレは、精神感応を用いてアェーエルに命令する。
”テニスボールから散った糸に紛れて奴に巻き付き、自由を奪え!!。”
”・・・カララクル、行く。タスタケル、待つ。”
見かけは糸でも、その強靭さはあらゆる物質にも勝り、ひき千切れる事はない
。
が、アェーエルが巻き付いたにもかかわらず、何時まで経っても、奴が苦しむ
気配がない。
アェーエル自体、生き物を切断したりはしない。
例えオレの命令でも、奴の考えに外れるものであれば拒否する。
その意味では、オレは奴の主人ではなく、パートナーに近い存在・・・かな。
”タスタケル、激しい抵抗。カララクル、無理。”
そんな馬鹿な。
オレですら、もう見分けのつかないアェーエルを感知し、抵抗する力、攻撃回
避能力があるとでもいうのか?。
危険を察知し、その攻撃を無効とする攻撃回避能力なら・・・アェーエルでは
どうにも出来ない。
この状態でデス・ナイトに攻撃を加える事は可能だが・・・それでは、アェー
エルに見放されてしまう。
”戻れ。”
”カララクル、戻る。”
奴に巻き付いていたアェーエルは解け・・・オレの方へと漂い・・・奴の剣が
唸りをあげ、吠え、アェーエルを切り刻もうと暴れる。
アェーエルは、さっきもいった通り強靭であり、自ら攻撃をかわすし、例え接
触しても切れる事なく、刃に沿って流れていくか飛ぶかし、オレの右手の袖口へ
と吸い込まれていく。
それと並行して、左手の袖口からチェーンの先端を引き出す。
これも古代文明の遺産で、何の仕掛けもないチェーンに見える。
事実、我々の三次元では仕掛けがない。
実は、これは四次元のチェーンだ。
オレは15メートルにも伸びるそれを、デス・ナイトめがけ、奴の剣に巻き付
かせる。
『何の真似だ?。』
奴は明らかに、自分の剣さばきに絶対的な自信を持っている・・・アェーエル
を切断できなかった事で、若干揺らいではいるが、まだ自信に満ちている。
それも何時まで続くかな。
『ハッ・・・クゥッ!!。』
奴はチェーンを力任せに切断しようとするが・・・切れない、切れるはずがな
い。
三次元のチェーンと比較して大きく違うのは、こいつには第四の空間方向(?
)に対して厚さがある事だ。
三次元のチェーンであれば、三次元の剣で切れるだろうが、四次元のチェーン
が相手では、一次元分切断できない。
実体を持った幽霊のような武器といえば理解してもらえるだろう。
こんな武器が使えるのも、我々の住む次元が、四次元以上から構成されている
おかげだ。(四次元における第四の方向が、一部の未開惑星では時間そのものと
考えられているが、それは間違いだ。仮に第四の方向が次元だとすると、平面世
界の二次元に時間があると仮定すると・・・矛盾が発生する。つまり・・・時間
そのものは、次元とは異なる存在なのだ。ただし、時間的な方向は存在するが。
)
とにかく・・・オレが投げたチェーンは、デス・ナイトの剣で切断されたよう
に見えるが、四次元方向の呪縛から解放される事はない。
いかに攻撃回避能力が優れていようと、オレのチェーンの四次元方向にはかな
うまい。
『オレの勝ちだね。ぼく〜、いい子だから、オレ達が退場するまで、そこでお
となしくしていてね。』
『・・・。』
言葉を失った奴を無視して、オレは更衣室への扉の鍵に神経を集中させる。
『しっ、シルバーさん、気をつけてぇっ!。』
どのような超能力であれ、その力を使おうとすると、周りの様子が見えなくな
る。
セリルの言葉でデス・ナイトに視線を戻すと・・・奴の体と剣から、異様なオ
ーラが感じられる。
奴もまた、超能力者だっ!。
『ハアアッ!!。』
かけ声と共に、四次元チェーンがかん高い音をあげ、バラバラとなって床に砕
け散る。
それは・・・次元刀。
違う、次元刀なら、最初からチェーンを切断していたはずだ。
そうならなかったのは・・・奴が、普通の三次元刀を、四次元刀に変えたから
だ。
これは・・・洗練した超能力者でなければ不可能な技だ。
再び、オレの背中に悪寒が走る。
とてもじゃないが、オレ一人ではかなう相手ではない・・・かもしれないが。
右腕の時計を見ると・・・ダブルナイトと別れて、約20分が経過している。
そろそろ・・・助けにきてくれるよ・・・な?。
それまでは、オレの念動力で、出来る限りの抵抗を見せてやる。
奴がどう動くかは予測できないが、オレはすぐさま残ったテニスボールから1
2個を浮遊させ、次々と奴めがけて撃ち込む。
一度、力を受けたテニスボールは、オレが操り続けなくても飛んでいく。
だからオレは、次の12個に力を向ける。
軟式ボールでもあざが出来るし、硬球の打ち所が悪ければ骨にヒビが入ったり
、骨折するだろう。
その24個を殆ど同時に受ければ・・・12個を避けたとしても、デス・ナイ
トも無傷では済まないだろう。
『こ、これはいったい・・・。』
テニスボールの全てが、奴と接触する直前に空中で停止する。
有重力のテニスコート内で・・・やはりデス・ナイトも超能力者だっ。
それも、24個のテニスボールを同時に扱えるとは・・・オレ以上の能力者・
・・。
「ヒュン、ヒュゥン、ヒュゥン!!。」
奴の周りで、24のテニスボールが唸りをあげて飛び回る。
明らかに奴は、自分の力を誇示してオレの気勢を殺ごうとしている。
オレの動揺を誘い、筋肉を強ばらせ、普段以下の力しか発揮できないように追
い込むつもりだな。
そしてそれらが、テニスボールがオレを襲う。
「ビシュッ、ビシュビシュッ!。」
オレはテレキネシスで8個を停止させ、両手のラケットで打ち返す。
が、それらは奴のコートに入る前に停止し、再びオレを襲う。
操れるボールの数は奴の方が多く、オレには身を守る事しかできない。
しかも、そのボールの移動距離は徐々に縮まり・・・。
『なっ!!。』
「ドッ、ドゴッ、ドンドンドゴッ!。」
や・・・やつは・・・オレをからかっていたのかっ。
オレの打ち返したボールは弧を描いていたが・・・オレがボールを打った瞬間
に、奴は超能力で受けとめ、操っていた。
そして・・・テニスボールの動きに馴れてきたところを見計らって、その全て
に変化を与え、オレを襲わせる。
そしてオレは・・・ボールの動きを見切れなくなったオレは・・・体の節々に
打撃を受け・・・ヨロヨロと後退する。
『シッ・・シルバー・・・さん?。』
得点標示版の陰から、セリルが心配そうにオレを見ている。
頭はガンガンするし、体中が痛い。
ふっ、だからといって・・・オレが負けたと決めつけられるのは、心外だな。
エンジェル・ウィングとゴッド・アイは戦意喪失して敗走したはずだし・・・
ヒドラがどうなったかは知らないが、ダブルナイトの事だ、もう片付けている頃
だろう。
だとすると・・・俺がここで奴と相打ちになるか、大きなダメージを与えるか
すれば・・・ダブルナイトが楽になるはずだ。
だからといって、死ぬつもりはない。
危なくなったら・・・逃げ出してみせる。
『お前が誰で、何故セリルを守るのか知らんが、力の差は歴然としている。無
駄な抵抗は止める事だ。』
そうか、デス・ナイトはまだ、オレの全てを知っていないわけだ。
それなら・・・勝率が数パーセント上昇するな。
『あなたがなぜ、暗殺者の仲間に入っているのか知っている。
あなたは・・・彼らに利用されているだけだ。』
『・・・例え利用されようと、人形や道具として扱われようと、娘さえ生きて
いれば・・・。』
後は何もいらない、といいたいのか。
オレには、彼を説得できない。
やはり、やるしかないのか。
『にげろ・・・。』
デス・ナイトに見られないように、小さい声でセリルに命令する。
得点標示版の陰から、オレ達が入ってきたドアの側まで、デス・ナイトに覚ら
れずに移動できる。
まずはオレが囮となり、奴をこちら側のコートに呼び寄せねばならない。
『まだだっ。オレ達を始末したいなら、貴方自身が来ればいい!!。』
オレは叫び、12個のテニスボールを浮遊させ、合計24個のボールで再度攻
撃を掛ける。
『無駄に体を傷つけるのか・・・。』
奴はオレを哀れみ、そして移動してきた。
その間もオレはテニスボールを操るが・・・その中の4個が常に、デス・ナイ
トの側まで移動する。
奴がテレキナシスで操れるのは最大24個までか。
ただし、体を動かすのに集中力が殺がれ、今は20個だけ操れるのだろう。
その分だけ、奴の攻撃が甘くなる。
甘くなるとはいっても、オレにとって大した違いはない・・・避けきれないの
だ。
「ビシッ、ドッ、パァン・・・ビシビシ、ドゴッ!。」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!。』
オレは・・・襲いくるテニスボールの大半を打ち返し・・・しかし、残ったボ
ールによる攻撃から身を守れない。
オレは・・・痛みから意識を外らすため、奴の視線をオレに集中させるために
叫びまくり・・・。
何故オレは倒れているんだ?。
ボールが転がり・・・デス・ナイトは得点標示版の陰を覗き込んでいる。
動け・・・。
オレは、辺りに散らばっているボールの4個に力を加え静かに浮遊させる。
そして・・・。
「ドッドッドッドゴッ!。」
『うおぁぁぁぁぁぁっ!。』
ボールは全てオレの体にめり込み・・・奴が、オレを睨んでいる。
『彼女はどうしたっ!。セリルを何処へやったっ!。何処へテレポートさせた
っ!!。』
テレポート?・・・オレがか?。
テレポートは・・・その能力を持った超能力者は数少ない。
しかも、その能力の持ち主は行方不明になり易い。
詳しい説明は省くが、それは非常に危険な能力なのだ。
奴はオレに意識を集中させ、セリルに対しての警戒を怠っていた。
そして彼女は・・・あのドアをくぐり・・・。
『逃がさんっ!。』
最後の最後に気がついたデス・ナイトが、セリルを一喝し、セリルの動きが恐
怖で止まる。
そうはさせんっ。
オレはネットを解し、そのまま奴の体に巻き付かせる。
「ダァンッ。」
『はっ、早く逃げろっ。』
虚を突かれたデス・ナイトが倒れ、オレは彼女に命令した。
今を逃したら・・・彼女にチャンスはない。
セリルは走り出し、オレ達が入ってきたドアへと飛び込んだ。
これで、彼女が生き延びるチャンス・・・。
『それで・・・助かったと思うのか?。』
剣を10本背中に乗せたまま、倒れながら話しかけるデス・ナイトの姿は不気
味だ。
奴は・・・立ち上がり・・・自らの能力でネットを振り解いてみせる。
オレがテレキネシスで必死に抵抗しているにも係わらず、奴はいともあっさり
とやって見せる。
『これ以上邪魔させないためにも、ここで死んでもらおうか。』
やつは背中の剣を一本抜くと、倒れたままのオレに向かって近づいてくる。
いったん振り上げられた剣は・・・。
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