プリンセス救出陽動作戦



ダブルナイトの章


☆☆☆ 25.ダブルナイト ☆☆☆
 無重力状態の通路の壁を蹴り、勢いよく室内に飛び込んだオレの目が、2つ の人影を捕らえた。
あれは・・・。
『おおっとぉっ!!。』
無重力状態から有重力状態に移った俺は・・・そのまま落とし穴(ドア)に引 きずりこまれるが、両足を開いてこらえる。
人影は・・・床に倒れ込んだシルバー・レンジャーと、彼に向かって長剣を振 り降ろしかけているゼーラム!。
『やっ、止めろぉっ!。』が、俺は叫ぶよりも早く、右手の銃のトリガーを引 いていた。
それが、ゼーラムさんにとっても幸いした。
事態を把握しようとした彼の両手が止まり、銃口から放たれた光は刀の鍔(? )に接触し、溶かす。
『つっ。』
熱さに驚いたゼーラムさんはそのまま手を離し、剣であった2つの金属は音を 立てて落ちる。
いや、刃の方はコートに突き立つ。
『ダブルナイト・・・。』とゼーラム。
『ダブルナイト!!。』とシルバー・レンジャー。
2人の声がハモり、そして静寂に包まれる。
『シルバーさん?。』
俺の背後からの声は・・・セリルか?。
こっ、こらっ。
まだ危険だというのに、入り口から顔を出すんじゃないっ。
『そこにいたのか。かわいそうだが・・・死んでもらう。』
シルバー・レンジャーから離れ、セリルを見つめるゼーラムさんはまだ・・・ 悲しい戦闘を続けようというのか?。
『ほーっほっほっほっほっほっ。』
スピーカーから流れ出るあの声は・・・エンジェル・ウィング!。
『脱出の準備が出来ましたわ。あたしとゴッド・アイは、少女の死を確認して から脱出しますわっ。』
自ら脱出艇の全てを発進させた後で、どうやって逃げるつもりなんだ?。
『救命艇は残っていないはずだぞっ。』がオレの問に、エンジェル・ウィング は余裕で答える。
『私達がどうやって船内に潜り込んだと思っているの?。乗客を装い、乗客に 混じって乗船したと思っているの?。だとしたら・・・バカね。アドリーム号の 航路は判っていたし、小型艇でワープ・ポイントに先回りするのは容易だったわ 。アドリーム号の船体にへばり付き、頃合を見計らって穴を開け、侵入する。そ してそこは・・・偶然にも星系内航行ユニットの上だった。おわかり?。』
偶然が暗殺者に味方したのか。
俺達に味方する事もあれば、その逆もある・・・と。
『デス・ナイトさま?、早く少女を殺して下さいな。そうしないと・・・私よ り美人ではない娘さんの命が・・・。』
『わかっている!!。お前達は黙って見ていろっ!。』
娘の命を握られ、急かされるゼーラムに・・・サラリーマンの悲哀が感じられ る。
そして奴は・・・俺達に接近してくる。
シルバー・レンジャーは・・・俺と同じくらいにボロボロになって、床に横た わっている。
辺りに散乱するテニスボールから察すると、デス・ナイトと試合をしたらしい 。
しかし、念動力を使える彼が、有重力下で重い剣を10本も背負ったデス・ナ イトに負けるとは信じられない。
俺は中に入り、ボロボロになったライフジャケットの内側に左手を突っ込み・ ・・武器を漁る。
『ゼーラムさん・・・もうやめてぇっ。』と、背後からセリルの声。
振り向くと・・・俺に続いて入ってきたのかっ。
まともに動けないシルバー・レンジャーとセリルの両方を守るのは・・・不可 能だ。
懐にいれた左手を抜き、セリルをガードする。
『娘のために・・・死んでくれ・・・。』
奴はまるで、夢遊病者のようにフラフラと近づいて来る。
奴の苦しみがわかる。
無表情に見えるその顔の下に、いく百、いく千もの悲しみを隠し、暗殺者とし て生きてきたのだろう。
セリルを、彼の犠牲者に加えさせはしない。
これ以上、ゼーラムさんに暗殺を続けさせはしない。
しかし、どうすれば・・・彼を殺すしかないのか?。
仮に気絶させるだけで済んだとしたら・・・意識を取り戻した彼は・・・任務 に失敗し、娘の命を守れなかった彼は自殺するかもしれない。
『危ないっ!。』
セリルの言葉を聞くまで、俺は物思いにふけっていた。
シュッと耳をかすめる長剣をかわし、セリルを抱きしめたままジャンプする。
それは頭上の床に、まっ逆さまに落ちるのと同じだ。
それを・・・猫のような身軽さで回転し、床に張り付く。
『クァッ。』
その無理な体勢から、脇腹に痛みがたて続けて3回走る。
『きゃあぁぁっ!。』
それは、天井に倒れたシルバー・レンジャーと、逆さまに立って武器を構える デス・ナイトの姿に、セリルが驚いてあげた悲鳴だった。
地上に暮らす人間にとって、こういった経験は積めないだろうし、不思議な感 覚があるだろうな。
そう考えながらも俺はセリルを抱いたままで、床をゴロゴロと回転しながらデ ス・ナイトの下(頭上?)をくぐり(越え)、シルバー・レンジャーの上まで移 動する。
そして・・・ネットの跡に平行して、シルバー・レンジャーの傍らに移動する 。
『おっ、遅かったじゃないか・・・兄さん・・・。』
シルバー・レンジャーは俺に手を差し伸べ、俺はゆっくりと抱き寄せる。
そうしながらも俺は、デス・ナイトから注意を外らさなかったし、セリルはデ ス・ナイトから目を離さないでいる。
『にっ、兄さん・・・。気をつけて・・・。奴は・・・。』
『わかった。もう、何も言うな。』
実は何も分かってはいないのだが、これ以上、痛みに苦しむ彼に、話を続けさ せたり出来ない。
『お前が、セリルを連れて脱出しろ。元々、<時凍る分岐ステーション>から の護衛なんだから・・・少し早くなったと思えば、構わんだろう?。』
『俺達は・・・このユニットから出られない・・・。』
シルバー・レンジャーは弱々しく抗議するが、俺が何も知らないと思っている のか?。
『お前の事だ、船を用意してあるんだろう?。お前の持ち船を、アドリーム号 の側で自動運転させ、追跡させているはずだ。それが、今の俺達の切り札だろ? 。』
『・・・ふっ、兄さんにはかなわないな・・・。』
『ちょっ、ちょっと待ってよ!。二人は兄弟なの?。私に内緒にしてたのねっ !!。』
俺達の間に割り込んできたセリルの怒りも・・・もっともだ。
だが、シルバー・レンジャーは俺の実の弟ではない。
確かに、彼には兄がいた。
だが、その生死は未だ不明だ。
何があったのかも教えてくれないし、こちらから質問する気もない。
そして・・・彼は、俺を兄として慕っている。
ただ、それだけの関係だが、それを説明している時間など今はない。
『相談は済んだのかな。そろそろ・・・決着をつけさせてもらう。』
ゼーラム・・・どうしてもやるというのか?。
『・・・控え室への・・・扉は開いた。セリル・・・行こうか。』
シルバー・レンジャーは立ち上がり、彼が扉に軽く振れただけで、それは音を たてて開く。
シルバー・レンジャーも無意味に寝ていたわけではなかった。
俺が救援に来た時間を利用して、トビラに掛かっていた鍵をテレキネシスで解 除したのだろう。
電子錠なら、彼は力を発揮できなかったろうが、どうやら機械的な錠だったよ うだ。
『いっ、嫌よっ!。もう何度も言わせないでっ。私はお兄ーちゃんと一緒に、 ここに残るっ!。』
それを、俺とシルバー・レンジャーが許すと思っているのか?。
どう考えても、セリルを守れないし、奴を全力で攻撃できなくなる。
『ダメだっ。』と、俺。
『ダメさ・・・。』
これはシルバー・レンジャー。
2人が同時にセリルのわがままを拒否する。
『お兄ちゃんが殺されちゃうっ。絶対・・・絶対に嫌ぁ〜っ!!。』
その叫びを俺達は無視する。
無視するしかない!。
俺達の商売で縁起を担ぐのは、仕事を達成するうえで非常に重要な要素だとい うのに、そんな不吉な言葉に耳を傾けるわけにはいかない。
『やっだあぁぁぁ〜っ!!!。やだやだやだあっ。お兄ちゃんがっ、お兄ちゃ んがっ!。殺されちゃう〜っ!。』
顔をくしゃくしゃにして涙を流し、絶叫しながら、もがく彼女の体が宙に浮き 、ゆっくりと扉の向こうに消えて・・・。
開いた扉の両端を両手で掴み、必死に抵抗しようとするセリル。
『私は絶対にここから逃げないわっ。私が逃げる時は、お兄ちゃんと一緒なの っ!!。邪魔するならっ、シルバー・レンジャーも私の敵よっ!!。』
セリルの気持ちが、痛いほどに理解できる。
だが、俺達の気持ちも察してくれ。
君を守ろうとする2つの命の事を。
それに秘められた俺達の願いを。
『任せたっ。』
『任せられた。』
シルバー・レンジャーはそのまま、セリルに飛びかかるようにして扉に飛び込 み、その体重でセリルの手を扉から離させる。
『いやあ〜ぁぁぁぁぁっ。お兄〜ちゃ〜んっ!。お兄ちゃ〜んっ!!。待って るから・・・ねっ・・・お兄〜ちゃ〜んっ!!!。』
そしてその声はだんだん小さくなる。
不思議な事に、デス・ナイトは襲ってこなかった。
ただ・・・事態が変わっていくのを傍観しているだけだ。
何故?、どうしてだ?。
『どうして少女を殺さないのっ。娘の命が、どうなってもいいのかしらっ?。 』
スピーカーから流れてくるエンジェル・ウィングの声は、デス・ナイトを脅し 、なんとしてもセリルを殺させるつもりだ。
『黙れっ。今はまだ、おれがお前達の上司だ!!。どうするかはおれが決める 。全ては・・・ダブルナイトを始末した上で、貴侯様に直々に報告し、処断を仰 ぐっ!!!。』
『そう?、それなら・・・見せて貰うわ。』
デス・ナイトの一言で、スピーカーからの声は消えた。
セリルの殺害を諦めた奴は・・・ターゲットを俺に絞ったのか。
『セリルの姿が・・・娘とダブってな・・・。おれに殺せる・・・はずない。 』
天井を見上げながら、奴は誰に向かって言っているんだ?。
俺にか?、自分自身にか?。
それともセリルにか?、娘にか?。
奴は・・・ボールを2つ拾うと・・・得点標示版そばの、2つの出っ張りに投 げる。
そして・・・コート全体がディスプレイに変わり、宇宙空間が標示される。
唯一宇宙空間にとけ込んでいないのは、得点標示版の得点とコートのラインだ けだ。
そして、ディスプレイを通して見えるのは・・・恒星の帯と、展望室。
これは、展望室や客室内のモニターから観戦するための仕掛けで、選手が宇宙 空間で試合をしているように見えるだろう。
観戦用のモニタスイッチをボールでタッチし・・・何のつもりだ?。
投球の正確さを誇示しているのか?。
『気をつけろお・・・奴はあ・・・念動力者だあぁ。』
控え室に続く扉の向こうから・・・シルバー・レンジャーの声が響く。
そして、声と一緒に俺の右手に飛び込んできたのは、直径3センチ、長さ20 センチの2本の棒。
金属光沢が美しい灰色の棒は、俺がセリルに渡したピコピコハンマーとは違う 。
これは白兵戦に使用されるレーザー・ソードだ。
1本は懐にしまうとして、後の一本を左手に持つ。
握りの部分についたスイッチを親指で押すと、棒の先端部が80センチ程飛び 出し、その間を青白いレーザー光線が走る。
武器として有効なのは、レーザー光線が照射している部分だけで・・・レーザ ー・ソードで敵を突いてもダメージを与えられない。
金属製の刃とぶつかりあえば、その刃物を折れる。
が、同じレーザー・ソード同士が触れ合えば、反発しあい、突き抜ける事はな い。
これなら、奴が背負っている刀を全て切断できるだろう。
『余計な事をっ。しかも、無意味な事を。』
シルバー・レンジャーの助言とデス・ナイトの呟きで、全てを理解した。
デス・ナイトはテニス・ボールをわざわざ投げる事で、暗にテレキネシスが使 えないと主張して見せたわけだ。
それを信じて俺が行動していたら・・・散々な目に会っていたな。
『無意味かどうかは、俺の剣さばきを見てから言うんだな。』
が、奴は動じない。
俺は銃の使い手で、投げナイフの使い手ではあっても、剣技となると・・・二 流ではないが、一流でもない。
ここはデス・ナイトを見習って、俺が一流だと思いこませ、奴の剣技を鈍らせ た方が利口だ。
それに、奴が攻撃に時間をかける分だけ、セリルの脱出が容易になる。
デス・ナイトの言葉を疑っているのではない。
エンジェル・ウィングがデス・ナイトを説得するかもしれないしな。
『娘のためだ・・・命を貰う。』
奴はそれだけ言うと・・・素手で身構える。
素手で、銃を持つ俺に勝てるつもりか?、レーザー・ソードに勝てるつもりか ?。
確かに、この2つを太刀では防げないし、太刀を使うのは無意味か、それに近 い。
弾丸ならば、奴はそれを操れるだろう。
しかし単なるテレキネシスでは、純粋なエネルギーであるレーザー光線を停止 させたり曲げたりはできまい。
俺は右手の銃を奴に向け・・・まずいっ。
慌てて手放したそれは・・・「ボンッ」という音と共に火の玉に包まれ、爆発 する。
そしてレーザー・ソードも「ドドオォォンッ!」と、先端から鍔に向かって爆 発が・・・。
また・・・微かに手が痺れたか。
念動力者ではレーザー光線を動かせなくても、銃に細工して暴発させたり、レ ーザー・ソードの粒子の動きを乱すように先端部を歪めるのも可能だ。
やばいっ!。
長年の勘が俺の手から武器を奪い、俺の命を救った。
ここは・・・原始的な武器で戦うしかないな。
奴が背負う長剣のように。
長剣?、それらが、奴に操られて宙に浮く。
10本の鞘が並び、そこから9本の長剣が抜かれる。
併せて19の武器が・・・俺を目指して飛んでくる。
まだだっ。
心に中で俺は叫び、両手をライフ・ジャケットの内側へと忍ばせる。
痺れて、上手く動かない手を。
銃とライフ・カッターの全てを失ってはいるが、まだ、20本近い飛刀が残っ ている。
奴は・・・デス・ナイトは・・・ゼーラムさんは・・・俺の3メートル手前ま で来ると立ち止まる。
そして・・・10本の鞘は俺を囲むように、直径5メートルの円を描くように 床に突き刺さる。
宙を舞う9本の長剣から一本が、俺の右手に吸い込まれてくる。
そして、1本がデス・ナイトの右手に。
残りの7本は・・・天井、といっても、コートの床なのだが、そこに無造作に 突き刺さる。
仮にもナイトと自称するだけあって、騎士としての誇りは持っているようだ。
暗殺者だとは・・・信じられない行動だ。
が、感心しているさなかに、奴は気勢をあげながら、長剣を振り降ろしてくる 。
『ウオォォォォォォォッ!。』
『オオッ!!。』
ガシッと火花が散り、奴は力任せに長剣で押しつぶそうと、俺が手にする長剣 に体重を乗せてくる。
『くっ・・・くぅぅぅっ。』
ただでさえ脇腹が痛むというのに・・・。
奴の顔と俺の顔が、徐々に接近し・・・。
『ダブルナイトよ・・・もし、俺が死んだら・・・そしてもし、娘がまだ生き ていたなら・・・助けてやってくれ。娘は・・・タニアは、アローゲート星系の 第428帝国病院にいる。』
そう囁きかける。
盗聴するエンジェル・ウィングに聞かれないように注意しながら、俺の顔色を 伺う。
『俺は、守ってみせる!。彼女の命を守ってみせる。暗殺者だろうと誰だろう と、邪魔はさせないっ!!。』
俺は叫ぶと、手にする長剣に力を込めて押し込み、その反動を利用して後ろへ 飛ぶ。
そうすることで、口にした少女が、暗にタニアちゃんを意味しているとデス・ ナイトに覚らせる。
エンジェル・ウィングがデス・ナイトの小声を聞き取れなかったなら、俺が口 にした少女の名はセリルだと想像するだろう。
奴の顔に、一瞬笑顔が浮かぶ。
そして、奴の視線が一瞬、ある場所に向けられる。
そこに何があると言うのだ?。
つられて俺も・・・そこには、俺の視線の先には・・・天井のディスプレイに 映っていたのは・・・アドリーム号の船体にへばり付いている物体は小型宇宙船 だ。
それはシルバー・レンジャーのH形高速ヨットとも違う。
あれは・・・暗殺者の小型宇宙船か。ヒュンッ!と何かが俺の耳をかすめる。
『なっ?。』
慌てて俺はバク転でかわし、床に長剣を突き刺す。
そのまま、剣を下に逆立ちし、次の瞬間には天井に刺した長剣でぶら下がって いた。
そんな行動がとれるのは・・・円周状の床に埋め込まれた重力発生装置の影響 だ。
俺はすぐに体を揺すり、長剣を天井から抜いて着地する。
天井を歩きながら近づいてくるデス・ナイトが握った長剣は、映像に気を取ら れた俺に向かって振り降ろされていた。
奴は俺を油断させ、奇襲を掛けたのか?。
違うな・・・俺が、誤解していただけだ。
奴が後事を俺に託したので、俺は、奴が観念したと思っていた。
そうではなかった。
奴は俺に保険をかけただけで、ただそれだけの事だ。
チャンスがあれば、俺を殺すだろう。
俺は・・・全力で奴をしとめなければならない。
『よそ見をしていると、死ぬぞ!。』
デス・ナイトに言われるまでもない。
競技場の一角に位置する武道場では不覚をとったが、今度は、そう上手くはい かないぞ!。細い棒で造られた足場では、地上と棒上での戦いだが、この特殊な 重力が働いたテニス・コートの中では・・・逆立ち状態に見える敵との戦いだ。
長剣を振り降ろす攻撃は、相手にとっては長剣を突き上げる攻撃に見える。
また、長剣の射程距離の関係から、相手の足元を直接狙う事は無理だ。
が、奴はこの様な状態の戦闘にも馴れているようだ。
突然、コートを斜めに横切るように走り寄ってくる。
これではまるで・・・奴が円周上を回転しながら、螺旋を描きながら、上から 落ちてくるような・・・そんな錯覚に捕らえられる。
『???。』
俺は・・・どうやって避ければいいんだ?。
奴の動きに注意しないと・・・足元をすくわれかねない。
かといって奴の動きを捕らえようとすれば・・・惑わされかねない。
「キィィィン・・・ビシュッ」と、すれ違いざまに聞こえる音と痛み。
『くぅぅぅっ。』
奴の最初の攻撃は長剣でかわしたが、奴はその動きを利用し、俺の太股に切り 込みを入れてきた。
もし、体重の移動を過っていたら、俺の足は切断されていた。
が、不安というか勘というか・・・が心をよぎり、そのままかわすように斜め 後方へと転がったおかげで、かすり傷程度で済んだ。
だからといって安心は出来ない。
奴はそのまま走りきると軽くジャンプし、控え室へのドアを足場にして、円壁 の中心部に立つ。
セリルを追うのか?。
『ホッ。』と呼吸を整えた奴は、そして・・・床に倒れ込んだままの俺に向か って、足場となる扉の縁を蹴る。
『そっ、そんな・・・。』
俺は、そう呟いていた。
奴は、円の中心部にあたる無重力地帯を利用し、慣性の法則に従って飛んでく る。
円柱形の内部は長剣の射程に覆われ、これでは俺の逃げ場がない。
「ズズズゥゥゥゥンンン!!!。」
その大きな衝撃は、突然襲ってきた。
これが、シルバー・レンジャーが起こした事件だとは思えない。
思えないが、利用しない手はない。
「ズンッ」と、俺の手中の長剣が、空中でバランスを崩した奴の右腹に突き刺 さり、奴の長剣が俺の左腿を突き通す。
そして俺達は、震え続ける床に倒れた。
『クッ。』
『グアァァァッ。』
床から伝わる振動が傷口に達し、俺達はどちらからともなく太刀から手を離す 。
が、このままでは済ませられない。
奴がテレキナシスを総動員して長剣を操るのに対し、立ち上がれない俺には、 床に突き刺してある長剣や鞘を手することも出来ない。
では、俺はこのまま、奴の力に操られた長剣で身を滅ぼすのか。
が、よく注意すると・・・奴は、その痛みのあまり、長剣を1本しか操れずに いる。
奴が不注意に俺に近づけば、俺は奴に生えた長剣を引き抜き、致命的な一撃を 与えてみせる。
奴はそれを悟り、だからこそテレキネシスで操った長剣で俺をしとめるつもり だろう。
ふっ、俺の足では奴に近づけないが、俺のライフ・ジャケットに隠した飛刀で ・・・。
『いいざまね、ダブルナイト。それに、デス・ナイト様。さっきゴッド・アイ が、この船体に多くの爆薬を仕掛けましたわ。そして・・・今、その時限スイッ チをいれました。脱出する術を持たない貴方は・・・ここで死になさい。』
あの声は・・・エンジェル・ウィング。
今の振動は、ゴッド・アイの手によるものか。
まだ、俺達の戦闘を見ていたのか。
『そうねぇ、最後に面白い話をしてあげるわ。デス・ナイト様の娘は・・・1 ヶ月前に死にました。もちろん、病死ですわ。その事実を貴方は早晩、耳にした でしょう。そうなれば、貴方は暗殺者から足を洗い、場合によっては、あたし達 を裏切るでしょう。あたし達の内情を知り尽くしたデス・ナイト様は危険な存在 。貴方は用済みよ。貴方がここで死ぬのが貴侯様の計画なのです。さようなら、 無知なデス・ナイト。そうそう、最後にもう一つ。ゴッド・アイが一度、引退す る原因になった暗殺は・・・その対象は貴方だったのですよ。貴方の妻を殺し、 娘の意識を奪った事故を起こしたのがゴッド・アイ。そのゴッド・アイを、憎い 暗殺者を使っていた貴方は、オ・バ・カ・サ・ン。ホーッホッホッホッホッホッ 。』
『う・・・おう・・・おっ、オォォォォォォォーッ。』
エンジェル・ウィングの笑いが小さくなるのと対象的に、デス・ナイト・・・ いや、ゼーラムさんの嗚咽が激しくなる。
娘のために嫌な暗殺を行い、無数の命を奪い、何も知らずに仇を部下として使 っていた自分に対する怒り。
ゴッド・アイと、貴侯とかいう奴に対する怒り。
だがもう、全てが遅すぎる。
遅すぎたのだ。
床は今も宇宙と船体の一部を照らすが・・・振動は止まらない。
『・・・ゆこう・・・。』
俺の言葉で、ゼーラムさんが涙に濡れた顔を上げる。
『どこへ行こうというのだ?。もう、俺は死んでいる。』
絶望の淵に沈んだゼーラムさんは・・・もう、ダメか。
立ち直れないのか。
『暗殺者を追うのさ。俺もゼーラムさんも・・・一人では追えぬ。だが、俺達 2人が助け合えば、追える。』
『だからどうなる?。追いつけるはずなど無い。奴を倒すだけの力もないのだ !。』
ゼーラムさんのいう通りかもしれない。
だが、諦めきれない。
俺には諦めきれない。
『俺だってそうだーっ!!!。』
そう叫ぶゼーラムさんは、テレパスだったのか?。
違うな。
彼の怒りが、自分の能力を引き上げている。
『エンジェル・ウィングーッ!!。』
ゼーラムは立ち上がり、コートに映し出される宇宙の一点を見つめている。
あれは・・・宇宙服を着て、小型宇宙船に近づくのは・・・。
『エンジェル・ウィングーッ!!。』
再びゼーラムさんは叫ぶが、ディスプレイに映った像でしかない俺達の言葉が 、真空を通して奴に伝わるわけなど無い。
ないが、オカマ野郎は安全な場所から俺達の最後を見届けたいのだろう。
『死ねーッ!。』
怒りに全てを忘れたゼーラムさんは、懐から緑色の巨大な針のような物を取り 出し、ディスプレイに映ったエンジェル・ウィングめがけて投げつける。
あれは銀河帝国情報部員の中でも最高級のエージェントに贈られる<認証針> 。
彼らにとっては最後の武器であり、防具であり、部員の証明証でもある。
「ビジュッ」と音を上げるそれに、宇宙服から覗くエンジェル・ウィングの顔 に恐怖が浮かぶ。
そして、それがただの映像である事を思い出し、皮肉な笑顔を浮かべているが 、本来突き刺さるべき床を突破し・・・奴の眉間に刺さる。
いや、特殊プラスチックに遮られ、穴を開け、空気を抜き出すだけですんでい る。
そして奴は・・・あまりの恐怖に腰を抜かし、空気の拭きだした穴を左手で抑 えながら小型宇宙船目指して這いずり進む。
ゼーラムさんは・・・最後の最後に、物質転送能力を手にいれたのか。
暫くして宇宙船は星系内航行ユニットから離れ、消えていった。
いや、近づいてくる光点がある。
あれは・・・。
『ウオーッ。』
背後からの叫び声に振り向くと、ゼーラムさんが床に倒れるところだった。
一矢報いて、力つきたのだろう。
その先には・・・宇宙服を着た大人と子供の姿が・・・。
子供は俺達に気がつくと、映像である俺達に手を伸ばし、駆け寄ってくる。
『タ・・・タ・・・タニア。・・・タニア・・・タニアーッ。タニアーッ!! 。』
急に叫び出すゼーラム。
残念だが、あの子供は彼の娘ではない。
あれはセリルだ。
彼女の姿に、タニアの姿を重ねたのだろう。
大きな絶叫を上げるが、彼らに声は届かない。
同様にセリルも泣きながら、俺に両手をさし伸ばし、後ろから止めさせようと するシルバー・レンジャーの手を振りほどこうともがく。
彼女が目にしているのは、俺の映像でしかなく、この宇宙空間には存在してい ないのだよ。
セリル・・・もう時間がない。
あるとしたら・・・早く逃げてくれ。
シルバー・レンジャー、早くセリルを安全な場所に。
寂しげな俺の笑顔に、シルバー・レンジャーが天の一角を指さして合図する。
あれは・・・近づいて来た光点は、シルバー・レンジャー愛用のH型高速ヨッ ト。
これで、俺の任務は終わる。
セリル・・・そんなに悲しまなくてもいい。
泣き叫び、暴れる必要もない。
シルバーには、嫌な役目を負わせてしまったな。
あとは彼がセリルの面倒を見てくれるだろう。
ディスプレイと化したコートの床も、爆発の衝撃で徐々に壊れていく。
もうすぐ彼らの姿も見えなくなるだろう。
俺がセリルに手を振ると・・・彼女はそのまま倒れた。
悲しみのあまり、気を失ったのか。
悲しみは、生きてさえいれば、いつかは癒される。
それまでの別れだ。
そしてそれが・・・最後に見た彼女の姿だった。
床はもう、何も映し出さない。
天井や床が割れ、爆発の振動は止まらない。
後は・・・待つだけだ。


     第1章   完

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