プリンセス救出陽動作戦



ダブルナイトの章


☆☆☆ 23.ダブルナイト ☆☆☆
 シルバー・レンジャーがセリルを抱き上げて走ると同時に、デス・ナイトの 命令が飛ぶ。
『奴をこの食堂から逃がすなっ。ヒドラっ、反対側の出入口に急げっ。』
確かにシルバーはもう一方の入り口目指し、厨房の方へと走り出している。
彼がみすみす敵の手に落ちるような行動はとらないだろう。
それよりもこの機を逃さず、敵の隙を突いて奇襲を掛けるべきだ。
俺はデス・ナイトに全速力で走り寄る。
暗殺者の中でも超一流のデス・ナイトだが、奴のおかれた立場を考えると、命 を賭けてまで戦いたくはない。
が、右腕を使えない今なら、シルバーの動きに気を取られている今なら、戦闘 力だけを奪う事が出来る。
彼に音をたてずに近寄り、「ブウンッ」と左腕を振り回す。
『うおおおおーっ。』俺は声を張り上げながら、奴の右頬めがけて腕を振り上 げる。
が、さすがはデス・ナイト。
「ピシッ」と空気が弾けるような音と共に、俺の左拳は奴の左手の中に収まる 。
これも計画の内だっ。
俺はそのまま、無言で右拳を奴の腹にたたき込む。
奇襲に見せかけた左拳をフェイントに使い、奴の攻防を兼ねる左手を先に、守 りに使わせた。
もし奴が第2撃を防ぐために俺の左拳から手を離せば、それをそのまま奴の顔 面にヒットさせてみせる。
一度止められた左拳にスピードをつけるのは難しいが、肘打ならば命中までの 距離を稼ぎ、スピードを破壊力に上乗せできる。
利き腕を失ったデス・ナイトを気絶させるのは楽・・・なはずだった。
が、俺の右拳は左足に蹴り上げられ・・・奴の右拳が俺の左横腹にめり込む。
『??。くっ・・・・うぅっ!!!。』
何が起きたんだっ?。
ヒドラからのダメージも快復していないというのにっ・・・俺はそのまま、ヨ ロヨロと後退しながら、厨房を見る。俺はしくじったが、シルバーはどうした? 。
奴は厨房に飛び込み、後を追おうとしたヒドラは、ドアの隙間から噴き出した 物体に押し戻されていく。
あれはシルバー自慢のアイテムで、追手を阻む効果がある。
ああなったら・・・厨房から追う事は出来ないな。
俺はミスしたが・・・頼むぞ、シルバー。
『セリルが厨房から逃げた。シェフの控え室から逃げるつもりだ。いや、あそ こには倉庫もある。念のため、食料の搬入口もおさえろっ。』
それは・・・俺の攻撃を退け、時間的な余裕を得たデス・ナイトの命令だ。
通信機を介しての命令だろうが、残った暗殺者はエンジェル・ウィング一人だ け。
あのオカマが同時に2つの出入口を守れるとは思えない。
が、俺も・・・あまり考えている暇はなさそうだ。
セリルを逃したヒドラが、ゆっくりと俺に近づいてくる。
デス・ナイトを見れば・・・奴は右腕を押さえた金属固定カバーをガラガラと 外していく。
骨折した腕を動かないように固定していたはずのカバーは単なる飾りかっ。
あたかも骨折したかのように見せかける道具だったのかっ。
深く考えれば・・・そうだよな。
デス・ナイトが骨折するきっかけは・・・デス・ナイトに化けたヒドラの体当 たりだ。
あの時、銃を構えていたゼーラム=デス・ナイトは、セリルに当たる危険性が あると言って発砲しなかったが・・・本当は、発砲したくなかったのではなく、 発砲できなかったのが正解だったのでは?。
つまり、あの銃は攻撃用ではなく、骨折音を発するための玩具だった、と俺は 考えている。
ヒドラの体当たりを受け、銃が俺達の視界から消えた時にトリガーを引き、骨 折音に似た空砲を鳴らす。
『何を考えているかは知らんが・・・我々から逃れられるとは思わない事だ。 』
そう、デス・ナイトの言う通りだ。
考え事にふけってしまったが、とにかく彼らを倒さない事には、身動きがとれ ない。
セリルを助けにいく事さえ出来ない。
『あんたの仲間は、我々の追跡を振りきったと思っているようだが、どうじゃ ろう?。あれのせいで、あんたも後を追えないだろうに。それとも、何か方法が あるのかね?。』
余計なお世話だ。
誰が・・・敵であるヒドラに教えるものかっ。
『・・・・・。』
『いつまでも無言のままか。それとも、我らに情報が漏れるのを防ごうとして いるのか。どちらにしても、彼女が我々の手に落ちるのは時間の問題だ。』
デス・ナイトはやけに強気だ。
これが奴本来の性格なのか。
それとも、娘の命を握られ、非情に徹しようというのか。
『デス・ナイト・・・いや、ゼーラムさん。俺は出来れば、あなたとは戦いた くない。』
今、デス・ナイトと戦って彼を倒す事は、その娘の死刑執行書にサインしたの と同じだ。
逆に奴が生き延びる事はすなわち、俺とセリルの死を意味する。
俺には・・・人の命を両天秤にかける事などできはしない。
仮にデス・ナイトを倒し、彼の娘を救出に行こうとしても・・・時間的には間 に合うまい。
『ふひゃひゃひゃひゃひゃっ。これが、我らの仲間を何十人と殺してきたダブ ルナイトの姿か。以外と情に脆い男だな。』
ほっとけっ!!。
俺はわき腹の痛みに耐えながら、何もなかったように立ってみせる。
と、デス・ナイトの顔色が変わる。
『ふひゃひゃひゃひゃひゃっ。いい事を教えよう。たった今入った情報によれ ば、セリルがエンジェル・ウィングの手中に落ちたぞ。』
くっ、シルバーは何をしているんだっ。
それとも、俺を動揺させようとする暗殺者の心理攻撃か?。
いや、あのデス・ナイトの曇った表情を見れば、真実だと思える。
彼もまた、セリルの死を望んではいないはずだから。
と、急にデス・ナイトが入り口に向かって歩き出す。
『デス・ナイトさま、どちらへ?。』
不審がるヒドラの問いかけに彼は立ち止まり、振り向く。
『ここは君に任せ、エンジェル・ウィングの元へ行ってみる。私が手をかさな くとも、君一人で彼を倒せると思うが。』
何のために?。
セリルを助けてくれるのか?。
『彼女は俺が確実に殺す。エンジェル・ウィングにいたぶられるよりも、安楽 な死を。それが、俺に出来る最後の親切だ。』
『俺がそれを許すとでも思うのかっ。』
俺は叫び、残った7本のライフ・カッターに怒りを込め、痛みを堪えながらも 、その全てをデス・ナイトめがけて投げる。
が、その全てが強い横風を受けたように反れ、壁に突き刺さる。
これは・・・わき腹の痛みの影響かっ。
『任せたぞ・・・。』
そういいながら去るデスナイトを俺は止められない。
『お任せ下さい。』
ヒドラは答え、デス・ナイトと俺との間を防ぐ。
厨房を突破しようとする敵を防ぐためには俺がここにいるべきだ。
しかし、厨房に入いれない以上、ここを死守する必要もない。
逆に、食堂を後にしようとする暗殺者を引き留めるには、不利なポジションだ 。
『さぁて、先程の屈辱を晴らさせてもらおうか。もう、あんたのライフ・カッ ターは品切れのようじゃし、同じ手は食いませんぞ。』
俺には貴様の相手をしている時間はない。
が、ここで奴を振りきれる武器と力は残っていない。
『そうそう、観念するのが一番じゃ。わしはエンジェル・ウィングと違ってな 、あそこまで残忍にはなれんのじゃ。』
奴はそのまま仮面を被り直し、杖のスイッチを入れる。
『俺には時間がない。通してくれ。』
『それはデス・ナイト様の指令に反する。残念じゃが、ここで死んでもらうぞ 。なぁに、殴り殺すだけじゃから・・・痛いのは最初だけで、やがてそれが快感 に変わるはずじゃ。心配はいらんよ。』
誰が心配するかっ。
こうなったら・・・残った装備でどうにかするしかない。
『うぉぉぉぉっ。』
俺はデス・ナイトへの攻撃と同様にかけ声を出す。
かけ声には、相手を威嚇する目的と、これから攻撃するんだぞという意思表示 の2つの意味がある。
それ故に、無言で行う第2撃が奇襲となる。
デス・ナイドには効かなかったが、ヒドラにはどうかな?。
俺の左拳が、奴の腰の付け根にめり込む。
が、何の反応もない。
明らかに、俺の戦闘力を見くびっているな。
俺はそのまま力負けを装い、倒れる。
倒れざまに奴の右膝内側を蹴り上げ、バランスを崩させる。
大きな図体の持ち主に対しては足から責めるべきだ。
『???っ。』
奴の体が揺らぐ。
俺はそのまま横に回転し、奴がバランスを取り戻す前に左膝内側も蹴り上げる 。
『おおおーっと。』
奴はわざとらしい声を上げながら、俺に向かって倒れかかる。
が、俺は回転する事でそこから遠ざかり、立ち上がる。
これで奴の隙を突ける。
が、奴の姿が無い。
どっ、何処へ消えたっ。
『!!!っ。』
それは、俺の左側から来た。
『ぐうううぅっ・・・あああぁーっ。』
俺は激しい衝撃を左横腹に受け、数メートルも吹き飛ばされる。
奴は俺がどう責めるかを予測していたに違いない。
そして、俺の罠に落ちた振りをしながら、逆に俺の隙を狙っていた。
俺には立ち上がる気力もなく、ズルズルと1メートルぐらい、絨毯の上を滑る 。
どうやら・・・あばら骨にひびが入ったようだ。
ズキズキとわき腹が痛む。
痛みが感じられるだけましだっ。
急がないと・・・セリルは痛みさえも感じられなくなるっ!。
『どうした?。このままセリルを見捨てるのか?。見捨てるしかあるまいて。 』
ヒドラのは勝ち誇り、気取っていやがる。
デス・ナイトのあの足取りでは、一番近いシェフの控え室まで8〜9分はかか るな。
それまでにヒドラを振り解き・・・。
『ほほう?。わき腹を押さえているのは・・・折れたのかな?・・・それとも 、ヒビが入ったか。ならば・・・じわじわと責め殺そうか。』
そんな死に方はお断りする。
だが・・・奴を攻めるための計画を早期に立てなければ・・・同じ事。
奴は安心しながらも、俺に対する警戒は緩める事なく近づいてくる。
それはそうだろう。
今までの戦いでも、最初は奴の方が有利に進む。
しかし最後には逆転され、奴は度々、俺に煮え湯を飲まされてきたわけだから な。
俺の手持ちの主な武器は、光線銃が4丁に弾丸銃が2丁。
食堂で役立ちそうなのは・・・皿とフォークとナイフにスプーン。
机は大きすぎて動かせないし、一つの椅子もない。
神々や乙女をモデルとした等身大の彫像も重すぎて動かせないだろう。
厨房は塞がれ、そこから道具を手に入れる事も出来ない。
厨房に進入する方法はあるが、今はその時ではないし・・・。
『そおれっ。』
奴はかけ声と共に杖を振り上げてくるが、俺はそれをなんなく避ける。
と、「ピキッ」と痛みが・・・。訂正しよう。
俺は、痛みを堪えながら避けるのに成功した。
『うううっ!。』
奴の杖はかわせても、その直後に繰り出された左拳が、俺の右脇腹に命中する 。
奴のかけ声と杖と、わき腹の痛みに気を取られ、第2撃を忘れていた。
それでも、必殺の杖から逃れられて好運と思うしかないのか。
『ひゃひゃひゃひゃっ。』
笑いたければ笑うがいい。
貴様がどれだけ勝利を確信しようと、必ず逆転してみせる!。
そのためにも全ての力を出し切り、あがいてみせる!。
例えどんな状況でも、わずかなチャンスを掴んでみせる。
だからこそ・・・。
『ひゃひゃひゃっ。ナイフやフォークを持ってどうする?。もう投げる物がな いのか?。かんしゃくをおこした子供のように、わしを困らせようというのかな ?。』
そう、俺はテーブルに散らばるナイフやフォークをかき集め、それらを構える 。
『決まってるだろう?。あんたを料理するためさ。』
その言葉を合図に、俺はそれらをまとめて投げつける。
が、奴は避けようともしない。
食器を体に付着させ、先程同様に焼かれるとは思っていないのか?。
『同じ攻撃が効くと思っているのかぁっ!。』
奴は叫び、それらを杖で振り払おうとする。
俺だって、同じ攻撃が成功するとは思っていない。
奴が食器を振り落とす前に、俺は2丁の光線銃を抜いて撃つ。
狙いは・・・エネルギーを無害な光に変える粘膜ではなく、その腹めがけて宙 を飛ぶ食器。
光線銃のエネルギーを受け、熱くなった食器が高速で奴の粘膜を突き破る。
そして・・・俺が勝利する!!。
「ボボボボボボボッ。」
『なっ?。』
銃口からほとばしる光は、食器に到達する前に無数の火の玉となり、それが俺 に向かって逆流して来るっ!。
そんな事が起こるはずなどない!!。
「ボボボボボボボボッ。」
「ドドドドドドドドッ。」
『っ・・ぅうぁぁわあぁぁぁ〜っ。』
俺はなんとか、銃を手放したが・・・空中に発生した爆風が、体を持ち上げて 壁に叩きつける。
懐から飛び出た弾丸銃2丁は残骸となって床に散らばる。
いったい何が・・・。
『ふひゃひゃはひゃっ。まだわからんのか。』
いや、今なら解る・・・。
『・・・指向性レーザー光線拡散粒子・・・。』
俺の呟きは、奴の耳に届いたらしい。
『その通り。それも無臭タイプの新製品でな。わしがあんたの攻撃を誘ってい るところまでは読めなかったな。』
そう、俺は心の読みあいに負け、通路にくずおれる。
エンジェル・ウィングのレーザー光線拡散粒子には、すぐに気がついた。
それが災いし、独特な匂いを失ったレーザー光線拡散粒子を察知できなかった 。
あるいは・・・エンジェル・ウィングのそれに気づかなかったとしても、同じ 間違いを犯した可能性は・・・充分にある。
あれは・・・奴の杖から、俺に向かって伸びてきていた。
それは何時起きたのか?。
たぶん、奴が杖を大振りしていた時だろう。
相手を殺すテクニックに関しては・・・暗殺者の方が一枚上手ということか! 。
体全体がジンジンと痛み、両腕は爆発のショックで痺れ、動かない。
逆にわき腹の痛みは他の痛みに中和され、あまり感じない。
『ひゅははははっ。どうした〜ぁ、ダブルナイト?。もう降参かぁ?。両手も 使えないようだなぁ。ここが貴様の墓場だぁっ!!。』
奴は明らかに勝利を信じて疑わない。
半分死んだ様な俺を相手にしているんだ、そう考えるのも当然か。
だがそれが、奴の油断でありおごりだという事。
『それ、それ!。それぇっ!!。』
俺は、奴が繰り出してくる杖を後退しながらかわすが、奴の攻撃が激しすぎる 。
『どうしたぁっ。もう後はないぞぉっ!!。』
そう、背後に食堂の壁が近づいてくる。
俺には振り向く余裕も足元を確認する余裕もない。
そして俺は何かを踏み、踵の上の辺りに痛みが!!。
『くっ。』
平行感覚を失った俺の隙をつき、奴の杖が俺の右腕を捉える。
そして衝撃が走り・・・何か棒のような物が飛んでいく。
しかも、右腕の感覚がない。
やられたっ。
利き腕を失ったのは俺の方かっ。
が、それは俺の早とちりだった。
金属音をたてて絨毯を転がるそれは・・・小手の部分に装備しておいたレーザ ーガンだ。
それが奴の攻撃を外らし、役目を終えた銃は転がり落ちる。
右手の感覚がないのは、銃が吸収しきれなかった杖の衝撃が原因だ。
これで残った銃は、左の小手に仕込んだレーザーガンのみ。
『ふひゃひゃっ。運が良かったな。まさかわしも、そんな所に銃が隠してある とは思わなかったぞ。この分だと・・・左手にも隠しているな?。だがそれでは 、無敵なわしの体を破壊出来ないぞ。』
そうだろう。
奇襲用にとっておいた武器だからな。
それに、ヒドラには無力でも、デス・ナイトやエンジェル・ウィングには有効 かもしれない。
奴はますます図に乗って大胆に攻撃してくる。
俺のバランスを崩させたのは、床に散乱しているフォークの一つだった。
が、それに気をとられる時間を惜しみ、痛みを堪えて立ち上がる。
そうしないと、奴の第2撃、第3撃の的になってしまう。
「ブウゥンッ。ブゥゥゥンッ!」と唸りを上げて襲いくる高振動分子杖。
その脅威に対抗する術はある。
俺の下半身はまだ、自由に動ける。
奴は杖を大振りし、時間を無駄にしている。
だが俺は・・・体を僅かに揺すり、左腕が腰の装置にぶつかる様にする。
そこにはチェーンロケット・ランチャーの発射スイッチがある。
これは本来は武器ではない。
無重力空間などで移動するためのアイテムだ。
移動方向にロケットチェーンを打ち込み、それを伝って移動する。
そんなアイテムでも、こんな使い方が出来るのさ。
そいつは・・・奴の右手に握られた杖と衝突し、その衝撃で杖を弾き飛ばして みせる。
チェーンの先端のくさびは杖の柄に突き刺さったまま、奴の後ろへと伸びてい く。
『くっ・・・このおっ!。』
奴は悪態をつこうとするが、もう遅い。
杖は奴の手を離れ、その背後へと飛んで行く。
これで・・・奴の必殺の武器からの脅威は去った。
だがそれは・・・失敗だったかもしれない。
『愚か者が・・・。』
奴は頭を切り替え、怒りを笑いに変えて・・・「キューン」と甲高い音を上げ て伸び続けるチェーンを捕まえる。
『フゥンッ!。』
『なっ?。』
避ける間もなく、俺の体は宙を舞っていた。
斜め下の、俺の腰から伸びるチェーンの先には・・・それを振り回すヒドラの 姿が!!。
『うわあぁぁぁぁぁっ。!!』
奴がチェーンをパッと離したと思ったら・・・「ダァアンッ!!」その音が、 俺の背中と壁の間から響いた。
俺は痺れた両手で受け身もとれず、強かに叩きつけられ・・・すぐには立ち上 がれない。
奴は俺を痛めつける事には成功したようだが、方向を過ったようだな。
俺が飛ばされたのは、杖の飛んだ方向に近い。
その杖は・・・彫像に巻き付いている。
チェーンを目で追っていくと、杖から俺の体へと伸びて・・・いない?。
そう、奴はチェーンを手放したのではなく、引きちぎっていたのだ。
このままでは・・・やばい。
奴が怪力をもって彫像ごと引き寄せれば・・・両腕を使えない俺はヤバイ。
それを阻止するには・・・俺の切り札の1つを、奴にさらして見せる必要があ る。
『それで勝ったつもりか?、ヒドラ?。俺は・・・お前の弱点を知っている。 』
そう、俺は知っている。
『!!!っ。』
驚いているようだな。
俺はゆっくりと立ち上がりながら・・・痺れたままの両手の指先に神経を集中 させながら話す。
『全ては、さっきの戦闘から推測できた。俺がお前の汗を蒸発させ、そしてお 前が壁に体当たりして倒れた時の事だ・・・。』
胸と両肩が腫れ、両腕は重いが・・・何とか動きそうだ。
『・・・あの時お前は杖を投げだし、慌ててそれを拾おうとした。が、俺の視 線に気づいたお前は手を止め、俺に攻撃しないように懇願していた・・・。』
折れた肋骨の痛みは麻痺してきたが、無理な体勢をとれば、激痛が走るだろう 。
『・・・あれは身を守るため、俺からの攻撃を止めるためのものと考えていた 。しかしそれは、お前が巧妙に仕組んだ芝居だった。殆ど無敵と思える肉体を持 つお前が、何故あの時に限り命乞いをしたのか?。』
明らかに奴はおびえ始めてる。
俺がどれだけの事実を掴んでいるのか心配なのだろう。
これは・・・俺自身、秘密にしておきたかった。
そしてそのまま、何も知らないふりをしてヒドラに逆襲したかった。
奴は今まで、弱点を知られていないと考えて大胆な攻撃を何度も仕掛けていた 。
逆にだからこそ、奴の弱点が探り出し難かった。
それを知ったいじょう、奴の攻撃の隙を突き、倒す事は簡単と思えた。
が、痺れた両腕ではそれを活用するまでもなく、死を迎える事となる。
仮面の隙間から、奴が乾いた唇をなめ、唾を飲み込んでいるのが見えた。
『・・・お前が命乞いをする必要はなかった。いや、あの場合に限り、そう見 せかける必要があった。何故か?。それは・・・慌てて伸ばした手は、杖の柄の 部分ではなく、中央部に向かっていたからだ。そこは青白く光り、分子が高速で 振動していると解る。レーザーや弾丸、切断するタイプの刃物や突き刺すタイプ の刃物、あるいは高速回転しながら切り裂く刃物には無敵でも、触れた物を砕こ うとする高振動分子杖には弱い。その弱点を知られないための芝居だった。あそ こで単純に杖を手にする位置を変えたら・・・俺に怪しまれるからな。』
つけ加えるなら・・・固体の物質は熱を受け、温度を上昇させると振動し、液 体に変わる。
更に温度を上昇させると分子の振動が大きくなりすぎ、気体へと変化する。
それ故に、熱による攻撃に慌てふためいたのだろう。
『それを知ってどうなる?。貴様が俺に背を向けて走るなら、そこにたどり着 くまでに殴り殺してやる!!。』
奴は俺を指さしながら宣言するが、そんな真似はしない。
奴は・・・俺が事実を知っているかどうかに関係なく、背を向けたら襲ってく るだろう。
反面、奴とても動きづらいわけだ。
奴が不本意に俺の横をすり抜けて杖をとろうとしたら・・・奴よりも杖に近い 俺の方が早く、それを手にできるだろう。
だから・・・奴も俺に走り寄る事は出来ない。
歩いて近づいて来るのなら・・・それに合わせて、俺は杖の側へと後退する。
『ふひゃひゃひゃっ。その通りだ。それを否定して、動揺したままで貴様と戦 うつもりはない。事実は事実として認め、冷静さを取り戻した方が得だからな。 』
奴はもう、自分を取り戻している。
これが暗殺者として、一流と二流の差だな。
これで・・・こちらの方が不利になる。
『わしを力のみに頼るゴーレムとは一緒にしない事だ。そして、俺の能力を甘 くみない事だあぁぁぁっ!。』
奴はそのまま両手を伸ばし、俺に突っ込んでくる。
俺も急いで走らなければ。奴に背を向け、全力で走る。
それが・・・10歩も進まないうちに襟首を引っ張られ、「ダアァン」と大き な音を立てて転ばされる。
その俺の横をヒドラが・・・。
『させるかぁぁっ。』
俺は自由な両足で奴の右足を挟み込み、奴はそのまま倒れる。
その「ドオオォォン・・・」という音は俺のよりも大きく、これで俺は一矢報 いた。
『このガキがあぁ〜っ。』
奴は、笑顔を浮かべる俺の胸元を掴み上げて立ち上がる。
奴がチラッと横目で杖を見るのは、それに未練がある証拠だ。
だが奴はそれを断ち切り・・・。
『うおおおおおおーっ。』
そのまま、杖とは反対側の食堂の壁に向かって走る。
そして・・・何とか振り解こうとする俺を、壁と自らの体で挟み込み・・・。
「ボキゴキッ」
『うお〜っ。』
もう、俺は意識して痛みを堪える事など出来ない。
口から、無意識の内に叫び声が漏れる。
『ひゃはひゃはっ。2本は折れたな。』
ヒドラの言う通りだ。
肋が・・・これで3本が折れ・・・少なく見積もっても・・・1本にヒビが入 っているな。
胸を押さえてしゃがみ込む俺の衿首を持ち上げ・・・足が地に着かないぐらい に持ち上げられる。
『どうだ?。命乞いするなら今のうちだぞ。もう、声も出せなくなるからな。 』
その通りだ。
奴は俺のお腹を両手で抱きしめ、そしてギリギリと締め上げてくる。
『・・・ぐっ!!!。がはぁっ!!!。・・・ウグググ・・・ッァ・・・。』
苦しい!。
息が出来ない!。
肺に、折れた骨が突き刺さるようだっ。
肋の痛みが全身を駆けめぐり・・・意識が薄らぐ。
風邪でもひいたかのように・・・遠近間が薄れ・・・彫像が近づいてくるよう な錯覚が・・・。
「ダンッ!!」と、再び背中に衝撃を受け、俺は我にかえった。
錯覚ではない。
何故かは解らないが、俺の体は奴と一緒に、先程と同じ壁にぶつかる。
ぶつかりはしたが、壁の横に立っていたので衝撃の痛みはあまり感じない。
が、これは・・・・重力か?。
Gが加わって・・・押しつぶされそうだ。
それでも頭と目は活動している。
俺は・・・痺れのとれた両手で奴の腕を払い上げ、そのまま奴の足元に潜り込 もうと動く。
が、怪我で体力を失った俺は・・・奴の下敷きから抜け出すのが精一杯で、す ぐに壁を横にした体勢で首を締め上げられる。
『無駄な事をっ。ここが貴様の・・・・っぐううっ!!。』
奴は・・・彫像と壁に挟まれていた。
そして俺は・・・その脇で立ち上がる。
奴にとっては、加速のついた彫像がぶつかっても痛みを感じないだろう。
だが、その彫像は違っていた。
彫像に巻き付いていた杖は、汗を弾き飛ばし、そのまま奴のお腹を突き破り・ ・・。
『これで勝ったつもりかぁっ!。・・・半分死んだ様な貴様に何が出来るっ。 今ごろは・・・。』
それが奴の最後の言葉だった。
そのまま奴の体は「ズシーン」と倒れ、食堂に横たわる。
が、その体はすぐに反対側へと飛んでいく。
俺の体も吹き飛ばされるが、急いで手近の・・・壁に飾られたタペストリーに しがみつくことで、その災難から逃れられた。
「ビキビキビキッ」とタペストリーが俺の手と壁の間で裂けていく。
そして、全てが飛んでいく方向には・・・重い石でできたテーブルが、「ドカ ァッ!。ベキベキベキィッ!!。ドォン、ドォォンッ!」と通路側の壁を穴だら けにしながら移動する。
このまま吹き飛ばされていたら・・・俺の体も・・・。
寒気に襲われた俺はブルブルと震えたが、それが恐怖のためか、肋の痛みのせ いかも判断できない。
ただ、一緒に飛んでいたら・・・テーブルに挟まれるかして、即死していただ ろう。
そう、奴の言うように、俺の戦闘力は落ちている。
自由に体が動かせない程に。
だからといって、彼女を奴らに殺させはしない。
急に圧力が消え、俺の体も宙に浮く。
無重力状態だ。
それは・・・肋が折れた俺にとっては有利ともいえるし、不利とも言える。
俺はヨロヨロと漂いながらも厨房へ近づく。
入り口を特殊プラスチックでおおわれた厨房に。
こいつは・・・固く、ヒドラが体当たりしても突破するのは無理だろう。
高振動分子杖なら砕けるだろうが、飛び散る破片で怪我をするだろうな。
それよりも安全で、かつ早い方法がある。
誰が残したかは知らないが、テーブルに乗った、飲みかけの水が入ったコップ さえあれば・・・が、全ては割れて散乱している。
だめか?・・・いや、給水器があるはずだ。
厨房に一番近い給水器のスイッチを入れると・・・その蛇口から排水口へと流 れ落ちていく。(無重力状態で落ちるという表現は不適当かな。純粋な水が蛇口 から、その反対側についている排水口に移動すると言い直そうか。)
その途中にスプーンを置き、水の流れを変える。
重力がかかった状態では不可能だが、無重力状態なら、移動エネルギーを与え られた物体は、それと同等の逆方向のエネルギーを受けない限り、停止する事は ない。
給水器に固定されたスプーンにぶつかった水流は、その表面を滑らかに流れ、 シルバーのアイテム、厨房と食堂の間を塞ぐ特殊プラスチックまで導かれる。
その効果はすぐに現れた。
「シュウシュゥー」と音を立て、湯気を上げながら徐々に融けていくプラスチ ック。
この特殊プラスチック液は空気中の二酸化炭素に反応して膨張、固体化し、純 粋な水やお湯に反応して、固体から液体へと、その性質を変えていく。
再び液体に戻った液体は、その分子構造を変化させ、空気中の二酸化炭素と反 応する事はない。
だからこそシルバーは、これを使った。
そして俺は水を使って、厨房への通路があらわになるのを待つ。
その間、俺は先程のショックについて考えていた。
あの衝撃は何だったんだ?。
急激な重力。
ついで逆方向への重力。
そして無重力。
何かがアドリーム号の中で起きた。
それを突きとめるのも、俺の仕事か・・・。
軽く床を蹴るだけで、俺の体は厨房の中へと浮遊する。
小さな力で移動できるため、折れた肋骨に、余計な力がかからない。
それが、無重力状態のメリットだ。
だが、これではバランスがとり難く、移動方向や向きを変えようとすると・・ ・痛みが走る。
それがデメリットだ。
厨房の中は・・・野菜やスープが飛び回り、それを避けながら先へと進む。
シェフの控え室を覗くと・・・誰もいない。
外に向かうための扉は開きっぱなしで・・・シルバーがここを通ったとは思え ない。
彼なら扉を閉め、例の特殊プラスチックを使って通過出来なくするだろう。
俺はそのまま、厨房の奥へと向かう。
この先には・・・デス・ナイトが言っていたように、食料の貯蔵庫があるはず だ。
案の定、目の前には4つの巨大な扉が現れる。
肉類を保管する2つの冷凍貯蔵庫に入るとは思えないし・・・とすれば穀物貯 蔵庫か。
どちらを通っても中は一緒だ。
気分的に左側のドアを開け、様子を探る。
人の気配はない。
暗殺者なら気配を消すのは得意だろうが、セリルには無理だ。
つまり、この中は無人だという事。
俺は慎重に中に入り、奥の通路に向かって歩く。
左手に仕込んだレーザーガンを左手に納め、食料搬入口に伸びる通路へと進む 。
セリルは必ず、この先にいる!。
場合によっては、暗殺者も。
通路に続く貯蔵庫の巨大な扉は開いたままだ。
これはとても重そうだな。
シルバーの事だ、俺の怪我と体力を考え、ここらの扉だけは開けておいてくれ たのだろう。
ただ・・・無重力では、たいして重さも感じないのだが。
俺は熱と衝撃でボロボロになったライフ・ジャケットを着たままで中に入る。
両手の手袋もズタボロだが、まだ捨てるわけにはいかない。
通路の先で待っていたのは・・・カラフルな羽が舞う無人の通路だ。
あれは・・・エンジェル・ウィングのコートに装備されていた武器だ。
ここでシルバーとセリルが、オカマ野郎と戦ったのか?。
俺は慎重に、左手で銃を構え、右手で扉をつかまえる。
発砲の衝撃で体が後ろに飛ぶのを防ぐためだ。
そして・・・光は羽に接触すると・・・連鎖反応のように爆発し、融けていく 。
その奥に、同じような扉が開いている。
結局、暗殺者達は姿を見せなかった。
それなら・・・セリルは何処へ消えたんだ?。
扉を蹴り、焦げた匂いと熱を堪えながら、更に先へ進むと・・・広い倉庫に出 る。
乗客の荷物や、荷主から預かった荷物の保管室を兼ねたそこには、外へと続く シャッター型の扉がある。
客船や貨物船に見せかけた宇宙賊は、ここに小型の戦闘機を隠し、格納庫代わ りにも使うのだが・・・そんな物は見当たらない。
ただ、長方体に荷作られた様々な荷物が浮遊するだけだ。
実はここには、船内各所に伸びるスタッフ用の通路がある。
一般の乗客はここに入れないし、そういった場所を繋ぐ通路があるのだ。
姿を現さないブラック・ガーディアン達も、こういった場所を利用して移動し ている。
で、何処にいけばいいのか?。
俺の記憶によれば・・・4つの通路がある。
一つは先程の厨房に、一つはブラック・ガーディアンの控え室へと続く。
先にあげた厨房から俺は来た。
従って、厨房や食物貯蔵庫にセリル達がいるとは思えない。
ブラック・ガーディアンの控え室とは、彼らの居住空間の総称だ。
彼らの呼吸する大気は我々にとって有害である事が多く、そこにシルバーがセ リルを連れて逃げ込むとは考えにくい。
残る2つ・・・船体の中央部、サービスセンター本部に到る通路は直線で、途 中には隠れる場所もなく、別の通路へ抜ける事も出来ない。
非常事態に、ブラック・ガーディアンが瞬時に各所に移動するには好都合でも 、シルバーが逃走するには不利だ。
暗殺者に襲われても、逃げる場所がない。
そして俺は・・・残った一つの通路に向かって漂う。
答はすぐに出た。
そこは各種娯楽施設の裏舞台への道であり、武器として使えそうな道具や隠れ 家もある。
その一つから飛び出してきた小さな影は・・・そのまま壁にぶつかって・・・ 。
『おっ、お兄ちゃん!!。助けてぇっ。中で・・・シルバーさんとゼーラムさ んがぁっ、2人を早くぅっ!!!。』
その塊・・・セリルは俺に気がつくと、ジタバタと回転しながら、俺に向かっ て飛んでくる。
無重力状態を体験した事のない彼女にとって、移動したりバランスをとるのは 難しいだろう。
普通なら宇宙酔いにかかって、吐き気をもよおすのだが・・・シルバーの事で 頭の中がいっぱいな彼女に、そんな余裕はない。
俺は近くの壁を左手で抑えると、彼女の衝撃に備えた。
そうしないと、俺も一緒になって飛ばされるからな。
それは、「トン」と軽いショックで始まったが、移動に慣れていない彼女は、 力いっぱいに抱きついてくる。
『くっ。』
セリルに心配をかけないように、平静を装いたいが・・・今まで受けたダメー ジが大きすぎる。
苦しみの言葉が漏れ、顔が歪む。
『だっ、大丈夫?・・・お兄ちゃん!!。』
そんなに心配されるとは・・・よほど、酷い状態に見えるのだろうな。
微かな寒気は感じるし、冷や汗も流れているようだ。
たぶん・・・顔色も青ざめているのだろうな。
だから・・?。
シルバーが危険なら、俺がまとめて面倒を見るしかないな。
『大丈夫さ。ここまで走ってきたから・・・汗かいちゃってさ。任せておきな 。』
『でっ、でも・・・このままじゃ、お兄ちゃんが死んじゃうよぉっ!!。シル バーさんも・・・ゼーラムさんも・・・みんな、みんな死んじゃうっ!!。』
どうして、そんなに泣きじゃくる?。
彼女の意志は・・・今まで以上に硬そうだ。
『安心して待ってな。必ず生きて戻るから。・・・今までもそうしてきたし、 これからも・・・。』
『いっ、嫌よぉっ。今度はどうしてもダメなのっ!!。お兄ちゃんの手を放し たら・・・もう、握れない予感がするのっ!!。怖いのっ、寂しいのっ、不安な のっ!!。お願いだから・・・。』
ゴッド・アイみたいな予言は止めて欲しいな。
『お兄ちゃんを信頼して欲しいな。な?。』
『でもでもでもぉっ・・・。』
俺は無言のまま、セリルを背に隠し、彼女が出てきた部屋に入る。
そこには・・・そこでは!!。

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