プリンセス救出陽動作戦
ダブルナイトの章

☆☆☆ 4.セリル ☆☆☆
私の名はセリル。
長い金髪が自慢の愛らしい娘よ。
ピーコックグリーンに輝く瞳はどんなエメラルドよりも美しいの!。
10才という年齢で最も美しい身長は138センチで、ふくよかな頬(決して
プニプニの頬じゃないわ)も愛らしいの。
それでね、いっくら鏡を見つめていても、ちっとも飽きないの。
もし美しさが罪だとすると、私の罪は宇宙の破壊者と同じ位に重いのっ。
でね、今は貴族の小学校に通っているの。
本当は高校生なみの知力を持っているんだけれど、先生が認めてくれないの。
私の事を意地悪だと思っているらしいけど、私に言わせれば、先生のほうが意
地悪で、えこひいきで、きっと賢い子供が嫌いなんだわ。
やっぱり、美人で賢くて気品があってスポーツ万能で、欠点がないことが欠点
の私に嫉妬してるのよ。
お父様とお母様はその辺を理解してくれていて、
『いい子だ。セリルが正しい。』と、いつも言ってくれるわ。
この前も、生意気な惑星貴族の娘が学校にいて、言葉で理解できないみたいだ
から、体で覚えさせようとしたの。
そうしたら先生が駆けつけて、私を叱るの・・・グズでのろまなあの娘が悪い
のに。
きっと、あの娘の性悪な仲間が、先生にいいつけたに違いないわ。
でも、お父様とお母様は、銀河貴族が惑星貴族を教育するのは当り前だと言っ
てたわ。
当〜然よ!。
この世の中では、地位とお金が全てで、これさえあれば全てが許されるのよ。
地位の低い者は、地位の高い者に奉仕するためだけに生きているのよ。
・・・少なくとも、そう思っていた。
あの事件に巻き込まれるまでは。
あれは確か、夏の暑い日だったわ。
私の古風で大きな屋敷は、ルナ・シティの郊外にあるの。
入口から屋敷までは、20頭もの番犬がいる、約100メートルの庭を越えな
くちゃいけない。
でね、5階建ての屋敷の4階に、私のおしゃれな部屋があるわ。
もちろんベランダつきよ。
部屋と外とを仕切る壁はスライド式で、暑い日には天井に引き上げてしまうの
。
それでね、窓の上部から下部へ空気を射出して壁をつくるの。
もちろん、犯罪者の侵入を探知するために赤外線センサーがついてるし、何か
が侵入すると赤外線が熱線にかわって、侵入者は火傷を負うの。
だから安心して眠れるのに、あの日だけは違ってた。
誰かの気配を感じて、私は目を覚ました。
それが音だったのか匂いだったのかは覚えてないけど、部屋の中に何かがいる
のだけは分かった。
そこで・・・目を閉じ直すと、寝たふりをしながら窓際の方へ寝返りをうって
みた。
ゆっくりと薄目を開けると・・・一つの影が、窓の側から私の枕元まで、音も
たてずに移動して来るのが見えたわ。
いったい、どうやって侵入してきたのかしらと思いながらも、それがどういう
人なのか知りたかった。
センサーは都市警察のコンピュータに直結しているから、あと3分もしない間
に警官が来るはず。
そしたら私は、記者にインタビューされ、それを見ていた芸能界の社長が直々
に私をスカウトし、一気にデビューするのよっ。
そのためにも、ちゃんとインタビューに答えられるように、犯人の特徴をつか
んでおかないと。
だから・・・わくわくしながら、影がゆっくりと顔を近づけてくるのを待った
わ。
きっと、私の美しい顔を見ようとしているのね。
ちょうどその時、雲の切れ間から月の灯が差し込み、侵入者の顔を照らしだし
た・・・私が夢に描いていた王子様とそっくりの顔を。
栗色の髪、知的でやや陰りを含んだ、20代前半の美男子。
私の喉が、はしたなくも、グビッとなった。
よ・・・よだれが・・・。
だって、まさか・・・まだ10歳なのに夜這いをかけられるなんて・・・それ
も、好みのタイプに。
だっだめよ、お父様が許してくれないわ。
何か、一人前の女性として認められたような気がして叫びたいぐらいだった。
きゃーっ!。
とってもとっても、ラッキーでハッピーなのよ。
でも叫べなかった。
彼ったら、私の口を手で塞ぐと、耳元でささやきかけるの。
『騒ぐな。お前はセリルだな。』
私はハッとし、恐怖のあまり素直にうなずいた。
今はもう、恐怖の叫び声を出したかったけど、甘い香りのする布を口に当てら
れ・・・そして意識を失ってしまった。
多分、薬を嗅がされたのね。
目を覚ました時、回りの景色は一変していたわ。
月の光で浮かび上がる世界は、打ち捨てられた廃墟と、澄んだ夜空を流れる星
々。
遠くに見える三角形は・・・ピラミッド?。
だとすると、ここはネウカイロと呼ばれていた所だわ。
確か・・・<風の戦争>によって滅んだ都市。
日中は命を焼き尽くす灼熱の世界、夜は静寂と冷気、生死の世界。
私の前には焚火が、その向こうには大きな筒にもたれて眠っているあの男がい
る。
逃げ出すなら、今がチャンスだわ。
そう思った私は、静かに立ち上がった。
ところが・・・くるまっていた毛布が下に落ちた時、かすかに炎がゆらめいた
。
そのかすかな気配をあの男は感じ取っていた。
そーっと離れようとする私の背後から声が響く。
『どこへ行く?。ここにはルナ・シティへの交通機関もないし、徒歩で砂漠を
越える事もできん。援助してくれる人さえいない。死にたいのなら話は別だが。
』
振り向くと、誘拐犯人は目を閉じたままで、喋らなければ寝ているんだと思っ
てしまう。
人に断わりもなく誘拐しておきながら、なんて言いぐさなのっ。
自分が犯した罪の大きさを理解できないのっ。
私は恐怖と怒りで、ほんの少しばかり自分を見失い、男に命令していた。
『私の両親は銀河貴族なのよ。私を誘拐して、ただではすまないわよ。早く私
の家に帰して。それがすんだら、罪を償うために、自殺しなさい。』
(少なくともその時は、たとえ犯罪者でも銀河貴族の命令に逆らえないと思っ
てた。ついでに説明すると、爵位は大きい順に並べると銀河貴族/星域貴族/惑
星貴族に大きく分かれ、おのおのが王/公爵/侯爵/伯爵/子爵/男爵/准爵に
分かれているの。惑星王の位は星域准爵に相当し、星域王は銀河准爵と同レベル
の位ね。)
でも、男は動じることもなく、平然と私を侮辱したわ。
『・・・おまえが、上級貴族の娘だと?。おまえが両親と呼んでいる男女は、
銀河中域手配中の詐欺師だ。その正体を隠すため、孤児院から連れ出されたのが
お前だ。』
なっ、何て事を言うのよっ。
『う、嘘よ。嘘だわ。証拠だってないわ。そんなことあるはずないっ。』
なのに男は、動揺する私に向かって首を横に振りながら、胸元から取り出し
た書類を投げつけてきた。
『この<魂の星系>には、家族構成を登録する制度が残っている。これが、そ
の証拠書類だ。』
私はそれをあわてて地面に広げると、炎の灯を頼りに食い入るように見つめ
た。
確かにその書類は、私が養子であることを証明していた。
それでも、私には信じることが出来なかった。信じたくなかった。
もし私が銀河貴族の娘でないなら、何の目的で私を誘拐したのかしら。
『私をどうするの?。』
男は無言のまま、二つの書類を私に投げてよこした。
一つ目の書類は、私の養父母の身辺調査結果で、詐欺師であることを示してい
る。
もう一つは・・・私の・・・人身売買の書類だった。
私は、書類から目を離すと、男を覗き見た。
男は私の視線を感じると・・・左手に握っている装置のスイッチを入れた。
すると・・・その機械から、お父様の声が洩れてきたわ。
『ほ、本当に、こんな大金を頂けるんですか。売りましょう。どうせあの子は
、我々の正体を隠すための道具ですからね。また、孤児院から子供をもらいます
よ。あの子も最近は生意気になって・・・我々の正体がいつばれるとも限りませ
んし。ちょうどいい機会です。・・・ただし、条件があります。我々にも世間体
がありますから、あなたの方で勝手に誘拐して下さい。その後、我々が警察に届
けでます。こうした方が、お互いのためですから。衣類は置いていって下さいよ
。それとも買って下さるんで?。一着だけですかぁ?。』
スピーカーからの声は、ここで終わっていたけど、私が事態を理解するには
十分だった。
私はお父様に売られてしまったのだ。
でも・・・でも私はくじけない。一人でも立派な大人になってみせる。
養父母から学んだサギのてくにっく(本当は学んでないけど、私にも才能があ
るはずよ)を駆使して大金持ちになり、どっかの王子様を騙して女王様になるの
よ。
そのためにはまず、この犯罪者から逃げ出さなければ・・・。
確かにここは無人のようだけど、隠れる所は沢山ありそうね。そこで私は、
ボロボロなビルの一つに向かって走った。
『とまれっ。そっちは危険だぞっ。』
後ろから、犯罪者の声がする。
と同時に、閃光と爆音が広がった。
なにが、『そっちは危険だぞーっ』よ。
そっちの方がもっと危険じゃない。
あのままあそこにいたら、怪我していたじゃない。
もしかしたら、あの爆発は救援に来てくれた都市警察の攻撃で、きっと犯罪者
は怪我したのよ。
そしたら、銀河の果てまでラッキーッ。
多分あの犯罪者は、都市警察と撃ち合って死んだに違いないわ。
私好みの美男子だったけど、残念ね。
そう考えながら走っていると、右側のビルの所に、人影を見つけた。
無人の廃墟に立つ人間といえば・・・警官だわ。
もしかしたら、軍隊かもしれない。
私は慌てて立ち止まると深呼吸し、ゆっくりと人影に近づいた。
銀河貴族の娘ともなれば、常に威厳と誇りをもって行動しなければならない。
(例え孤児だったとしても、両親が詐欺師だったとしても、私の受けた教育は
本物よ。だから、威厳を持って行動しないといけないわ。)
目の前の人影は・・・ボロをまとった長身長髪でやせ細った男に見える。
あるいは、胸が貧困な女性かしら。
私は、人影の後ろに立つと、声をかけた。
『私は・・・。』
そこまでしか言葉がでなかった。
私の声に驚いて振り返ったのは、病気か怪我で醜く変貌した生き物で、男女の
区別すら出来ない存在だった。
『く・・・くいもの。』そいつは生気のない目でにじりよってくる。
『お前・・・喰う。』
こんな所で、はかない人生を終えるなんて冗談じゃないわ。
私は、銀河貴族の娘(?)で、美味しそうに見えるかも知れないけど、食べら
れたくないっ。
でも・・・狂人相手では銀河貴族の肩書も無意味だわ。
だから私は後ずさり・・・元いた場所へと走りだした。
逃げるんじゃないわ。
あの犯罪者に、ここが危ないことを教えるために戻るのよ。
自慢だけれど、あたしの足は速いのよ。
クラスで3番なんだから・・・なのに、どうして後ろからの気配が消えないの
っ。
(後で知ったんだけど、クラスメイトは私の両親の肩書に遠慮していただけ。
測った時間もごまかしてたらしいわ。)
ヒタヒタと聞こえてくる不気味な足音。
『ぐいもの〜っ。』という叫びと”シャー”とかいう息遣い。
屋敷でも1番足が速くて、大人でも追いつけないのに、どうしてなの?。
あたしは、焚火に近づく前に、力尽きてしまった。当然よね・・・かよわい女
の子だもん。
でもその時、前方から私の方に走ってくる人影が見えた。
きっと、あの誘拐犯よ。
『は、早く・・・助・・けて。』
大声で叫んだはずなのに、かすれた声しかでない。
とにかく私は人影の胸に飛び込み・・・その人が腰から銃を取り出し、あたし
に向かって発砲した・・・と思ったのは勘違いで、背後で何かがはじける音がし
た。
たぶん・・・あの銃が狙ったのは・・・でも、恐くて振り返ることが出来ない
。
あたしは、ただ震えているだけ。
ゆっくりと、誘拐犯の顔を仰ぎ見ると・・・そこには見たこともない顔があ
った。
いつ顔を取り替えたのかしら。
本で頭を取り替える話を読んだことがあるけど、初めて見たわ。
月の光を浴びて透き通る白の長髪。
目つきがちょっときついけど、引き締まった顔のいい男。
思わず、よだれジュルジュルの生唾ゴックンもの。
『こんばんは、セリル。私は、救急運送会社の社員で、コードネームはダブル
ナイト。夜の騎士とも呼ばれている。銀河貴族である君のお父様に頼まれ、君を
助けにきたのさ。』
あぁっ、なんて私は幸せ者なのかしら・・・。
きっとこうして2人は恋に落ちるのね・・・でも、私はまだ子供だし、第一、
身分が違うわ。
でも・・・でもでも、身分を越えた恋というのもいいわね・・・決して報われ
ない恋だけれど・・・そして彼は私を忘れることができなくて、きっと一生独身
で暮らすのよ。
な・ん・て・罪なわ・た・しっ☆。
彼は私から視線をそらすと、また銃を撃ち始めた。
きっと、あのゾンビ共が襲ってきているんだわ。
私からゾンビは見えない。
でも、ゆっくりと近づいてくる誘拐犯の姿は見える。
『来た・・・。』
私のつぶやきを聞いたダブルナイトは振り返り、私の目に・・・ゲロゲロッ!!
・・・ゾンビが全部燃えてる・・・しかも、風向きが変わって・・・臭いっ。
『きゃっ。』
急に彼は私を離し・・・私はお尻から落ちた。
可愛いお尻の蒙古斑が消えなかったら、怒るからねっ・・・と、叫ぼうとした
ら・・・空気がぴりぴりして・・・しゃべれなかった。
誘拐犯は、起きあがった私に向かって手を差し伸ばしながら、
『返してもらおうか。』と要求する。
ダブルナイトは私の不安そうな顔に微笑みかけ、誘拐犯に向き直ると、
『大事なお姫様は返して頂く。姫もそれを望んでいる。それとも、このダブル
ナイトに勝てるとでも思うのかっ。』
カ、カッコイイわ。
それに引き換え、誘拐犯は何も言わず、枯草が転がる音と、火と風の音だけが
する中に立っている。
く、暗いわっ。
ハンサムなのに、ハンサムなのに・・・でも、暗い方が悪人ね。
2人の美青年が、善と悪が私をめぐって対立するのね。
『俺を知らんのか。』
この誘拐犯の言葉に、ちょっと動揺したように見えるダブルナイトは、
『つまらん男だな。もう真夜中だし、遊びの続きは明日にしよう。』
そう言いながら、サングラスをかける。
この夜中に?。
でも、その謎はすぐに解けた。
ダブルナイトの銃口が輝きだし、何も見えない。
爆発音と爆風と、私を抱き上げて走るダブルナイトの心臓の鼓動が聞こえる。
私たちは誘拐犯をまくと、廃墟の中の草地に腰をおろした。
回りには古びた建物が墓標のようにたち、公園の跡地と思われるここには木の
姿もない。
ただ、枯れ果てた枝があるだけ。
『今夜はここで過ごす。火を絶やさなければ、奴らも襲ってはきまい。』
『奴らって?。』
私の声に、ダブルナイトは木片をかき集めながら答えた。
『生きた死人の群れさ。元々は人間だった。ある時、2つの星間国家が戦争を
起こした。ここも戦場になり、核兵器が使われた。今の核兵器は、放射能汚染を
極力抑えるタイプだが、当時の物は放射線汚染を目的にした物だった。生き延び
た生物は、放射能によって脳と遺伝子を狂わされ、ここは死の世界となった。幸
いなことに、放射能汚染を食い止める道具も開発されており、被害はここだけに
抑えられた。しかし、汚染されたと思われる生物は殺されるか、ここに閉じこめ
られるかした。』
じゃあ、彼らはゾンビじゃなく、人間じゃない。
なのになぜ・・・。私の問いを察したダブルナイトは続ける。
『俺たちは、猿から進化したそうだ。だが、猿は人間じゃない。彼らは彼らに
突然変化を起こした。だから、彼らは人間じゃない。』
『ひ、ひどい。』
私の心の中に、怒りの感情に似たものがこみ上げてきた。
彼もそうらしく、枯枝の集め方が乱雑になっている。
『そうさ。だがな、貴族どもにとっちゃ、喧嘩で相手を殴った位にしか思って
ないだろうよ。この廃墟も貴族が起こした戦争が原因だ。奴らは自分らの利益を
守るためならなんでもする。そのくせ、金と権力には弱い。金さえあれば、たと
え心が汚くても貴族になれる・・・いや、汚い方が貴族になれる。だから俺はっ
。』
私、よくわかんない。
貴族の喧嘩が原因でこうなったのはわかったけど・・・。
でも、怒りのおさまらないダブルナイトは話を続ける。
『姫を誘拐したあいつ・・・ソウルイーターも犠牲者の一人だ。奴は貧乏な平
民の生まれで、つらい人生を送ってきた。奴が物心つく前に父親が死んだ。お金
ほしさに、貴族が犯した犯罪の犯人として刑務所に入り、事実がばれるのを恐れ
た貴族の企みで獄死した。・・・当然、貴族は遺族に対し金を払わなかった。後
に残されたのは母親と奴の弟だけだった。母親は2人の子供を抱え、更に貧しい
生活を強いられるようになった。が、暫くして第2の悲劇が発生した。奴が15
才になったある日、母親が重い病気にかかった。その治療代を稼ぐため、奴は貴
族に身を売って、その金を弟に持たせ、母の元に向かわせた。奴は貴族の元で奴
隷として一生を送るつもりだったが、事実を知ってしまう。奴の弟は、金を惜し
んだ貴族の手で、事故にみせかけられて殺されていた。母親は・・・仮病で、男
と駈落ちするための芝居だった。いい母親だったが、魔がさしたのだろう。金を
得られなかった母親は男にも捨てられ、奴に手紙を残して自殺した。それからだ
・・・奴が犯罪者になったのは。最初の殺人は、例の貴族に対して行なわれた。
そして逃亡に成功し、暗殺者となった。特に、貴族や大人達を、復讐するかの様
に残忍に殺した。ただ・・・子供を殺すことはなかったが。・・・』
ダブルナイトは不機嫌なまま、枯枝に火をつけ、どっかから拾ってきた布切れ
を体で包むと、火のそばに座り、銃を抱き抱えるようにして眠り始めた。
ちょ、ちょっと待ってよ。
『ねぇ、さむいよっ。それを私によこしなさいよ。』
ダブルナイトの体から布をはぎ取ろうとするんだけど、子供の力ではどうにも
ならない。
『いいかげんにしろっ。』という声とともに、私の体は地面に横たわっていた
。
『キャアッ。』という私の抗議の叫びを無視し、ダブルナイトが怒鳴りだした
。
『俺はお前を守らなきゃならん。もし手がかじかんで銃がうまく使えなくなっ
たらどうする。銃を冷やすわけにもいかん。』
でも、いきなり張り飛ばすことはないじゃないっ。
『・・・あの人はくれたよ。寒くないようにって。』
私はたぶん、少しふくれながら抗議したつもりだったけど、ダブルナイトのき
つい目が更にきつくなって、恐い顔になってる。
『これだから貴族の娘は困るぜ。奴にとってあんたは大事な商品だからな。』
『あなたにとっては何なの?。あたしは貴族の娘よっ。ゆうこと聞かないと・
・・。』
そこで私の声は詰まってしまった。
ダブルナイトの恐い顔が凶暴な顔に変わり・・・銃を抜き・・・。
『聞かないとどうするんだい?お嬢ちゃん?。』
こ、恐いよぉ〜っ。
ど〜してこんな目にばかりあうの。
もしかして、男運の悪い薄幸の美少女なのかしら。
このままじゃ・・・ちびって・・・。
急に、崩れかけたビルの壁に光が当たり、映像が写った。
あれは・・・見たくもない、だいっ嫌いなニュース番組だわ。(ニュース番組
が好きな子供なんているわけないわ。)
そして・・・どこからともなく音声が流れてくる。
『次のニュースです。今夜発生しました凶悪殺人事件についてお知らせします
。』
いったい、何を言いたいのかしら。
涙をハンカチで拭くと、映像をみなおした。
今、この悲しい時を癒してくれるものがつまらないニュースしかなくても、気
を紛らわしてくれるなら何でもいいわ。
『・・・男爵は首の頚動脈を切断され即死、男爵婦人は冷凍庫に閉じこめられ
凍死、執事及びメイド、コック、使用人の全ては両腕を後ろに縛られ、口をテー
プで塞がれたまま額を打ち抜かれ死亡とのことでしたが、娘のセリル様が見つか
っておりません。現在、貴族連合親衛隊で重要参考人として行方を追っておりま
すが、有望な情報がよせられました。屋敷内の全ての電気は切られ、監視カメラ
が破壊されていましたが、夜警飛行メカの小型カメラに写った犯人の姿が公開さ
れました。これが、地上1000メートルからの映像です。』
画面は、女性ニュースキャスターの姿から、屋敷を飛び出して走る姿を写しだ
した。
それは4倍に拡大され、更に4倍、4倍と拡大し、ついにその姿がはっきりす
るまで拡大された。
上空から写ったのは背後だけだったが、その白い長髪には見覚えがある。
画面は再びニュースキャスターに切り替わる。
『おかしいですね。彼は1人で、子供の姿は見つかっていないわけですから・
・・。』
画面が横にスライドし、油ぎった中年の男が写った。
『そうですね。普通、誘拐でしたら殺人は犯さないでしょうし、殺人が目的な
ら、子供はどこへ消えたのでしょう。金品も盗まれていないということでしたか
ら。ここにセリル様の御学友においで頂いていますので、お話をうかがってみま
しょう。』
次に写ったのは・・・エメル、メテリーカ、それにカリーン。
みんな、あたしの取り巻き達。
みんな元気ね。
でも、ナンバー2のエメルは友情を裏切るような事をいいだした。
『あの方はとてもその・・・みんなと馴染めなくて。いつも誰かに威張ってま
したわ。でも、私たちは広い心で彼女の友人になるよう努力しましたの。ちょっ
とお金や地位にこだわるような方で・・・でも、人望がなかったわね。だから、
誰かに恨まれていたかも。』
メテリーカも相づちをうって続けた。
『私たちなら相手にしない労働者やその子供にも威張ろうとしていましたし・
・・もしかして、財産を自分の物にするために誰かを雇って皆殺しに・・・』
ついでカリーンが、『彼女ならありえます。でも、友人として信じられません
わ。』
つまり・・・私には友達がいなかったのね。
もう、私にとって大事な人はいないのね。
『だ、だれだっ。』
ダブルナイトは私の事を忘れ、姿のない敵におびえている。
私は・・・近くのビルの陰から手招きしている誘拐犯の姿を見つけた。
よく解らないけど、まだ望みがあるような気がした。
ダブルナイトは相変わらずおびえ、映像の写ったビルに向かって、銃を乱射し
、『チクショーッ。』と叫んでいる。
私はゆっくりと後ずさりし、誘拐犯に向かって歩き出した。
ばれたら殺される・・・。
『・・・これが、現在行方不明のセリルさんです。御存知の方は・・・。』急
に、ビルに私の映像が・・・ダブルナイトは私を思いだし、振り返った。
なんてタイミングが悪いの。
でも、あの誘拐犯が守ってくれるはず。
ダブルナイトの銃が火を吹く前に、反対の方向にあるビルの屋上から人影が現
われた。
映写機の逆光のため顔は見えないが、声は響く。
『私は救急運送会社の者で、コードネームはダブルナイト。夜の騎士とも呼ば
れている。ゲームはまだ、終わっていない。』
あの誘拐犯、いいえ、あの王子様の言葉に、私は感動してしまった。
私は勿論、白髪の殺人鬼が悪者だと知っていたわ。
知っていて、罠に引っかかった振りをしただけ。
本物のダブルナイトの方がいい男だし、第一、おしゃべりな男は嫌われるわ。
やっぱり、寡黙な美青年が最高よ。
彼は・・・イヤホーンタイプのマイクに向かって、しゃべっている。
『お前はたしか、暗殺組織のメンバーで、ソウルイーター(魂喰らい)とかい
ったな。腰に吊した黒塗りの暗黒剣で、夜陰に紛れて暗殺する。反面、弱いもの
いじめが好きで、先程のように無抵抗な者はなぶり殺しにする。』
『だ、だまれっ。』
『デスナイト配下では、一番下で、信用されていない。他人の名前をかたって
は悪さをし、他人の実績を自分がやったように誇張する。しかも、平気で味方の
命を・・・』
『黙れ黙れっっ。これでもくらえっ。』
ソウルイーターの銃口が火を吹き、人影と映写機があったあたりを吹き飛ばし
た。
そして私は、本物のダブルナイトが潜むビルの陰にたどり着いた。
これでもう安心ね。
そう思ったら、無性に腹が立ってきて・・・手近の石を掴むと、叫びながら投
げつけてやった。
『ミラクル・セリル・ショットー!!。』
これでも学年では5本の指にはいる強肩の持ち主で、相手の動きを読んで頭に
当てることができるわ。
そして、気絶するの。
でも石は・・・あいつの数メートル前に、ひゅるひゅるぽてっと落ちた。
(これも後で知ったんだけど、体育の時間に貴族の子供が投げるボールにはリ
モコンがついていて、威力がある様に操ってたんだって。なぜ気づかなかったか
といえば・・・ふだん、お嬢様が物を投げるわけないじゃない。そんなはしたな
いことするわけないわ。)
『残念でしたっ、ベロベロ〜っ。』
とやったまではよかったんだけど・・・振り返ったソウルイーターの顔には狂
気と殺気が満ちあふれ・・・。
『みつけたぞ〜。』と・・・。
あたしはあわててダブルナイトの後ろに隠れ・・・ダブルナイトの顔色を伺う
と・・・。
『まいったなー。』といいながら、頭を抱え込んでいる。
何か悪い事したかしら。
え〜と・・・ナイトがお姫様の言うことを聞くのは当然よ。
だから・・・私は悪くないっ。
ダブルナイトは不要になったヘッドホン(?)を投げ捨てると、刃渡り30セ
ンチの剣を両手に持ち、叫んだ。
『罪を償うがいい。』
ソウルイーターは・・・ニヤっと笑い・・・。
『剣で銃に勝つつもりか。』と答え、銃を構える。
『うおおおぉっ。』と叫び突進していくダブルナイトは銃弾をかいくぐり、相
手の喉元めがけて右手の剣を突き出す。
私は急いで顔を両手で抑え、指の間から覗いてると・・・剣はソウルイーター
の銃に阻まれ、それに突き刺さっていた。
更に、ダブルナイトの左手の剣がソウルイーターの頭の左を襲う。
『ちいっ。』
ソウルイーターは銃を手放し、姿勢を低くしながらダブルナイトの右足を左に
払う。
そして・・・二人は転がりながら左右に離れる。
ダブルナイトは転がりながら突き刺さった銃を蹴り外し、ソウルイーターは転
がりながら暗黒剣を抜く。
『お前を殺せば、俺も幹部の仲間入りだっ。』
そして2人は剣を交えたわ。
何度も、何度も・・・。
そして・・・ダブルナイトの方が優勢だと感じられた。
よくはわからないけど、ソウルイーターは荒い息をしながら肩を揺らしている
。
ダブルナイトは平然として息も乱していないし、顔色もいいわ。
『暗殺者は暗殺や奇襲が得意でも、こういった勝負には向かないな。』
『だ、黙れっ、まだ勝負はついちゃいねえっ。』
ダブルナイトの挑発にソウルイーターは叫び、そして辺りは光に包まれた。
『これでお前もしばらくは何も見えないはずだ。』
何も見えなかったらダブルナイトの方が不利だわ。私にも何も見えない。
『死にやがれーっ。』
ソウルイーターの叫び声が響き・・・誰かが私の体にふれた。
『キャー。イヤァーッ。』
『心配無用。俺だ。ダブルナイトだ。』
その声は確かに、ダブルナイト☆。
『じゃ、勝ったのね。』
徐々に視力が快復し・・・辺りの様子が見えてきた。
私の隣りにはダブルナイトが、少し離れたところでは2本の剣を刺したままソ
ウルイーターが苦しんでいる。
そして・・・私の肩に、何かが落ちてきた。その何かにむかって、ダブルナイ
トが銃を構える。
が、撃てない。
何かやばい物が私の肩にいるのね。
そして首筋にひんやりとした感覚が・・・。そして、一陣の風がそれをさらっ
ていく。
振り返ると、ソウルイーターの暗黒剣が、サソリを貫いて道路に突き刺さって
いた。
『手が・・・それ・・・しまた。・・・ふ・・・、と・・・どめを・・・刺せ
。』
つまり、あいつは私を殺そうとしたのに、誤って、私の命を狙っていたサソリ
に当たったのね。
銀河の果てまでラッキー。
やっぱり、日頃の行いが正しいと、神様が助けてくれるのね。
それなのに・・・なぜダブルナイトは奴に話しかけるの?。
『それは嘘だ。・・・さっきの話を聞かせてもらった。お前に子供が殺せるは
ずない。』
あれっ、そういえば・・・そんな話を聞いたような・・・。
本人に確認するのが一番なんだけど・・・最後に笑みを浮かべて・・・死んじ
ゃった。
そして・・・私に近づいてきた。
『・・・埋めてあげないの?。』
私の質問に、ダブルナイトが答える。
『影の世界で生きてきたんだ・・・せめて遺体は・・・日の当たる場所におい
ていこう。』
『でも・・・。』
腐っちゃう、といいかけた私の口に、ダブルナイトが人差指を当てる。
そうか・・・ここは砂漠だから・・・ひからびてミイラになるんだ、と思った
けど、ダブルナイトは別の事を考えていたみたい。
ま、いっか。
ふと、冷静になってみると・・・私ってブラックホールの奥まで不幸。
そんな私を、ダブルナイトは抱えあげて歩き出した。
『さぁ行こう。君の本当の家族の元へ。』
本当の家族?・・・私には本当の家族がいるのね。
でも、私はまだ会ったこともないし。
『大丈夫。俺に任せな。ただ・・・仕事を手伝ってもらうけどね。それで、貸
し借りはなしだ。』
それはなぐさめの言葉だったかもしれないけど、私はこの一晩に多くの事を経
験し・・・悲しみ、怒り、喜びと絶望と希望、それらを経験し・・・泣きつかれ
・・・いつのまにか眠ってしまった。
明日・・・私はどこで何をしているのかしら。
もくじ
前へ
5. 暗殺組織
感想は、 karino@mxh.meshnet.or.jp
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