プリンセス救出陽動作戦
ダブルナイトの章
☆☆☆ 18.ダブルナイト ☆☆☆
客室前の通路で俺は今、タゥーロウと呼ばれていた暗殺者、ヒドラと対峙し
ている。
ゼーラムさんにはセリルを連れて逃げてもらい、ここには俺達2人しかいない
。
奴は上半身裸となり、辺りには白衣の名残りある布切れが散乱している。
裸とはいっても・・・ゴーレム同様に透明な腹巻き(?)と伸縮自在のパンツ
を身につけている。
奴の顔は金属製の仮面で隠され、その表情から心を読みとる事は出来ない。
が、笑い声が途切れる事はなく、奴が勝利を確信しているのは確かだ。
『どうした?、かかってこんのか?。』
そんなヒドラの挑発に乗る俺ではない。
今はまず、わき腹のダメージを快復させ、冷静に奴の弱点を見つけるのが先だ
。
ヒドラの装備がゴーレムと同じと考えれば、奴の体はレーザー光線や弾丸によ
る攻撃、刃物による攻撃にも耐えられるだろう。
奴が仮面を被ったため、ゴーレムの弱点であった瞳や口の中への攻撃も不可能
になっている。
残る手段は・・・毒薬か?。
だが今、その持ち合わせはないし、取りに戻る時間もチャンスもあるとは思え
ない。
『・・・それなら、わしから攻撃させてもらうぞっ。』
奴が言い終わらないうちに、右手の杖が「ブ・・・ン」と唸りをあげながら青
白く輝きだす。
高振動分子杖かっ。
その仕掛は、セリルに持たせておいたハンマーに近い。
ピコピコ・ハンマーの内部には特殊な気体が詰められている。
その成分を知っているのは、制作者である俺の仲間だけだ。
とにかく、その気体が内部を飛び回ることで、ハンマーの面に触れた物質に対
して衝撃を与える。
ヒドラの手にする高振動分子杖は個体であるために、ピコピコ・ハンマー程の
衝撃は与えられないだろう。
反面、そのためにピコピコ・ハンマーよりも小さな振動を、高速で与えられる
。
杖の構造上、衝撃波は発生しないし、刃物のように物質を切断することも出来
ない。
そのかわり、杖の振動している表面に触れた物質の、分子同士のつながりを分
断し、それにめり込ませて破壊できる。
ヒドラは走り寄ると、「ゴゥッ」と唸りをあげて、杖を俺に向かって振り降ろ
す。
俺がそれを受けとめるわけはない。
杖の性能を推測できない奴は、あの杖でまっぷたつにされるか砕かれるかされ
るだろう。
俺はバカではないし、自信過剰でもない。
体をひねりながら後ろへとジャンプしてかわす。
その俺のわき腹に、「ピシッ」と痛みが走る。
『くっ。』
痛みを堪えながら奴の間合いから抜け出し、無駄とは知りつつも、刃渡り30
センチの中剣2本を両手に構え、奴の奇襲に備える。
ヒドラの杖を垂直に受ければ、刃は2つに折られる。
水平に受ければ刃が潰される。
それでも、完全に潰されるまでに、杖の攻撃を受け流せるはずだ。
が、予期した攻撃はすぐにはこなかった。
『ひゃっひゃっひゃぁ・・・。』
ヒドラの背後、通路突き当たりの左側から現れたのは・・・醜い老人だった。
ヒドラが身につけていたのと同じ様な白衣を着た老人は、小柄な体とは不釣り
合いの大きな顔をしている。
皺だらけの禿頭、異様に大きい左目は白内障にかかった様に淀んでいる。
ひ弱な体格と異常に長い腕。
ミュータントか?。
『お初におめにかかる。ワシがデス・ナイトのアドバイザー、ゴッド・アイじ
ゃ。』
この醜い老人がゴッド・アイなのか?。
なるほど確かに尋常ではないし、予知能力的な第6感が働きそうな風体だ。
普段なら暗殺現場に姿を現す事のないこの男が、何故ここにいる?。
『不思議か?。ワシは自らの勘を信じて行動する。その勘がワシをここに導い
たのじゃ。もう一言いわせてもらうなら・・・今までにも、ターゲットに姿を見
せたこともあるぞ。ワシの勘が、そう命じる場合にはな。』
ゴッド・アイの言葉を受け、ヒドラは戦闘体勢を解いている。
ゴッド・アイは、その側まで進み出ると、俺達の壊れた客室のドアに近づく。
『メ・・・目がぁーっ。』
客室から漏れてくる悲鳴は・・・ロッドの声だ。
そうか、ヒドラの奇襲に耐え、生きていたのか。
例の、死んだ振りでヒドラのとどめの攻撃を避けたのか。
しかし、なぜ今、助けを求める。?
『マリオネットを直してやってくれ。』
『おう!。』
ヒドラの依頼を受け、ゴッド・アイが客室に入っていく。
マリオネット?。
ロッドが・・・マリオネットなのか。
確かに一時期、奴が暗殺者だと疑っていたが・・・幾度もピンチを救われた事
もあり、いつの間にか盲信していた。
これも俺のミスかっ!。
『ひっひっひ。どうした、シルバー?。更に面白い話しをしてやろう。ゴッド
・アイ様は優秀な予言者だ。だが、貴様の行動が読み切れず、勘がうまく働かな
い。そこで、貴様達の観察を兼ねて監視を行う事とした。マリオネットがいつも
貴様達の側にいたのは・・・監視をしながら、我らに攻撃の時期を知らせる事に
あった。同時に、貴様と会話を重ねることで、その様子を、一部始終を、ゴッド
・アイ様に報告することだった。そして、力を快復したゴッド・アイ様の指示に
より、我らは行動を開始した。』
『口数が多すぎるぞっ。』
俺達の視線は、声を荒げながら出てきたゴッド・アイと、マリオネットに集中
した。
マリオネットは・・・いつもの平静さを取り戻したかのように現れた。
『ワシの勘によれば・・・今ここで姿を現すことで、お前が2度とワシの前に
生きて出てくることがないと知っている。もしワシがここにいなかったとしたら
・・・。マリオネットは機能を取り戻す事なく、死んだ様に助けを待つしかなか
ったろう。だが、ワシがこうして出向いた事で、マリオネットは戦線に復帰でき
るわけだ。いけ、セリルの後を追い、その真偽を確かめるのだ!。』
マリオネットは・・・ゼーラムさんが逃げた方向へと、通路の突き当たりを右
に曲がって姿を消した。
『ワシは一足先に、客に混じって脱出する。ワシには、お前達の様な特技はな
いからな。』
ゴッド・アイはヒドラに告げると、マリオネットとは逆の方へと去って行った
。
『一つ教えてくれ。なぜマリオネットは、仲間であるゴーレムを殺せたんだ?
。』
もちろんそれは、俺にとって意味のある質問ではない。
ただの時間稼ぎだ。
『ゴーレムが仲間だと?。あ奴は道具でしかない。わしの作成した殺人マシン
の一体にすぎん。あ奴は元々人間ではない。わしが作成した合成人間だ。ただ・
・・人形に意識を持たせることは不可能だ。そこで、生後5年以内の子供を購入
し、その脳髄だけを移植する。それ以上の年齢だと、ゴーレムが自己破壊を起こ
すのでな。肉体的な自殺や精神的な自殺を行い、わしの道具としては不良品とな
る。完成品であっても、敵の手で殺人マシーンとしての機能が損なわれた欠陥品
は処分せねばなるまい?。失敗した作品の存在を、わしは許せんのでな。』
こ・・・この老人は・・・平然と言いのける老人は、非人道的な人体実験をし
ていたのかっ。
ゴーレムは・・・恐ろしい暗殺者だった。
善悪の判断も区別しにくい子供の脳を使うとは・・・奴があまりにもかわいそ
うだ。
奴もコペリィ同様、暗殺者の被害者なのかっ。
俺の体が熱くなる。
奴らに対する憎しみが、今まで以上に燃え上がる。
俺の口が開く。
『・・・冥界で許しを乞うがいいっ!。』
『今、なにか言ったかなぁ?。』
ヒドラは恐ろしげな笑顔を浮かべ、杖を振り降ろしてきた。
それを、左手の剣の刃を平行にして左へ受け流す。
剣を伝って、微かな振動が感じられる。
同時に、奴の体が左を向き・・・俺の背後から「シューッ」と音をあげ、白い
物が通り過ぎていく。
それは、ヒドラの杖持つ右手と左手に絡みついていく。
『なっ、何じゃぁこれはぁ!!。』
奴は声をあげるが、身動きとれずにいる。
振り向く俺の目に入ったのは・・・天井の一部が開き、そこから伸び出ている
、白くて太いロープ(?)と、横1列に並ぶ4つの赤い光。
何なんだそれは?。
『ミタゾ・・・キイタゾ・・・。』
そいつは感情のない機械的な言葉を言いながら出てきた。
巨大な蜘蛛にも似た体の背中には小さな箱がくくり付けられている。
あれは・・・低重力惑星で独自の進化を遂げた、昆虫型の酸素呼吸生命体、ガ
ーブク。
4本の力強い足で天井からぶら下がり、首の付け根に開いた穴から強力な糸を
繰り出し、それを4本の腕で器用に操る。
赤い光はガーブクの目の輝きで、実際には8つの目を持っている。
4つは我々と同様に物を見る。
閉じている残りの4つは、赤外線で物を見る。
多分、トリップ・エッグの影響で、赤外線用の目が眩んでいるんだろう。
また、8つの目は、その使用方法から2つに分けられる。
近くを見るための4つと、遠くを見るための4つに。
彼にとって1Gの重力は大きいが、背中の箱が重力調整装置を兼ねる翻訳器だ
ろう。
なぜ、こいつが船内の通風口を移動しているのか?。
それは・・・やつがブラック・ガーディアンとして船長に雇われているからだ
ろう。
『ナカマノカタキ、ウタセテモラウ。』
やつは翻訳機を通してヒドラに話しかけているが・・・。
『どうして、もっと早く助けてくれない?。』
俺は多少とも、興奮していた。
ガーブク達に罪はない。
逆に、俺を助けてくれたのに・・・。
『キミラノコトバガ、ヤクサレルマデ、ジカンガカカル。ワタシニ、キミラノ
、クベツガツカナイ。』
つまり・・・俺の言葉が翻訳されるまでタイム・ロスが発生する。
そのため奴は、俺とヒドラのどちらが発言した言葉かを判断しにくいと?。
人間同士では個体の区別をつけられるが、同族ではない非人類では仕方がない
か。
『イケ。コイツハ、ワレラガタオス。スデニ、オウエン、ヨンダ。』
『頼むっ。』
俺はヒドラの脇を走り抜け、奴の顔にパンチを一つ入れると、セリルの後を、
マリオネットの後を追う。
出来れば、ここでヒドラを倒したいが、そのための武器が俺にはない。
今はセリルを保護するのが先決だ。
バンチは・・・死んでいったゴーレムへの・・・はなむけだ。
しかしそれも、肉体を変化させたヒドラにとっては大きなダメージではあるま
い・・・精神的なダメージにはなった様だが。
『わ、わしの大切な頭脳を納めた頭を殴るとは・・・。脳に障害が発生したら
どうしてくれる?。貴様、逃がさんぞーっ。』
背後からはヒドラの罵声が飛ぶ。
それにこだわっている時間などない。
通路の突き当たり、ゴッド・アイの去っていった方には人影がない。
反対側の通路にマリオネットの姿も見えない。
それでも、走って行けば追いつくだろう。
『待っていろ・・・。』
俺は深呼吸をし、そのまま走った。
しかし・・・奴の姿は見えない。
いくつかの分岐点を通り過ぎたが、どこにもマリオネットの姿が見えない。
しかし・・・セリルを見つけるのは簡単だ。
先に彼女と合流し、ゼーラムさんと共にマリオネットを迎え撃とう。
受信機のスイッチを入れ、探知機を作動させる。
小型の携帯パネルに映し出された船内地図と青い光点。
そこにセリルがいるはずだ。
2人は通路で立ち止まっているようだ。
多分、俺を待っているんだろう。
しかし・・・それなら・・・目立つ通路ではなく、図書館などの隠れ安い場所
の方が良かったのにな。
青い光点で示された通路・・・そこには誰もいない。
ただ・・・その床に髪飾りが落ちていただけだ。
なぜ、どうして?。
逃げる途中で落としたのか・・・故意に外したのか・・・。
俺の左手には探知機が、右手には青い蝶の髪飾りが乗っている。
これからどうする?。
広い船内を、しらみつぶしに探していくしかないのか。
ゆっくりと歩き出す俺の足取りは重い。
どうすべきか考えろ・・・。
このピンチをチャンスに代えるに為に、何をすべきかを・・・。
『おーいっ、こっちだぞーっ。』と、背後から男の声がする。
俺を呼ぶのは一体・・・誰だ?。
そいつは・・・そいつらは、俺を呼んでいたのではなかった。
何十人もの乗客が、ざわめきながら俺に向かって、一丸となって走ってくる。
救命艇でアドリーム号から脱出しようという乗客達だろう。
そうか、ゼーラムさんはセリルを連れ、彼らに紛れて、この船から脱出しよう
というのだな?。
しかしそれでは、俺の計画が狂ってしまう。
セリルを見失うわけにはいかない。
この乗客達に混じって行動すれば、発進する救命艇の在処までたどり着けるは
ずだ。
その乗客達の中に、あのゴッド・アイの姿が見える!・・・見えた気がした。
奴はまだ俺に気づいていないようだ。
この髪飾りを奴の体に付ける事が出来れば・・・暗殺者の会話から、セリルの
居場所が判るかもしれない。
それに、奴らの行動が解るだろう。
だが、背の低いゴッド・アイの姿は人混みに呑まれて、もう見えない。
奴の姿が見えたのは・・・窮地に陥った俺の瞳が映しだした、幻影だったかも
しれない。
幻影でも何でもいい。
ゴッド・アイ自身が救命艇で脱出すると言っていたではないか。
俺が自力で、奴を探し出すしかない。
が、それも叶わなかった。
半分パニックに陥っている乗客達にとって、俺はただの障害物だ。
俺も人波にもみくちゃにされ、通路に倒され・・・我に返った時には・・・両
手から、髪飾りと探知機が消えていた。
誰だかは知らないが、盗みを得意とする俺から略奪しようとは・・・とんでも
ない奴がいたものだ。
だが盗聴機能のない探知機の予備は、最初に使っていた特等客室内のカバンに
入れてある。
俺はヒドラが倒されている事を願いながら、もと来た道へと、客室目指して走
りだした。
『ひどいモノだ・・・。』
客室前で、俺はつぶやいた。
既にヒドラの姿は消え、代わりに・・・引きちぎられたガーブク2体分の死体
と、原形をとどめていない生き物達の残骸が散らばっている。
ブラック・ガーディアン達でもヒドラを倒せなかった。
拘束し続ける事さえ出来なかったのか。
この船内で生き残っているブラック・ガーディアンは、もう・・・10体も残
ってはいないだろう。
遠くで、何かが爆発したような・・・振動が感じられる。
敵は目的を達成するための手段として船を破壊する事に決めたようだな。
破壊されたドアをくぐり、暗殺者の奇襲を警戒しながらカバンを探す。
それは・・・俺が隠しておいた場所、冷蔵庫の中に保管されたままだった。
冷蔵庫内部の食料の配置から、俺以外に中を調べた者がいないと推測できる。
急いでカバンを開け、くりぬいた聖書から探知機を取り出し、スイッチを入れ
ると・・・船内地図上を青い光点が移動していく。
誰かは知らないが、さぁて、髪飾りを返してもらおうか。
その前に、用意する物がある。
召使い専用の小部屋、そこのソファの下に隠したアタッシュケースを引っ張り
出し、いくつかの装備を取り出す。
ボロボロの、教育武官の制服を脱ぎ捨て、俺本来の、特殊な黒いタイツ姿に戻
る。
タイツというよりはタイツとスーツの中間といった方が正しいだろう。
その上から、布製の輪がたくさんついた、クリーム色のライフ・ジャケットを
着込む。
貫通力のある50口径レーザー・ランチャーを左肩に取付け、固定する。
それと連動する、ターゲットスコープのついた軽金属製のヘッド・ガードを被
る。
両手足にもプロテクターを取付け、腰にチェーンロケット・ランチャーをセッ
トする。
ブーツをはきかえ、本業用の手袋で両手をガードする。
どれも小型軽量化が図られ、俺の行動力の約10パーセントを犠牲にするだけ
で、銀河帝国特殊部隊<オール・ゼロ>に匹敵するだけの攻撃力が得られる。
それ以外にも、こまごまとした装備を身につけて飛び出す。
探知機によれば・・・窃盗犯の現在地は、船体の左側、3等客室の第4階層通
路。
そこへは・・・走って約10分。
そんなに待てるわけなどない。
ブーツのつま先を強く通路に蹴りつけ、靴底のローラーを起動させる。
ギザギザの円盤が水平にくっついたナックルを両手にはめる。
これで準備はOKだ。
ナックルの円盤を回転させ、客室から飛び出す。
そこで軽くジャンプすると同時に、体を通路に対して平行にする。
あとはこのまま運ばれるだけだが・・・体のバランスの確保と通路の選択、移
動のために、左手の円盤を左壁にめり込ませ、回転を続けさせて先へと移動する
。
止まりたい時は円盤の回転を止めればいいし、別の通路に曲がりたい時は円盤
を壁から抜いたり、右側の壁に右手の円盤をめり込ませたりすればいい。
通路の壁はボロボロになるだろうが・・・俺がやらなくても、結果的にはそう
なるだろう。
これを使えば・・・3分ぐらいで窃盗犯の元へとたどり着けるはずだ。
いくつかの通路を選択し、あと100メートルの所で・・・前方に誰かいる。
俺に背を向けた巨体は・・・左肩に、例の仮面を肩当てのように付けている・
・・ヒドラか?。
ナックルの円盤の回転を止めて武器を構えるか・・・それとも?。
俺はそのまま、奴の体めがけて突っ込んだ。
その数秒前、奴は背後から迫る俺の気を感じとったのか、モーター音に反応し
たのかは不明だが、とにかく振り向いた。
奴の顔が驚きの表情を浮かべているが、すぐに勝ち誇った笑いに変わる。
いつまで優越感にひたっていられるかな?。
左壁から円盤を抜き、加速度のついたまま両手を前に突き出す。
切ったり、突き刺すための刃ではダメージを与えられなかったが、切り裂くタ
イプの円盤ではどうかな?。
『う゛っ。』と俺の体を腹で受けとめ、うめき声をあげる奴の体は、俺と一緒
に通路突き当たりの壁まで吹っ飛ぶ。
結果として、窃盗犯を追うための通路を通り過ぎてしまったが、しかたない。
回転する刃が、耳障りな音をあげながら、奴の腹にめり込む。
やったっ!。
いや、めり込んだ様に見えただけだ。
奴の透明な腹巻きを切り裂きはしたが、奴のお腹と接触する前に回転を止めら
れている。
これでは・・・奴の体を刃で突いたのと同じではないか。
奴はニヤッと笑いながら、俺を突き飛ばす。
だが・・・靴底のローラーがその力を吸収し、俺はバランスをとるだけで、そ
のまま数メートルもバックできる。
両手の円盤には・・・腹巻きの一部がまとわりつき、武器としても、移動手段
としても使用出来なくなっている。
『ちっ。』
舌打ちした俺は、ナックルを奴に向かって投げ捨て、左肩の50口径レーザー
・ランチャーを前方に倒し、左手でロックを解除、左目でターゲットをロック・
オン、右手でトリガーを引く。
直径5センチの銃口から、奴めがけて光が一気に解放される。
レーザーガンには無敵でも、その1千倍の殺傷能力を持つレーザー・ランチャ
ーならどうだ?。
透明な腹巻きの一部は破壊してあるし、それの許容量を越えるだけのエネルギ
ーを受ければ、奴の体とて無傷では済むまい?。
が、奴はその全てを無害な光に変換して放出し続ける。
『化け物め・・・。』
俺の、力ないつぶやきを無視し、奴は自慢し始めた。
『どうした?。さっきの円盤で、わしを切り裂くつもりじゃなかったのか?。
大型のレーザー光線で、わしのお腹に穴をあけられると思っていたのか?。この
透明な物質はな・・・わしの汗じゃ。それも、普通の汗ではない。その表面は柔
らかく固まっているように見えるが、内部はゲル状のままなのだ。これは、ある
小動物の遺伝子を分析し、組み込む事で可能となった。レーザー光線など、人体
に有害なエネルギーを全て光に変換する。こいつをかき回すと、粘着力が極度に
増加し、そこに転がっている円盤のように、回転を止められてしまう。ただし、
わしの体温と同じ温度を与え続ければ元の性質に戻るが。』
自らの体を改造するとは、とんでもない老人だ。
デスナイトもゴーレムも、暗殺者として恐ろしい力を持っている。
一番最初に倒したソウル・イーターや、催眠術だけのマリオネットとは雲泥の
差がある。
「シュッ」という音を感じて、俺は再度、後ろに下がった。
ヒドラは俺に話しかけながら・・・気づかれないように接近してきていた。
そして右下から、手にした杖を振り上げてきていた。
奴の間合いに入ってはいなかったが(間合いに入っていれば、体が先に反応し
ていたはず)、レーザー・ランチャーの銃口だけは入っていた。
「カラカラァン」と、銃口の先端が通路に転がる。
これも武器として使いものにならない。
逆に、不要な荷物として、俺の行動力を落とすだけだ。
右手で左肩の付け根を軽く叩くと、「トン」「ドサッ」と、その装備が外れて
落ちる。
『おやおや・・・これでは、1時間もしないうちに丸裸ですな。』
ヒドラめっ、もう勝ったつもりか。
だが、そううまくはいかせないぞ。
俺はポケットの一つに右手をいれ、目を閉じ、諦めたような振りをしてみせる
。
突き飛ばされた俺の左側に、窃盗犯を追うための通路が見える。
今ここでヒドラを倒すよりも、セリルを見つけて保護するのが先だ。
奴の弱点を発見するまでの時間稼ぎもしたいし、このままではヒドラに勝てな
い。
『ほほう。覚悟を決めましたか。では・・・貴様にはここで死んでもらおう。
』
甘いっ。
俺はポケットから小道具を取り出し、床に落とした。
それは・・・小型のトリップ・エッグだ。
辺りが、レーザー光線を光に転換されたとき以上の明るさに包まれる。
『ぐああぁぁぁっ。』
奴の悲鳴を背にして俺は走りだした・・・ローラースケートのままで。
探知機によれば、窃盗犯は既にこの通路から別の通路へと移動した後だ。
前ほどの機動力はないが、しかたない。
とにかく走り回るか。
探知機の標示によれば、この通路を左に曲がったとき、そいつと再会できる予
定だ。
その手前でいったん停止し、靴底のローラーをしまうために、つま先で壁を蹴
る。
「カチッ」という音でローラーが靴底に格納されたのがわかる。
そして通路に入り・・・そこにいたのは、セリルとゼーラムさんか?。
2人共、俺に背を向けていて気づいていないらしい。
なぜセリルがここにいるんだ?。
どちらが髪飾りを持っているんだ?。
髪飾りと探知機を失ったとき、パニック状態の乗客達の中に2人の姿はなかっ
た。
これは偶然なのか?、何者かの手による故意なのか。
このチャンスを逃す手はない。
逃す手はないが・・・わき腹に痛みが走る。
セリルを見つけ、緊張が解け、ヒドラに叩かれたわき腹の痛みが戻ってきた。
こんな時に・・・。
『セリルッ。』
俺はわき腹を押さえながら声をかける。
これでどうにか暗殺者と対決できる。
ところが・・・振り向いたのはゼーラムさんではなく、マリオネット!。
セリルは俺を見ておびえ、マリオネットの後ろに隠れる。
彼女は・・・ロッドの正体がマリオネットだと知らずにいるのか。
このままではセリルが危ない。
『セリル、こっちに来るんだっ。』
どうした?、そんなに首を横に振って拒否しなくても・・・。
まさか、ロッドの口車に乗せられて・・・。
過去にも、まったく同じ事があったな。
貴族に育てられた子供は・・・これだから困る。
他人を平気で騙すが、自分は絶対に騙されないと信じている。
逆に、だからこそ騙され易いというのに。
マリオネットが、俺の隙を突いて銃を抜こうとする。
愚かな。
俺の左手の銃で・・・銃を抜くのを忘れていた。
セリルと同行しているのはゼーラムさんだと信じていたからな。
とにかく俺も銃を抜く。
そこに、マリオネットの声が届く。
『それでセリルを狙うのかっ?。』
まさか。
俺がそんな事をするはずなどない。
ないはずの事が起きた。
左手の銃が、俺の意志とは裏腹にセリルの眉間を狙う。
馬鹿な。
俺がセリルを狙う必要はないし、無意味でバカげている。
セリルが、恐怖の眼差しで俺を見つめ、信じられないといった面もちで首を横
に振る。
俺だって信じられないんだっ。
俺も、セリルと同様に首を振ってみせる。
どうにかして・・・マリオネットを倒さないと。
俺は鉛のように重い腕を・・・じわじわと、マリオネットに向けるように努力
する。
『シルバー、我々は撃てまいっ?。』
俺の腕が、移動途中だというのに、ピタリと止まる。
奴に・・・催眠術をかけさせる時間は与えていない。
それなのに・・・なぜだ?。
『なぜだ・・・きさま・・・。』
口も重く、それだけしかいえない。
『無駄だ、ダブルナイト。それとも、ニセ・ダブルナイトとでも呼ぼうか?。
』
俺が偽物だと?。馬鹿らしい。
『シルバーさん、あなたの正体は、先のヒドラとの戦いで見せてもらいました
よ。わたくしは、あの客室でヒドラに殺されたふりをしながら、通路の様子をう
かがっていました。あの時、セリルさんとゼーラム=ダブルナイトが去った後で
、あなたはヒドラと握手していましたね。肩を叩き合っていましたね?。あなた
が、暗殺者の協力者だったんですね。』
俺が協力者だと?。
それなら、暗殺者のマリオネットに協力しなければならないのか。
馬鹿な事を。
確かに、奴とは力比べをしたし、それを握手と言うのなら・・・。
『それは・・・。』
『黙りなさいっ。』
ロッドの、いやマリオネットの迫力に押され、言葉がでない。
セリルに、真実を告げれない。
『偽物のあなたには、ダブルナイトの記憶などない。あなたには、ダブルナイ
トの本名さえ言えないっ。』
自分の本名を言えない男が、記憶喪失者以外、どこにいる?。
・・・ここにいた。
思いだそうとすればするほど、もやがかかったように曖昧になる。
わかったぞ、マリオネットの真の力が。
やつは、ただの催眠術師ではない。
自ら発する言葉に強制力を持たせる〈言葉使い〉だ。
超能力のヒュプノに近いその力があれば、ターゲットに取り入る事も、自分を
疑われないようにするのも簡単だろう。
俺とセリルはいつの間にか、奴の力の影響を受けていたんだ。
これこそが奴の真価。
ゴーレム以上の能力ともいえる。
『名前は・・・忘れた。』
マリオネットに質問され、俺の意志に関係なく口が勝手に答える。
奴の目さえ見なければ・・・催眠術にかかりさえしなければ、奴を簡単に倒せ
ると思っていたが、言葉自体に力を持たせる奴が相手では、俺の方が危ない。
奴の居場所は探知機でつかめるとして・・・ここは一旦、引くしかない。
動くなとは言われていなかったからな、戻る事は出来るはずだ。
俺は振り返り、そのまま走り出す。
あと一歩で曲がり角だ。
その背後から、マリオネットの声が・・・。
『止まれっ。』
止まってしまった。
いや、まだ術はある。
体が止まりきる前に重心をずらし、前に倒れ込んで陰に隠れる。
マリオネットは・・・追ってこない。
今は奴の言葉の呪縛に捕らえられているが、すぐに快復してみせるぞ。
しかし・・・通路に投げ出された彫像と同じ状態では・・・説得力に欠けるな
。
あれから10分が経過した。
敵に襲われることもなく、誰とも出会う事なく時が過ぎた。
その10分間に、事実を再確認し、いくつかの仮説をたてた。
現在判明している暗殺者は3人。
その中のゴッド・アイは乗客に混じって脱出したはずだ。
銀河帝国警察の巡回警官、ロッドの正体はマリオネットで、彼から他の暗殺者
を推理する事は出来ない。
機械工タゥーロウはヒドラで、その孫娘レモニアも暗殺者である可能性が非常
に高い。
更に、暗殺者と仮定するならば、その正体はエンジェル・ウイングだろう。
以前、コペリィと上映室で待ち合わせをした時、レモニアを人質にとり、銃を
突きつけていたが、人質のレモニアを暗殺者だとは誰も疑わないだろう。
人間の心理を突いた、綿密な作戦といえる。
やはり、あのゴッド・アイの策略だろうか?。
残るはデス・ナイトだ。
知人全員を疑うとして、そこから逆に、デス・ナイトではないと確信できる人
物を除外していく。
最初に除外するのは、俺とセリルの2人。
次に、コペリィを始めとする死者達。
その中にデス・ナイトがいて、死を偽装したとも考えられるが・・・考え過ぎ
だろう。
特等客室内で鎧姿のデス・ナイトと対面した時、一緒にいたゼーラム、ロッド
、タゥーロウも除外できるだろう。
暗殺者として判明したマリオネットとヒドラを除外するのは当然として、エン
ジェル・ウィングと目されるレモニアを除く。
貴族用の食堂で出会った老婦人と3人のメイドは下船している。
同じく、道化師と貴族達だが・・・一応、彼らは容疑者リストに残しておこう
。
アドリーム号の実質的運用者である、船長を始めとする5人も・・・リストに
残す。(その中で顔を合わせたのは船長だけだが。それに、彼らは暗殺者という
より、その協力者だろう。)
ロッドに操られていた乗客達も除く。
非人類のブラック・ガーディアンもゴッド・アイとは思えない。
やつの正体が、未だに顔を合わせていない人物だとすると・・・ホワイト・ガ
ーディアン達。
比較的自由に船内を移動出来るアドリーム号のスタッフ達。
あるいは、まだ船内に残っている乗客達だけだ。
問題その2。
暗殺者の目的はなんだ?。
どうも、ただ単に王女を殺す事だけだとは思えない。
裏に何かあるはずだ。
例えば・・・マリオネットなら、セリルの口から・・・王女ではないと聞いて
いるはずだ。
だとしたら・・・もう引き上げていてもいいだろう。
そうしていないのは・・・王女もニセ王女も皆殺しにしろと・・・。
それなら、わざわざセリルに確認する必要などないはず。
なのに確認するのは・・・王女の口から情報を得ようとしているな。
何の情報だ?。
失踪中の情報か、事件当時の情報か・・・。
そして今では・・・歩けるほどに快復した。
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