プリンセス救出陽動作戦
ダブルナイトの章
☆☆☆ 16.セリル ☆☆☆
お腹をすかした私達は、庶民の食堂目指して冒険を開始した。
パーティメンバーは4人だけど、傭兵のゼーラムさんはお留守番。
食事が終わったら、ちゃんと差し入れするから許してね。
あとの3人は、リーダーを務めるセリル王女とナイトのサー・シルバー、そし
て親衛隊長のロッドさん。
迷宮(通路)の奥深く(庶民の食堂)に隠された、聖なる食卓(ただのテーブ
ル)を探しだし、楽園のご馳走(定食)で聖なる力(元気)を身につける(取り
戻す)のよっ!!。
・・・そーでも考えないと・・・怖いじゃない?。
客室から出て廊下を歩き始めると・・・数十人の乗客達と出会った。
彼ら・・・彼女らは会釈をしてくるんだけど、無表情で怖〜いっ。
私達も変にペコペコしながら先を急いだ。
こんなに広い船内で、これほど大勢の乗客と通路ですれ違うなんて・・・普通
じゃないわ。
何か船内放送でもあったのかしら。
異常は、庶民の食堂に入った時にも感じられた。
みんな変に白々として、私達を無視しているようだわ。
その私の目に・・・あのおばさんが映った。
宇宙の果てまでラッキー。
再会したら、おごってくれるって約束したよね。
これで、食事がただになるわ。
『ねぇねぇ、おばちゃん?。』
食券の購入は、ダブルナイトとロッドさんに任せ、席に着いたおばさんの側に
近づいた。
なのに何故、私を無視するの?。
あ、解ったわ。
食事代が惜しくなったのね。
だめだよ、おばさん・・・。
『お・ば・ちゃ・ん?。』
そーっとのぞき込もうとする私が・・・おばさんの精気のないお目々に映る。
カターン、カラカラカラッと甲高い音をたてて、おばさんの右手からスプーン
が離れ、床に落ちて転がる。
それを合図のように、食堂内の乗客達が立ち上がり、私に近づいてくる。
コック達も持ち場を離れ、私達の方へ・・・。
『セリル、こっちへ戻るんだっ、早くっ。』
異変を感じとったロッドさんが入り口で銃を抜き、回りを見渡しながら叫ぶ。
ダブルナイトは私に走りより、左手を引いてくれる。
『あん、待ってよぉ。』
私はそのまま、パタパタと早足でダブルナイトの後を追ったわ。
そうしながら振り返ると・・・客達も早足で追ってくる。
ナイフやフォーク、スプーンや箸を持って、おたま(おたまじゃくし)や包丁
、モップを持って迫ってくる。
みんな、いったい・・・どうしちゃったの?。
『これは・・・まったく・・・。』
ロッドさんは呟き、光線銃の目盛りを最大から最小まで移動させている。
銃のことはよくわからないけど・・・光線から与えるダメージを少なくするの
ね。
『彼らは、操られているようだ。動く死体のようだ。』
ダブルナイトが、ロッドの独り言から何かを感じとって声を荒げたわ。
『マリオネットだっ。暗殺者の、マリオネットの奴に操られているんだっ。乗
客を殺すんじゃないっ。光線の出力レベルを最低にして、乗客を気絶させるんだ
!。』
『もうやっている。』
と、ロッドのイライラした返事がきた。
そうよね。2人共、卑怯な暗殺者に対して怒っているのね。
いまだ姿を見せず、自分で攻撃しようとしない暗殺者に対して、反撃できない
、いらただしさに対する怒りもあるのよね?。
でも、このままだと私達は袋のネズミよ。
通路の両側からも操られた乗客達が何十人も近づいてくるよー。
『俺が先頭になって突破する。俺が捕まっても立ち止まるな。ロッドさん、セ
リルを頼む。セリルを連れて客室に戻り、ゼーラムと協力して保護してくれっ。
』
おにーちゃん・・・私を助けるための囮になるというの?。
『あの・・・。』
でも、私が何かを言う前に、ダブルナイトの叱咤が飛ぶ。
『後だっ、行くぞっ!。』
私達は一列になって、通路の敵の中に突っ込んだ。
ダブルナイトが先頭になって、左手の銃からの光で乗客達を倒していく。
2番目のロッドさんは右手の銃で客達を痺れさせ、左手で私を引っ張りながら
走り出す。
そして・・・ダブルナイトは乗客の一人に捕まり、それを振り払いながらも数
には勝てず、床に押し倒される。
その側をロッドさんと私が通り過ぎていく。
私はロッドさんの腕を振りほどいて、ダブルナイトを助け出したかったけど、
ロッドさんの力は強く、私には何もできなかった。
私が必死に伸ばす右手はダブルナイトに触れる事もできない。
私の・・・天使の腕はダブルナイトを救い出す事が出来ず、乗客達の無数の腕
が、バラバラバラッと襲いかかってくる。
私は慌てて手を引っ込めたわ。
その、私の腕があった場所は腕まみれになってる。
お前(腕)達はエサに群がる鳩の群れなのっ!。
『俺は大丈夫っ、は、早く行けーっ。』
私と目が合ったおにーちゃんはそれだけ叫ぶと、人混みの中に埋もれ、見えな
くなった。
でも時々、客達が倒れてるようだから・・・大丈夫だよねっ。
そのロッドさんも、人混みが切れる直前でバランスを崩し、前のめりにコケて
く。
それはまるで、立体映画をスローモーションで見ているように、ゆっくりと動
いているよう。
ロッドさんの手が、私の腕から離れていく。
それは・・・体制を立て直すためなのか、私を巻き込まないためなのかはわか
らないけど、ここから一人で逃げなきゃいけないと思った。
ロッドさんを見捨てるつもりはないけど、か弱い私に何が出来るというの?。
それに、ここからだったら、一人でも脱出できるし。
でも、ダブルナイトはどうなるの?。
『俺とダブルナイトの行動を無駄にするな。走るんだっ。』
ロッドさんの言葉に従って、私は走りだした。
頭はパニクって、もう何も考えられない。
考える暇もないし、考えてたら、捕まっちゃう。
私は走った。とにかく走ったわ。
時々、道ですれ違う乗客達が私を笑ってる。
手を伸ばしてくる人もいるけど、私は捕まらないわよ。
でも、何処へ行けばいいの?。
私は今、何処を走っているの?。
『はぁはぁ・・・はっはぁっ・・・。』
幸い・・・回りには誰もいない・・・。
そうだ、ゼーラムさんの待つ客室に行くんだったわ。
え・・・えっとぉ・・・ダメだわ。
あれだけしっかりと地図を覚えたはずなのに、頭の中は真っ白よ。
前後左に通路が伸びてるし・・・斜め右前には階段がみえる。
だから・・・落ち着くのよっ、セリル。
場所を特定するための、何か目印があるはずよ。
こういったT字路の壁には、行き先を示すパネルが貼られてるから、それを見
ればいいのね。
前方には・・・図書館と2等客室、後方には2等食堂、左方が第2展望室と特
等客室。
左ね・・・そうよ、そっちに私のお部屋があるのよ。
さっきまでは興奮してたかもしれない。
でも今は大丈夫、冷静に考えるとここまで走らなくてもよかったのよ。
すれ違った乗客に助けを求めてもよかったのに、バカな私。
無表情の乗客は危ないけど、笑ったり、微笑んだりしてる乗客はマトモに決ま
ってるのに。
少し元気を取り戻した私は、第2展望室に向かって歩き始めた。
通路に誰もいないって事は、誰にも襲われないって事ね。
でも、お腹が空いたよ〜。
てくてく歩く私の目の前に、T字路が見えてきた。
ここを曲がれば、第2展望室よ。
その向かいは壁ではなく、大きなドアになってる。
中を覗くと・・・大繁盛している喫茶店のようだわ。
今の私にはお金もないし、客室に戻れば、暖かくて美味しいミルク・ティーが
飲めるわ。
私はその扉を背にして、展望室に向かう。
壁に埋め込まれたパネルスイッチに触れると、ドアは静かに横にスライドする
。
アドリーム号はまだ、亜空間に入っていない。
だから・・・中に入ると、美しい夜空が見える。
ここは宇宙空間だし、船内時計は午後になったばかりで、夜空という表現はお
かしいよね。
室内には人影もなく、星空が見やすいようにと、照明の明かりが暗くなってい
る。
しかも、ムードを盛り上げるために、人の形をした彫像がたくさん飾ってある
わ。
『綺麗・・・。』
私はため息混じりにつぶやいちゃった。
ここには、リラックスできる雰囲気がある。
優しい静けさがある。
それが・・・一筋の照明・・・ぱっと明るくなった室内で破られた。
『キャッ、きゃあぁーあぁっ!。』
星空を見上げる私の目の前で、彫像が一斉に動きだしたわ。
・・・違う、人形に見えたのは、みんな生きた人間だったのよ。
あの、無表情な乗客達が。
慌てて戻ろうとした私は・・・進めなかった。
あの、喫茶店にいた乗客達が、無表情のマネキンのように、行進して入ってく
る。
こんな事で、セリル、くじけないっ!。
今こそ、ダブルナイトにもらった秘密兵器を駆使して脱出するのよっ。
私は両手でドレスの裾をまくり上げ、左ふともものバンドで固定した2本の棒
の内の一本を取りだす。
直径約3センチ、長さ約20センチの灰色の棒は、ダブルナイトが友達の科学
者に貰ったという、お子様専用の武器なのよ!。
特殊プラスチック製の棒の一端には、矢印と幾つかのスイッチが付いてる。
その矢印の方を持ち、スイッチの一つに触れると、棒が3段に伸び、約60セ
ンチの棒になる。
二つ目のスイッチを入れると、棒の先端が2方向に膨らみ、ある形になってい
く。
これは・・・そう、ピコピコ・ハンマー!。
もちろん、単なるハンマーじゃないわ。
矢印の上に親指を乗せると、「ブ・・・ン」と微かに震え始める。
ハンマーの両面は、触れた物に対して衝撃波を与え、あまりにも堅い物にはヒ
ビを入れ、生き物に対してはショックを与えて気絶させる。
しかも、本人以外に使えないように、矢印部分で指紋をチェックしている。
これさえあれば、あなた達なんか怖くないんだからぁっ!。
・・・本当に・・・怖くなんか・・・ないのよ。
私に一番近いゾンビが飛びかかってきた。
それに向かって、『エィッ。』と叫びながらハンマーを振り降ろす。
食堂で襲ってきた乗客達はナイフやフォークを持ってたけど、ここにいるのは
素手だから、絶対に勝てるわ。
最初にハンマーに触れたゾンビは、感電したように痺れて床に伸び、ぴくりと
もしない。
私は、感電した事はないけど、理科の実験で、罪人が感電するのを見たわ。
別に、それで罪人を処刑した訳じゃない。
庶民が、貴族の教育のために自分を犠牲にするのは当然だし、罪人が罪滅ぼし
のために、モルモットになるのも当然よ。
でも最近は・・・庶民が貴族の犠牲になるのはおかしいと思えるの。
罪人だったら当然だと思うけど。
一人目を倒した私はの心に勇気が涌いてきた。
意外と簡単なのね。
次々と襲いかかるゾンビ達を打ち倒し、徐々に、徐々に調子が乗ってくる。
そして・・・気がつくと、展望室で、まともに立っているゾンビはいなくなっ
た。
これってもしかして、ハンマー・ゲームの成果かしら。(そんなわけないか。
)
あれ・・・まだいたわ。
大男がゆっくりと、首を振りながら立ち上がる。
あれが、このステージのボスね。
あいつを倒すと、次のステージに進めるのね。
これで隠れアイテムがあれば最高なのにぃ・・・。
私は「タタタッ」と走りよると、ジャンプしながらハンマーを打ち降ろす。
『まっ、待て・・・。』
大男は私の方に右手を伸ばし、掌を向けて哀願する。
えっ、正気に返ってるの?。
でも、もう私の動きは止められないわ。
『おっそ〜いっ。』
空中を跳ぶ私には、それだけを告げる暇しかなった。
私のハンマーは・・・弧を描いてく。
子供だもん、ジャンプ力のない私は、大男のお腹の位置までしか飛び上がれな
いみたい。
そしてハンマーは・・・私の意図に反して・・・大男の、股の付け根に触れた
・・・みたい。
大男は一言、「ンガッ」と声を残し・・・白目をむいて、硬直して床に沈んで
いく。
わ、私が悪いんじゃないのよぉ。
御免ね、御免ね。
『ナムニムハムネム・・・ほにゃらげらとふ。』
わけのわかんない呪文を唱えながら大男を拝んで、さぁ、次に行くぞぉ。
でも、行けなかったの。
新手が2つのドアから入ってくるの。
『しかたないわねぇー。』
私はちょっとだけブツブツいって、ピコピコ・ハンマーを身構えた。
展望室に入ってくる乗客達は、み〜んな素手だわ。
もう、宇宙の果てまでラッキーッ!。
『エイエイエイッ。』
私のかけ声と共に、ハンマーから甲高い音が、「ピコピコピコッ」と部屋一杯
に響き渡る。
もし、ハンマーから音がしなかったら、目標に命中したのか外れたのか判らな
いでしょ。
それに、私にとって不快な音だったら、ハンマーを使いたくなくなるじゃない
?。
とにかく、そーやって、ゾンビ達を次から次へと安眠させていったけど・・・
調子に乗りすぎて、乗客を踏んずけちゃった。
なんで、そんな所にいるのよぉ。
弾みで・・・バランスを崩す私。
そこに、ゾンビの腕が振り降ろされてくる。
『きゃぁああっ!。』
その一撃はピコピコ・ハンマーとぶつかり、私に怪我はないけど、反動でゾン
ビとハンマーが・・・反対の方向に飛んでった。
ピコピコ・ハンマーは宙を舞っている間に、20センチぐらいの棒に戻り、「
カンッ、カラカラカラ・・・」と転がり、ゾンビ達の中に隠れて見えなくなる。
私も素手になっちゃった。
でも、大丈夫。
すぐにドレスをまくり上げ、左ふとももに隠した、もう一本の棒を取り出し、
急いでスイッチを入れてく。
そして・・・。
『キャッ、キャァッ、キャー。』
と叫びながら、覆いかぶさってこようとする乗客達を、右へ左へと弾き飛ばす
。
か弱くて美しい私を甘くみないでよねっ。
そして何とか立ち上がり・・・壁ぎわへと、じりじりと追い込まれていく。
多勢に無勢だし、大人と子供じゃあ、力の差がありすぎるのよ。
そうよ、私のせいじゃないんだからぁ。
でも、もうダメかしら。
そう思った時、私が入ってきたドアの方でゾンビ達が倒れだした。
『セリルっ、今行くぞ、頑張れっ。』
あの声はダブルナイト。
食堂前の通路から、逃げ出すのに成功したのね。
ダブルナイトが、そう簡単に殺られるわけないよね。
『おにーちゃん、ここよっ!。』
私はそう叫んでた。
「シルバー」と、名前を呼ばなきゃいけないんだけど・・・その時は忘れてた
。
意識してなかったのよぉ。
「ダブルナイト」と呼ばなかっただけましよね。
雨上がりの高速植物のように、ゾロゾロと現れた展望室のゾンビ達は、私とダ
ブルナイトの攻撃で、収穫直後の野菜の様に全員床に伸びていた。
更に、数体のゾンビが喫茶店側のドアから入ってきたけど、彼らはその後ろか
ら入ってきたロッドさんの手によって全て倒されたわ。
例えロッドさんにでも、私の秘密兵器を教える義務はない。
これは私とダブルナイトとの、2人っきりのヒ・ミ・ツ。
だから、ロッドさんが私達のそばに来る前に、ダブルナイトの後ろに隠れ、棒
の矢印から左手の親指を離す。
「シューッ」と音をたて、ハンマーの部分が棒の中に吸い込まれていく。
そして、柄の部分が縮んで元のサイズに戻っていく。
それを急いで左太股のバンドに固定して回りを見渡す。
さっき落とした「ピコピコ・ハンマーのもと」は、いくら探しても見つからな
い。
大切な秘密兵器だけど、その存在をロッドさんに気づかれるとまずいし・・・
諦めるしかないわね。
『な・・・何とか間にあいましたね。』
ロッドさんは銃をしまい、ハンカチで顔を拭き拭き、ダブルナイトに同意を求
めてくる。
『まあね。』
ダブルナイトは少し不機嫌そうに答える。
私を守るはずだったロッドさんが、私と一緒にいなかったのが不満なのね。
でも、ロッドさんも一生懸命やってたのよ。
かばおうと私が口を開くより早く、ダブルナイトが反応する。
『・・・戻ろう。』
その一言で、私達は客室に向かって歩きだした。
疲れが原因なのか、私達は無言のまま歩きだした。
やがて、客室前の通路に出た時、私達に走り寄ってくる人影があった。
杖を突きながら、早足で進んでくるのは・・・タゥーロウさんだ。
長い白髪をなびかせながら、大きく口を開いて私達に突っ込んでくる。
『たっ、大変なんじゃ!。娘のエンジンが止まって、行方知れずなのじゃ。』
タゥーロウさんは、ダブルナイトに唾を吐きかける様な勢いでまくしたててく
る。
でも、言ってる事がわかんない。
みんなタゥーロウさんの言葉が理解できない。
それでも、タゥーロウさんはがなりたて続ける。
『わからん奴らめっ。レモニアが原因不明で、探さなきゃならんのだ!!。』
タゥーロウさんはイライラしながら、手にした杖で、床をガシガシとつっつき
ながら声を大きくしていく。
『レモニアが原因不明?。』と、ダブルナイト。
『娘のエンジン?。』と、これはロッドさん。
『バカどもがっ。いつ、わしがそんな事を言ったっ?。』
何を怒こってるのよ、このじーさんは?。
みんながじと〜っと見つめてるのに、タゥーロウさんは気づいていないのかし
ら。
『よく聞くんじゃ。船のエンジンが、また止まったんじゃ。機関長が、わしら
の部屋に助けを求めてきたんじゃ。で、わしが先に部屋を出て、エンジンの調査
を行った。だが、原因がわからんのじゃ。しかも、何時までたっても、後から来
るはずのレモニアが来ないんじゃ。わしらが2人がかりでも解けないようなトラ
ブルなどない。だが・・・レモニアがいないんじゃ。蒸発したのか・・・さらわ
れたのか。お願いじゃ。孫娘を捜して下され。』
そしてタゥーロウさんはロッドさんにすがりつき、泣きだした。
ダブルナイトは・・・困りはててる。
『わかった。捜すから・・・。なあ、シルバーさん?。』
ロッドさんに同意を求められたダブルナイトのおにーちゃんは、カード・キー
を差し込みながらうなずいてる。
『お、お願いしますぞ。頼みましたぞっ。』
それを見逃さなかったタゥーロウさんはロッドさんを解放すると、カード・キ
ーを取ろうとする直前のダブルナイトを抱きしめ、体の自由を奪う。
客室のドアが開いたのに、これじゃダブルナイトが、中に入れないじゃな〜い
っ!。
「ビシュッ」と音がして・・・壁の一部が「ボムッ」と小さく爆発した。
カード・キーが鍵穴といっしょに消滅してる。
私達4人の8つの目が、通路の一端に集中する。
その方向には・・・武器を持った、あのゾンビ達がいる。
その内の何人かが銃を構えて私達を狙ってる。
『キャァーアァッ。』
『うわぁーっ!。』
『なっ、なっ、なっ!・・。』
『・・・・。』
4人が4人とも違った反応を示しながらパニクる。
そして私達は・・・急いで客室に飛び込んだ。
でも、もしかして、私達って袋のネズミって事?。
『どうした?。食事が早すぎないか?。』
客室内で私達を待っていたゼーラムさんって、何をのんきな事を言ってんのよ
っ。
てっ、敵なのよぉ。
『敵だ。セリル、トリプル・エッグを用意・・・して下さい。』
『はっ、はいっ!。』
私は駆け出し、直径15センチぐらいの白い卵と、ちっちゃなスイッチを、茶
ダンスから取り出して床に置く。
ダブルナイトのばぁかぁぁっ!。
お嬢様の私になんて事をさせるのよぉっ!。
つい、私もつられて行動しちゃったじゃなぁいぃっ!。
私がお嬢様じゃないって・・・ばれたらどうするのよぉ。
でも、みんなゾンビに気を取られてて、気づいてないみたい。
『ガーッ。』と声をあげながら・・・ゾンビ達が部屋になだれ込んでくる。
『くっ。』
何も知らないゼーラムさんが、元気な左手で銃を構えかけるけど・・・ダブル
ナイトに阻まれてうめく。
『みんな、目を閉じろっ!。』
ダブルナイトはゼーラムさんを無視するように叫ぶ。
それが、私への合図。
『えいっ!。』
私は小さなかけ声と共に、目を閉じながらスイッチを入れる。
瞼の奥から強い光を感じる。
そして、目を眩まされたゾンビ達の叫び声が、室内に、そして通路にとこだま
する。
その一瞬後には、船内が停電にでもなったように暗くなっていく。
その、あまりの変化に、ゾンビ達は一時的な盲目になっていく。
でも、あらかじめ目を閉じていた私達にとっては・・・そこまでいってない。
白いトリップ・エッグは、回りの光だけを吸収しながら灰色に、そして限りな
く黒に近い色へと変化してく。
それと一緒に回りは暗くなっていき・・・もうすぐ、何も見えなくなる。
その前に、私達は通路へと避難した。
対暗殺者用に用意した閃光暗黒爆弾だけど、充分役にたったわね。
あれ、でも・・・ロッドさんが出てこない。
通路に逃げ出せたのは・・・私とダブルナイト、ゼーラムさんとタゥーロウさ
んの4人だけだわ。
『私、ロッドさんを捜してくる。』
でも、客室に慌てて戻ろうとする私の腕を、ゼーラムさんが離さない。
『セリルちゃんを危険にさらすわけにはいかない。ここは俺が・・・。』
でも、ゼーラムさんはロッドさんを助けにいく事が出来なかった。
いいえ、ここにいる全員が、ロッドさんを助けに行けなかったのよ。
その訳は・・・。
タゥーロウさんの杖が唸り、ダブルナイトのわき腹に「ビシッ」と音をたてて
めり込む。
『ガァッ?。』
ダブルナイトはヨロヨロと後退していく。
タゥーロウさんの第2撃が、おにーちゃんの左足を襲っていくけど・・・それ
を後退しながら避けていく。
な、何故タゥーロウさんが・・・そんな事を?。
『・・・ふははははっ。』
タゥーロウさんは、声を大きくしながら笑ってる。
ついさっきまで助けを求めておいて、ダブルナイトを攻撃するなんて、気でも
違ったの?。
私の目の前で・・・タゥーロウさんの痩せこけた体が・・・膨らんでいく?。
いいえ、目の錯覚じゃないわ。
身長が伸び、腕や足が太くなっていく。
まるで、ゴーレムのように・・・ゴーレム?。
まさか、タゥーロウさんがゴーレム?。
でも、首までは筋肉モリモリなのに、その上に乗ってる顔と頭は変わらない。
ぶ、不気味でおぞましい姿だわ。
もし、あのゴーレムもタゥーロウさんと同じように肉体を変化させられたとし
たら・・・ダブルナイトが、乗客とアドリーム号スタッフの中から、ゴーレムを
捜し出せなかった説明がつくわね。
仕事を終えたゴーレムが、今まで発見されてなかったのも理解できる。
『きっさま・・・ゴーレムなのかっ。』
ダブルナイトが・・・苦しげに叫び、左手に持った銃をタゥーロウさんの顔面
めがけて光を放つ。
でも、タゥーロウさんは隠し持った鉄仮面(?)をかぶり、光を跳ね返して、
首を横に振りながら答える。
『わしを・・・あんな役立たずと一緒にされては困る。わしこそ、ゴーレムの
作成者、偉大な科学者ヒドラ様だ。』
ええぇーっ!、ヒドラの正体は・・・コペリィさんじゃなかったのっ?。
あんまり思い出したくはないけど、上映室でコペリィさんが自分で白状してた
よぉ?。
『ではお前達は、無関係なコペリィさんを殺したのか?。2流の暗殺者のよう
に?。』
ダブルナイトの言葉には、怒りを感じさせるものがあるわ。
私は・・・頭はフル回転してるのに、声が全然でない。
タゥーロウ=ヒドラは「フン」と軽く鼻を鳴らしてみせる。
『わしらは一流の殺し屋だ。無関係な者を殺したりはせん。奴はな、別の依頼
者から頼まれたターゲットでの、たまたまこの船に同船していたのがラッキーだ
ったんじゃ。』
あなた達にとってはラッキーでも、コペリィさんにしたら・・・ア〜ン・ラッ
キーよっ。
『奴にはマリオネットが術をかけ、自分がヒドラだと信じ込ませ、我々の意志
通りに動く人形に改造した。ただな・・・催眠術にも欠点があってな、2つの事
は実行させにくいんじゃ。』
それって食べ物の好き嫌いが治らないとか、頭が良くならないとかゆー事?。
『それは、自殺と殺人じゃ。前者は自己否定につながるし、無関係の第3者を
殺すことは、人間のメンタリティが拒むのじゃ。もっとも、そいつが生まれなが
らの殺人者なら話しは別じゃが。』
ふ〜ん、催眠術で自殺や殺人は出来ないんだ。
でもコペリィさんは、おにーちゃんを殺そうとしてたよ。
『だから・・・その中でくたばっているロッドのように・・・殺されるんじゃ
。あの上映室で素直に我々の暗示を実行すれば、殺されずにすんだものを・・・
。お前達を殺せず、自分の心と戦って大汗を流し・・・腕を震わせ・・・ゴーレ
ムを殺すのに時間をかけすぎた。ロッドに撃たれるのは当然の結果じゃな。』
なぁにが当然、なのよぉっ。
『いずれは我々に殺される運命にあったんじゃから、それが、ほんの少し早く
なっただけじゃ。だが、我々はそれをも見越して計画をたて、実行している。そ
してシルバーさん、あんたはここで死ぬんじゃ。ゼーラム・・・あんたに恨みは
ないが、シルバーに協力している以上、同じ運命を辿っていただく。』
私達が黙っておにーちゃんが殺されるのを見てると思うの?。
それに、おにーちゃんはゴーレムを倒してるんだから、あんたなんかに負ける
わけないでしょ。
それなのに・・・。
『ゼーラムさん、セリルを連れて逃げてくれっ。』
ダブルナイトの声が、ヒドラの頭上を越えて聞こえてくる。
『ひっひっひっ、果たして逃げきれるのかな?。エンジンが止まった今、お前
らに安全な場所などないのじゃよ。』
『・・・・・。』
ゼーラムさんは身じろぎもせず、無言のまま無事な左手で私の右腕を引っ張り
だした。
このままおにーちゃんを置いて、私が逃げるとおもったら大きなお世話よ(?
)。
おもいっきり抵抗して、邪魔するんだからぁ。
『いっ、嫌よぉ。おにーちゃん、今助けたげるからね。』
私はそう言いながら、ドレスの中に左腕をゴソゴソと入れる。あ・・・あんっ
。
あれ?・・・あったぁっ!!。
ダブルナイトにもらったスーパー秘密兵器で、いぢめてあげる。
「シャキキーン」と伸びるピコピコ・ハンマー。
それを華麗な指先でクルクルと回し・・・。
『くるんだっ。』
『きゃんっ。』
おもいっきり引っ張られた反動で、ハンマーがカラカラと床に転がる。
そのまま私は、ゼーラムさんに引きずられるように連れられてく。
『お・・・おにーちゃんっ。』
不安そうな私に向かって、わき腹を押さえながら微笑むダブルナイトの顔が見
える。
私を安心させようと無理して笑顔を浮かべて・・・。
私の視界から消えたら・・・きっとダブルナイトは苦痛に顔を歪ませるのね。
私達は客室前の通路を走り抜け、突き当たりを左に曲がる。
そしてゼーラムさんは、必死に戻ろうとする私の体を壁に押しつけ、私の顔に
口を近づけてくる。
こっ、こんな時に何をするつもりっ。
信じらんな〜いっ。
大きな声を上げようと開いた私の口を、ゼーラムさんが左手で塞ぐ。
ダメ・・・抵抗できないわ。
でも、このままでいると思ったら大間違いよっ。
『静かに、セリル。私が本物のダブルナイトだ。』
『へっ?。』
いったい、何の話?。
ゼーラム=ダブルナイトは、事情をつかめないでいる私の頭から帽子を奪うと
、それを反対方向に投げ飛ばす。
『何をするのっ。それは、ダブルナイトに私の居場所を教えるための・・・。
』
はっ、として、私は言葉を失った。
シルバーさんもゼーラムさんも、自分の事をダブルナイトって言ってる。
私はどちらを信じればいいの?。
『全ては歩きながら話そう。とにかく、この場所から離れるぞ。』
体の自由を取り戻した私は、頭を混乱させたまま、ゼーラム=ダブルナイトの
左隣をテクテクと歩く。
『全ては、銀河皇帝の子孫が見つかった事から始まった。ある組織が彼女の暗
殺を謀り、別の組織が彼女の保護に動いた。それが暗殺組織であり、俺だった。
それとは別に、金儲けのため、彼女またはその身代わりを、どちらかの陣営に売
りつけようとする者もいた。それが、今まで君がダブルナイトと信じていた男だ
。』
そんな話、信じられるわけがない。
信じられるわけ、ないじゃない。
『信じられるわけはない、・・・か。俺の名前をかたるチンピラの一人に、あ
いつがいた。もちろん、あいつは俺の素顔を知らないし、この俺の顔は素顔でな
い。奴はマリオネットという暗殺者同様に、自己暗示をかけて別人になりきれる
能力を持っている。奴は自己暗示をかける前に、暗殺者と契約したらしい。』
それはどんな契約なの?。
ゼーラム=ダブルナイトは歩みを変えず、動揺する私に言葉を続ける。
『なぜ、暗殺者がタイミングよく君を襲ってくるのかわかるか?。暗殺者も受
信機と盗聴器を持っていて、いつ襲えばいいかを知っているからだ。』
どーして暗殺者が、そんな物を持ってるのよ?。
理科の授業で、周波数が同じじゃないと受信できない事ぐらい知ってるんだか
ら。
シルバー=ダブルナイトが私を裏切るはずない。
『でも、私をソウル・イーターから守ってくれたもんっ。今までも守ってくれ
たもんっ。』
私は立ち止まって、意地になって反論した。
おにーちゃんを疑うなんて酷い!。
ゼーラムさんの意地悪っ。
誰がなんて言ったって、おにーちゃんは正しいんだからっ!!。
傷ついた私の瞳から、涙があふれでてくる。
『すまない。しかし、事実は時として残酷なものなのだ。ソウル・イーターを
殺した噂は聞いた。あれは・・・ソウル・イーターが奴と取引をせず、出し抜こ
うとした結果らしい。現にそれ以後、暗殺者を殺してはいないだろう?。』
たしかに、そう言われてみると・・・コペリィ=ヒドラやゴーレムを倒したの
はロッドさんだし・・・。
『奴は、それを自覚していない。自分が、嘘をついていないと思いこんで行動
している。だからこそ恐ろしい。』
ゼーラム=ダブルナイトの言葉はもっともらしく聞こえるけど、それじゃあさ
っきの戦いは何なの?。
『・・・それならどうして、シルバーはヒドラと戦ってるの?。おかしいじゃ
ない?。』
『芝居だよ。奴にとって、ロッドと俺はイレギュラー、予期せぬ因子だからな
。シルバーが奴らの仲間だと、我々に覚られないように行動する必要があるから
な。が、そのロッドも殺されたらしいな。』
ゼーラム=ダブルナイトは一度振り向き、再び歩きながら説明を続ける。
『多分、俺を試したつもりだろう。だから俺は、発信器内蔵の髪飾りを帽子と
一緒に投げ捨てた。これで奴らは、俺達が何を話したのか知りようがない。俺達
が何処にいるのかもわかるまい。そのうち奴らは、あわてて俺達の前に姿を現す
だろうな。ヒドラから逃れたとか言って君を油断させるはずだ。決して信用する
んじゃないぞ。シルバーは、君の命を狙う暗殺者の協力者なのだから。』
私の心はどんどん壊れてく。
信じる者全てに裏切られ・・・。今はゼーラム=ダブルナイトを信じるしかな
いのね。
でも、また裏切られるかもしれない。
ゼーラム=ダブルナイトと通路を歩き続けていると、どこかで、「ズ・・・ン
」と音がする。
辺りに赤っぽい光が追加され、その光だけが点滅を開始した。
『私は船長だ。本船は破壊工作により、これ以上の航行が不可能となった。更
に、爆発する可能性がある。全乗客及びスタッフは、日頃の訓練に従い、避難行
動を開始してもらいたい。繰り返す。これは訓練ではない・・・。』
スピーカーから流れてくる声には緊張が感じられるわ。
エンジンの破壊に成功した暗殺者達は、船の破壊活動をも開始し、乗員がパニ
ックに陥って、私達の行動が制限されるのを計画しているのね。
彼らを囮に使い、私達が注意を向けた隙を狙って攻撃してくるつもりなのね。
『では、こちらも敵の計画を利用しようか。』
えっ?と、私はゼーラム=ダブルナイトの顔を見上げるんだけど、涙で曇って
よく見えない。
『パニックの乗客と一緒に、救命艇で脱出しよう。奴らも乗客を巻き込んでま
で、我々を消そうとはしないだろう。全ては・・・それからだ。』
私達の進行方向、T字路の突き当たりで、何かがちらっと見えた様な・・・。
その突き当たりを右に曲がると・・・女性が壁にもたれ掛かるように倒れてる。
顔は黄色の髪に隠されて見えないけど・・・誰かしら。
茶色のパンタロンと茶色のロー・ヒールが、すらっとした長い足を隠してる。
私は彼女の肩に手を触れ、軽く揺すってみた。
『どうしたの?、大丈夫?。』
長身の彼女は静かに顔をあげ・・・レモニアさんだ。
私達はそのまま見つめ合う。
『セ・・・リル・・・ちゃん?。』
ボーッと、眠たげな目で彼女は私に声をかけてくる。
何かがおかしい。ふと私の頭に、彼女のおじいさん、タゥーロウさんの顔が、
ついでヒドラの全身が浮かぶ。
ヤバイッ。そう思った時は手遅れだった。
怪我人とは思えないスピードで彼女は立ち上がり、逃げようとする私の右手を
引っ張って引き寄せる。
そして、私の首に手にした果物ナイフを押しあてる。
そうよ・・・タゥーロウさんがヒドラだと判った時点で覚るべきだったのよ・
・・レモニアさんも暗殺者の仲間だと。
『動かないでっ。彼女の命が惜しいなら、後を追わないで。』
私の耳元で、レモニアさんはゼーラム=ダブルナイトにお願いしているの?。
レモニアさんは・・・誰なの?。
シルバー=ダブルナイトの話を信じるとすると・・・マリオネットかエンジェ
ル・ウィングのどちらかで・・・。
雰囲気からすると・・・エンジェル・ウィングかしら。
私は、いがいと冷静に考え事をしてるけど、恐怖が麻痺してきただけかもしん
ない。
だって私の顔は、こわばってるし、体は震えてガチガチになってるようだし・
・・。
ゼーラム=ダブルナイトに目で助けを求めたいけど、喉にあてられたナイフが
気になって、それから目が離れないの。
そのままレモリアさんは、私を捕まえたままで、じりじりと後退してく。
ゼーラム=ダブルナイトは・・・武器を抜けず、立ち尽くしている。
へたに行動を起こしてレモニアさんを刺激したら・・・。
私、これからどうなるの?。
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