プリンセス救出陽動作戦
ダブルナイトの章
☆☆☆ 15.ダブルナイト ☆☆☆
ロッドが帰った後、俺はとにかくシャワーを浴びてスッキリしたかった。
例のごとくロッドを通路まで送り、ドアに鍵が掛かったのを確認し、痛む体に
鞭打ちながらシャワールームに入る。
もちろんセリルに、勝手に外出しないように言い聞かせた後でだが。
裸になると、服の上からは見えなかった擦り傷や打撲傷があらわになる。
どれも、一日で治るものばかりだ。
一般大衆には全治1週間の怪我だが、日頃から体を鍛えている俺にとっては全
治20時間だな。
体を熱いシャワーで濡らし、備え付けのボディ・シャンプーで頭を始めとして
全身を泡で包む。
両手で頭を洗いながら、ロッドの言葉を思い返す。
やつは、アドリーム号の従業員の中に、暗殺者か協力者がいると考えていた。
奴の言う通り、船内では暗殺者に先手を取られっぱなしだ。
誰がどう考えても同じ結論に達するだろう。
それも、従業員の中でも重要な役目をもらっている人間だ。
ガーディアンの採用に立ち会った5人が一番怪しい。
その中では船長との面識しかないが、彼が自分の信用を失ってまで、犯罪者に
協力するとは思えない。
サービス・カウンタの支配人なら、イメージ・ルームや展望室からの警報を切
る事も簡単だ。
機関長なら、エンジンに細工をし、急停止させ、知らない振りもできる。
数多い宇宙船には、治療の手段として催眠術で患者に自己催眠をかけるような
医療長もいる。
副船長の権限は、船長に継いで二番目だ。
自分の船を持ちたい副船長にとって、暗殺者への協力はリスクに見合った大き
な魅力だろう。
俺はいったん、髪に付着したシャンプーをシャワーで洗い流し、汗を洗い流す
。
ロッドは、暗殺者が<母なる水中の星系>で乗り込んだと考えて調査している
が、無駄に終わる可能性もある。
仮に、コペリィ=ヒドラが所持していた暗号文を信じ、ロッドの予想が正しい
とすれば、暗殺者は<サニワイヲ星系>で乗船するはずだ・・・あまり期待しな
い方がいいな。
あるいは逆に、あの暗号文は囮で、<母なる水中の星系>で暗殺者達が乗船し
た可能性がある・・・。
シャワーを止め、手近のバスタオルで頭を拭き、体を拭く。
最後にそれを腰に巻き、シャワールームを後にする。
すると・・・セリルの寝室から変な音楽と電子音が洩れてくる。
有線放送の番組にしては異常だし、環境音楽とも思えない。
なんだろう?。
そーっと中に入っていくと、セリルがベッドの上でモニタに向かって、小さな
パネルを操作している。
あれは、番組選択用のリモコンスイッチのはずだ。
セリルに気づかれないように真後ろに回り込み、セリルの肩ごしにモニタをの
ぞき込んでみる。
『きゃあっ!。』
セリルは、やっと人影に気づき、リモコンスイッチを放り出しながら床に転げ
落ちた。
『ダブルナイトったらっ・・・ひどいじゃない!!。』
そんなセリルの抗議をよそに、俺の目はモニタにくぎ付けになっていた。
そこに表示されているのは・・・ハンマーゲームのようだ。
画面右側には9×9=81の丸い穴が見える。
各行(横1行)の右端には少女が一人ずつ、巨大なハンマーを持っている。
同様に各列(縦1列)の上端にも少女が一人ずついて、巨大なハンマーを持っ
ている。
画面左端からは5種類の動物達が右横方向にゆっくりと飛び、何も入っていな
い穴に落ちていく。
穴には1匹の動物しか入れないが、1種類の動物の配置の形が+,×,□,■,の
どれかになると、その動物達は痺れながら消えていく。(複合形も、いいらしい
。)
5種類の動物の内、1種類はどの動物とも組み合わせられる、オールマイティ
・アニマルとして扱われている。
では、どうやるのかといえば、リモコンスイッチで少女を選択し、ハンマーを
打たせて形を作る。
画面上端の少女がハンマーを打ち降ろすと、穴自体が動物を入れたままで下方
に2つ分シフトし、溢れた2つ分は上端から現れる。
画面右端の少女にも同じ効果(やはり穴2つ分)がある。
動物が飛んできた行の最初の穴に、すでに動物が入っていると、その上を飛び
越して空いている穴に入るが、その行に空いている穴がないと、画面右端の少女
が画面の外へと飛ばされてしまい、その行を操作できなくなる。
体当たりしてきた動物は、少女のいた位置で止まる。
たまに、画面左端からハンマーが飛んでくる事があり、それと接触した動物達
は、1つ分だけ右側に押し出されていくが、空の穴があった時点で移動は止まる
。
そして、そのハンマーは消滅する。
その行に動物が1匹もいなければ、右端の少女がハンマーを受けとめ、ハンマ
ーをキープする。
キープしたハンマーは、その少女に動物が体当たりをしてきた時に、自動的に
動物を叩きのめして消滅する。
ゲームは、動物が画面右端から飛び出していったら終了となる。
このゲームで遊んでいたのか・・・。セリルの寝不足の原因はこれかぁ?。
『ちょっとー、脅かさないでよー。』
セリルは人影が俺だとわかると、慌ててスイッチを取り直し、ゲームを続ける
。
セリルがパネルスイッチに触れる度に、画面の少女が動き回り、器用に動物の
頭を叩き回る。
動物よりも、俺の方の頭が痛い。
ここは少し、厳しくしないといけないな。
『お嬢様・・・怒りますよ。』が、セリルは怯まない。
スイッチを脇に置くと、泣きながら俺に抱きついてくる。
『だ・・・だってつまんないんだもん。プールにも連れていってくれないし、
最近は、通路に出れるのは食事の時だけじゃない。私は篭の中の小鳥じゃないの
よ!。』
その通りだ・・・だが、セリルを守るためなんだ。
協力してもらわないと。
・・・どう説得する?。
俺が、無理をするしかないな。
『わかった・・・。宇宙ステーションのプールにはいけなかったが・・・今か
ら、船内のプールに行こうか。』
『ほ、ホントにいいの?。でも、体の傷は大丈夫?。』
セリルは一時(いっとき)、喜びの表情を浮かべたが、すぐに心配そうな顔に
なる。
わがままも言うが、他人を思いやる気持ちも育ち始めているようだ。
『体に、あざが出来ている。水着になって泳ぐのは勘弁してほしいが、プール
の側までなら行くぞ。』
『うんっ。』
セリルは元気に返事をすると、準備を始めた。
俺は・・・教育武官の服を着、バスタオルと浮き輪を持つ。
そして俺達はプールにいた。
セリルはプールの中で遊んでいる。
本人の話しによれば、水泳は得意で・・・1時間は浮いていられるそうだ。
セリルが通っていた貴族の才女の学校では、泳ぐ事よりも浮く事を教えていた
ようだ。
プールというよりは、人の形をした窪み(深さを自在に変えられるんだそうだ
)が100以上あり、水泳の時間には、その中で長時間浮く訓練をするのだそう
だ。
懸命に泳ぐ姿は滑稽であり、貴族に似合わない行動だ。
貴族は優雅に浮く事さえ出来ればよい。
なぜなら・・・水中から地上へ貴族を引き上げ(助け上げ?)るのは、召使い
や奴隷、一般人や兵士の仕事だからだ。
音をたててバチャバチャと泳ぐのは下品で恥知らずな行為だと銀河貴族達は信
じている。
俺はそれが間違いだと思っているし、セリルにも俺と同じ考えを持つように教
育するつもりでいる。(実際に教育するのは、あざが無くなってからにしよう。
)
そんなセリルでも、宇宙船に乗り、こんな大きなプールを、たくさんの人達と
共用する事が、浮き輪などを使って遊ぶ事が楽しくてしょうがないらしい。
今では自分が庶民の一人だと自覚し(?)、普通の子供のように平気で・・・
はしゃいでいる。
これでは、気品ある王女様の身代わりが勤まらないと思われるかもしれないが
、そんな事はない。
ターゲットである王女様は庶民の中で育ったと考えられているし、この様なプ
ールで跳ね回るのは自然な行為だ。
むしろ、第3者は、セリルが本当に銀河貴族のお嬢様か?、と疑うだろう。
暗殺者共もそう思うだろう。
更に考えを深めれば、セリルがお嬢様でないいじょう、その正体を隠す必要に
迫られた王女様と結論づけるのも不思議ではない。
俺はビーチサイドで横になり、セリルの安全に気を配りながらくつろぐ。
肝心のセリルはといえば・・・イルカ型の浮き袋にまたがり、背びれを右手で
捕まえながら歓声をあげている。
そして・・・俺の目線に気づくと、左手を振って合図してくる。
俺は椅子の上から、セリルに向かって右手を軽く振ってみせる。
そうしながら、左手はテーブルの上のカクテル・グラス(中身は・・・酔っぱ
らうわけにはいかないから・・・果物のミックス・ジュースだが)を口元に持っ
ていきながら、喉の乾きを癒す。
あぁ、人工照明が眩しいな。
ギラギラとした光には、人体に悪影響を及ぼす成分が極力抑え込まれている。
空気に塩分はないが、カラカラに乾いている。
それが、室内の客の喉を襲い、飲料水の売上に貢献している。
中には水泳が目的ではなく、目の保養やダイエットのために訪れている客もい
る。
軽めのサウナの様な室内に居続けると、暑さのために頭がボーッとしそうにな
る。
その俺の耳が、ヒタヒタと近づいてくる足音を捕らえる。
『やぁ、どうだい、このプールの居心地は?。』
足音は俺とテーブルを挟んだ反対側で止まり、椅子に体を投げ出すドサッとい
う音に続いて男の声がした。
今の声には聞き覚えがある。
あの・・・グレー・ガーディアンだ。
『あなたでしたか。まだ、自己紹介をうかがってませんが?。』
男は、広い肩に巻いたバスタオルで顔を拭うと、笑顔で答える。
『これは失礼。俺の事は、ガーゼムと呼んで下くれ。ここに来たのは、船長に
頼まれましてな。仕事はあなた方の護衛と監視ですが。』
おかしなおじさんだ。
自分の仕事を明かしてしまっては意味がない。その事を尋ねてみる。
『なぜ・・・私達に真実を教えてくれるのですか?。』
『俺の正体を知られた以上、嘘をついても役に立たない。君達に疑われるだけ
だ。船長に監視を頼まれたのも、新たに雇われた5名のガーディアンで人間なの
は俺だけだったからな。この船内には、俺以外のグレー・ガーディアンはいない
。君達の敵は、前任者のブラック・ガーディアンを殺したんだ。だから、彼らよ
りも戦闘力の劣るホワイト・ガーディアンでは君達の足手まといになるだけだ。
かといって、ブラック・ガーディアンが船内をうろつけば、乗客の不安を煽るだ
けだ。となれば、俺がやるしかない。幸い船長は、俺の正体が君達にばれている
事を知らない。俺としては君達に近づき、知人となって、それとなくガードする
必要があるんだが。ま、仲良くやっていこう。』
そして、軽くドオォンとテーブルを叩き、大声で笑う。
まったく・・・陽気なおじさんだな。
『はぁーい!。』
声を聞きつけたセリルはプールからあがると、浮き袋を両手で抱きながら走り
寄ってくる。
『おじちゃん、こんにちは!。』
ガーゼムさんは、チョコンとたっているセリルの頬を左手でくすぐると、少し
優しげな声でセリルに話しかける。
『これからは、ガーゼムのおじちゃんと呼んでくれ。シルバー君と取り引きし
ていたんだが、これからはおじちゃんもセリルちゃんを守るからね。それから・
・・このことは船長には内緒だよ。』
『いいよ、内緒だよ。でも、取引って?。』
そうだ、何の取引だ?。
『シルバー君が、おじさんに危険手当をくれるのさ。』
俺はズルッと、3.5センチこけた。
だ、誰がそんな話しをした〜っ。
『ふーん、そーなんだ・・・。』
こっ、こらセリル、勝手に納得するんじゃな〜いっ。
俺はまた、2.5センチ滑ってしまった。
『シルバー君はセリルちゃんとプールで遊べないようだから、おじさんと遊ぼ
うか。』
『う、うん!。遊ぶ、遊ぶ〜っ。早く、早く〜。!!』
セリルとガーゼムさんは俺を無視し、抗議する間を与える事無くプールに向か
う。
セリルの浮き輪を運ぶガーゼムさんの右腕を、セリルが両手で引っ張っている
、と言うべきか。
ガーゼムさんは振り向き、俺に目で合図を送ってきた。
水中は俺に委せて、君はそこで全体を見ていてくれ・・・そう言ってるような
気がした。
あぁ、人工照明が眩しいな。
プールでストレスを発散したセリルを連れ、俺はガーゼムさんを部屋に案内す
る事にした。
ガーゼムさんは、そこまでする必要はないと言ってはいたが、他の乗客にも俺
達が友人としてつきあっている事を示す必要がある。
確かに、他の乗客の行動に興味を示すような客は少ないだろう。
だが、彼らの潜在意識がガーゼムの行動に対して不信感を抱かぬようにした方
がいい。
一人の乗客として、ガーゼムの俺達に対する行動が自然に見えるように。
ガーゼムさんは歩きながら、例の大声で意味もなく笑い、すれ違う乗客の視線
を集める。セリルも晴れ晴れとした表情を浮かべている。
やがて、俺達は部屋の前まで戻ってきた。
『これからの行動について、この客室内で相談しましょう。』
俺は年長者であるガーゼムさんを見ながら、カード・キーを無造作に差し込む
。いつもの、キーロック解除の音楽と共にカード・キーが俺の手の中に戻ってく
る。
静かにドアが開き、一歩足を踏み入れた俺の目に、がっしりした太古の鎧が目
にはいる。
無数の刺を飾った全身が黒光りし、顔もまた銀色の仮面に覆われ、表情を読み
取れない。
左腕の小手(肘から手首にかけて)には直径30センチぐらいの、円盤状の盾
がついている。
右手に武器は見えないが、それでも威圧感がある。
俺達の部屋に、こんな置物は無かった。
その置物が、俺に向かって突進してくる。
『う、うわぁっ。』
俺はとにかく、セリルをかばうように避けたつもりだったが、ドガッという衝
撃と共に壁に突き飛ばされた。
『ぐふっ。』
俺が立っていた場所には、鎧がある。
その鎧はセリルを抱き上げると、一目散に走りだした。
ば、ばっ・・・このおっ。
何とか立ち上がろうとする俺の前で、ガーゼムさんが銃を構える。
しかし・・・セリルを揺すりながら走る鎧を撃つ事が出来ないでいる。
このままではセリルがさらわれる。
『は、早く奴を・・・。』
『・・・撃っていいのか?。セリルの命は保証できるが、怪我をするかもしれ
ん。奴が欲しいのは情報で、セリルの命さえ保証出来れば、腕が吹き飛ぼうが、
足がもげようがどうでもいい事だ。』
その通りだ。
ガーゼムさんの言うとおり、こちらの方が不利だ。
だからといって、このまま手をこまねいている訳には・・・。
救世主は、鎧と同様に突然現れた。
鎧がガチャガチャと音をたてながら走るその先から、あのロッドが現れた。
相変わらず、人懐っこそうな顔の汗を拭いながら近づいてくるのだろう。
図らずも、あの鎧を挟み撃ちする形になった。
『とっ、止まれっ!。』
ロッドは上擦(うわず)った声で叫びながら銃を構える。
が、発砲はしない。
そんな事で鎧の暴走を止められる訳ないだろっ!。
・・・鎧は立ち止まった。
『キャーッ、キャー・・・。嫌よっ、放してよっ!。イヤアァー。』
その間もセリルはジタバタしながら泣き叫んでいる。
俺は痺れる左手で銃を取り出し、持ち上げる。
『俺達はセリルを傷つける訳にはいかんのだぞ。』
そうだ、ゼーラムさんの言うとおりだ。
だから、わざわざ俺の方に振り向かなくてもいいから、セリルと鎧を見ていて
くれ。
俺も何とか、震える手で銃を構える事が出来た。
痺れて震える左手を右手で押さえるが、あまり効果がない。
『おや、あれは誰だ?。』
ゼーラムさんは、やっとロッドに気づいたようだ。
セリルは・・・泣き止み、反撃に転じたようだ。
大きく口をあけて、何をするつもりなんだ?。
大きな声をあげようというのか?。
違った。
セリルはそのまま、鎧の腕にかみついた。
そして・・・あの口の動きからすると・・・”ひぃひゃい”と言ってるようだ
。
そんな攻撃で鎧が怯むわけないだろっ。
どうもセリルは、追い込まれると予期できない方法で反撃するようだ。
あんな事でセリルが解放されるなら、俺だって敵にかみつくさ。
敵はセリルを解放した。
解放したと言うよりは、ロッドに向かってセリルを投げ飛ばしたというのが正
解だろう。
『きゃあぁ。』
というのは、セリルの驚きと喜びの叫び。
ロッドは、ズザザザザァッと滑るようにしてセリルを受けとめる。
武器は両手でセリルを抱き上げるために投げ捨てている。
俺が鎧なら、一番危険度の少ないロッドの脇を通って逃走するだろう。
が・・・俺の考えはことごとく覆される。
奴は、俺達に向かって走ってきたのだ。
馬鹿な奴だ。人質を捨て、無防備になった鎧(?)をさらけだし(?)ながら
、もの凄いスピードで近づいて来る。
それなのに、銃を撃てない。
奴はロッドとセリルを完全に背にして走ってくる。
銃口が光をほとばしらせた時に避けられたら、ロッドとセリルに命中してしま
う。
ロッドも、さっさと体の位置をずらせばいいものを・・・何をぐずぐずしてる
んだっ?!。
奴は、今度はゼーラムさんに体当たりを行い、ボギィッと鈍い音をさせる。
『ぐっ。』
ゼーラムさんはそれだけしか呻かなかったが、あれは間違いなく、骨が折れた
音だ。
鎧はそのまま逃走を続けるが、それを見逃すほど俺は甘くはない。
今、俺がおじさんの元に走り寄っても、何の力にもなれない。
ゼーラムさんにしても、俺に気を遣わせないために、叫びたいのを我慢してい
るはずだ。
このチャンスを逃せば、敵をせん滅するのに時間がかかる。
俺は障害物を失って無防備となった背中に向かって、迷わず光を撃ち込んだ。
鎧の材質は判らないが、年代物の古い鎧なら溶解し、敵を即死させられるはず
だ。
だが、鎧は黒から赤に変色するだけで、敵にダメージを与えているようには見
えない。
『ちっ。』
俺は舌打ちすると銃を投げ捨て、懐から別の短銃を取り出す。
光線銃は効かなくても、弾丸銃ならどうだ?。
左手の震えも小さくなっているし、奴が走る先は無人だし、目標を外しても安
心だ。
ドムッ、ドムッと音をたて、直径5ミリの弾丸が鎧を襲う。
これも旧式の鎧をぶち抜くだけの威力はある。
貫通力がありすぎて致命傷を与える事は出来なくとも、奴の戦闘力を落とすこ
とは可能だ。
だがそれも、キィーン、キィンッとの音と同時に弾き返される。
まるであの、ゴーレムを思わせるだけの防御力だ。
そして奴は視界から消えていった。
後を追うよりも、セリルを保護する方が先だ。
まだ近くに鎧の仲間がいたら、セリルがまたさらわれるかもしれない。
壁に背もたれしているゼーラムさんをちらっと見ると、折れた右腕を左手で押
さえながら、顎をセリルの方へしゃくって合図する。
俺は大丈夫だからセリルの側へ行ってやれ、といいたいのだろう。
口を開けば・・・骨折の痛みでまともに喋れない。
だから態度で示したのだろう。
俺は解ったとうなずき、鎧が消えた先にも気を配りながらセリルに走りよる。
セリルは・・・ロッドに抱きついたままで、しがみついたままで泣いている。
よほど怖かったんだろうな。
セリルはロープのように、ロッドの自由を奪っている。
これでは・・・身動きできないな。
考えてみると・・・セリルは2日に一度は泣いている。
それでいて毎日笑ってるし、怒りもする。
本当の両親と信じていた両親が、実は赤の他人で、その育ての親に売り飛ばさ
れるわ、その2人とメイド達は皆殺しにされるわで、情緒不安定になっているん
だろうな。
反抗期にもさしかかっているようだし、仕方がないのかもしれないが・・・。
『も・・・しわけ、ない。はなし・・・後日。』
ゼーラムさんは苦しそうにそれだけ言うと、ヨロヨロと歩きだした。
打ち合わせよりも治療を優先するのだろう。
当然だ、今の状態のゼーラムさんと計画を練っても利益がない。
それよりも、早く治療をしてもらい、早く戦線(?)に復帰してもらった方が
いい。
しかし・・・ゼーラムさんの骨折は、俺の計画にとって大きな狂いを生じさせ
た。
全ては、ドアを開ける俺が油断していたからだ。
いまさら後悔しても始まらない。
俺とロッドは、客室にセリルを引き入れた。
ロッドはそのまま、セリルを寝室まで連れていき、寝かしつけようと努力して
いる。
俺は・・・脱力感に包まれながら、ソファに体を投げ出している。
しかし、あの鎧に入っていたのは何者だ?。
残った敵の中で該当しそうなのは・・・デス・ナイトかっ。
俺はがばあっと体を起こしたが、再びソファの中に沈み込む。
まさかな。
もしデス・ナイトだとすれば、あんなに大人しく引き下がったりしないはずだ
。
それでも、デス・ナイトしか思い当たらない。
奴は囮だ・・・何の囮だ?。
時間稼ぎか?。
奴がこの部屋の中に忍び込んでいた位だ、他の、奴の協力者がここに居たと推
理してもおかしくはない。
俺は再び光線銃を左手に持ち、威力を失神レベルにまで落として構え、そのま
ま客室内をしらみつぶしに調査していく。
セリルにはロッドがついているから、大丈夫だろう。
俺がいる居間には異常が感じられないし、人の潜んでいる気配もない。
入り口に当たるスペースにも変化はない。
俺専用の(召使い用の)個室にも、こじんまりとしたキッチンにも怪しいとこ
ろはない。
入り口側のトイレにも、寝室側のシャワールームとトイレにも、衣装ダンス、
戸棚の中にも敵はいない。
念のため、セリルの寝室を覗いてみるが・・・異常はない。
当然だ。
異常があれば、盗聴器を通して俺の耳に情報が入ってくる。
セリルはベッドの上で泣いてるが、眠るつもりはないようだ。
その隣で、ロッドが椅子に座ってくつろいでいる。
敵が潜んでいないとすると、デス・ナイトの目的は他にあると?・・・盗聴器
か。
職業柄、物の配置に関する記憶力は人並以上の俺だが、その俺の目でも発見で
きないくらいに巧妙に盗聴器を仕掛ける相手と戦うには慎重さが大事だ。
侵入者をチェックするための仕掛けをしても、盗聴器をみつけるのは難しいし
、その仕掛けに注意して生活するのは疲れる。
それよりも、この隠れ家を変更した方がいい。
『セリルお嬢様、この隠れ家を捨てます。支度をして下さい。』
『私も、同じ意見です。敵に待ち伏せされるような客室内には、何が仕掛けら
れているか判りませんしね。』
俺の言葉にロッドも同意する。
セリルは何とか泣き止もうとしながら、ベッドから降り始める。
しかし敵はどうやって、俺達の客室がここだと知ったんだ?。
この事を知っているのは・・・俺とセリル、ロッドと船長ぐらいか?。
それに、あの4名なら疑われずに知る事が出来るだろう。
副船長に機関長、医療長とサービス・カウンタ支配人の4人なら。
客室内を清掃する係員達には、客室を利用する客の氏名は明かさない事になっ
ているから除外する。
初めて客室に案内したゼーラムさんも除外できるだろう。
どうしても、船を運営する5人の中に、暗殺者の協力者がいるとしか考えられ
ない。
『エッチッ。』
セリルの一言で俺は我に返ると、あわててロッドと一緒に寝室を出た。
トレーナーを着たままでは、セリルに渡してある秘密兵器が使いにくいだろう
。
ひとまず居間まで引き上げた俺達は、椅子にも座らずにセリルを待つ。
ソファに座ってくつろいでいては、俊敏な動作が出来ない。
ロッドは座りかけたが、俺の様子から危険を感じとり、右手を懐にいれている
。
たぶん、その中で短銃を握りしめているのだろう。
『それでは参りましょうか。』
セリルはそういいながら、寝室の方から姿を現す。
スノーホワイトのドレスには、直径2センチぐらいの毛玉が雪の様にちりばめ
られ、袖口は大きく開いている。
肘から小手にかけては、レモンイエローのひらひらした布地が巻かれている。
襟元から両肩へ伸びていくような、薄いスカーフ状の布地は淡い虹の色に塗り
分けられ、七色に輝く銀色の小さな物が無数に見える。
マシュマロの様な紅梅(色)の帽子には、密を求めて花園を舞う蝶の髪飾りが
生きているように留まっている。
『どうしました、シルバー。案内してくださらないの?。』
セリルは涙の後を残した顔で、俺にそう言いながら微笑む。
『シルバーさん、ここから何処へ行くんですか?。』
ロッドはハンカチを胸ポケットに仕舞い、何事かをメモしながら質問してきた
。
十中八九、盗聴器が仕掛けられていると思われる室内で、俺が本当の事を言う
と思っているのか?。
それとも・・・。ロッドのメモを見て、俺はその真意を知った。
そこには大きく、「罠」とだけ書いてある。
敵の仕掛けた盗聴器を利用して偽情報を流し、暗殺者達を一網打尽にしようと
いうのか。
『実は、あと2部屋、船長にお願いして確保してあります。一つは私名義で、
あと一つは偽名にしてある。これから、私名義の3つめの客室に避難します。場
所は・・・私の後についてきて下さい。』
客室の番号まで敵に教えてやる必要はない。
それに、あの5人の中に敵がいるとしたら、客室ナンバーを探し出すまで時間
はかからないだろう。
俺はロッドからの紙きれに客室ナンバーを記入し、先に行ってくれと記入して
、カード・キーと一緒に返した。
ロッドはそれを受け取り、紙は目を通した後でライターで燃やした。
これで証拠は残らない。
ロッドに渡したカード・キーは、俺達の3つ目の客室の物で、セリルが使う予
定の物だった。
敵の探知能力は不明だが、船長か副船長、あるいは支配人が1枚かんでいると
すると、セキュリティ・システムから、その客室に入ったのがセリルだと盲信す
るだろう。
俺達は、ロッドと共に急いで客室をでる。
敵の尾行を確認するために、ロッドを見送った後で、俺達も先を急ぐ。
目指すは、最初に使っていた客室。
この部屋には、船長を通じて誰も入らないように連絡しておいた。
そして、入り口のドアに侵入者チェック用のタイマーをセットした。
客室のドアの前で一つのカード・キーを取り出し、辺りに注意しながら鍵を解
除する。
もう同じ失敗は繰り返さない。
ドアの内側には巧妙に隠しておいた、特殊な糸と小さな時計から構成される装
置が張り付けてある。
俺が最後にこの部屋から出ると同時に、細くてもろい糸が張られる。
この糸はドアを開けると切れ、切り口から蒸発していく。
糸が切れると、小さなデジタル時計の表示が止まる。
この時計の時間を設定するためには俺だけが使っている工具が必要で、俺以外
の何者にもセットできない。
この仕掛けはドアが開くと自動的に動作し、これを解除するための手段はない
。
もし、時計が既に止まっていたとすれば、船長に連絡し、その時間に合い鍵を
所持していた人物を割り出せる。
その人物は暗殺者か、その協力者のはずだ。
そこから暗殺者を芋ずる式に調べ上げ、排除していける。
で、ドアが開くと、中からセリルと俺の声が聞こえてくる。
これは俺が密かにセットしておいた装置の一つ、シャドー・マンという2体の
人形だ。
セリルは勝手に別の名前(「ダミーダゾ」とか、「エコーゴースト」)を付け
ていたが、実害がないので無視している。
慎重に中に入り、ドアが閉まるのを確認して、その仕掛けを調べる。
時計は数秒前を表示し、糸は今切れたばかりの様に残っている。
どうやら、敵は侵入していないようだ。
その時初めて、セリルが心配そうに俺の顔を見上げているのに気づいた。
『大丈夫・・・だよね?。』
セリルは、小さく震える声で聞いてきた。
俺は、セリルの視線に合わせてしゃがみ込むと、勇気を分け与えるために話し
かける。
『心配は不要だ。俺が命に賭けても、お前を守ってみせる。だから・・・。』
セリルは、俺をギュッと捕まえる。
『死んじゃ・・・やだからね。』
セリルは楽天家と思っていたが、心配性だな。
ここで俺が死んだら、任務を遂行出来なくなる。
『この客室に隠れているんだぞ。いざという時は、例の・・・トリップ・エッ
グを作動させるんだぞ。使い方は前に教えた通りだ。』
セリルがうなずくのを確認し、俺は客室を飛び出した・・・飛び出そうとした
。
しかし、セリルは放してくれない。
『ねぇ・・・4つ目の客室の方が安全だと思うけど・・・。』
セリルの言葉ももっともだが、そうしない方が安全だ。
そう出来ないと言った方が正しいかな。
敵がここに侵入出来なかった以上、セリルには真実を告げておこう。
『4つ目の客屋の話しは嘘だ。』
セリルは、きょとんとしている。もう少し、補足説明しよう。
『さっきまでいた客室に、敵が盗聴器をセットしたはずだ。で、敵を騙すため
に、あんな事を言ってみた。盗聴していた敵は、4つ目の客室が存在すると信じ
るだろうが、どんな偽名を使ったかを調査するだろう・・・存在しない偽名と客
室ナンバーを。』
『どうして調べるの?。』
『もし、偽名で予約した4つ目の客室が存在するとしたら、俺達はそこに逃げ
込むだろう。そこが最も安全で、発見されにくい場所だからな。わざわざ、一度
使用して、ばれてしまった客室を利用するわけないだろう?。』
俺の話しで、セリルの顔に赤みが射してくる。
もう少し話しを続ければ、セリルも納得するだろう。
『暗殺者達は永遠に見つからない天国を探し、永遠に見つからない天使を探し
続ける事になる。両方とも、すぐ近くにあるというのに。これは、人生における
幸せ探しと似ているな。』
セリルの顔から陰りが消え、笑顔だけが残っている。
『一人でお留守番してるんだよ。』
それだけ言うと、俺は客室を後にした。
<母なる水中の星系>を離れて8時間。
次のワープポイントまでは約6時間か。
敵が総攻撃を開始すると思われる<サニワイヲ星系>に着くまでに、暗殺者の
数を減らしておいた方が有利だ。
そのためにもロッドが隠れている部屋に急ぎ、暗殺者を挟み撃ちにする。
俺は3つ目の客室の前にたどり着くと、軽く深呼吸をした。
全速力で走って来たわけではないが、冷静さを取り戻すため、全神経を張り巡
らせるためには必要な行動だ。
懐から銃を取り出し、構えながらカード・キーを使う。
シューという音と同時にドアが開き、明るい照明器具が俺を出迎えていた。
ロッドの声はしない。
俺を暗殺者と思い、警戒しているのか・・・それとも、殺られたのか?。
この客室も、先の2つと同じ造りで・・・その分だけ俺の方が暗殺者よりも有
利だ。
カード・キーはしまい、右手の光線銃を左手に持ち変える。
俺は仕事柄、両腕が使えるように訓練している。
今では、銃を扱う時の正確さは左腕が、反応速度では右腕の方が勝っている。
しかも、両腕は別個の生き物のように反応し、両腕で同時に別々の標的を狙う
事もできる。
とにかく俺は、居間を目指してゆっくりと進んだ。
そこで俺を待っていたのは・・・こちら側を向いた状態で、ソファに座ったま
まで・・・胸を赤く染めていた。
奴の右手は、俺の方に向けられたままの状態で銃を握っていた。
しかし、何かが違うような気がする。
『お・・・遅かったのか・・・。』
つぶやく俺の目の前で、ロッドの死体がゆっくりと・・・立ち上がった。
『!!。』
『遅かったですね、シルバーさん。しかし、宴には間に合いましたよ。』
ロッドの死体・・・いや、ロッドは表情を取り戻して話しかけてくる。
その時、何が不自然だったのかを知った。
ロッドの胸ポケットに無造作に入れられたハンカチにシミがなかったのだ。
胸を撃たれたのならば、ハンカチも血に染まっていなければおかしいのだ。
しかしなぜ、ロッドはこんな真似を・・・。
『あ・・・ああ、これですか。暗殺者を油断させるための手段ですよ。殺そう
と思っていた相手が既に殺されていたら、暗殺者も一瞬、躊躇するでしょう。そ
の隙を突いて、相手を倒そうかな・・・と思いまして。では、敵がくるまで待ち
ましょうか?。』
ロッドは再びソファに座る。
俺は・・・ロッドの邪魔にならぬよう、俺の寝室になる部屋から居間をうかが
う事にした。
これで、敵が罠に掛かるのを待つだけだ。
5分が過ぎ、10分が過ぎた。
何も起こらない。
更に10分、20分と待つが・・・誰も入ってこない。1時間が過ぎ・・・そ
れでも、何も変わらない。
もう、これ以上待てない。
セリルが心配して、隠れ家から飛び出してくるかもしれない。
そうなったら、元のもくあみだ。
ロッドもそわそわしだし、話しかけてきた。
『罠は・・・失敗したようですね。どうします、これから?。』
どうすると言われても・・・どうしようもない。
俺は徐々にセリルの事が心配になってきていた。
最初から少しは心配していたが、ここで時間を浪費されていくに従って不確定
要素が増え、セリルの事が気にかかる。
これは暗殺者と俺達との根気比べなのか。
『まさかとは思いますが・・・逆に、我々が罠に掛かったのでは?。あそこに
仕掛けられていたのが盗聴器だけでなく、室内の映像も撮られていたとしたら?
。セリルちゃんは何処です?。』
セリルが危ない!。
俺はロッドの事を忘れ、室内を飛び出した。
『ま、待って下さい。』
ロッドのを待っているだけの時間的な余裕はないかもしれない。
今こうしている間にも、セリルが危険な状態に陥っているかもしれないんだっ
!。
とにかく走る。
こんな時に限って、戦闘中には姿を見せない客達が通路を歩いている。
それをよけながら、軽く会釈をしながら先に進む。
相手が会釈しているのを確認している暇などないっ。
こんな時ほど、船内の人工重力が邪魔で仕方がない。
階段を登ったり下ったりしながら走り続ける。
今にも息が切れそうだが・・・そんな事をぼやいている暇もない。
その俺の足がよろけた。
力尽きてよろけたんじゃぁない。
船体が揺れたんだっ。
これは・・・何かが爆発した時の振動だ。
俺のピリピリと張りつめ、集中力を集めた耳に男の声が聞こえる。
『しっ・・・シルバー・・さん・・・。何処に行くのか・・・教えて・・・く
・・・。』今は邪魔なロッドでも、援軍にはなるかもしれないな。
『最初のっ・・・客室だっ!。』
疲れて息の乱れている俺に、これ以上話しかけるなっ。
心の中でそう叫びながら、俺は再び走りだした。
もうこれ以上、何も言えない。
俺の今の口は喋るためにあるんじゃないっ、呼吸するためだけのものだっ!。
両手の武器は無造作にポケットに突っ込み、カード・キーを左手に持って走り
抜いた。
まさかとは思うが・・・セリルのいる客室が爆破されたのでは・・・ないのか
。
視界に入ってきたドアに、変化は認められなかった。
変形もしていないし、無理にドアがこじ開けられた形跡もない。
カード・キーでドアを開け、銃を構えたままで飛び込む。
『セッ・・・セッ・・・セリル・・・何処・・・だっ!。』
俺は、息のあがった喉を酷使して叫んだ。
『・・・ここよ。寝室よ。どうしたの?。仕事は終わったの?。』
確かに、セリルの声が寝室から聞こえてくる。
いやまて・・・居間も同じ方向にある。
これは、シャドー・マンの声ではないのか?。
俺は深呼吸するように努力するが、巧くいかない。
この状態で敵に襲われたら、俺の呼吸から動きを読まれてしまう。
両手に武器を構え、セリルの寝室に入ると・・・またゲームで遊んでいる。
俺がこれだけ心配していたのに・・・のんきにゲームとは・・・。
俺は息を切らしたままでセリルに静かに近づいた。
『セリル・・・。』
俺が全てを言う前に、セリルが振り返った。
その頬には涙の後が見え、こうしている今も瞳から涙を溢れさせている。
そのまま少女は俺の胸に飛び込んでくると、大きな声をあげて泣きだした。
俺に聞き取れたのは・・・。
『セリル・・・セリル・・・心配で、心配で泣いてたんだからね。』
との言葉だけだった。
確かに・・・余計な心配をかけてしまったようだ。
実質的な保護者である俺が、1時間以上もセリルを一人ぼっちにしていたら・
・・心の奥底に潜んでいた不安が姿を現すよな。
だからといって、俺に何が出来るだろう。
何もできないだろうな。
『ひっ。』と、急にセリルが声にならない悲鳴をあげる。
敵かっ!。
このまま振り向けば、セリルの無防備な背中が、敵にさらされる。
しかしこの体勢では、俺だけが振り返るなど出来ない。
が、枕元に鏡がある。
これしかない。
俺は右手のナイフを鏡の台座に投げ、その角度を変える。
そのまま左手を後ろに回し、鏡の中に映る人物に銃を向ける。
その男は・・・。
『・・・ロッドさん?。』
ロッドは、自分に向けられている銃に驚いていたが、すぐに真顔になって言葉
をかけてきた。
『入り口のドアが開けっ放しですが、どうしました?、シルバーさん?。』
どうしたって言われても、俺にもわからない。
『ロッドさんの体から血が・・・。』
セリルの、つぶやきにも似たささやきが、俺の耳をくすぐる。
そうか、そういう事か。
ロッドの、服に染みている血糊に驚いていたのか。
あれから1時間後・・・この客室内にはロッドがいる。
ロッドは第3の客室に入る前に、治療室で血糊を手に入れていた。
そこでゼーラムさんと再会し、簡単な会話を交わしていた。
意気投合したらしいロッドはここに来てから、治療室のゼーラムさんを有線通
信で呼び出し、ここに応急手当を終えたゼーラムさんもいる。
ゼーラムさんの右肩から指先までは金属で覆われ、固定されている。
これでは、骨折した右腕は使えないな。
その代わりといってはなんだが、細くて軽い補助腕が右肩辺りから伸びている
。
この補助腕は頭に装着したバンドからの電気信号(?)を受け、ゆっくりと動
くようになっている。
頭からの信号を即座に実行したら速すぎて危険だし、その指示信号を取り消す
時間的な余裕がないのも危険だ。
補助腕の握力も30キロに押さえられているし、人間の関節と同様の動きしか
出来ないように制限されている。
そして・・・セリルも俺も、冷静になっているつもりだ。
ここにそろった4名で、暗殺者達と対決だ。
だがその前に、計画を立て直そうとロッドが言い出した。
俺達は居間のソファでくつろぎながら、テーブルに開いた船内地図を元に意見
と情報を交換し合った。
『始めに・・・わたくしは、シルバーさんに申し訳ない事をしてしまいました
。』
口火を切ったロッドは、深々と俺に頭を下げてきたが、その理由はわからない
。
いったい、何の話しをしようというのだ?。
『今から1時間前の事です。シルバーさんが焦ってしまう言葉を言ってしまい
ました。一人きりのセリルが暗殺者に狙われると思いましたが・・・それは有り
得ない事でした。』
ロッドは何故、断言できるんだ?。
何を言いたいんだ?。
『セリルちゃんが、この客室に隠れているのを知っているのはシルバーさんだ
けです。暗殺者が、セリルちゃんを襲える可能性は0だと断言出来るでしょう。
』
そうかもしれない。
しかし・・・。
『いや、そうとばかりは言えませんよ、ロッドさん。もしセリル・・・お嬢様
が不安のあまり我々を探しに通路に出ていたとしたら・・・。想像したくはない
ですが・・・。』
俺は本音で、ロッドにお礼を言う意味も込めて答えた。
もし俺があの時、あの客室で粘り続ければ、間違いなく通路に飛び出していた
はずだ。
仕事に集中しすぎ、暗殺者の待ち伏せに集中し過ぎて3時間は潜み続けただろ
う。
もし、そうしていたら・・・。
『実はもう一つ、ありまして。この客室ナンバーを質問した時、回りには十数
人の乗客がいました。彼らの口から暗殺者達に情報が漏れたかもしれません。』
ロッドはそこまでしか言わなかったが、あの中に暗殺者がいるかもしれないと
示唆しているのだろう。
俺もあの時は気が動転していたし、ロッドに言われてみれば・・・その通りだ
ろう。
ここも危ないのか。
すぐに逃げるか?。
いや、ここにはトリップ・エッグがある。
これで時間稼ぎもできるし、暗殺者を減らせるかもしれない。
『では、私から・・・。』
ゼーラムさんは軽く咳払いし、気取って話し始めた。
『同じ頃だと思いますが、船長から直接、ホワイト・ガーディアンと私に対し
て指示が入りました。』
ここで再度、咳払いする。
どうやら、自分の事を「私」と言う事に抵抗を感じているようだ。
『あー・・・やめだやめだっ。俺は俺だっ。で、俺が治療室で応急手当を受け
ていると、胸の辺りが振動した。そこには船長から渡された小型の受信機が入っ
ていた。振動は、緊急通信を意味している。俺は無事な左手でそれを取り出すと
、左耳にあてて指示を聞いた。それによれば、この客室で小規模な爆発が発生し
たとの事。で、現場に集まれとの事だった。』
そう言いながらゼーラムが指さしたのは、船内地図の一角、俺達が待ち伏せし
ていた客室だった。
一歩間違えれば・・・俺達が吹き飛んでいた。
偶然とはいえ、俺はロッドによって命を救われたのか。
急に、腹ごしらえをしようとロッドが言った。
いつもは俺達の前で、食事をしたがらないロッドが、そんな事を言うのは不思
議だった。
それよりも、確かに俺は空腹だったし、セリルもそうだろう。
そこで・・・あまり戦力にならないゼーラムさんに留守番をお願いして俺達は
食事に向かう事にした。
その俺のポケットに、小さな紙切れが入っていた。
何気なくみると・・・「もう一人の俺を忘れるな」と書いてあった。
その時は頭も働かず、それをそのままポケットに戻したが、まさか・・・あん
なことが起きるとは・・・。
感想を、下記のアドレスにいただけたら幸いです。
karino@mxh.meshnet.or.jp