プリンセス救出陽動作戦



ダブルナイトの章


☆☆☆ 13.ダブルナイト ☆☆☆
 俺は今、衣装を脱ぎ捨て、一人で特等客室のソファにくつろいでいる。
セリルは、昼間の疲れと普段の寝不足からか、死んだ様に熟睡している。
こうして、ゆっくりと考え事が出来るのも、何日ぶりだろうか。
客の暇つぶしと娯楽を兼ねた有線放送は、彼女の眠りの妨げとなるので、消し てある。
子供は鈍感なようでいて、敏感だったりするものだ。
で、照明もテーブルのスタンドだけにし、セリルの寝室に光が漏れないように してある。
ただ・・・セリルが暗闇を恐がるといけないので、寝室に小さな淡い光だけは 残してきたが。
薄明かりの中では、頭の回転が早くなり、ふとしたアイデアや見逃していた事 実に気づくことがある。
今も、今日までに判明した事実を整理しているところだ。
そのためには、教育武官の仮面は不要だ。
リラックスし、本来の自分に戻る必要がある。
だから、体にぴったりする黒いタイツ=スーツを着、レッド・コーヒーを飲み ながら考えをまとめる。
 明らかになっている敵は、マリオネット唯一人。
未だに姿を見せず、一般の客達を手足の様に使いこなす、その能力も恐ろしい 。
一歩間違えれば、俺が催眠術にかかった人間を殺してしまうかもしれない。
ある種の犯罪者を殺す事に罪悪感を感じないが、罪もない人間を殺す事だけは 避けたい。
それを守れなかった時、俺はただの人殺しへと落ちぶれていくか、自滅するか ・・・だろう。
ヒドラとゴーレムは舞台から退場し、二度と現れる事はないだろう。
これから現れるのは二人の役者。
実際には、もう一人の役者(ゴッド・アイ)がいるのだが、舞台の裏方を務め る事が多く、俺の前に姿を見せないだろう。
退場した二人だが・・・ゴーレムは恐ろしい奴だった。
無敵の肉体に、信じられない程のスピード。
並外れた破壊力に、予期できない奇襲。
奴を倒す事が出来たのは、ブラック・ガーディアン達の戦いぶりを見れた事と 、考える時間が得られた事、何度も逃げれた事だ。
反面、ヒドラはあっけないほど簡単に倒れた。
元々、ゴーレムと組んで働いていたわけで、戦闘能力が低かったのか、力を発 揮する間もなく倒れたかのどちらかだろう。
思い返してみると、ゴーレムが戦闘不能となってから現れたヒドラは、焦って いるような感じがした。
微かに震え、汗を流し、追い込まれているようだった。
それは誰に?。
仲間であろうと、無能であれば暗殺するデス・ナイトか?。
それとも、それは俺の考えすぎなのか?。
あとの二人、デス・ナイトとエンジェル・ウィングは、ゴーレムを越える実力 の持ち主といわれている。
ゴーレムひとりに、ここまで苦戦してきた俺に、はたして勝てるのだろうか? 。
 俺は、頭を切り替えるためにレッド・コーヒーを一口飲んだ。
こいつには独特の苦みと、飲み終わった後の清涼感がある。
味も濃くなく、知的な職業についている人々が、頭をスッキリさせるのに好ん で飲んでいる。
俺の仕事は、どちらかといえば肉体労働に近いが、仕事を完成するためには、 どうしても知恵と勇気が必要なのだ。
 上映室での戦いの後、ロッドはヒドラの持ち物を検査し、船長には自分が直 接、説明するといって出ていった。
俺のような一般市民(?)が説明するより、ロッドのような専門家の方が適任 だ。
しかし・・・あの時のロッドは、いつもと違っていた。
人の善いおじさんに見えるロッドは、二人の暗殺者に慈悲をかける事なく、家 畜を屠殺する様に撃ち殺した。
あれが、銀河帝国警察の巡回警官の正体かもしれない。
ヒドラの眉間を後ろから撃ち抜き、ゴーレムの口の中に撃ち込んで頭を粉々に する。
あまりの惨状に、おれはセリルの目に入らないよう、上着でゴーレムの顔であ った部分を覆ったが、逆に想像心を煽ったらしく、気絶させてしまった。
セリルは、俺の配慮に気がついただろうか。
まだ子供だからな・・・。
 俺の目の前で、スタンドの明かりが白から紫に変わった。
どうやら、来客のようだ。
日中(?)は来客をメロディで知らせるように設定しているが、今はセリルの 眠りの妨げにならないように、スタンドの明かりが変化するように再設定してお いた。
彼女を起こさないように注意しながら、モニタのスイッチを入れてみる。
その映像から、ドアの前で待っているのはロッドだと判る。
仕事着のままでは怪しまれるからな・・・いつものように替えのスーツを上に まとうと、ドアの前まで移動した。
それはロッドを歓迎しての事ではない。
その逆だ。大声を上げながら入室されたら、セリルが起きてしまう。
それを防ぐため、ロッドの口を塞ぐために出迎えるのさ。
俺は手動で(といっても、パネルスイッチを押すだけだが)ドアを開けると、 口に手を当て、静かにしろ、とサインを送った。
『!!!。』
ロッドは理解したらしく、同じように自分の口に手を当てる。
そして・・・愛想笑いを浮かべながら、通路に出て話しをしようと合図する。
『??・・・!→!!。』
たとえ一瞬とはいえ、セリルを一人、室内に残す気はない。
俺は中で、小さい声で話しをしよう・・・と合図する。
『◎&◎。』と、ロッドは了解した、と合図を返す。
 ロッドを室内に入れ、居間まで案内すると、小さな声で情報を交換する事に した。
『エンジンは直ったのか?。』
俺の、最初の質問はそれだった。
もし直らなかったら、時間的な計画が狂ってしまうからだ。
『直りました。原因は非常に単純で、エンジンの安全機能を利用したトリック でした。シルバーさんも知ってると思いますが、この種のエンジンには幾つかの 安全装置がついています。その一つに、エンジンの異常高温を感知すると急停止 する機能があります。今回の故障はそれを利用したもので、内部にセットした5 つの検温・制御機構は急激な温度上昇により燃料挿入補給管と火力調整管(?) 、エネルギー排出口を次々と閉鎖し、エンジンの活動を停止させます。エンジン のデッド・ゾーン(エンジンが耐えきれるギリギリの高温)は、検温機構の一つ の、心棒の蒸発量でチェック出来ます。心棒自体、エンジン本来の活動状態では 溶けませんが、危険な温度に達した時、徐々に蒸発していきます。そして、3分 ぐらいで消滅します。で、心棒の長さを監視する事で、エンジンが異常に高くな ったかをチェックできます。暗殺者は本来の心棒を、それよりも融点の低い合金 と交換する事で、エンジン内が異常高温に達したかの様に見せかけ、機能を停止 させたようです。ところが、残り4つの検温機構は正常値を示すので、機関長以 下スタッフは頭を抱えてしまいました。単純に考えれば、異常を警告する検温機 構が怪しいと思えるのですが、運転中のエンジンから心棒を抜き取り、交換する など不可能ですし、その可能性を排除して調査したため時間がかかったようです 。今回、固定観念に捕らわれていないタゥーロウ氏がいたため、原因の究明が思 ったより早く終わり、現在は正常に運転しています。タゥーロウ氏によれば、運 転中に心棒を交換するのは、特殊な機器があれば可能だそうです。現に、宇宙レ ースではよくある事だ、と断言していました。豪華宇宙客船の機関長にはそんな 経験もなく、そんな経験も必要ありませんから、責めるわけにはいかないでしょ う。』
ここはロッドの言う通り、責任追求には意味がないな。
エンジンが止まっても、慣性の法則により宇宙船は速度を保ったまま航行する が、エンジンの再始動(実際は空ぶかしなのだが、)により、亜空間への突入が 可能となったわけだ。
細かい部分まで理解できたわけではないが、ヒドラ=コペリィにとっては簡単 な仕事だったにちがいない。
疑問があるとすれば、ヒドラはどうやって推進機関に侵入できたのか、だろう 。
優秀な船内のセキュリィティ・システムを騙し、エンジン・ルーム内のスタッ フに目撃される事なく仕事をこなす事は不可能に近いと思う。
それとも、ヒドラはそれだけの能力を持った、手強い暗殺者だったということ か。
『エンジンの方は思ったより簡単に解決したのですが、船長にレモニアさんに ついて説明するのには一苦労でしたよ。あ、コーヒーはいりません。』
汗をかきながらの長話しは喉が乾くだろうと、せっかく俺がコーヒを入れたの に、ロッドは拒む。
この男は何を考えているんだ?。どういう体質をしているんだ?。
『レモニアさんは原因判明後、早々に機関室をあとにし、自室に戻る予定だっ たのですが・・・シルバーさんが知っている通り、誘拐されたわけです。で、保 護者のタゥーロウ氏はわたくしが説明するまで、孫娘が部屋にいるものと考えて いたと・・・。わたくしはサービス・カウンタに連絡をとり、船長の居場所を確 認した上でレモニアさんを機関室に案内したのですが・・・虚脱状態の孫娘を見 たタゥーロウ氏がパニックに陥り、我を取り戻したレモニアさんもパニックに陥 る。事態の異常を察知した船長は怒り、機関長とスタッフはカリカリする。』
ロッドはひと呼吸おくと、頭を横に振りながら同意を求める。
『わたくしが船長に理解してもらうのに、どれだけの時間と表現力を要したか 、おわかりでしょう?。』
もし、俺にその役目が回ってきたら・・・気疲れで大変だな。
セリルのおもりで忙しい俺としては、勘弁してほしいな。
『映画の上映室での出来事については何とか説明したのですが・・・サービス ・ルームから船長宛てに緊急連絡が入りまして・・・何だったと思います?。』
何だろう?。
最近の事件で一番大きいのは、上映室での戦闘だ。
上映室の破壊については知ってるだろうし、イメージ・ルームの一つが壊れて る事も知ってるだろう。
救命艇が一隻、失われた事も知ってるはず。
それ以外に何が?。
以前使用していた(たてまえでは現在も使用している事になる)無人の客室内 から声がする事か?。
あれは暗殺者を惑わすための仕掛なのだが、サービス・カウンタの係員が引っ かかったとか?。
俺は、わからない、と身ぶりで示し、ロッドの言葉を待った。
俺のコーヒーカップは空になり、新たに注ぐのももったいないんで、ロッドの ために用意したコーヒーカップの中身を飲むことにする。
『ブラック・ガーディアンの事ですよ。』
あの事か。ゴーレムの奇襲により、3名のブラック・ガーディアンが命を落と した、その事か。
俺は思いだしたが、ロッドは納得していないようだ。
『あの時、5名のブラック・ガーディアンが死にました。』
5名?、3名の間違いではないのか?。
ロッドの計算間違いか?。
『あの部屋で、3名のブラック・ガーディアンが亡くなりましたが、コペリィ さん・・・ヒドラを護衛して先に部屋を出た2名も、殺されていたのです。ヒド ラにとって、部屋まで送ろうとするブラック・ガーディアンは邪魔者でしかあり ません。今にして思えば、当然の結果といえます。』
そうだ・・・俺達を守るために命を散らした5名には申し訳ない事をしたな。
『それで・・・船長としては次の星系で厄介者を船外退去させたいわけです。 これについては私の、巡回警官としての権限で諦めさせましたが、新たに5名の ブラック・ガーディアンもしくはそれと同等の戦闘力を持った人材を、次の宇宙 ステーションで募集すると・・・。それで・・・そのための金を出せと・・・。 さすがに、そこまでは警察の経費として落とすわけにもいきませんので・・・シ ルバーさんに出して欲しいな、と。』
つまり、責任は俺達にあるんだから、その為の金を払え、嫌なら追い出すぞ、 と。
仕方がないな。
金で命と安全が買えるんだから・・・我慢するか。
それに、俺の方は経費で落とせるはずだ・・・羽振りのいいスポンサーがつい ているからな。
『ただし、そのブラック・ガーディアンの中に暗殺者が紛れ込まないように、 人材の選定に当たっては、俺も同席できるように話しをつけておく必要があるな 。』
俺はつい、考えを口に出してしまった。
俺も疲れで、やきが回ったかな。
『シルバーさんのおっしゃる通りです。もちろん、わたくしも同席させて貰い ますよ。』そうくると思ったよ。別に断る理由もないし、そういった細々とした 交渉はロッドに一任し、俺はセリルを守る事に専念しよう。
『もう一つ、問題が残っています。』
?。
これ以上のゴタゴタはおこしていないはず。
俺は軽く肩を釣り上げてみせた。
『問題というよりも、気になる点なのですが、ヒドラのポケットから発見した 暗号文の中身が何を意味しているのか?。<母なる水中の星系>までは1度のワ ープと3日で到達できます。暗号文にあった<サニワイヲ星系>は、その次の寄 港地で、更に7日を要します。そこは、特にこれといった特徴のない星系で、暗 殺者達が行動をおこすにはメリットもデメリットもないはず。一体、何を企んで いるのやら。』
やはり、ロッドという男は掴みどころがない。
暗殺者が<サニワイヲ星系>で行動をおこすのであれば、我々には知らないメ リットがあるからだ。
奴の人生経験からすれば、それぐらい推測できるだろうに。
『その後の、”+2”が何を意味しているのか・・・。我々は3人だから、< サニワイヲ星系>で2名の暗殺者の援軍を意味してるのかもしれない。それとも 、星系到達の2日後を示してるのか。ただ・・・最後の”囮”という言葉が何処 に関係してくるのかによって、意味が逆になる事も考えられる。』
”+2”については、ロッドが人数に入っていないだけかもしれないな。
こういった暗号を深読みすると、固定観念に縛られ、臨機応変な行動がとれな くなる。
気休め程度に考えておくと・・・<サニワイヲ星系>宙域で、2名を囮とした 計画が発動する可能性がある、としておこう。
『・・ルバーさん?、シルバーさん、聞いてますか?。』ロッドの問いかけで 、俺は現実に引き戻された。
『あ・・・もちろん。それで?。』話しを少し聞き漏らしたのは失敗だったが 、ロッドに続きを話させ、情報を補う事にする。
『で・・・シルバーさんもお疲れのようですから・・・今晩はこれで失礼しま す。』
それだけいうと立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。
どうやら・・・俺が上の空だったのに気づかれたらしい。
俺も慌てて、入り口まで後を追う。
ロッドさんに対する礼儀からではない。
過ってドアが完全に閉まらなかったら、暗殺者にとって客室に忍び込み易くな る。
或いは、ドアが開いた瞬間に暗殺者が襲って来る可能性もある。
俺はロッドよりも先にドアの前に行き、左手で開閉用のパネルスイッチを押し た。
右手はポケットの中へ無造作にいれたように見せかけながら、一本のナイフを 握りしめている。
ドアの様な狭い場所での戦闘では、銃よりも剣の方が有効だ。
銃ほどの速度は期待できないが、攻守のバランスがとれているアイテムだから な。
だがそれも、俺の取り越し苦労だった。
敵も現れないし、通路に人の気配もない。
『音をたてずに歩くとは・・・プロですね。シルバーさん、それでは良い夢を 。』
通路に出、ゆっくりと振り向いたロッドは、呟くようにそういった。
音をたてず、幽霊のように素早く移動したのは失敗だった。
つい、セリルを起こさないようにと無意識の内に配慮してしまった。
奴は俺の正体を感づいているのか。
それとも、かまをかけただけなのか。
俺はとにかく、しらをきるしかない。
『良い夢を、ロッドさん。』
俺もなに食わぬ顔でそう返し、ロッドが見えなくなるまで見送った。
これも、ロッドに対する礼儀からではない。
暗殺者がロッドを襲うのかを確認したかったのだ。
ロッドが襲われれば、俺と協力して暗殺者達を一気に片づけられる。
襲われなかったら・・・それはそれで、問題ない。
おれは、ロッドが視界から消えるまで観察したが、耳は室内の物音に向けてい た。
この機会を利用して、どこからか忍び込む暗殺者が、セリルにちょっかいを出 そうとしたら、捕らえるために。
『・・・・・。』
やっぱり、何もなかった。
ドアを閉め、右手はナイフから放し、ポケットから抜く。
俺はソファに座り直すと、冷めかけたレッド・コーヒーを飲み干し、右手でカ ップの縁を弾くと、その余韻を楽しんだ。
楽しみながら、自分に出来る事を模索する。
マリオネットが行動を開始するとしたら何処だろうか。
ここ2日間か<母なる水中の星系>
でか。あるいはヒドラが持っていた紙切れの示すとおり、<サニワイヲ星系> なのか。
『慌てるな。慌てたら負けだ。チャンスは必ず訪れる。問題は、それを活かせ るかどうか、だ。』
自分にそう言い聞かせ、俺も眠りにつこうと思う。
今日これ以上考えても、良いアイデアが浮かびそうもない。
こういう時は早く寝て、頭をさっぱりさせるに限る。
その前に・・・体をさっぱりさせないとな。
俺は自分の寝室に入ると、裸になった。
そしてそのまま、セリルの寝室の方へと歩く。
一つの扉を開け、照明のスイッチを入れる。
こうして俺は熱いシャワーを浴び、心身共に疲れをとれるようにした後で、眠 りについた。
犯罪者として四方に気を配るような浅い眠りに。

 あれから4日目の朝。
俺は武官兼執事兼召使い用の個室で、手にしたティーカップを机に乗せ、その 前に座ると一冊の宇宙図を広げる。
それは、俺達が計画した航路を含んだ物で、尾行者に情報を与えないよう、何 も書き込んでいない。
それをパラパラと開きながら計画の再確認と暗殺者達の分析を行う。
セリルは目覚めていない。
暗殺者の襲撃は一度もなかった。
ヒドラとゴーレムが死んだ後、マリオネットの仕業と思われる出来事は一つも なかった。
どうやら奴は作戦を変更し、俺達を監視するため一人で船内に潜んでいるよう だ。
奴も、俺とロッドの2人を同時に相手に出来るとは思っていまい。
暗殺者の増援と合流し次第、攻撃を仕掛けてくるのだろう。
こちらとしては、<母なる水中の星系>と<サニワイヲ星系>からの乗員/乗 客に注意するほかない。
それに、<サニワイヲ星系>の次の寄港地、<時凍る分岐ステーション>がア ドリーム号としての終着駅になる。
<時凍る分岐ステーション>は巨大な暗黒星の周回軌道上に設置されている。
その辺りには航行の目印となる星系もないが、多くの、多方面の星系への分岐 点、経済の要衝に位置する暗黒星がある。
宇宙船が通常宇宙空間を航行する場合、自分の位置を知るための恒星が必要と なる。
航行コンピュータは理論上の恒星の位置と実測値により銀河内での現在地を判 断する。
その判断基準がないと、宇宙船はとんでもない方向に進む事になる。
たった0.1度の進路方向のズレが、何万パーセクものズレを生むケースもあ る。
そのため(エンジンや航行速度の問題もあるのだが)、他銀河に対する移住や 調査さえも不可能になっている。本来なら価値のない暗黒星でも、こういった諸 事情により利用されている。
暗黒星とは、暗黒星雲内の惑星を指す事もあるが、一般的には太陽光線(陽) の当たらない惑星を指す。
恒星系内の惑星及び衛星は、恒星の光を宇宙に反射するが、暗黒星には反射を おこすための恒星もなく、自ら光を放つこともなく、何もない宇宙空間に凍った ように静かに浮かんでいる。
<時凍る分岐ステーション>の暗黒星には大気もなく、その星から生を受ける 生物の姿もない。
しかし・・・文明の証である遺跡はあるようだ。
だが、カルビン度で0度という凍てついた地表を調査する物好きはいない。
あくまでも、<時凍る分岐ステーション>を利用し、運用するだけだ。
恒星を中心とする星系内のステーション(正確には星系の外縁部だが)は、恒 星の重力の影響を受け、小惑星や流星、彗星からの驚異を考えると、余り大きな 物には出来ない。
ステーションの位置を若干、補正しなければならない事があるからだ。
それに対し、星系外の<時凍る分岐ステーション>は、彗星や小惑星、流星等 の軌道(流星には軌道はないのだが)からは離れており、衝突する可能性は限り なく0に近く、かなり大きいステーションとして建設された。
ここには一般商船や客船を含め、帝国軍艦や私設軍艦、海千山千の船が随時訪 れている。
追跡者がいるとして、彼らを撒くには絶好のポイントだ。
盗聴機を通して、廊下(客室内の廊下で、通路ではない)からガサゴソと音が し、幾つかのドアを開閉する音が聞こえる。
どうやら、自信過剰で口うるさい姫君のお目覚めのようだ。
ドンッ、ドンッとドアを蹴る音と共に、レモン色のパジャマ姿で、寝ぼけ眼( まなこ)のセリルが入ってきた。
これだから子供は嫌いだ。
繊細なドアは、その前に立っているセリルを感知して、自動的に開く。
ゆっくり開くのは、事故を防ぐためだ。
それを、待つのが我慢できないと、自分の思いが通らないと・・・蹴る、殴る 、物を投げつける・・・まだまだ貴族の悪い癖が抜けていないようだ。相変わら ず髪はボサボサのままだし(それでも最初会った頃よりはましか)、パジャマも ヨレヨレ、スリッパもだらしなく履いている。
『おはよ、ダブルナイト。・・・・ンー・・・。』
顔をこっちに向けて目を閉じるんじゃない。
右手に持ったブラシを俺に向けるんじゃない。
髪ぐらい、自分でとかせーっ。
『・・・セリル、いい子だから・・・髪は自分でとかそうね?。』
『イヤッ、ずぇ〜たいにヤ・ダッ!。』
顔を膨らませて、すねるんじゃない!。
『・・・セリル・・・。』
『ふぇ〜ん・・・ひーん・・・。』
すねて見せてもダメだとわかると・・・今度は泣き落としか。
貴族の悪い癖を、今のうちに捨てさせないと・・・そのためにも、甘い顔は見 せられない。
『お嬢様・・・嘘泣きは、ばれてますよ。』
セリルの泣き声はすぐに止まり、俺の体にまとわりついてくる。
『ねぇ、いいでしょう?。ほんのちょっとでいいからぁ。』
泣き落としが失敗したと見るや計画を捨て、甘えてくる。
この頭の切り替えの早さは、ただ者ではない。
しかし、そんな子供の手練手管に騙される俺ではない。
『・・・ダメです。』
これも失敗したとみるや、俺の体をドンッと突き飛ばす。
が、セリルの方が床にペタンと尻餅をついた。
体格の差を考えれば、こうなるだろうと予測できるのに、このざまだ。
そして・・・。
『・・・ケチ・・・。ダブルナイトなんか嫌い!。』
セリルはそれだけ言うと、俺のすねをおもいっきり蹴って、廊下へ飛び出して 行った。
甘えも効かないとみると、怒りに委せて行動する。
俺は・・・俺にも見栄があるから、セリルが出て行くまでは立っていたが、そ の姿が見えなくなったとたん、片足で飛び上がった。
涙が次から次へと溢れてくる。
少しは回りにいる人間の事も考えて行動しろっ!。

足の痛みが退くのに10分程度かかったが、30分後の今は、それほどではな い。
もう、痛みを気にせずに、地図に集中できる。
その矢先、ドアをノックする音が聞こえてきた。
『え・・・えへへへへっ。』
セリルがまたまた入ってきた。
髪は・・・前ほど酷くはないが、ま、そこそこかな。
客室内用の柔らかいスカートとブラウスに着替え、踊るような足取りで来たの だろう。
盗聴器のついた髪飾りは、パジャマに付けっぱなしにしてきたな。
面倒だったのか・・・俺を驚かせたかったのか。
『・・・おにーちゃん?。・・・』
何かいいたげな、何かを期待しているような顔を斜めにして、俺の顔をのぞき 込むような仕草をする。
そんな事をしなくても、ハッキリ見えるのに。
トキ色の、フワフワした生地の薄いハンカチーフで髪をまとめ、大きなウサギ ネコの耳の様にピョコンとたたせている。
カナリヤ色のシャツにナイルブルーのスカート。
その上に天色(あまいろ:俺達人間が好む、地上から見た空の、明るい青とい えば判るかな)のブラウス。
『さっきまで、泣いてたんでしょ?。』
セリルが急に不機嫌になり、そっぽを向きながら俺をけなそうとする。
女子供がそういった態度をとる時には必ず裏がある。
大概は、自分の行動と同じ事を求めているか、あるいは逆の行動を求めている のか。
この場合は後者だろう。
『・・・やれば出来るじゃないか。つい見とれてしまったなぁ。やっぱり、セ リルのセンスには・・・かなわないな。自分で髪を整え、服を選んで着る。どう だ、おしゃれは楽しいだろ。可愛いなぁ。』
多少の嘘をついた事に、心がチクチク痛んだが、これもセリルのためだ。
それに・・・スリッパは相変わらずだ。
『えへへっ。おにーちゃんもそう思う?。さっきはごめんね。』
そしてセリルは嬉しそうにクルクル回る。
あっという間に機嫌が元に戻った。それを通り越して上機嫌になっている。
『でもぉ、セリルは騙されないからね。私を丸め込んで、毎日自分でやらせよ うって思ってるんでしょ。ダメよ。ダメなんだから。』
そう言いながらも、笑顔のままクルクル回る。
”嬉しさ”について、女子供は単純だからな。
それ以外については、男よりも複雑だ。
『あのねあのね、・・・今週のラッキーカラーはピンクで、ラッキーアイテム はハンカチーフなんだって。でね、ラッキーナンバーは1。ラッキージュエリー はパラメナミヤ。ラッキーペットは・・・。』
これ以上セリルの話しを聞いていたら、頭が融けてしまう。
『まっ、まてっ。待ってくれ。俺が悪かった。』
だから、ピンクに近いトキ色のハンカチーフで髪を結んでいるのか。
しかし、このままセリルに喋らせたら、何時まで経っても終わらないぞ。
『キャハハハッ。変なの〜。』
どうやら嬉しすぎて、セリルの心のたがが外れたらしい。
『許してあげる。だから・・・食事に行こう!。カピラパ・ジュースが飲みた 〜い。』
セリルは両腕でわき腹をガードしながら、体をフルフルさせる。
そのために、庶民に見えるような服装を着たんだな・・・。ここ数日、カピラ パ・ジュースの話しをしなかったのは、あの食堂の客達が忘れ、ほとぼりの冷め るのを待っていたのか。
ちゃっかりしてるな。
『・・・では、行きましょうか・・・。』
セリルは、席を立ちかける俺の腕を捕まえると、ブンブン振りながら止めよう とする。
早く食堂に行って、カピラパ・ジュースを飲みたいんじゃないのか?。
『違うのっ。その格好じゃダメ。制服じゃなくて私服にして。』
・・・セリルも考えてるなぁ。
俺の格好が、庶民の反感を買うと思ってるな。
あの時、あの場所に老紳士がいたように、宇宙船の乗客で、格好だけで人を判 断する輩は少ない。
見かけだけで人を判断し、判断されると考えているところが子供だな。
『それでは、居間で3分だけ待って頂けますかお嬢様。』
セリルがうなずくより早くドアを通り抜け、寝室へと向かう。
セリルは・・・俺の腕を掴んだまま、居間までトコトコついてくる。
仕方がないので、優しく腕をとり、ソファに座らせる。
静かになったセリルが恐い。
こんな時は・・・同業者の、あいつの言葉がいいかもしれない。
俺は、セリルから見えない寝室で、口上を述べながら着替える。
『銀河に生まれて20年。太古の英雄の使命を継いで、過去の亡霊を打ち倒す 。宇宙最大最高の、偉大なる男、ついに登場。天が遣わす、地が揺るいで人が呼 ぶ。全ての生き物が俺を呼ぶ。我を讃えて、我にひざまずけ。悪に残された道は 2つ。服従か、死か。宇宙は俺様の物だ〜。どうする、虫けら共。』
この約30秒の間にスーツを脱ぎ捨て、白地に黒と紺のチェック模様が入った ジャケットを着る。
ズボンもはきかえ、素早くセリルの前に現れる。
『ア・・・アハハハ・・・キャハハッ。』
『な〜んだ、わらって・・・る・・・のか?。』
涙を流しながら笑っている。
そんなにおかしかったのだろうか?。
どちらかといえば、ひんしゅくを買うセリフなのだが。
『おかしい・・・全然おかしくないのに・・・。どうして・・・。』
セリルはそのまま、泣きながら訴える。
『今、幸せなの。その幸せが、いつか消えてなくなるかも知れないと考えると ・・・悲しいの。暗殺者は恐いわ。でも、ダブルナイトといると、本当のおにー ちゃんといるようで嬉しいの。甘えられて、褒められて怒られて、注意されて。 厳しくて優しくて・・・。なのに、不安なの。おにーちゃんが遠くへ行ってしま いそうで。いつまでも一緒だよね?。セリルを一人にしないよね?。』
だから女子供は・・・だから女子供は・・・だい・・・だいっ嫌いだ。
単純で純粋なだけならまだいい。
しかし、・・・しかしな・・・だから俺は・・・子供が嫌いだ。
誰が何を言おうと嫌いだ。
嫌いなはずだ。
嫌いだと思いこんでいるだけ・・・いや違う。
間違いなく、俺は女子供が嫌いだ。
『そうだな。セリルがいい子でいる間は一緒にいよう。だから、朝は自分で服 を着て髪をとかす事。夜は自分でパジャマに着替える事。食事の後は自分で歯を みがく事。かんしゃくは起こさない。他人の気持ちを考えて行動する事。それか ら・・・。』
『え〜っ、そんなに・・・ひっく・・・あるの?。・・・いい子でいるよ。だ から、だからぁ。・・・』

何とか泣き止んだセリルを連れ、初めての一般客用の食堂に入った。
今日は、過去の失敗を教訓にして、販売機から食券を購入し、電光掲示板に番 号が表示されるのを待つ。
自分の番が近づいたら窓口のそばで待つ。
そして、食券と交換に料理を受け取る。
料理はお盆ごと空席まで運び、着席する。礼儀作法(というより一般常識)は ここまで。
あとは話しをしながら食べようと、礼儀正しく食そうと自由。最低限のルール として、他人に迷惑をかけない事、かな。
しかしセリルは食べる前に、キョトキョトと回りをうかがっている。
こんなに賑やかなところで食べるのは始めてか、久しぶりかなのだろう。
そして・・・瞳を潤わせた後で、電光石火の早業で、ガツガツと食い始めた。
しばらく前の、あの感動の一場面はどこへ行ってしまったんだ?。
もしかしてセリルの食欲は、感情の激しさと比例するのか?。
セリルのお盆には3種類の野菜料理とスープ、穀物にパンと麺類、それにカピ ラパ・ジュース。
良い子のみんなは真似しちゃいけないよと、言いたくなるぐらいの暴食だ。
『おにー・・・シルバー、早く食べないと冷めてしまいますよ。』
そ、そうだな。
片目を閉じてウィンクしてくるセリルの言う通りだ。
俺もウィンクを返すと、さっそく食事を口にした。
味は、一等客用の料理よりも落ちるが、出来たてで暖かいことが、それを補い 、全体としての評価は高い。
俺は料理をフーフーと冷ましながら、自分にあった温度にして口に運ぶ。
旨い、旨すぎる。
この肉料理のまろやかさ。
野菜の歯触り。セリルが料理に集中しているように、俺もガツガツと食い始め ている。
セリルの安全を計るため、彼女程に集中できないのが残念だ。
それでも、美味しく頂いてしまった。
『ふぁ〜っ、もう、お腹がいっぱいよ〜。』
セリルはそう言いながらポンポンと軽く胸を叩く。
俺も負けじと叩く。
そこへ・・・あの時のおばさんが近づいてくる。
『へぇぇ〜っ、お嬢さんにしては、やるじゃない。その食べっぷりに、感心し たよ。』
そういいながら笑う。
やっぱり、いやらしいような表情を浮かべた笑いだ。
だが、その目の中には優しさが感じられる。
おばさんが言うように、セリルは料理を全て綺麗に平らげている。
料理人にとって、これほど嬉しい事はないだろうな。
『そっかな〜。おばさん、ありがと。』
セリルも微笑み返す。
おばさんは、それをびっくりしながら受けとめる。
『感心な子だねえ。好き嫌いもしないし、あの時とはうって変わったような、 丁寧な喋り方だね。この前は御免ね。私も言い過ぎちまったよ。腹が減ったらま たおいで。再会できたら、あたしがおごったげるよ。』
『その時はお願いします。では、失礼します。』
セリルは猫の皮(化け猫の皮)を被ったようにおとなしく、自分のお盆を片づ けると出ていく。
俺も慌てて後を追ったが・・・食堂から遠くなってから・・・顔をしかめてい る。
『セリル、どうした?。』
辺りに誰もいないのを見てから質問すると・・・。
『お腹ペコペコで、あんまり美味しかったから・・・好き嫌いするの忘れてた 。食べたくなかったのに・・・。2度と食べないって誓うんだから。』
でも、とセリルはフォローする。
『さっきの料理に関しては全てきれいに食べるから、心配しないでね。』
やっぱりいつものセリルだな、と俺は妙に感心している。
朝食も無事に済んだし、<母なる水中の星系>の宇宙ステーションは明日だ。
そこは、貴族達や金持ち連中が、心身のリフレッシュを目的として訪れる場所 だ。
が、アドリーム号は宇宙ステーションに1日だけ停泊し、その翌日には次の目 的地を目指して出港する。
惑星に降り立ち、セリルと一緒にバカンスを楽しむだけの時間はない。
その代わり、ここしばらくは船内のプールに連れていく事にしよう。
プールは利用券を購入した一般客用と、金持ち相手の貴族用が併せて4つある 。
うち一つ(貴族用だが)は低重力プールになっている。
昔は無重力プールというのがあったらしいが、事故が起き易いため利用禁止令 が出ている。
他にも幾つかの施設で・・・そうだな・・・3日ぐらい相手をしてやろう。
ただし、ここでハッキリと断っておくが、俺は女子供が、だいっ嫌いだ!!。

    もくじ      前へ    14. セリル           
   

   感想を、下記のアドレスにいただけたら幸いです。
   karino@mxh.meshnet.or.jp