近代

孫文{中山、逸仙}
 中国近代化の魁となった革命家。字を中山、号を逸仙。早くから体制内改革よりも、外部による革命を目指した。度重なる蜂起失敗にもめげず、先進国を走り回って資金を集め、辛亥革命へと導いた。
 その成果が袁世凱に奪われると中国革命党を結成、革命家の精鋭を結集するもやがて共産党とも協力し、軍閥排除と帝国主義打倒に向けて邁進したが、その途中で死亡した。中国革命党は国民党へと脱皮し、彼の死後、蒋介石に受け継がれてからは完全に共産党と決裂した。
 そんなわけで彼は国民党からも共産党からも「革命の父」と尊敬される。
百三十五

閻錫山
 民国の軍閥の首領。山西省五台県の生まれ。辛亥革命の後、山西都督に就任し、その地で山西モンロー主義を掲げて軍閥を築いた。1939年、蒋介石に追随、大陸解放後は台湾へ逃れた。

張作霖 Zhang1Zuo4lin2 1875-1927
 ピンインではなく漢字を使います。
 奉天軍閥。馬賊から身を起こす。日本を後ろ盾に東北を長期支配した。一時北平にて北洋軍閥を掌握したが、北伐軍に破れ、奉天へ引き上げる途中関東軍により爆殺された。

張学良 1898-
 民国の軍人。張作霖の長男。父の爆死後、東北軍閥の首領となる。国民党に荷担し、蒋介石を助け華北の軍政を握った。満洲事変後、彼の地盤は崩れ、蒋介石に抗日を説くが受け入れられず、結局蒋介石を西安に監禁(西安事変)、国共合作の立て役者となった。しかし後にその責任を問われて戦後長く蒋介石に台湾で監禁された。その後ハワイに亡命。
百二十八

馮玉祥 1880-1948
 中国の軍人。クリスチャン=ジェネラルと呼ばれた。直隷派の一人であったが、日本と米英の代理戦争である、第二次奉直戦争の際に「国民軍」を名乗って反旗を翻した(北京政変)。国民党、ソ連に近づきつつあったことから、奉天・直隷両軍閥の「反赤連合」の攻撃を受けたがやがて国民党の北伐に加わる。その後は反蒋運動に加わった。最期は外遊帰りに船上で不慮の事故で死んだ。

川島芳子{金壁輝} 1907-1948
 粛親王善耆の娘。父の善耆は清朝滅亡後、川島浪速の滿蒙独立運動に応じ、彼と義兄弟の契りを結び、彼女は川島家の養女となった。
 成長後、日本軍や大陸浪人達が滿洲の地で種種の陰謀を画策する中で、彼らを利用しつつ利用されつつ、清朝復辟の夢を抱いて馬賊的な活動をした。男装したり、男のような言葉を吐いて、激しい野心を持っていたらしい。
二百八十