大橋ひろきいろ彫刻家の憂鬱


不景気といわれる中で彫刻家という存在はむだとしかおもわれないのでしょう?なぜこんなふうに、だれがしたのでしょうか?
ひとりよがりの現代アートのかずかず、サラリーマン兼業彫刻家の活動のおかげでしょうか?
彫刻をなりわいとするにはあまりにもまわりの反応は冷めています。

それでも、私は考えます多くの市民や子供たちに喜んで迎えられる彫刻作品がつくられないかと。

こんな、心境になったのも、函館に住みひとりの娘がうまれたからでしょうこの子に父親として本当の芸術のあるべき形をみせてあげたいとおもいました。

過去の私の作品の中にも独りよがりな部分がかなりうちだされています。それが悪いとは思っていませんが、公共の場に置く作品としてはまだ考えるよちがあります。また、私とは関係ありませんが抽象作品の手抜きぶりには閉口させられます。インスタレーション、抽象形態と素人にむかって、その作品を押し売りしているようですが。そんな駄作のかずかずやそれをもっともらしく評価する欧米文化至上主義かぶれおじさんおばさんの世界が日本の文化を停滞させているのではないでしょうか?

つい、現代アートということに話がなると批判てきになってしまいますが。現状に楽しめている人はごくわずかじゃないでしょうか?

もっと犬や子供でも共感できるものを、作家なら作るべきだと思います。

そう、そうなるように勉強しております。

先日、あるご家庭のエントランスホールに彫刻を納めさせていただきました。それは、その家のお子さん2人とワンちゃんを構成したものでしたがこういう作品のつくる過程はなかなかいい思いました。
その場所のそこに住む人のイメージを教えてもらってそこから具現化する。

彫刻としては当たり前のことですがいま、あまり行われていないことです。そんなことを当たり前にできれば彫刻家という存在も意義ある職業として社会に存在できるでしょうか?

町並の彫刻もそんな風にその町が欲するものを設置できればいいでしょうね。

わたしに注文をしていただければの話ですが、店先や玄関にガーんと彫刻をおいてみませんか?お安くしときまっせ

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