鎌倉発電送かわら版(最新版)

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2012年1月21日(土)
地方から国を変える
いよいよ、大阪維新の会代表・橋下大阪市長は、次の衆議院選挙で候補者を擁立する準備に入ったようだ。主宰する政治塾に400人程度の塾生を集めると。
道州制を導入し、日本のシステム、社会保障や税制、国と日本の関係などを一から見直し、日本国を動かしていこうと彼の決意をぶち上げたようだ。

確かに、野田政権、死に体と言われ、これからどうなるのか、国民に絶望的政治状況を与えている。また、煮え切らない自民党、ミニ政党に成り下がった社民党は党首問題で内紛状態。情けない今の日本の政党政治。EUのユーロがどうなるか、景気が良いわけでないのに円が上がり、ドルも勢いがない。日本の経済も行き先不透明。

このようなとき、新党が出来、国民は何とかして欲しいと、熱狂的歓迎をし、政治改革を期待する。まず、どうしようもない民主党の解党、また、政界再編成であろう。そうでないと、衆院選では爆発的大阪維新の会の勝利があり得る。とにかく、変えて欲しい、変わって欲しい、変えようの国民的政治変化が起きるであろう。まさに、革命、橋本市長革命児?

30年前、鎌倉市の職員退職金が5千万円台の時代があった。それを問題にし、立ち上がった私は、全党を敵に回し、命がけの戦いであった。その時、心から応援してくれたのが江藤淳先生、そして、賛同してくれた鎌倉市民有志の行革活動であった。当時、土光臨調といわれた行革時代で、中曽根行革もスタートした。

当然、地方からの行革があっても良いと考えていたので、支援してくれると思ったら、とんでもない、既成政党は5党相乗り市長を支援し、そして、あらゆる妨害があった。死んでもいいのかとか、無言電話等で、家族にはえらい迷惑をかけた。しかし、家内は強かった。そんなことは、はぁー、はぁーとかわしていた。

また、学校で教師から、おまえの親父は税金ドロボウだと娘が言われたことには、かなり深刻であった。でも、なんで、議員が行革することが税金ドロボウなのか、組合は当然、自分たちのことであるから、まずいのであろうが、家族までに嫌がらせをして、行革阻止をしようとした。

しかし、私に心を寄せた若い市職員は、松中議員、頑張って下さい。日本一の高額退職金引き下げは当然です、財政が厳しくなり、リストラもあり、職場を失ってしまいますと激励してくれた。

それは、私が30代から40代前半の頃であった。今の橋下市長と同じ世代だ。私も、土光臨調、中曽根行革もあったので、地方から、国を変えようと思った。
なにしろ、鎌倉は、源頼朝が地方から、京都の公家政権を武家政権に変えたのだから、頑張ろうと思った。でも、中央、国は動いてくれなかった。
動いていれば、変わっていただろう。地方から、国を変えるなんて言われる国の政治は情けない思う。中央の政党が邪魔をするのだから。

また、サンケイ新聞はキャンペーンを張って、全国の高額退職金問題を、問題してくれた。鎌倉は当然、武蔵野市、大阪、関西方面の自治体もひどかった。

昭和60年の市長選では、5党相乗りの現職市長と行革を訴えた新人中西行革候補の戦いであった。その時、中西候補応援に、石原慎太郎衆議院議員、秦野章参議院議員、江藤淳先生、作家の斉藤栄氏等が駆けつけてくれた。なにか、橋下市長にも同じ現象が。さぁ、これから、どうなるか。市民、国民が動くか?解散、政界再編必至か?

とにかく、変えるということは、命がけである、それまでやる政治家がいるか、地方でも、命を張って行動する若い議員がいるか、おべんちゃらの若いパフォーマンス議員だらけ?でも、身体を張って行動する若い首長は出てきた。しかし、パフォーマンスで終わらなければ良いが。

私は若い頃、おまえは、問題点を問題化させるのが問題だと、言われた。マニフェストではない、議会壇上でだ。本気、本音は命がけですぞ。都合の悪い方もいるから
2012年1月18日(水)
宮沢賢治の星めぐりの歌に感動

「雨ニモマケズ」

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

慾はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

 
宮沢賢治が東北の方々の心の支えになっていると聞く。

宮沢賢治と言えば「雨にも負けず」であるが、
たまたま、ユーチューブを見ていたら、感動した動画が。



星めぐりの歌 


この動画を見て、

慈悲深い宮沢賢治の姿を思い浮かべる。
      宮沢賢治・石川一成・王敏

昨年の秋、 NHKの深夜便で放送されていたのが、王敏さんの日本へ来たきっかけのこと。

偶然、目が覚めて、石川一成先生のことが語られていた。

王さんは石川先生から宮沢賢治のことを教えられたことが、動機の一つと。

私は、目頭が熱くなった。寝床で、涙が。あぁ、石川先生と。なんと言う偶然であろうか。

昨年、宮沢賢治記念館へ行ったとき、星めぐりの歌のオルゴールを買った。

後日、石川先生の仏前に届けた。
2012年1月18日(水)
絆が大安売り? 糸が絡んでます?

今の世の中、どんながあるか分からない。 が出来れば、が結ばれて、太いからにもなろう。

でも、安全なだ、だといって安心してもいられないのが、先日起きたバンジージャンプ。

アフリカ南部ジンバブエとザンビアの国境にある観光地で、オーストラリア人の女性が高さ111メートルの橋からバンジージャンプしたところ、

途中でロープが切れてワニが生息する川に落下。渡りどころではない。

しかし、女性は自力で岸にたどり着き、一命を取り留めたと。 本当に良かった。生と死が、がっていなかった。九死に一生。

バンジージャンプ直後にが首にまりそのまま暫く宙吊りにすることも、確かに状況としてはあり 得る事故だが、落下とは。

高所恐怖症の私は聞いただけでも、真っ青です。訓もなく、飛び降りるのかなぁ。事前にびのチェックは?

民主党の党内は大丈夫か、パラパラ切れだしている。太いばれているのは、小沢派か、それも、のようまれている?

を取られた自民党、日本全国の大安売りか、新党きづなまで、出来た。

ところで、いどおしの民主党、今度は内閣改造、これまた、野田政権は渡り状態。

誰かが、を操っているのか、い合わせ内閣?創膏内閣?解散はすぐか、それは内、でも、破寸前では?


いつまで持出来るのか政権は。お後に新が控えている? 組織対策の人材はいないのか?

余曲折の詳細はいろいろあれど、わが政党は、に伸び、政権延命を、祈りえ、払ええ!

でも、当分国会は、紛糾状態間違いない。ではこの辺でめます。最後の見め?
2012年1月13日(金)
いよいよ、オープン
     
今日、3ヶ月ぶりに東大病院へホルモン注射を打ちに行った。昨年、11月に帯状疱疹を煩い、血糖値が300台になり、さらに、風邪の追い打ちを受け、どうなるかと思ったが、
帯状疱疹もすっかり落ち着いてきた。風邪も治まりつつある。今度の風邪は、快復に1ヶ月から2ヶ月掛かると言われる。確かに、私も寝正月となったが、元気になってきた。
だが、油断大敵、血糖値も150に落ちてきたので、慎重にしよう。東大病院は予約が原則、また、予約があっても、30分、一時間の待ちは当たり前だ。

血液採取を受けて、診断まで時間があるので、、新館病棟15階のロビーからスカイツリーを見る。
入院以来、度々、眺めてきたが、24年1月の今日はクレーンが完全に外され、アンテナが、天に昇っている。いよいよ、5月にオープンだ。

右の写真が、22年6月、入院時のもの。2月には竣工式があるようだが、鎌倉出身の青年実業家が、スカイツリーの麓の商業ビルに鎌倉ブランド売店を出店予定。楽しみだ。
2012年1月5日(木)
ホッとするふる里・鎌倉
風邪の症状も落ち着いてきた。でも、まだ、無理が出来ないので市の賀詞交換会は欠席した。

まだ、ふらついているが、歩いて足慣らしをしようと鎌倉駅方面を散歩する。

鎌倉駅前の鎌倉生涯学習センター・市民ギャラリーで、2012年 新春ギャラリー 蓼沼誠一の世界が始まったので、午後、見学をさせて戴いた。

日頃、男性を対象した料理研究等で活動する画家である蓼沼先生、先生の風景画の集大成の見ることが出来る。

昨年の大震災から年が明け、先生の作品を見て、ホッとするのは、鎌倉にはふる里が、里山、里海があることだ。

写真と違い、温かい鎌倉の移りゆく風景、あぁ、ここは、覚えがある、まだ見ることが出来るかなぁ、行ってみたいなぁ、癒されるふる里の風景が一杯だ。
鎌倉生まれで、鎌倉育ちの私は、本当にホッとした。
2012年1月4日(水)
早く総理を辞めるか解散だ。

今朝の朝日新聞に、「後ろからも弾」「一番苦しい総理」

四方八方から弾が飛んでくるが、最近は後ろからも飛んでくる」。野田佳彦首相が3日、母校の千葉県立船橋高校の同窓会に出席し、消費増税を巡る民主党の反発について愚痴った。

 出席者によると、首相は年末の消費増税案の決定について「党内をまとめることに骨が折れた」。外遊や国会に追われた4カ月間を振り返り、「第95代の総理大臣だが、今までで一番苦しいと思う」とぼやき、他国の首脳から「日本の首相は本当に大変だな」と同情された秘話を披露した。ただ、消費増税は「不退転の決意を持ってやる」と強い決意を示したという。

 旧友に胸の内を明かしてすっきりしたのか、首相は会場を出る際、「元気をもらいました」と記者団に笑顔を見せた。

この記事を見て、今や誰が野田総理を同情するのか、もはや、死に体の野田政権、あるのは、首相辞任か、解散総選挙だ。
身内から弾が飛んできたら、お終い。これは、早いかも? 国会審議どころか衆院議員、いっせいに、選挙の準備態勢? 毎朝、駅前演説が始まるかも?

2012年1月3日(火)
厳しい新年のスタート

暮れにやっと帯状疱疹が直ったと思ったら、今度は、家内に続いて、風邪を引いた。12月議会が終わり、頑張るぞ−と意気込んでいたのに、妙な風邪の症状を起こし、熱はないが、咳き込んだり、滅多にならない頭痛をおこし、食欲はなし、吐き気で参った。暮れから、だるい感じで、3日間寝たり切り、起きられるようになっても、すぐ、ダウン。

今日やっと、外に出て友人と会う。まず話が出たのが、1月1日の午後の地震には驚かされたと。震度4との報道もあったが、鎌倉は震度2とのこと。気になることを思い出した。鎌倉の津波対策の海抜標示。

暮れに医者に行ったとき、材木座で、海抜2,6m、海抜2,9mの標識があり、私の近くは海抜4m。何か、気になり防災担当に問い合わせたら、材木座は窪んだところがあり、坂の下と同じ海抜のところがあると言われた。

風邪が治ったら、じっくり材木座方面の海抜を調べてみたい。材木座にはこんなに海抜が低い所があるのかと。正月早々、地震、津波のことで、始まるとは。

     
2011年12月28日(水)
民主党の中に気がついた議員が
民主党政権、マスコミの投書等で嘘つき政党だ、詐欺政党等言われて、よくまぁー党内に留まっていられると思っていたが、立ち上がった議員が出てきた。
国民は余りにもひどい、民主党のウソのマニフェストに呆れるどころか怒ったいる人が多いのではない。マニフェスト政治は崩壊した。口先政治家とパクリ政治家に騙されていけない。

読売の編集手帳には「官僚を敵視することを「政治主導」と勘違いする。耳に心地よいだけの非現実的な話を、自信たっぷりに、滔々と語る。そうした政治家ばかりでは、今の日本が直面する危機は乗り切れない。」と。

いずれ、野田政権は崩壊するであろう、それも、近いうちであろう。2年で首相が3人も変わった替わった民主党政権。延命策で必死であろうが、もはや、死に体である。
能力のない政治家に政権を任せると国は乱れる、まだ、人気があるから、任期までと言っても、もはや、人気もない。速やかに解散総選挙すべきである。
2011年12月25日(日)
よく言うよ、前原民主党政調会長
今朝の朝日新聞に「分限免職で公務員削減を」 民主党の前原誠司政調会長は25日、フジテレビの番組で「公務員をどう合理化していくか。(公務員法の)分限免職の規定に免職できると書いてある」と述べ、民間企業の解雇にあたる分限免職を公務員に幅広く適用することで人件費削減を目指す考えを示した。

前原氏は来年度予算が4年連続で借金が税収を上回るじたいになったことついて「異常な予算組み方で、長く続かない。(分限免職の規定を)発動しなかったら(公務員の)地位だけ保持して国がつぶれる、地方がつぶれることになる」と指摘した。

確かに能力のない公務員は辞めてもらった方が良いが、その前にやることがある。問責決議を喰らった山岡、一川大臣は速やかに辞めてもらうべきだ.それこそ、国がつぶれてしまう。また、ドジョウ首相の野田さんも辞めてもらいたい。前衆院選挙のマニフェストが殆ど実現出来ないのだから、衆院を解散し出直しすべきである。その前に民主党は無くなるかも知れないが。政界再編成必至の状況である。ところで、マニフェストとはなんだったの。八ッ場ダム止める、辺野古は止める、消費税アップはやる等その場しのぎ主義の政権には担当能力がない。無能だ。前原さんの立場はどうなるの。誰かが、何様だといっていたようだ。

鎌倉の松尾市長、議会議決をしないで無効の行政を連発とは、責任、能力がない。これまた、止めた方が良い。お先に辞めますという方もいるではないか。
30数年務めた鎌倉市役所を去るのはつらいだろうが、このままいたら身体がガタガタになっていしまうかも、いや、もう、心身ともにガタガタだろう。お疲れさん。
2011年12月24日(土)
神奈川県でも不祥事相次ぎ、2人の副知事が減給を申し出る。
23日の神奈川新聞の記事にこんなことが報道されていた。

公務上の不祥事が相次いでいるとして、黒岩祐治知事は22日、職員の指導監督を徹底するよう2人の副知事を厳重注意したことを明らかにした。副知事はともに減給(10分の1、1カ月)を申し出て、了承された。副知事の減給は、黒岩知事の就任後初めて。

 知事は特に(1)放射能濃度測定結果の誤りを5カ月以上公表しなかった(2)鎌倉署の用地取得費の不足に対する調整に手間取り補正予算提出が遅れた―の2事案を問題視。保健福祉局長と総務局長をはじめとする関係職員も文書訓戒などの処分にした。

 知事は会見で「信じられない事案で、大変恥ずかしい。公務への認識の甘さが引き起こしており、緊張感を持って取り組むよう訓示した」と述べた。

政治家のリーダーシップでは、まず、トップは責任の扱いが基本。神奈川県は素早い扱いをした。「トップは責任を取る、責任を取らせる」これが遅れると滅茶苦茶になる。

鎌倉市では、議決案件を議決せず、無効となるという考えられないことが、続いて発生。松尾市長の責任は重大である。自分に責任を無いというなら、部下に責任を取らせるのか。まぁ、無能市長なら期待が出来ないけれど、議会が黙っていたら、議会の責任?鎌倉には行政法の詳しい副市長が必要か。監査委員はどうなっているのかなぁ?
2011年12月24日(土)
政治の劣化は止まらない
また、また松尾市政の無能ぶりを見せつけられた。鎌倉市小町通りの電線類地中化工事を巡る問題で、市議会の議決なく業者に追加の工事をさせたことは違法であり、無効であると鎌倉市の顧問弁護士から指摘されたばかりなのに、今度は東海道線大船駅東口昇降施設設置工事に関する施工協定は、議会の議決を得ていないので無効であったと原局が謝罪。また、松尾市長から謝罪がない。

そもそも、工事協定書は、契約書と同じように工事を発注することであり、JR東日本に委託することで3億4千万円の負担金を扱うわけであるから、議会の議決は自治法で義務づけられている。無効の続きとは議会が、如何に無視され、馬鹿にされていると言うことだ。呆れてモノが言えないどころか、ここまでくると怒らない議会も責任あり、松尾市長の問責決議は当然である。私はいつまでも、無能な松尾市長に市政を任せていることは、市民にとって、不幸であると思っている。

それにしてもお粗末で済まされない。松尾市長が無能であるので、国交省から副市長に大谷氏が迎えられたが、緊張感が増すかと思ったら、大谷副市長の初議会で、1年生議員からの質問で、大谷副市長は釈明を述べていた。議会から苦笑の声があった。私は呆れて、これからが思いやられるところに兵藤副市長の辞職の話が。
そりゃそうだ、無能の松尾市長と、釈明副市長の子守などやっていられないだろう?

協定書は議会の議決が無いから無効であるというので、協定書、起案書を取り寄せてみたら、起案書に伺いと書いてあり、協定をJRと締結して良いか、理事者に質されている。そして、松尾市長、大谷副市長の判が押してある。これは、松尾市長の責任ではないか、また、無能な松尾市長の助っ人として迎えられた副市長は、何のためなのか。

部下から上がってきた書類を、理事者がチェックする体制もお粗末であり、情報、責任の共有がなされていない。2度あることは3度あると言われるが、危ない危ない。
2011年12月21日(水)
市長の責任
鎌倉市小町通りの電線類地中化工事を巡る問題で、市から報告書が提出されたが、市の顧問弁護士の見解によると、市議会の議決なく業者に追加の工事をさせたことは違法であり、無効であるとの指摘があった。

このことに関し、私は、議会の議決事項であるので、このことで、市長の責任があるのではないかと質問をしたら、部長の答弁が明解でないので、さらに質問をした、顧問弁護士が指摘しているではないか、議決がなければ無効であると。部長答弁は一般論としてありうるが、さらに、調査するということになった。

そもそも、報告書は市長の責任で提出されたのではないか、議会の議決がないのは違法とまで指摘されているのだから、当然であろう。市長をかばっているのか、部下をかばっているのか。確かに、部長は報告されていないのだから責任は部長にないであろうが、これほどまで問題で、松尾市長に責任はないとは言えない。

部下の責任であれば、責任を取らせる市長の責任があるはずだ。いずれ、このことに松尾市長は見解を示さなければならないだろう。いつまでも、無責任な態度では、いられない。第三者委員会で調査すると言ったのは、松尾市長であるから。

また、市議会一般質問で中沢議員が、事業の委託業務化、指定管理者制度での運用等で、大谷副市長に質問したことで、市長と部下の関係はどうなっているのかと、疑問を持った。部下への指示はしていないと大谷副市長は答弁、それでは、担当部局はと聞くと、経営企画部長が市長からの指示があったと答弁。松尾市長に確認の質問がされ、松尾市長は指示しましたと。だいだい、誰の指示かとのやりとりがあって、部下に市長の指示があった言われ、ハイ、そうですとは、お粗末である。

そもそも、市長が指示することは、松尾市長の政策の方針であるから、情報が共有されていなければならないし、公開されていなければならない。それを市長より、部長が答弁し、市長に確認されるようでは、部長も部長、市長も市長である。このような部下は変えるべきだ。責任問題になると、すぐ、市長にと言ってくれる様に見えるが、実際には責任取りたくない部下である。政治的態度を取る部下は危ない、危ない。市長の任命責任?
2011年12月20日(火)
今年は激変の年だ

なんと、指導者の消えゆく激しい今年、、まだ続いている。世界では2011年が中東の春で年が明け、ムバラクビンラディンカダフィ金正日が次々と失脚・他界し、 日本でも菅前首相、野田首相とお粗末な政治家の時代だ。年々歳々?年々宰宰なんて言われている。毎年首相が替わっている、次も近い?

本当に民主党政権はうんざりだ。政治能力もないのに、議員になりたがり、さら、大臣も。よく言われる、日本はこれからどうなるのですか、民主党がやっている間は、滅茶苦茶だろうと思う。金正日死亡のニュースが流れても、野田政権の一川防衛大臣、山岡拉致担当相の両大臣は問責決議を受けている。これじゃ、危機管理もどうなることやら。

そうそう、辞めない菅首相の時、新聞に載っていた記事を思い出した。

国壊菅氏在 津波襲沿岸  呑家壊原発 残存瓦礫山 宰相好会議 自己避決断 政府船頭多 混乱船上山

国壊れて菅があり 津波が沿岸を襲い、家を呑み原発を破壊し、 残るはただ瓦礫の山である 宰相は会議を好み、自らは決断を避け、政府は船頭多くして、混乱し船山を上がっている

未だに変わらない、お粗末民主党政権。ドジョウの野田首相、都合が悪いと泥にもぐってしまう。日本の池と海の向こうが好きのようだ。とにかく、もう、NOーだ。
2011年12月17日(土)
心の整理が
東日本大震災被災地を米野球大リーグの選手会が支援したいので大リーグ選手会の日本代理であるピーター・ミラーさん(鎌倉在住)から手伝って欲しいと地震発生後の3月末、話があり、被災地を視察したいと思っていたので、それから計画し、現地を数回訪問し、取り組んで来て、11月12日、被災地・石巻の少年野球の球児たちへ、野球用具を届けることが実現出来た。球児たちの笑顔を見てホッとした。

次の日、遠野市、大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市方面を視察をした。まだまだ、現状は厳しい状態。その衝撃もあり、心の整理も出来ず、身体は疲れきったか、帯状疱疹ができ、血糖値も上がり、ページを更新することが出来なかった。しかし、体調を整え、12月議会に臨んだ。9月議会に続いて、災害問題を中心に一般質問をした。

どうやら、ページを更新する意欲も出てきたので、頑張ります。いずれ、まとめて載せます。
私が選んだ鎌倉にちなむ平成22年の10大出来事