鎌倉発電送かわら版(最新版)

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2011年11月7日(月)
北鎌倉原風景写真展を
 
 北鎌倉「匠展」はすっかり定着した。写真展・北鎌倉原風景を見学。  門前市は大盛況。 東慶寺境内本殿前にはリンドウ。  鎌倉の市花である リンドウが満開。
    北鎌倉原風景写真展を見学後、円覚寺の風入れ展を見学。

また、鎌倉彫り展も行われていたので見学。

鎌倉彫もこのように展示されるとギャラリーで行われる展示と違った趣がある。

このような場に展示されると一つの世界のようだ。

鎌倉彫は仏像作りから始まったとも言われているのでお寺はお似合いだ。

でも、そのために力作と準備で大変だと思う。

鎌倉らしさを作るため続けて欲しい。 
 
2011年11月6日(日)
料理会が2件
男の料理教室「なかま」によるディナーコンサートの誘いがあったんでの出席した。会は盛況、満員御礼だ。男の料理教室を主宰している蓼沼さんと企画担当している青木さんが中心になり、男性会員が腕を奮って料理を作ったようだ。素人とは思えない料理の味、素材も良いもので、福島、宮城、青森のものを使ってのメニュー。酒も東北福島産美味しい。気配りがあって、気持ちが嬉しい。ところで会場に先日あった同窓会のメンバー3名がいたのには驚いた。佐川君はなりきってサービスをしていた。何か、すみませんなぁとの思い。

本当に男だけで作ったのと思ったら、どうやら陰に女性ありと、スタッフ紹介の時、壇上にかなり女性の方も。

会には、東日本大震災の被災地から鎌倉に仮住まいしている方々も招かれた。鎌倉に来て、子供が生まれたと紹介された被災者がいたが、あやす蓼沼さんもついほろり。被災者から挨拶もあったが、本当に大変でしたねぇ。ディナータイムの出し物は、琴やハーモニカの演奏、シャンソンと爽やかな会であった。有り難うございました。

数日前、四川料理で知られている陳さんの会に知り合いから誘いがあり出席。陳さんから四川の特徴である唐辛子を見せられて、これは、激辛だと思って食べた本日のメインのマーボー豆腐、怖怖口に入れたが、なかなかいけるが、やはり、辛かった。頭から湯気が出て、汗だくだく。

中華と和食のコラボとは面白い企画であるが、鎌倉では、お店もグルメで勝負の時が来たか。蓼沼料理教室のように、素人でもプロ並みの料理で舌がこえているので、陳健一シェフを登場させての企画したお店は凄い。鎌倉人は味にうるさい人が多いからかも。鎌倉って、何処かで、一流の出来事が。松尾市長も何処かのホテルで、料理講演会?
         
       
お琴の馬場信子さん  七里ヶ浜ハーモニカアンサンブル・代表 安倍成子さん他  浅尾慶一郎衆院議員   シャンソン歌手・上田淳子さん
   
2011年11月4日(金)
地方公務員給与削減 問題は民主党ではないか?
毎日新聞にこのような記事が 「地方公務員給与:削減、民主支持労組が反発 予算編成の火種に」と。

財務省は12年度予算編成で、地方公務員の給与を削減する検討に入った。東日本大震災の復興財源として、国家公務員給与を平均7・8%削減する計画に対応するもの。地方交付税の人件費相当額などをカットし、公立小中学校や独立行政法人向けの人件費補助も含め幅広く見直しを図る考えだ。しかし、民主党の支持団体で連合傘下の自治労や日教組などは激しく反発しており、年末の予算編成の火種となるのは確実だと。毎日新聞の記事11月3日朝刊

本当に、民主党は国、地方一体となって地方公務員:削減に取り組むことができるか。鎌倉でも民主党議員が、給与引き下げを強く主張している議員もいるが、まず、民主党内部に反対勢力があるようでは期待できない。お手並み拝見といったところであろう。

かって、私は鎌倉市職員の日本一高い高額退職金引き下げに戦った経験がある。あらゆる抵抗、妨害があっても、覚悟の上であった。また、高額退職金引き下げには行革市長を実現するため、5党相乗りの現職市長を追い込んだ。市民行革勢力と共に行革市長を誕生させ、鎌倉市職員の日本一の高額退職金を引き下げを実現させたが、その直後の市議選では、私は最下位当選であった。一時、落ち込んだが、これからも頑張れ、勉強をしろと、支持者の一人が、国民政治研究会を紹介してくれて、10年間、会員として迎えてくれた。

その行革の実績で、県議だ、国会議員だとの話もあったが、そのようなことは望まず、市民のためにとの思いと、あまりにもひどい高額退職金に対する怒りが私を燃えさせた。。
現在、若い議員がどのような行動をするか、選挙のため、総論賛成、各論反対か、また、選挙が怖くて、支持母体に抵抗できないか、強い関心を持っている。
無所属の覚悟で戦えるか、党利党略、保身優先か。また、国からの副市長人事で反対もできないようでは、とても無理だ。圧力にころりだ。

2011年11月4日(金)
わが鎌倉の思い
 
   

私は小町通りの喫茶店「門」へよく行く。各社の新聞が揃っているのでコーヒーを飲みながら数紙に目を通す。
また、常連客と町うちの情報交換、井戸端会議、天下国家の談義、待ち合わせした人との打ち合わせ等に使う。

月に2,3回ぐらい磯見辰典さんに門でお会いし、先生とはよくお話をする。先生は戦前の御成小学校卒業。私は戦後である。
日頃、鎌倉の小町、御成小学校のことが話題なることが多かった。どこかで、話題につながる縁があるので、話は尽きない。
平成21年から先生は戦前の鎌倉小町のことをかまくら春秋に連載を始めた。それが、一冊の本となり、出版記念会が開かれた。


高齢の恩師を迎えて同級生の森永君が中心となり、御成中学校の同期会が開かれたばかりであったので、不思議な思いがした。 
出版記念会の前日、作家の磯見辰典先生からは、御成中学の恩師であった故柳田亀太郎先生と同級生であると聞いていたので。

出版記念会へ行く途中、生涯学習センターで鎌倉市立中学校・生徒美術展が開かれていた。どんな、具合かと、誘われたので見学。
私も11年後には80歳を超えるが、わが鎌倉を心に持ち、思い出すことが出来るか。それにしても磯見先生、御成中恩師方々は元気です。感激。
2011年11月2日(水)
鎌倉彫のある暮らし
鎌倉彫協同組合60周年記念展が鎌倉彫資料館・鎌倉彫 「慶」で行われている。1日に見学した。

暮らしの中で生かされる鎌倉彫をテーマとしている。

仏像作成から始まった鎌倉彫、江戸時代には生活の中で茶道具、日用品と広まったようだ。

明治維新の廃仏毀釈でかなり打撃を受けたようだが、三橋鎌山・鎌岳、後藤齊宮・運久が再興。

戦後、組合が結成され、さらに鎌倉彫会館、資料館が開館。伝統は継承されてきた。

さらに、暮らし中に、スローライフの時代にぴったしだ。
2011年10月30日(日)
鎌倉にもこんなにあったモノづくり
   
   
 


「鎌倉・モノづくり展2011」が21出展事業所により鎌倉商工会議所で28.・29日に開かれた。見学して鎌倉にもこんなにモノづくり品があったかと感心するやら、鎌倉の工業生産、事業所の存在を新たにした。

体育協会の関係では良く会う機会があった加藤さん。彼の常磐製作所は何をしているのか、初めて知って、これが日本の強みであり、日本の誇りである器用な手作り的工業製品であるのかと。

さらに、マルイ工業のように世界の自動車に使われている製品も。タイにも進出しているのかと、聞いて見ると、地図にタイ工場があった。バンコックから離れているので被害が無いのは幸であると説明を受けた。

さらに、三菱電機のような世界的メーカーの工場があるのも鎌倉である。また、時代に魁けるソーラー事業を手がけるモノづくりも鎌倉にはある。

段ボール製品も紹介されていたが、段ボール等で甲冑を作っているとんぼの会で、一度相談してみたいなぁと思った。こども達にも出来る紙製の甲冑を。 
新鎌倉カレーか、試食コーナーも、また、親子の万華鏡づくり教室も。鎌倉の一面を知ることが出来た。
2011年10月29日(土)
街角の演奏会がホールへ

鎌倉・小町通りにあるシーン鎌倉ビル中央にある広場では、度々、街角の演奏会が開かれる。 先日も、カントリーとブルーグラスの演奏会が開かれた。(右の写真)

昨年、シーン広場でビッグバンドによるスイングジャズの演奏会があった。そのメンバーに参加しているテナントの一人である原田さんから今年は、鎌倉生涯学習センターのホールで演奏したい。また、その入場券2500円のうち1000円を東日本大震災支援に寄付したいとの話があり、協力して欲しいと言われたので、市の担当につなぎ、市の後援ももらった。

街角の音楽会が、ホールに上がる、これは面白いと思った。演奏した橋本貴久とブルースカイオーケストラの中にトロン-ボーン奏者に知り合いの府川さん、原田さんもサックスを演奏、北村さんは司会と町の衆が、プロに混じって演奏会。
私も家族、友人を誘って行ってみると、心配していた観客は、次々来場し、ほぼ満員になる。これは、企画した方々、演奏者は、盛り上がるなと思った。

会は懐かしいスイングジャズの演奏と歌、また、桑田佳祐の曲を歌ったピアノ奏者に、拍手喝采であった。アンコールにも大きな拍手。
会の盛り上がりを東北へと司会者は願っていたが、このような元気が続けば、日本は大丈夫、東北も元気づく、日本中、何処かの街角の元気が広がれば、思いも広がる。とにかく何かをやること、動くこと。
2011年10月25日(火)
日本人だ。
神奈川県立近代美術館・開館60周年記念である川合玉堂展ー描かれた日本の原風景ーを見学した。

拝見して自分が日本人であるとつくづく思う。何処かで見た日本の原風景、心が洗われた。ジーッと立ち止まってしまった。

生前、平山郁夫先生から近代の残る日本画の三人は、横山大観、川合玉堂、前田青邨画伯と聞いていたので、関心があったが、これほどまでの規模で展示された回顧展は初めてであった。

今秋は鎌倉と密教、長谷観音の三十三応現身像、そして、近美の開館60周年と見応えがある。鎌倉の地の利、幸せです。

館を出て、海を見ると秋にしては小春日和より、夏ではないかと思うくらい暑い。今年は世界各地の天候がおかしい。天変地異続きだ。
かってもあったであろう変化を人々は、乗り越えてきたのだ。
ひたすら、自然と生活している人たちの姿が描かれた作品の川合玉堂展。心が打たれる。
2011年10月23日(日)
鎌倉郷土芸能
   
祭ばやし、木遣り、天王唄等鎌倉の郷土芸能が勢揃いした鎌倉郷土芸能大会、雨の心配もなく、秋晴れの下、開かれた。伝統芸能はちびっ子達にも伝承されていく。また、老若男女の参加、素晴らしいことだ。。鎌倉市郷土芸能保存協会の岩崎会長、本当にご苦労さん。 
2011年10月23日(日)
文化の秋です。
今年は神奈川県立近代美術館が鎌倉に開館して60周年。

22日に「シャルロット・ペリアンと日本展」を見学。
レセプションにも顔を出し、久しぶりに山梨前館長、水沢現館長に会う。

いつも、良い企画をしている近美である。

23日には「日本画ザ・ベスト・コレクションを近美・鎌倉別館」を見学。

片岡球子の大作が展示されていた。凄い迫力だ。

近美・葉山館では川合玉堂展が同時開催している。
開館60周年に因んで3館同時開館とは凄い。

葉山には、後日行こうと思う。文化の秋は何かと忙しい。
神奈川県立近代美術館ページ
2011年10月23日(日)
鎌倉ばら会
鎌倉ばら会の金子 常郎会長さん、会員の石岡幸子さん、バラの絵を描く画家・関口美智子さん等の「第117回  秋の展示会」のご案内を戴き、22日見学。

いつも、素晴らしいバラの品評会、また、関口さんのばらの絵と、本当に感動する。第117回とは凄いと思う。今回は、15号台風による潮風に遭遇し、塩害の因る壊滅的な被害を受け、開催が危惧されたが、会員の工夫、努力による開催が実現したと案内状にあったが、鎌倉らしい活動であるので、敬意を表したい。
庭と手入れ、大変だと思う。でも、ばらの魅力を追求してやまない情熱。奥が深いですねぇ。
2011年10月23日(日)
まだまだ魅せられるものがある
鎌倉芸術祭参加の東さんのバンドがブルーグラス演奏すので聞きに長谷寺へ。時間があったので、特別公開の長谷寺縁起絵巻展を見学。宝物館内に展示されている観音三十三応現身像には、魅せられた。鎌倉には、まだまだ、知られていない仏教美術や文化財が多いと思った。確かに、光明寺、建長寺のも五百羅漢像もあるが、あまり見る機会もないし、もっと、世に出しても良いのではないかと思うが、展示の仕方次第で、変わってしまうので専門家に任したい。

でも、長谷寺の三十三応現身像はもっと、世に出してもらいたい思った。。展示の仕方では、鎌倉の文化財としても、大きな存在となるであろう。     

長谷寺(長谷観音) 
■観音三十三応現身
三十三応現身立像観音菩薩の功徳を説く『観音経』によれば、観音菩薩はその身を三十三に変じて衆生を済度するといいます。その変化する姿を称して「応現身(おうげんしん)」あるいは「応化身(おうげしん)」と呼びます。当山に伝わる群像は、室町前〜中期頃の貴重な作例であります
2011年10月23日(日)
北海道へ視察
10月20日、北海道・北広島市の既存下水処理センターを有効活用した生ゴミバイオガス化処理施設について視察

鎌倉に導入する場合、まだまだ、課題が多いと思った。完全な形になるには、5年から、10年は掛かるだろう。それにしても、土地が広い。近隣の住宅地が、坪7万円と聞いて、いろいろなことが出来ると思ったが、冬が厳しい。所変われば悩みも?

21日には、小樽市へ、景観行政についてを視察。

20数年前、朝日新聞の長谷記者から小樽運河の保存運動のことを聞いて、その後、どのようになるか関心を持っていたが、運河の一部も綺麗に整備保存され、町並みもかなり整備されていた。

年間観光客が、1千万人を届こうとしていることは、その成果が景観行政の充実を示している。
2011年10月17日(月)
今年の紅葉はダメかも
  今年の紅葉はダメかも知れない 。

若宮大路・段葛前に例年素晴らしい紅葉を見せる銀杏も先の台風で赤茶けってしまった。潮風に当たった面は、茶色、後ろは緑。はっきりしている。

また、鶴岡八幡宮裏山も茶色のまだら模様。紅葉が期待出来ないかも?

馬場沿いさわらの大木が倒れて、社務所の屋根が壊されたが、修復も大変な費用だ。えらい災難だ。でも、東北を思えば、贅沢は言えない。 我慢我慢。
2011年10月16日(日)
密教が鎌倉に深く関わったとは。
14日、東大病院へ検診と注射に行った。天気も晴れていてたので、上野駅に出て、家内の親戚である東大名誉教授辛島先生が石洞美術館の役員をしていることと、ヒンドゥー美術展の企画に先生が関わっていることもあり、千住大橋にある石洞美術館へヒンドゥー美術展を見学。これを主催しているのは鎌倉にある(財)美術工芸振興佐藤基金は鎌倉にある。
日本仏教の源流の一端を見た感じがした。また、同時展示の16・17世紀ヨーロッパで制作の南アジア地図を見て、西欧が東洋を浸食してくるのがよく分かる。

16日、鎌倉国宝館で開かれている鎌倉x密教展を見学。密教がインドのヒンドゥー教やバラモン教の要素を取り入れていることを知り、ヒンドゥー美術展を見たばかりなので、妙な思いがした。

鎌倉時代には、鎌倉の地ではさまざまな仏教の宗派が興隆し、これまで鎌倉における仏教信仰については、禅宗や律宗、あるいは浄土宗や日蓮宗などのいわゆる「鎌倉新仏教」が主であったと思っていたが、密教が深く、鎌倉に入り込んでいたのには驚かされた。怨敵調伏、異国降伏が祈祷で行われていたと。密教の修法は一つの武威行為で戦闘は武士だけのものではなく宗教の戦いであったとは。

鎌倉時代以来、廃仏毀釈の明治維新後まで、鶴岡八幡宮寺や勝長寿院、永福寺といった大刹はいずれも密教を主とする寺院であり、そこでは幕府や将軍家、北条氏などのためにさまざまな密教修法が行われたと。幕府が滅んだ後も、歴代の関東公方たちは戦乱や兵難のたびに密教の祈祷を行い、あくまでも中世鎌倉における信仰の根幹は密教にあったとは知らなかった。

鎌倉にかかわる密教信仰を概観するとともに、寺外初公開となる密教尊像や、鎌倉ゆかりの密教美術品が見ることが出来る本展は素晴らしい企画である。
私の拙い歴史観、仏教観に、かなり、強いショックを受けた。本当に見学して良かった。それにしても、専門知識があったら、良いなぁとつくづく思った。
鎌倉国宝館は世界遺産登録に向かって、鎌倉を深く掘り下げているのには、敬意を表したい。なかなかやるではないか、館長さん他、スタッフの方々。感激しました。
2011年10月16日(日)
選挙のためならソーラー ソーラー
黒岩知事が公約撤回 「4年で太陽光パネル200万戸」 役割終えたと朝日新聞に大きく載っていた。また神奈川新聞は連日このことが掲載されていた。
黒岩知事が公約撤回 「4年で太陽光パネル200万戸」関連記事

選挙は半年前、これは、大風呂敷か、

選挙のためならソリャー、ソリャー、いや、ソーラー、ソーラー、踊った人は、踊らせた人は、周りに自民、民主の担ぎ手が、責任はどこへ、政治不信間違いなし。空しい。さびしい。いや、なさけない。

また、一川防衛相の素人発言で問題が。

その関連記事があった。

一川保夫防衛相は15日夜、金沢市内のホテルで開かれた民主党石川県連パーティーに出席し、「防衛省、自衛隊の仕事は、私より前原誠司民主党政調会長の方が詳しい」と述べた。会合に同席していた防衛政策通と言われる前原氏を持ち上げる思いがあったとみられる。

 だが、一川氏は9月の就任時に「安全保障に関しては素人」と発言し、防衛相としての資質を問題視されたばかり。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題の打開に向けた自らの沖縄訪問直前の新たな「素人」発言に、野党などから再び批判の声が上がる可能性がある。

 一方、一川氏は航空自衛隊F15戦闘機(石川県・小松基地所属)の燃料タンク落下事故について「国民の理解が得られない限りはF15の訓練再開はしない方がいい」と述べ、対領空侵犯措置(スクランブル)を除く同型機の飛行中止が長期化する可能性を示唆した。(神奈川新聞)

朝日新聞によれば森元総理は「素人大臣だからこの程度でいいのと判断したか」と指摘。防衛相直前に「私は安全保障の素人」と語った一川氏を国会で直接ただす構えだと。

これでは、日本のソラ、空は大丈夫か?本当に素人でできる仕事か、防衛相が、これまた、空しいどころか、虚しい。日本の防衛は虚勢だ。隙ができたら危ない。

鎌倉の松尾市長、議会から何言われても、うわの空? これまた、そりゃ、そりゃ、それで、そら、そら、見ててごらんなせい、「そりゃー有能な助っ人が国からやって来たから大丈夫です」か?
2011年10月13日(木)
これはどうしてもおかしい
廊下で新副市長の大谷さんに出会った。やっと、お会いしましたねぇ、と言われたので、いい顔になったねぇと言った。緊張感が出てきたのか、バリバリ動いているのか、貫禄か?

私は副市長人事に反対した。今何で国から役人を来てもらわなければならないのか。松尾市長がリーダーシップを発揮して、職員に頑張ってもらえばいいのではないか。

東日本大震災で、東北方面の被災された自治体は、首長はじめ多くの職員が犠牲となり、復旧、復興に苦労していると聞いている。鎌倉市から職員派遣をし、全国からも自治体職員による支援が行われているとも聞いている。

ならば、有能な国の人材を鎌倉市が受けるのではなく、まず、復旧、復興が急務である被災された自治体に行ってもらうのが、今あるべき姿ではないか。これは、国も鎌倉市も思いは同じであろう。

どうぞ、被災自治体を優先にして下さい、鎌倉市のことは、市長、職員一丸となって頑張りますからと何故言えない。松尾市長は度々、被災地、被災自治体にも訪れて、支援の手伝いをしていると聞いている。また、議会の議員の多くは、被災地を訪れ、その実態をどれほど悲惨であるか認識していると思う。

それとも、今後、自ら松尾市長は被災地現地を訪れ、支援を続けるのか、あるいは、大谷新副市長に積極的活動をしてもらうのか、それとも、被災地支援に鎌倉市職員派遣を増員するのか?

とにかく、今回の副市長人事はどうしてもおかしい。職員のやる気、気概に影響しないか、不祥事は出てこないかが心配だ。外部に頼むのではなく、市長のリーダーシップと松尾市長の責任感こそが問題だ。職員になんとか頑張って欲しい、後は、市長自ら責任とると、言えないのか。職員は頑張ると思うよ。まぁ、もう遅いと思うが。
2011年10月10日(月)
ナッシュビルとの友好事業が始まる
鎌倉・ナッシュビル市民交流事業ーーアリソン・ブラウン・カルテット鎌倉コンサートが終わり、ホッとしている。鎌倉・ナッシュビル市民交流事業はこちら

東さんから今回の話があったのは、今年の初めであった。鎌倉・小町通り脇道にあるライブハオウスのダフネでブルーグラスの会を開いて、受け皿の会の準備会がスタートしたら、あの東日本大震災が起き、ナシュビル市長が見えたのは3月16日。どうなるかと思ったが、秋には、親善大使アリソン・ブラウンさんを迎えて、会を実現しようと進めることにした。

6月、9月と準備会のライブを開催したが、歓迎会、コンサートが無事出来るかと心配した。人が集まるか。雨が降ったら、地震が来たらと心配ごとを考えると、眠れない夜も。
この間、議会のこともあり、久しぶりに本会議で一般質問をしたら、小町の電線地中化問題が発覚。さらに、突然、副市長人事が提案され、ゴタゴタが続き、これまた、ハプニング。

外国との文化交流事業なので、失敗は、外交問題、信用失墜へ発展してしまうから、神経を使うこと多であった。本当に大成功に終わって良かった。東さんの演出は、最高。
また、多くの協力あってのこと、みんなで頑張りました。裏方としてお手伝い出来たこと、嬉しいです。さらに、発展することを期待しています。
2011年10月10日(月)
ビル ヤングと4日間
ビル ヤングと4日間共にした。アリソン・ブラウンの歓迎会、演奏会、翌日、芋煮会そして、ヤング邸でバーベキューと。

何かと通訳になってくれるビルには助かる。
大リーグの選手会の東北震災支援も小さな一歩が始まる。現地に2回も付き合ってくれた。

とにかく、タップリとしたハンバーグを焼いてパンに挟んで食べるバーガーは、ジューシィーで美味しい。

高校時代の仲間によるパーティーであったので、学校が横須賀のベースにあり、私も50年近く前に働いていたので懐かしい話題が。彼らは、日米バイリンガルだ。

来週はとんぼの会のバーベキュー会をヤング邸で。
ビル曰く、秋の陣。すっかり、武家の人。弁慶?
2011年10月6日(木)
早速、国交省出身の大谷副市長に大きな仕事が。
昨日の定例記者会見で、松尾市長は国交省出身の大谷副市長選任について、「国からの天下りではない、国交省に必要不可欠な人材であるとさんざん言われいる、省にもどることもある、天下りではない」と。

さらに、あくまで、地域主権を進めていくため、国の役人を必要と考えているとも。でも、深夜まで、5時間かかった議会での人事案件審議から感じたのは国から乗り込んできたとの印象だ。
それも、通常、鎌倉市の職員、殆どが部長であるが、副市長(かっては、助役)になる場合、部長(一般職)を辞めて、なっている。大谷副市長は、4ヶ月前に鎌倉に国から赴任し、部長職(一般職)に務めていた。だが、辞めないでそのまま、通算した退職金制度を改正してまで、副市長にさせている。

なんで、それほどまでして、地域主権を進めていく行くのかと、市職員には、いないのか、それも、国から来るから上だとか下だとか思っていないとも言っているが、そんなに有能な人物であると瞬間的な判断した松尾市長の眼力は優れているのか、もしそうであれば、国には有能な人材がいるであろうから、もっと、来てもらうかも知れない。
そうであるならば、、職員の人物判断も瞬間的に出来る能力を松尾市長は持っているようだ。市職員の評価はとなる。

いや、国からさんざん言われているとも言っているので、自分の判断ではないかも?
これは地域主権に反するのでは。市長が人事権を持っているのなら、市職員と同じ扱いをすればいい。

ところが、朝日新聞によると、鎌倉市内の市道の上や地中に設置されている電柱など全ての占用物件を市が道路台帳に一切記載していないことがわった。
台帳への記載は道路法で義務づけられており、国土交通省道路局路政課は「今回のような例は把握していない」と話している。

ここでご登場願おう、国交省出身の大谷副市長、辣腕をふる場面が目の前に、議会の批判を払いのけるチャンスである。さぁさぁ、お仕事だ、大事なお仕事だ。腕のみせどころ?

特に、小町通り電線類地中化問題で、地中に埋まっている全長390メートルのコンクリート管の占用者が分からないまま、市が2010年度までに撤去費3800万円を支出し、9月議会で追加費用を増額補正しようとしたことが発覚しているので。

松尾市長は占用者の調査と費用の請求を記者会見で約束した。市は各企業などに管を埋めていないか確認するよう文書で求めるという。市長、副市長の二人三脚?兵藤さんは?
2011年10月5日(水)
政治家がここまで言われて務まるのかなぁ
鳩山元首相は宇宙人とか言われていたなぁ。

菅前首相は「最小不幸社会」ではなく「宰相不幸社会」だって。

野田首相はドジョウで、野田泥沼政権とか、挙げ句に、おこちゃま内閣とも。

「どんぐりころころ、どんぐりこ、お池にはまって、さぁ、大変、ドジョウが出てきてこんにちは、」これ童謡ですねぇ。いずれ、お山に帰りたいとぐずり出す?困っちゃうなぁ?

そうそう、鎌倉では、おこちゃま市長とかが、聞こえてくるとか。 大丈夫かなぁ。オー手手、つないで、みんなで渡れば怖くない?間違えたかなぁ?あら、あっちいっちゃたぁ?
2011年10月5日(水)
政治の劣化で日本沈没?
政治の劣化がひどい。パフォーマンス選挙のツケであろう。 朝立ち、マニフェスト、自転車乗り等の選挙テックニックで当選し、政治は素人のまま?

新調45を読んでいたら、国を憂える文があった。世の中には、いるんだ、真剣に現在の政治を憂える方が。


菅首相は資格も能力もないのに間違ってその地位に就いてしまった「位を窃める(ぬすめる)」(論語)にすぎないだろう。

何の実績もなく、国民に多大な迷惑をかけるだけだった菅政権の軌跡を振り返り、強いては功績を挙げるとすれば何だろうか。

それは一般企業だったら周囲に相手にされず、管理職にもなれないであろう人間が、まかり間違えば首相にまで上りつめてしまうという日本の政治システムの欠陥をあきらかにしたことではないか。

第二の菅直人という「人災」を生まないために、われわれはこの問題を真剣に考えなければならない。(あびる るい)


これは、菅前首相が辞職する前の7月号に書かれたものである。 このようなことが続けば日本は沈没だ。鎌倉は大丈夫かなぁ。あちゃこちゃに見掛けるから心配だ。
2011年10月2日(日)
秋だ、運動会、赤い羽l根
運動会、子供は一所懸命。御成小学校の運動会を見学。玉入れで保護者も参加。これまた、父母も一所懸命。
良い思い出です。 
 球児の赤い羽根の募金活動。
     
2011年10月2日(日)
知り合いからブーイング
今朝の朝刊を見て、知り合いから鎌倉の副市長の記事で、ブーイング。ありゃ、何だ。松尾市長は何を考えているのかと。マッチューも賛成したのかと。私は反対しましたと。

いつも行く喫茶店で、、副市長のことを新聞で見たと、話題で持ちきりであった。こんな、副市長のことを賛成した議員はすぐ辞めろ。猛烈な怒りである。

議会の多数の賛成で、可決されてしまったが、5時間もすったもんだで深夜まで掛かったと言ったら、そんなのとんでもない。何を議会はやっているのかと。

今回の人事で取った松尾市長のやり方は、反市民自治、反行革、反地方分権であることは間違いない。これから、市民に広がるので、どうなることやら。

N市長は、2期、T市長も2期、さらに、I市長も2期、でも、M市長は2年かもと。

知り合いは若さと大量得票で当選した市長に期待したのに、素人市長にはがっかりと、嘆くことしきりであった。
2011年10月1日(土)
さすが情報公開度の高さ
鎌倉市に新たな副市長が誕生した。国交省との人事交流で5月以来4ヶ月間部長職を担当していた大谷氏である。松尾市長によると、経験豊かな経歴の方だと。

それにしても、副市長人事(かっては助役)で議会結論が5時間も掛かるなんて、30数年間議員を務めていて初めての経験である。

また、理事者の人事案件で、市長への質問が出るのも珍しいというか、これまた経験がない。それも、山田総務委員長、石川建設委員長から、鋭い質問の連発であった。

国から副市長を迎えることは、地方分権への逆行、国からの天下りという問題が、市民に納得いくかと、厳しい指摘が石川議員からあったが、松尾市政はどうなるか?

市長もタジタジであった。特に国交省から幹部が来たのではないかと、質問され、市長は来ましたと。また、条件の様なことは言われ、無いが、副市長で迎えるのが、通常であるとのことも披露された。

しかし、国交省から審議官が見えたとの話が市長から答弁があったが、この話は、即日、即刻、職員間で話題になり、副市長に伴う退職金のことも伝わってきた。

さすが、すぐ、市長の行動、対応が伝わるのは、日頃、口利き条例を語っている松尾市長の政治姿勢に忠実な情報公開、内部通報体制である。高度な開かれた市政であるか。

ところで、副市長人事が決まって、就任の挨拶をした大谷氏に対し、賛成した議員から一人も拍手がなかった?のも驚いた。渋々賛成の雰囲気であった。

これからが、大変であろう。泥舟?で荒波を漕いでいくのは、つらかろう? それとも、気にしないか、これは、温故知新、いや、稽古照今の稽古のため?試練か?

まぁ、松尾丸の漕ぎ手になるかも知れない賛成した議員がかなりいたので、泥舟から木造船、いや、頑丈な鉄鋼船へ乗り換え、松尾市長は順風満帆と幸先が良いかもしれない?それとも、風頼りのヨット?
2011年9月29日(木)
どこへ行く
まつお丸はどこへ行く、今や舵取り役不在とか言われているので、漂流の末、難破船では哀れだ。

ここでご登場が、船舶専門家か、航海士か? でも、座礁間近では、舵の取りようがないかも。

いっそのこと、「ひょっこりひょうたん島」ではないが、流れるままに行きますか。

なみを ジャブ ジャブ ジャブ ジャブ かきわけて (ジャブ ジャブ ジャブ)

雲を スイ スイ スイ スイ おいぬいて(スイ スイ スイ)

まつお丸は どこへゆく ぼくらをのせて どこへゆく ウウ

議会が終われば なにかがきっと まっている

くるしいことも あるだろさ かなしいことも あるだろさ

だけど ぼくらはくじけない 泣くのはいやだ 笑っちゃお

進め ひょっこりまつお丸 ひょっこりまつお丸    でも、僕はのらないよ。 のらない方が良いと思うから。
2011年9月29日(木)
パフォーマンス選挙のなれの果て
松尾市政は進んでも地獄、引いても地獄、松尾市政は2年続いているが、行き詰まっている。

新副市長の誕生で現状打破?出来るの?誰がついていくの、、利用する方はいるだろうが?

もはや、市民に信を問うしかきゃない。これは、パフォーマンス選挙のなれの果てである。

パフォーマンスで勝って、パフォーマンスで終わる。マニフェストだ、駅立ちだ、自転車乗りだともてはやされたが、踊った市民も呆れている。

今や日本の政治は、劇場型選挙のツケが回ってきている。

小泉政権の劇場型選挙以来、毎年、首相が替わってきた。毎年だ。小泉、安倍、福田、麻生、鳩山、菅、そして野田政権と日(年?)替わりメニューだ。

野田政権もすぐ行き詰まる?進んでも地獄、引いても地獄。パフォーマンス選挙のなれの果てだ。踊った国民も目を醒まそう。みんなで、目を醒まそう。

2011年9月26日(月)
これって、やばくない
最近、副市長人事の話題が、広まっています。あるかたは、国、民、学に大きなパイプのある人物で能力があり、適任とか?

それは、ゴミ発電所建設?それも、山崎下水処理場となりあたりがと。

あぁ、バイオも解決着いていないのに。もうこんな、話が裏にあるなんて? やばいと思うよ。
2011年9月25日(日)
秋晴れの下の運動会
爽やかな秋晴れ、近所の第一小学校の運動会を覗いてみた。こども達の元気が良い。歓声と注目の中、一生懸命頑張る生徒。成長の過程。未来を感じる。
2011年8月30日(火)
日本の首相は使い捨てされる
民主党の新代表に野田佳彦氏に決まり、今日、首相に就任される予定だ。これで、5年で6人目の首相だ。日本では首相は使い捨て。野田政権も短命であろう。
期待出来ないことは、分かっている。それでも、期待されるよう頑張るであろうが、前途多難である。駅前演説政治家と自ら言っているようだが、あぁ、こりゃ、ダメだ。

まぁ、とにかく、解散総選挙をすべきである。思いつき、ころころ、変わる発言、笑いものの首相を持った日本は悲劇である。国民軽視の代表選。
挙党一致と言うが、それなら、なぜ、菅首相で民主党は出来なかったのか、菅首相が替われば、挙党一致とはお笑いである。 まぁ、すぐ、ゴタゴタであろう。夢も希望もない。

これからも駅前政治家が増えるであろう。選挙が目的、政治はどこへ。これまた選ぶのは有権者。いまや、日本はパフォーマンス時代。出来ないことを並べて、訴えて当選し、後は努力しますか。責任を取らない政治家続出の国会、これでは、国民の多くは、政治不信が募るばかり。あげくに、切り捨てされると不安の時代。

また、菅氏が首相になれるのなら、自分もなれる、野田氏がなれるのなら、俺もなれると、軽くなる日本の首相、大臣。日本は衰退するばかり。一番の敵は、そばにいる方?
natu
私が選んだ鎌倉にちなむ平成22年の10大出来事