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●震災の教訓

<from Mail box>
●4月27日、神戸の灘浜に「人と防災未来センター」という施設がオープンしまして、当日早速行って来ました。もうご存じかもしれませんが、阪神淡路大震災の経験と教訓を後世に伝えることを目的にした施設です。
 かなりお金もかかったすごく立派な施設でした。 映像や展示物から語り部から直接当時の生々しい話を聞けるコーナーまで内容も充実してますし、地震の恐ろしさを改めて思い起こさせてくれて、自分自身も結構忘れかけてたんやなって思い知らされました。 こちらに帰ってこられる機会には是非立ち寄ってみられたらと思います。詳しくは↓
http://www.dri.ne.jp/

ではでは。(回しもんではありません)
「よいやん」さん〜02 08/10〜







●数え歌のメロディ

<作者から>
数の数え方のメロディですが、楽譜にしてみました。

(一小節目で)いち・にー・さん・しー
(二小節目で)ごー・ろく・しち・はち
(三小節目で)くー・じゅう

最後の「くー・じゅう」はあまり音程がないのですが、大雑把にはこんな感じだと思います。



<韓国でも>
●大阪人は数を数えるとき、メロディーがあるじゃないですか・・・。  あれを、なんと、韓国の女性が、何かを数えるときに、ハーナ ツゥール セッ ネッ・・・というふうに、まったく同じメロディーで数えるのを聞いたことがあるんです。びっくりしました。

韓国在住「T・I」さん〜02 10/13〜










●関西顔?

<from Mail box>
●最近ふと気になったのですが「関西顔」ってあると思いますか?。都だった京都は、雅な顔が多いとか、九州の顔なんていいますよね。秋田美人とか。関西の顔ってどんなんかな?!

LA在住「のぞみ」さん〜02 10/13〜


●作者から

 「日本人の顔(埴原和郎著・講談社刊)」には、「一般に北部九州、中国、近畿地方ではやや面長、平坦、狭い鼻、うすい眉毛、一重瞼。他の地方では四角ないし丸顔、やや幅の広い鼻、濃い眉毛、大きくて二重瞼の目」だそうです。

 また、「日本人の顔つきをあらわす言葉として『公家顔』『公家面』『瓜実顔』などという言葉があります。いずれも面長で平坦、鼻が細く高く、細めで一重瞼を特徴とします。歴史的に貴族階級に多いといわれます。しかし、一般にの庶民層を見ても、このタイプは京都やその周辺の畿内と言われる地方に多く、女性で言えば京美人の代表的な顔立ちです。これに対して東日本には、丸顔で眼がぱっちりと大きく、また鼻の幅がやや広い人が多くベルツの薩摩タイプに共通する特徴をもっています。」とありました。

 その背景には、畿内は弥生〜古墳時代に百済や高句麗からの移民が多くあったことを指摘してました。そのため以前からの縄文系顔の人々が東日本や南九州に住むようになったとのことです。ただ、秋田美人などについての記述がなかったのでそのあたりについては分らないのですが。



<Responce>
●「関西顔?」を見て思い出したことがあります。それは、東京生まれの東京育ち、東京在住で、関西には一度も行った事のない私の同僚を初めて大阪に連れて行ったときのことです。街を歩いていると、彼が何やら一人でニコニコしているので、「何ニコニコしてんねん!」と言ったところ、彼は、「おもしろいんだよ、顔が違う。」と、予想もしなかった答えが返って来たんです。彼が言うには、「大阪の人の顔には関東人とは違った特徴がある。」そうで、それを箇条書きすると、

◎眉毛あたりの骨が出てて、眉毛がつり上がってて
 (彼は「じゃりんこチエの花井先生の眉毛の形」と表現してた)、
  それでもって薄い。
◎オールバックが似合いそうなおでこ。
◎どことなく表情に余裕がなく、焦ってるような目つき。
◎視点が常に近く、目の玉がいつもチラチラと動いている。
◎顎を突き上げている(彼いわく、「美川憲一の雰囲気」)

その他にも、

◎ガニ股
◎わりと均整のとれた体格

…というような人が多かったんだそうです。

東京都目黒区在住「かめさん」さん〜02 10/13〜







●大阪の女、京都の女、神戸の女

<from Mail box>
●タカジンさんの番組で 「関西三都物語女性版」って感じで京都、大阪、神戸の女性について話題になった時です。

お湯を注いで3分間のカップラーメンを食べる時

<大阪のオンナ>
 3分間なんて 絶対待たない、待てない。
 少々 固くっても「エエヤン、おいしもん」と食べる。

<京都のオンナ>
 3分ではすまない、お預けくらった犬みたいにズーッと待ってる。
 結果、ズルズルに伸びても 平気で食べる。

<神戸のオンナ>
 ハナからカップラーメンなんか食べない。

とてもステレオタイプな見方かもしれませんが友人一同、抱腹絶倒しました。
「大阪バリバリおばちゃん」さん〜02 10/13〜







●神戸音頭

<from Mail box>
●実は、教えて欲しいことがあるんです。
 私が子供の頃は、近くの広場で毎年盆踊りをやっていました。その中の「神戸音頭」(或いは「ミナト音頭?」)というのがあったんですけどどういう歌か、知ってはる方はいらっしゃらないでしょうか?。子供の頃の私にとって、「炭坑節(字はこれでいいんでしょうか?」のように曲に明るいイメージはなく、♭とか♯とか、いっぱい使っていてなんか暗いイメージの曲でした。踊りも少しだけならまだ踊れるし、歌詞も一部だけですけど、なんとな〜く覚えているんです。

♪こ〜うべみぃ〜なぁ〜とぉ〜の〜、まちからま〜ちへ、(よいやさ〜〜)♪
この部分は、音階で表すとおそらくこうです。
♪ラ〜ソソラ〜♭シ〜ラ〜ソラ〜、ラソラ♭シレ〜♭シ〜ラ〜(ミソラ〜)♪
(ってここまでキーボードを叩いてみたら続きも思い出しましたが、
そこまで書ききれませんので省略(^_^;)

 今でも神戸祭りなどで浴衣を着て婦人会の方々が踊っていると思うんですが私はここ数年お目にかかってないんです。もしどなたかこの歌の続きと、ちゃんとした音頭名を知っていたら教えてください。


あとですね・・・
もう一つ、同じ盆踊りで踊っていた、みょ〜に印象に残っている曲があるんです。
曲名は不明ですが、歌詞の中に

♪1たす1は〜〜♪とか
♪パパたすママは、知〜らないっ♪
なんていう、子供にとってはちょっと大胆な歌詞もありました。
これって、ホントに民謡とか盆踊りなのか?!
私の地区では盆踊りで「マイムマイム」を踊っていたので
もしかしたらフォークダンスの歌詞の和訳なのでは?!
と今さらながら、疑問が湧いてしょうがないです。
これもご存知の方がいらっしゃれば、教えてください。

もしかして、神戸以外の地区でも、
例えば「尼崎音頭」なんていうのがあるんでしょうか?


というわけで、すみませんがよろしくお願いしますm(__)m

「TOMO」さん〜02 10/13〜

<Responce>
● つい先日、本屋で「失われた風景を歩く」(神戸新聞総合出版センター刊)という本を購入しました。その本の中に、「神戸音頭」についてのことが書かれてありました。これによると、この音頭の正式名称は「みなと音頭」といいます。(作曲・佐々紅華 作詞・西条八十)1933年に開催された「第1回みなとの祭」から使われた歌で、兵庫出身の母も祭の時はよう聴いたそうです。婦人会の人達が浴衣を着て踊っていたと、母も「TOMO」さんが仰った事といっしょの事を言うてました。
 そして歌詞の続きですが、これはビデオで見つけました。(いや、聴きました。)「甦る神戸市電」(ABCアーカイブス)の挿入歌として入ってました。

 続き:「みぃ〜なとまぁ〜つり〜の、みなとまぁ〜つり〜の、
     ひがつぅ〜づぅ〜く〜。(テンポが速くなって)みぃな
     とまつりのひぃ〜がつづく、みぃなとまつりのヨイヨイ
                ヨイヨイ、ひがつぅ〜づ〜く〜」
(TOMOさんが書かれた歌詞に間違いがありました。)
 誤:「こ〜うべみぃ〜なぁ〜とぉ〜の〜、」
    正:「こ〜うべみぃ〜なぁ〜とぉ〜は〜、」

他の歌詞も紹介します。
 「神戸よいとこ扇の港ヨイヤサ、招く入り船、宝船」
 「須磨の桜に千鳥を染めてヨイヤサ、神戸むすめの晴衣裳」
   「空にゃ白鳩、海には旗ヨイヤサ、今日も新造の進水式」
 「モダン元ブラ別れは波止場ヨイヤサ、粋が通ふは新開地」

 この歌詞から、戦前の神戸の様子や流行を窺い知る事ができます。例えば4つ目に「元ブラ」というのが出てきますが、当時東京で「銀ブラ」が流行っていたように、神戸も元町でブラブラする、つまり「元ブラ」が流行っていました。僕はこの音頭を生で聴いた事がありません。今もこの音頭を使って踊るのでしょうか?

神戸在住「個人的にたいこう」さん〜02 10/13〜

<Responce>
●はじめまして。ときどき訪問させて頂いています。今日は、「お便りコーナー」を読んで、思い出したことがありましたので、お便りさせて頂きます。たぶん『神戸祭り音頭』だとおもいます。

♪山ででおうたあのひととぉ〜、
今日は港でこんにちわ
さぁ〜さおいでよ、神戸の祭り
神戸ええとこほんまにほんまに
うたのまぁ〜ち

みたいな歌詞だったと思います。歌詞にはちょっとハイカラ&ロマンチックなストーリーが有った様に思います。ちなみに、音頭の始まりには「そ〜れ!」の掛け声がはいります(笑)

どうでもいいですけど、
♪歌うあのこは神戸の育ち
踊るわたしもこうべっこ
…というところが、わたしは特に好きです。

一方的なメールになってしまいましたが、お役に立てればうれしいです。これからも訪問させて頂きます。がんばってください。ほなね〜〜(神戸弁やろか?)

「きき@こうべっこ」さん〜02 10/13〜

<Responce>
●1たす1は〜 ちゅうのは、水前寺清子の「1たす1のマーチ」やないでしょうか。「一億だって、百万だって 小さな1の積み重ね1たす1の音頭で行こう」とかいう歌詞やったと思います。

「りょうけん」さん〜02 10/13〜

<Responce>
●皆さんからのレスを見せいただいて、あ〜これやこれ!と納得しました。管理人さん、皆さんどうもありがとうございます。

 私が知りたかったのは「みなと音頭」のほうでした。いや〜、ホンマ懐かしいです。たぶん今でもこの音頭を使ってると思うんですが。「神戸まつり音頭」の踊りは私は踊ったことも見たこともありません。ま、最近参加していないからかもしれないですけど。「神戸まつり音頭」もそういえば聞いたことがあります。男性ボーカルでさわやかな歌ですよね?。「夏・まつり・KOBE」のHPも見ましたが、確かに神戸まつりの時期にはあちこちで流れていました。「そ〜れ!」も思い出しました。

 「1たす1のマーチ」は言われてみれば、水前寺清子の声だったような気がします。元気のいい歌声でした。「〜1たす1の音頭で行こう♪」の部分は聞き覚えがあります。ということは、マーチで踊っていたんでしょうか、私たちって・・・?。よその地域でもマーチやらフォークダンスやらごちゃまぜで踊っていた地域ってあるんでしょうか。

 私は生まれてからずっと、同じ地域に住んでいるんですが、子供の頃は毎年浴衣を着て盆踊りやフォークダンスを踊ったり(マイムマイムではよく草履を飛ばしたものです)地域の役員の方からすいかやお菓子、ラムネをもらったり、カラオケ大会も催されて、みんな楽しく参加していたものでした。でも最近ふと気が付いたら、誰もこの辺で盆踊りなんて踊ってないし、 地域ではもうやってないのかなと、ちょっと寂しい気がしました。子供も少ないし、個人で、或いは家族で旅行などして人が集まらないんでしょうね、きっと。(おそらく私も参加しないんだろうけど(^^ゞ)

 ということで、どうもありがとうございました(_ _)

「TOMO」さん〜03 01/01〜

<Responce>
●「神戸祭り音頭」と「みなと音頭」が同時にきけるのが先日私のHPでご紹介していたこうべまつりのパレードです。当日のパレードのトップを務めるのが神戸の婦人会の1000名のおばちゃんたちです。そろいのゆかたで音頭に併せて躍る姿は圧巻です。このひとたちなくして神戸の発展も復興もなかっただろうなーと思い知らされます。ところで「みなと音頭」はみなとまつり(こうべまつりの前身)のときに花電車(市電に電飾をあしらったもの)が街中を通り過ぎるときにスピーカーから流れていましたよねー。

「高松 悟」さん〜03 11/22〜







●まじない・お祓いのフォークロア?

<おまじない>
●道を歩いていると電柱に「めばちこあげます」とだけ書かれた手書きの紙が貼ってあるのを何回か見かけたことがあります。友達に聞くと、一種のまじないだと言っていました。そうするとめばちこは他人にうつって自分は治るんだとか。
「しいたけダンス」さん〜02 10/13〜

<Res>
●めばちこ(めぇぼ)のおまじないについてなんですが・・・。
 母から教えてもらったのは、次のようなおまじないでした。

 櫛(当時は黄楊の櫛)を畳に数回こすりつけながら、「めぇぼ(またはめばちこ)の神様、めぇぼの神様、めぇぼが治りますように!」と呪文をかけながらこすりつけ、やや摩擦で熱くなった櫛を、めぇぼに当てます。それを3回くらい繰り返していました。これは父もやっていたようでして、父は曾祖父から教わったんだそうです。母は祖母から、祖母はおそらく曾祖母から・・・代々伝わっているやり方みたいです。もしや古いことをご存じのかたなら、この方法、聞いたことおありかもしれないですね。私は今でもやってます。
 効果はあまり・・・眼科に行った方が早いです(汗)
元滋賀県南部出身「ゆい」さん〜03 01/01〜






●お祓いのフォークロア

<From 掲示板>
●もう10年以上前の話なんですが、京都烏丸御池角にあるの某○クルー○でバイトしていた事があるのですが、近代的なビルのあの○クルー○で、ある朝ちょっと遅れて出勤すると、室内が変にシーンとしていて、神主さんが部屋の済で御祓いをしていたのです。
ある一画のあたりの席の人たちにちょっとした不幸が続いていたので、御祓いをしていただいていたそうです。 よくは覚えていないんですが、この真下に井戸があってどうのこうの…と言っていたように思います。 京都では、近代的なビルでも、気軽に御祓いとかするんでようか???? さすが京都!と驚いたものでした。
「雪之丞」さん〜05 01/04〜

<Responce>
●こんばんは。私がたま〜にバイトしていた(高校模擬の採点集計のバイトです)、今出川近辺での、とある予備校近くのビルでも、お祓いとはちょっと異なりますが、鬼門にはお塩をちゃんと山にしてました。京都の通りをあるくと、ビルでも鬼門には塩を盛ってますし、鬼瓦のある方面にはちゃんと鍾馗さんを向かわせてるとこ多いんで、まだまだそういうのが生きている土地なのだと思います。

でも京都だけがそうなのではなくて、全国どこでも古いおうちやお年寄りがいらっしゃるとこは、昔からの伝えというものが今でも生きてるんちゃうかと思います。京都を離れて数年経って思い始めたことですが、京都だけが古いのやなくて、どこでも古いものは生きてますが、それが京都はええようにクローズアップされてるだけ(つまりは商売上手なんかもしれませんが)やと思うようになりました。

うちの実家もそうですが、主人の家でも、古い習わしは続いていて、たとえばストーブやおこたを出す日も陰陽道などによって決まっています。私の実家は関西、主人は山形、と地域も全く異なりますが、そういう習わしは共通しているようで、探せばどこでもそういうことは見つけることが出来るようです。
元滋賀県南部出身「ゆい」さん〜05 01/04〜

<管理人から>
●お祓いは、以前は全国で行われていた儀式かと思います。ただ、現在の京都に色濃く残っているかどうかはよく分からなくて・・・。どなたか詳しい方、教えていただければと存じます。

 お祓いには、このように災いを絶つ場合と、新しく物事を始める場合のみそぎの意味の2種類があるかと思います。しかし、後者よりも前者は、あまり見かけませんね(私だけでしょうか?)。それは、恐らく昔は病気も天災も原因が分からずこうした呪術的な方法に頼るしかなかったからだと思うのですが。

 ちょっと話がそれますが「民俗学がわかる事典(日本実業出版社)」を見てますと「(民俗学者・新谷尚紀は)ケガレが祓へやられたとき、ケガレが人々の手を離れても無化することはなく、ケガレの価値の逆転現象がおこり、ついには神々が誕生するメカニズムを主張している」とありました。例として「葬儀の棺担ぎ役が脱ぎ捨てた草履を拾って履くと足が丈夫になる」「死穢そのものである水死体がエビス神に祭られる例」といったことが挙げられています。非常に興味深い日本人の「ケガレ感」だと思いました。









●田舎の定義?

<from Mail box>
●私は生まれも育ちも大阪(生まれは門真、育ちは高槻)。父親の出身は岡山、母親は島根。そこで本題です。関東に住み始めた頃の話です。職場の上司(岡山出身)に、

「あんた、いなかはどこだい?」
と聞かれたので、
「岡山です。」
と答えました。

 ここで、アレっ!?と思った方、逆に何も違和感のなかった方はどの位いたでしょう?
 ウチらは「いなか」と言うと、

   @都会の反対語の「田舎」
   Aじいちゃん、ばあちゃんのいる所(つまり、親の実家のある所)

 という意味で使うのですが、関東ではAの部分が親ではなく、「自分の出身地」という意味で使うらしく、上司は私の出身地を聞いたつもりが、私はそうとは思わず親の出身地を聞いたと思って答えてしまったわけです。たまたま運悪く(?)上司の出身と同じ岡山だったことから、話が弾んだとこまでは良かったのですが、その後、傍にいた別の人が私に「出身はどこなの?」という聞き方をしてきたわけです。「出身」と言われると、私のイメージは「自分の出身地」のことですから、当たり前のように「大阪です。」と答えました。
 次の瞬間、横で固まっていたのは上司でした。
 「あんた、さっき岡山って言ったじゃないか!」
  だから私は当たり前のように
 「いや、岡山は親の出身です。」
  と説明しました。

 その後、関東で自分の出身を「いなか」と表現するということに気が付いたのは、それから何年も経ってからのことでした…。関東で自分の出身地を指す言葉としては、「いなか」の他に、「くに」があります。「くに」だったらまだ分かったんですけどね。(笑)

 使用例としては、小さい頃なんかは、じいちゃん・ばあちゃんの所に行く時、親からよく「こんどの休みは『いなか』行こか?」と言われてました。小学校のころなんかは、友達同士の間で「夏休みに『いなか』行って来てん」とかお互い普通に使ってましたし、その頃には既に友達同士でも「お前の『いなか』どこ?」とかいう言い方もしてました。それはもちろん、子供の頃だけの話ではなく、大きくなってからも使ってました。
 で、自分の出身地を「いなか」と言わないのは、恐らく感覚的に大阪を「いなか」と表現するのもしっくり来ないですし、すごく違和感があるからではないか…と私は思うのですが。

東京都目黒区在住「かめさん」さん〜03 04/20〜

<Responce>
●さて、お便りコーナーに載っていた「いなか」について、まず一言。私の感覚では、「いなか」というのは、都会の対義語以外の意味では、「帰省先」のイメージですね。例えば、夏休みなんかに、帰省することを、「いなかに帰る」と 言ったりします。なので、投稿者さんと同じく、親の実家という答えになりますね。
京都市在住「まんぼう」さん〜03 04/20〜







●比叡降ろし

<from Mail box>
●我が郷近江では、比叡山(比良山からの風もあるのですが)からの冷たい山風を「比叡颪(おろし)の風」といいます。私の周囲では冗談で、ですが、恋人とケンカした場合や、誘った相手が好みでなかった場合など、比叡山ドライブウェイ山頂駐車場で降ろして行くことを「比叡降ろし」と言ってました。誰もそんなことしたことは無いのですが。で、六甲颪も風にかけて、同じように六甲山で降ろしていく、というキツイ冗談がありますよね。これは他の地域にもあるのでしょうか。○○おろしの風や、それにかけたキツイ冗談などが。百人一首には「人を初瀬の山おろしよ」とあるので、初瀬山にはあるのかな、なんて思ってしまいました。
「」さん〜03 07/12〜

<作者から>
●北西の山から乾燥した北風が吹いてくる場合によく「〜颪(おろし)」と言いますが、全国各地にあると思います。関東でも「筑波おろし」や「赤城おろし」といった言葉を聞いたことがありますし。ただ途中で下車させるスラングとしての意味でも使われているかどうかは疑問ですが。







●マクドのカラー

<from Mail box>
●私は長崎に住んでいます。東西対決とは関係ありませんが、この前修学旅行で京都に行ったときに気づいたんですけど、関西のマクドナルドは、「M」の字が黄色で、バックが茶色ですよね。長崎は「M」の字が黄色なのは一緒なんですけど、バックは赤です。他に、「よしのや」は長崎ではオレンジ色です。
ペンネーム「中学生」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●あれれ、これって結構有名な話だと思っていたのですが、そう思っていたのは、京都の人だけ?。多くのレスがつくと思いますよ。「ハデな看板あきまへん!」って、赤・オレンジ(他にも有ったカモ?)等のハデな色の使用・配色や看板自体の大きさに規制が有ったと思います。京都市の景観保護条例によるものだったと記憶しています。マクド、吉牛は有名だし、昔の日本石油(だっけか?)のガソリンスタンドの看板も赤白のパターンが微妙に違って、赤い部分が小さかったりして いたと思います。ほかにも配色やパターンが微妙に違う看板があるのかも知れませんね。
栃木在住京都人「PAPY」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●今回は、マクドのカンバンの色についてのレスなのですが、京都のマクドのカンバンのバックの色は確かに茶色です。私は四条で見ました。なんか、聞いた話ですが、赤というのはとてもドギツイ色のため、古都京都の町にはふさわしくない、とのことから赤ではなく、茶色にした、ということらしいです。本当のところはよく分かりませんが、そんな話です〜。

 あと、イトーヨーカドー(やったかな?他のスーパーかも知れませんが…)のカンバンも京都だけ色が違う、ということを耳にしました。大阪や私の住む奈良では、マクドの看板のバックは赤ですね〜。私の知る限り、バックが茶色なのは京都だけやったと思います。よく考えたら、奈良も古都なんですけど、この違いはなんでなんでしょうかね〜。
奈良をこよなく愛する奈良県民「muromiya」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●さてマクドのカラーの話ですが、京都のマクドのバックが茶色なのは京都市の条例で定められてるからなのです。景観条例で看板の類のベースの色は赤やオレンジ等の派手な色は使えない。もしくはベースの何%しか使用できないのです。だからマクドナルドの赤色もひっかかってやむなく茶色にしているんです。だから京都市内の吉野家は白ベースのオレンジライン。ユニクロは白ベースの赤文字です。これは京都市のみの条例なので、他の関西の地域では一般的な色が使われてますよ。
大阪在住「れい」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●マクドの色の件ですが、学生の頃マクドで4年程バイトしてまして当時私も気になって社員に確認したことがあります。その時教えてもらった回答です。京都は景観を大切にする街なのでマクドの赤と黄色の看板は街に浮くわけです。なので京都にマクドができるとなると景観を損なうという反対も出たそうです。で、地域密着を目指すマクドとしては進出もしたいし地域にも愛されたいということで赤を茶色にして街の景色になじむように配慮したとのことでした。

 ということなのでもしかしたら茶色看板のマクドは京都だけではないかもしれませんね。小京都と呼ばれるような地域には茶看板があるかも!?ですね。ちなみに八坂神社の前にあるローソンの青色も確かくすんだ青にされていたと思いますよ。マクドもローソンもえーとこあるやないの!

 京都の条例では街の情景にあわない「どぎついもの」は建築の拒否ができるというのはあるようです。なので看板だけでマクド自体の建築も拒否できると思います。なので京都のパチンコやさんはネオンチカチカじゃなくっておしゃれな入り口でここはカフェ!?みたいなのも多いですよね。でもちゃんとした条例の名前や詳細は結局不明です^^;
「なす」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●さて、京都のマクドの看板が他の地域と違うというと事やけど、以前何かで、京都の景観を守るため?というのを聞いたことがあります。マクドだけやなくって、他の店の看板(ファーストフード店やらファミレスやらイロイロ)も他の地域と違っているとの事です。
http://www.onishi-g.co.jp/local18-1.htm
↑にいくつかの看板が紹介されています。(マクドはないようやけど・・) どれもなんか地味〜ぃな感じになってます。。。

下記ホームページに記述がありました。
参照してみてください。
http://ww4.tiki.ne.jp/~okip/kyoto4.htm

「niccho」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●マクド、な〜んて懐かしい響き!。ご存じ、関西以外ではマックですもんね。当然こっちの日本人もみなマックっていうか、英語のまんま呼ぶんですよね。CAのマクドナルドは、やはり赤地に黄色でした。イギリスも赤でした。もしかして、台湾では茶色だったんじゃないかなぁという気もします。ところで、吉野屋はオレンジ色じゃないんですか?こっちの吉野屋はオレンジですよー。
LA在住「のぞみ」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●関西のマクド全てが「M」の字が黄色で、バックが茶色というわけではありません。関西も基本は全国と同じ赤地に黄色「M」です。「中学生」さんの言っておられた茶色地に黄色「M」は京都限定バージョンのようです。聞いた話で私も実際には見たことないのですが、京都の場合、赤地の看板が京都の景観にマッチしないとの理由で茶色地になったと聞いたことがあります。また余談ですが、世界中のマクドの看板も全てが同じというわけではありません。例えば、カナダのマクドの場合、色の組み合わせは同じなのですが、一つだけ違うところがあります。それは…カナダのマクドの場合、全ての店で黄色「M」の中に赤色のメープル(かえで:カナダを代表する木)の葉のマークがワンポイントに入っています。

世界のマクドの写真が掲載されているサイトです。参考まで…。こうして見ると、ヨーロッパの方の「芸術」や「美」にうるさそうな国でも赤色は使われていないようです。京都もこれと同様なんですね。 http://www.nagoyanet.ne.jp/mcdonald's/


カナダのマクドナルド


東京都目黒区在住「かめさん」さん〜03 07/12〜







●風俗御用達待ち合わせ場所

<from Mail box>
●先日ビックマンで待ち合わせした同じ後輩が、阪急梅田から歩いて扇町に行く途中の、曽根崎東?の方にある交差点の下の地下噴水を指して、「ここがテレクラ利用時の待ち合わせポイントですわ!」「大阪では有名ですよ」と言ってました。マジっすか?
横浜「Masa」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●お久しぶりです、大阪バリバリおばちゃんです。これって、「泉の広場」のことでしょうか?友人と待ち合わせしたときのことです。この友人、水っぽい雰囲気のある美人なんですが私が遅れた10分の間に、3人に声かけられたそうです。後で別の友人から「あそこは その手のメッカや」と聞いて、2度と待ち合わせ場所にはしませんでした。
「大阪バリバリおばちゃん」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●その待ち合わせ場所って、泉の広場ですよね。14年ほど前、結婚前の夫と映画に行くのに(あの上ってたしかピカデリーだったかな?)待ち合わせをしようってことで、「泉の広場でええやん」って言ったら、「あそこで女の子を待たせるのはまずいやろ・・・」と却下されました。売春してる人の商談場所として、かなり有名なんだそうです。

 私は全然知らなかったので「ホンマなん!?」と、友達にいろいろ聞いてみたら、「噴水の周囲に沿って、立つ位置の決まりなんかもあるらしい」 とか「知り合いの女の子が待ち合わせをしていたら、実際に声をかけられたらしい」 とか「あそこの階段の公衆電話を使ってる女の人は、100%テレクラへかけてる」とかいろんなウワサが出るわ出るわで、驚いた記憶があります。古〜〜い話で、今はどうかわかりませんが、ご参考までに^^。あの頃、噴水の近くのカンテって店によくチャイを飲みに行きました。なつかしーーー!
「香深」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●はじめまして。ゆきといいます。泉の広場での待ち合わせの件について。この間、泉の広場をあがったところのピカデリーに友人と映画を見に行こうと思い、泉の広場で待ち合わせしたところ、おじさんに声を掛けられることの多いこと!!。泉の広場に行くまでに5人程。それから泉の広場でも数人。ついには「電話で呼んだ人ですか?」なんていわれる始末。そんな風に見えたんでしょうかねぇ。その後、そのおじさんは明らかに女子高生とみられる女の子とどこかへ消えていきました。それからは、泉の広場では待ち合わせしないようにしてます(^^;
「ゆき」さん〜03 07/12〜







●祝儀は年に一度?

<from Mail box>
●毎度。すべ吉でおます。
 イナカの役所の昼休みの話題。A子「なあなあ、同じ家で一年に続けてお祝い事したらあかんのって知ってる?」。すべ吉「??」A子「そういうしきたりがこのへんであるんや。子どもが例えば3月に生まれたら5月のお節句はせえへんねん。兄弟とかが同じ年に結婚したらあかんねん。」すべ吉「はあ・・」まあそれはお祝儀を出すほうからいえば、続けのお祝いってかなわんことなんで、昔の村とかで決めはったんかもしれませんが・・。そんなん初めて聞いた。兄嫁が妊娠してそのあと弟嫁が妊娠したらヘタしたら同じ年にお祝い事なるやんか〜?
 そういうのもあかんのやろうか?昇進とか入学とかは祝い事になるん?3歳違いのきょうだいってしょっちゅう重なるよな。とかいろいろ聞いてみましたが「そこまでは知らん」といわれました。なんか気になるんで、知ってる人おったら教えてください。


●毎度。ひょう田すべ吉です。年内に複数の祝い禁止については、羽曳野市に誉田八幡宮という古いお宮さんがあるんですが、その周辺の集落の風習らしいです。これははっきりとは言えないのですが話題にしていた子がいうておりました。あと、可能性としては駒ヶ谷のあたりでもそういうしきたりがあるようです。ちなみに新興住宅地に育ったすべ吉は全然しりまへんでした。何で調べたらええんやろ。冠婚葬祭?土地の風俗と生活とかいうの?GW少しヒマができたので郷土の歴史とか調べてみようかな?


●天領との関連?

●毎度。ひょう田すべ吉です。さて、同じ年に2回祝い禁止のしきたりを図書館で「羽曳野市史」「藤井寺市史」その他河内の風俗・しきたり・行事に関する本数冊を調べてみたのですが・・ありませんでした。  わずかに、「羽曳野市史」に江戸時代、天領であったこの地域はしばしば幕府による倹約令が出た。とか、大正時代に村に青年団ができ、華美なしきたりを廃止する動きがあったというのが見られただけでした。市史によると、しきたりなどはあまり文献に残っていないとのこと。市史には、個人の日記も載っており、じっくり読んでいるとあっというまに2時間たってしまったくらいオモロイもんでしたよ。25年も住んでいて、知らんことだらけでした。帯出禁止やったので図書館でしか読まれへんのが残念ですが、  みなさんも一度住んでいるところの市史を読んでみるとなかなかおもろい発見があって、お勧めでっせ。ちなみに藤井寺市史には南河内弁のアクセントや文法に関して、かなり細かい記述があり、勉強になりますよ。
「ひょう田すべ吉」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●十数年前、婚約期間だった私と夫が自分たちの結婚式の日取りを決めるのに夫の両親に相談したところ、母に「○○(夫の妹)が来年の春に結婚するつもりで、式場を探してるとこやから、あんたらは来年はあかんなあ。もう一年辛抱しい」 と言われました。2月の節分から一年間と考えて、その間に2回の結婚式を挙げることはできないそうです。夫の母は奈良の王寺で生まれ育った人です。大阪の東成で生まれ育った私の母は「むこうのおうちにはそんなしきたりがあるんやなあ」と言っていたので知らなかったようです。では。
「香深」さん〜03 07/12〜

<Responce>
●さて王子が天領だったかどうか、ですが、今の段階ではわかりません。奈良県関係のHPを見ても天領だったり郡山藩の領地だったりくらいしか触れられておらず。王子町の町史見たらわかるかな?。でも河内地域と山ひとつ越えるだけやし、文化圏としては似たような感じだと思われます。
「ひょう田すべ吉」さん〜03 07/12〜







●文化住宅

<from Mail box>
●春から大学生として大阪に来ました。このサイトで勉強して立派な関西人となりたいと思ってます。関西では敷金礼金制度と違って保証金制度なんですね。で〜、質問なんですが、学生アパートを探していたときに「文化住宅」とあったのですが、アパートのことだと言われました。どこが違うのでしょう??。
「唐木田のたぬきち」さん〜03 11/22〜

<作者から>
●残念ながら「文化住宅の定義」までは判らないのですが、概ね文化住宅と呼ばれるアパートの場合、各戸の玄関が直接道路や路地に接しているものが多いように思われます。現代のアパートの多くは共有廊下や階段を通して外部に通じる設計がほとんどですから。ところで、江戸東京学事典(三省堂)には「文化アパート」の項目がありました。大正時代、低所得者向けのアパートに対してアメリカのアパートを模した近代住宅のことだそうです。従って、現存する文化住宅とは全然異なるのですが、文化アパート同様に文化住宅という言葉も「従来の長屋などとの差別化・高級化」の意味合いを込めて呼び始めたのかもわかりませんね。不動産関係の方教えて下さい〜。




<Responce>
●私も文化住宅の詳しい定義は知りませんが、私のイメージとしては、「文化住宅」=1)関西の「長屋」、2)古臭いアパート といった感じでしょうか?。関西ではよく略して「文化」とも言いますよね。私が東京に来て間もない頃の話。仕事で古臭い某アパートに寄って職場に戻り、書類を作っていた際に思わず「文化住宅」と書いたら、上司から「文化住宅って何だ!アパートだろ!!」と怒られたことがあります。当時、「文化住宅」が関西特有のものとは知らなかったので、気付かなかったのですが、今になって思うと「文化住宅」の言葉自体が通じてなかったというのもあったんですね。(笑)
横浜市都筑区へ移住「かめさん」さん〜03 11/22〜

<Responce>
●アパートと文化住宅の違いは簡単に言うとトイレと台所が共同か各部屋に個別にある かの違いだと思います。共同のトイレと台所があったのはアパートと呼ばれていた建物です。台所には5円玉を入れて使うガスコンロもありました。
 おじさんの新婚当時は神戸市内にもどちらもたくさんありましたがあの大震災で多くの建物がなくなりました。文化住宅も最近ではハイツという呼び名に変わっていて浴室も個別についていますね。昔はアパートや文化住宅から新婚生活を始めて旦那さんの帰りを待ってふたりで仲良くおふろやさんに出かけていったのでしょうね。
Kobe BB Shop店主より
「高松 悟」さん〜03 11/22〜

<Responce>
●はじめまして。「文化住宅」の件ですが、「江戸東京学辞典」で引かれている使い方が、建築学的 ・歴史的に「本流」とされている「文化住宅」です。主に大正時代に、当時の都市郊外(東京なら田園調布など。関西なら芦屋とか豊中とかかな?)に建てられた、洋風を取り入れた一戸建てで、今日の一戸建て住宅の先祖に当たります。関西で言う「文化住宅」は、すでに投稿で書かれているように、独立した長屋です。この語源については「アパートや一般の長屋と違って、トイレや台所が一戸ごとに独立しているのが、より『文化的』だから」という話を聞いたことがあります。
「K.MAEDA」さん〜03 11/22〜

<作者から>
●ダダ龍さんから雑誌「大阪人(財団法人大阪都市協会刊)」2000年4月号の記事を送っていただきました。そこには京都大学大学院工学研究科助教授・高田光雄氏が「文化住宅」について下記のように記述しておられます。



〜戦後の「文化住宅」は木造賃貸共同住宅の一種である。そして、この呼び名は関西だけで使われてきた。木造賃貸共同住宅は、一般に「木賃アパート」などと呼ばれてるが、関西では、これをさらに便所等の設備や出入口が共用の「アパート」と、それらが各住戸専用の「文化(住宅)」とに厳密に区別してきたのである。「アパート」は戦前からあった共同住宅の形式で、建物内部に中廊下があり、各住戸の室数は一室というのがその典型であった。これに対して、「文化住宅」は屋外に設けられた片廊下から各住戸に出入りし、通常は室数は二室。「アパート」に比べれば少し居住性が高いから、それと差別化する意味で「文化住宅」と名づけられたのであろう〜










●心霊スポット?

<from Mail box>
●はじめまして。こないだ友だちと怪談話で盛り上がってた時です。一人がなんばのビ●●カメラのあたりはよう出るらしいで〜、と言ったので、なんで?と聞くと、昔大火事があったからと言ってました。調べたら千日前デパートの火災で多数死者が出たとあって、きっとこのことと思うのですが、本当ですか。
富田林の「やっとこ」さん〜03 11/22〜

<作者から>
●「なんばのビックカメラ」というので最初分からなかったのですが、プランタンなんば跡にビ●●カメラが入ったんですね。知りませんでした。プランタンなんばの場所でしたら確かに「千日デパート」があった場所で、火災で100人以上の死者を出しております。また、江戸時代の千日前には火葬場が存在し、落語などでも「千日の火屋」としてよく出てきます。そんな関係で幽霊の噂が絶えないのでしょうが、本当に出るかどうかは私自身見たことがないので分かりません。


<Responce>
●こんにちは。私は15年ほど前、プランタン全盛期に地下のダイエーでアルバイトをしていました。ビル火災の話はよく聞きましたよ。地下3階(と思います・・・4階だったかな?)が搬入用駐車場、ゴミ捨て場になっていて、廃墟的な独特の雰囲気だったのですが、そこでタバコ休憩中のおっちゃん達は、よくバイトの若い子に「怖い話」をしては喜んでました。私もそこで洗礼を受けたクチです。守衛さんが見回りの時に見たとか、声を聞いたとか・・・

 ビルの北側の千日前通に面したところに小さなお社があります。一年に一度、マネージャーやショップの代表者が集まって、お祓いをされていました。小娘だった私はキャーキャー言って騒いでいましたが、被害の大きさを考えると、あんまり茶化す話じゃないなと、今になって反省です。かなり昔の話なんで、怪談っぽい扱いになるのは仕方ないと思いますが・・・
「N・T」さん〜03 11/22〜

<Responce>
●すべ吉です。千日前の怪についてはいろいろありまっせ。以前はあそこはプランタンが入っててそこでバイトしてた子が「残業したらあかんいわれてる」というんですわ。聞くと、以前残業してた子が大量の霊を見たとか、夜中の社員用エレベーターにぎっしり人が乗ってたとか・・・タクシーがとまって親子連れ乗せたら消えたとか。  故ミヤコ蝶々師匠は絶対あの前を通らなかったらしいし、「新耳袋」という怪談集(メディアファクトリー)にも載っておりました。すべ吉が子どものころにも、既に怪談として噂されてましたので、おいらはトラウマになっており、千日前はあまり行きませんです。

 エキスポの人間がやってるお化け屋敷にも「ほんまもん」一人混じってたらしいよ。 ゾゾゾ・・・すずしくなりましたか?
「ひょう田すべ吉」さん〜03 11/22〜

<Responce>
●はじめまして、大阪市内在住の『運送屋のあほぼん』と申します。HPは時々拝見させておりましたが、はじめてメールさせていただきます。さて本題に入りますが、現在のビ●●カメラ(以前のプランタンなんば・千日デパート)が江戸時代は火葬場だとおっしゃっておられますが、私は元々千日デパートがあったところは処刑場であったと聞いております。 そこでインターネットで検索してみたところ、江戸時代に千日処刑場というのがあってその跡地に建設されたのが千日デパートなのだそうです。しかも、その千日処刑場で処刑された人数と、千日デパートでの火災で亡くなった人数はどちらも118人なのだそうです。この数字が単なる偶然なのか、それとも仕組まれたものなのかは今でも謎のようです。 ちなみに、今回参考にしたHPのURLを3つ添付しておきますので、ご参考にしてみてください。
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Bay/1213/sinreitaiken.html
http://www.ne.jp/asahi/ja/asd/saitou/tie-fusigi.htm#kinki
http://tech-web.net/forum/?board=11&page=1#topic40
大阪市内在住「運送屋のあほぼん」さん〜03 11/22〜

<作者から>
●おっしゃる通り千日前には処刑場もあったそうですね。どうやらこの地は、火屋(火葬場)と刑場、そして墓所が全部揃っていた、いわば「あの世行き業務の集約センター」のような感じだったそうで、明治3年に刑場が廃止、明治7年に火葬場と墓地が天王寺(阿倍野)斎場に、墓所が飛田に移されたとあります。その後、この地を大阪府は1坪につき50銭を付与して(土地と共にお金が貰えた!)分け与えたという話もありますし、土地振興策として興行を許可したのが、千日前が歓楽街になって行く最初だそうです。今手元にある本には残念ながら処刑者数の記述が探せないのでデパート火災の死者数との関連性まで調べられないのが残念ですが・・・。


<Responce>
●私は色んな電器屋さんを回るキャンペーンのお仕事をしてます。
実際千日前●●で働いたことはないのですが、キャンペーンマニュアルの「千日前●●に行く前の心得」みたいなのに、「挨拶は”おつかれさま”と言ってはならない。”ごくろうさま”ということ」って書いてあったんです。 普通はどこでも”おつかれさま”って言うし、”ごくろうさま”って目上の人が部下に使う言葉だから私達ペーペーは使ってはいけないというイメージがあったんで、「ナンデ!?」ってめっちゃ疑問だったんです。

 でも、先日友達に教えてもらって知りました。「”おつかれさま”=”お憑かれ様”」だからだそうです。(こわっっ!!) もし間違って言おうものなら、●●の人に、「憑かれるやろが!!縁起でもない」と怒られるそうです。 挨拶一つにも神経を払わなければならない状況って、かなり深刻だと思いません?
姫路市在住「さくら」さん〜04 01/04〜









●下ネタ宴会芸

<from Mail box>
●突然ですが、こんな宴会芸ご存じですか。

♪ペンギンさん、ペンギンさん、ペンギンさーんのせ●すりは???
 届かない、届かない!!
♪カニさん、カニさん、カニさーんのせ●すりは???
 命がけ、命がけ!!
以前、知り合いのJC仲間がよく酔っ払って披露しておられました。数人並んで演技するので大爆笑です。バリエーションが他にもようさんあったんですが忘れてしまいました。照れずに出来るのは関西人だけでしょう、、、、ね?
富田林市「H・K」さん〜03 11/22〜

<作者から>
●知ってます。「新幹線は・・・駅飛ばす」というのもありました。他にどんなのがあったのかご存じの方、メール下さい。船場の商人たちで使われていた「大阪しゃれ言葉」と同様、謎かけ→オチの構造です。しゃれ言葉でも同様な下ネタが多く、例えば「女のふんどしで食い込む一方=(赤字続き)」「娘の新鉢で痛み入る=(恐縮)」のように、大家の旦那衆が堂々と使っていた経緯もあって、関西人は下ネタを披露することにあまり抵抗感がないのかも?。

関連項目→よろずデータベース・うさぎの逆立ち


<Res>
●楽しく拝見してます。はじめて書き込みします。遅ればせながら・・・

ウルトラマン ウルトラマン ウルトラマンの
せ○ずり 3分間3分間・・・というのを
お店のお客様がやってました。
もちろん、ぺんぎんもありで。
「まりりん」さん〜05 3/20〜







●いろはカルタ東西差

<いろはカルタ東西差>
●先日、或る本から、このような情報を見つけました。
関東と関西とでの、「いろはカルタ」の違いについてです。
(破線内の以下、「『関東』と『関西』こんなに違う事典」(PHP文庫)より)
----------------------------------------------------------------------

関東・・・論より証拠
関西・・・論語読みの論語知らず


関東・・・骨折れ損のくたびれ儲け
関西・・・仏の顔も三度


関東・・・割れ鍋に綴じ蓋
関西・・・笑う門に福来る
----------------------------------------------------------------------
詳しい実情について、興味深く思っている当方です。
「りえ」さん〜04 07/17〜

<Res>
●京都のかるた屋さんが仰ってたと記憶してるのですが、お江戸はお武家さんが多いので、少し教え諭すような気持ちのものが多く、上方のはお商売に関わって教えられるような内容になっているとも聞きました。しかし私はいろはかるたをした覚えがありません。すぐに百人一首に飛びました。それが不思議だったのですが、そのかるた屋さんが「それは当たり前どすわな。京の女の子やったら道才かるたせえへんお家は百人一首に飛びますねん。上方のかるたはあれは大阪のもんどすえ。京いろはかるた言うのはほんまはおへんのえ。」と仰いました。道理でやったことないはずだ、いろはかるた、と納得しました。道才かるたいうのは、いろはかるたの元みたいなもんで、色彩があでやかで、花札のような感じです。昔は女子供が遊んでいたのですが、段々と博徒の方が使うようになったために、庶民から遠い存在になったそうです。私は道才かるた自体はしなかったのですが、親の世代はやってたようで、それにあることわざだけは教えてもらった記憶があります。

道才かるた>「三越かるた館」というHPでみつけました。URLをお知らせいたします。
http://only-you.mitsukoshi.co.jp/karuta/page.asp?icat=2&icode=KO2002&page=1
元滋賀県大津市南部育ち「ゆい」さん〜04 07/17〜







●東京の高校生アンケート

<from Mail box>
●僕も高校時代の文化祭で、友人や先生、お客さんに関西の地名などについてアンケートをとったことがあります。60人から回答を頂きました。アンケートは杉並区内の高校で行いました。旅行部に入っていたので、大阪合宿の発表とともにアンケートやクイズも行いました。他に面白かったのは、「大阪名物といえば何?」という質問に「ういろう」を答えた人がいたことです。ギャグ回答もかなりあって笑ったのですが、「ういろう」は真面目だったみたいです。その中からいくつか…

1.次の地名の読み方は?

 <烏丸> からすま 25名 からすまる 6名 とりまる 1名
中には女優の烏丸せつこのおかげで読めたという人もいるようです。
地名事典をみると「からすまる」という読み方もあるそうです。
<上本町> うえほんまち 5名 かみほんまち 10名 かみほんちょう
6名 かみもとちょう 5名 かみもとまち 6名 うわもとちょう 2名 
あげほんちょう、じょうほんまち、のぼりほんまち、うえほんちょう、
うえもとちょう各1名
 見事に回答が別れました。ほとんど勘で答えてますね。

2.京都のお寺といえばどこ?

 第1位 清水寺 16票
 第2位 金閣寺 10票
 第3位 法隆寺 4票(←これは奈良です)
 第4位 仁和寺 3票

 高校の先生によると、修学旅行で京都・奈良へ行く人が多いため、混同してしまうのではないか、とのことでした。他にも薬師寺や東大寺にも票が入っています。もっとヒドいのだと鎌倉の銭洗弁天というのもありました。意外に思ったのが、銀閣寺に2票しか入らなかったこと。よく考えると「金閣・銀閣」というため、どうしても銀閣寺は後にきてしまうので票が入りにくいのですね。本来は全く違うのですが…。通の人しか入れなかったようです。

3.「関関同立」とは何か?

 これを大学名と答えたのはたった13名(うち各大学名まで答えてくれたのは4名)。35名が無回答でした。誤答には「道路の名前」「条約の名前」「四字熟語」などがありました。ちなみに、大学名まで入れてくれたのは高校の先生や、OBの大学生でした。僕の高校は大学附属高ということもあり、他大には関心が薄いようです。実際、大学に行ったらほとんどの人が知っていました。
 長々と書いてしまってすみません。関西は好きで、少なくとも2ヶ月に1回くらいは遊びに行っています。また何か気付いたら投稿してみたいと思います。失礼します。
東京在住の大学生「吉良伊玖磨」さん〜04 07/17〜

<Res>
●「金閣・銀閣」というため、どうしても銀閣寺は後にきてしまうので票が入りにくいのですね。とありましたが銅閣もありますので仲間に入れてやってください。銅閣は大雲院境内にある祇園閣をさします。所在地は東大路から広大寺に向かうねねの道沿いにあります。
「山田太郎」さん〜05 12/04〜







●♪まるたけえびすに

<from Mail box>
●「♪まるたけえびすに おしおいけ〜(略)」って知ってますよね。鼻歌程度にくちずさんでいたら、「何の呪文?」って聞かれました。「呪文てなあ。京都の通り名の歌やんか。」ってゆーても、呪文にしか聞こえないようで、歌詞を書いてあげたら、驚いてました。こんど、その東京人は京阪神へ遊びに行くらしいのでしつこく聞かれました。まあ、碁盤の目のように通りが発達しているから、順番に歌になるんでしょうね。東京には碁盤の目のような道はあんまりないですもんね。
「SUPERSUE」さん〜04 07/17〜

<Res>
●私も京系列の人間なので、子供の頃から教えられ、東西も南北も自然と覚えました。代表的なのはこの唄ですが他にもいろいろありました。

坊(ぼん)さん頭は丸太町       つるっとすべって竹屋町
水の流れは夷川            二条で買うた生薬を
ただでやるのは押小路         御池で出会うた姉三に
六銭もろうて蛸買うて          錦でおとして四(し)かられて
綾(あや)まったけど仏々(ぶつぶつ)と 高がしれとる松(ま)どしたろ

最後の「まどしたろ」は「弁償したろ」という意味です。「まどす」言うのは弁償するという、今はやや死語となった京ことばです。あとは一条から東寺までの名物を歌うものもありました。

一条(いっちょう)戻り橋  二条の薬屋 三条のみすや針 四条芝居
五条の橋弁慶 六条の本願寺 七条(ひっちょう)のそば店
八条(はっちょう)のお芋掘り 九条羅生門に 東寺の塔
元滋賀県大津市南部育ち「ゆい」さん〜04 07/17〜

<Res>
●CMでは「まるたけえびすにおしおいけ〜」しかなかったので、この部分しかご存じない方が多いと思います。私も当時そうでしたが、その後、誰から習ったのか、その先まで言えるようになりました。「まる(丸太町)たけ(竹屋町)えびす(夷川)に(二条)おし(押小路)おいけ(御池)、あね(姉小路)さん(三条)ろっかく(六角)たこ(蛸薬師)にしき(錦小路)、し(四条)あや(綾小路)ぶっ(仏光寺)たか(高辻)まつ(松原)まん(万寿寺)ごじょう(五条)」

この歌には続きがあり
 「せったちゃらちゃらうおのたな(魚棚)ろくじょう(六条)さんてつ(三哲)とおりすぎ、しっちょう(七条)こえればはち(八条)くじょう(九条)、じゅうじょう(十条)とうじ(東寺)でとどめさす」
 後半にはつなぎの言葉が多く入っていて前半と随分違う感じを受けるので、もしかしたら後付で作られたのかもしれません。昔の京都の人にとっては御所から五条辺りだけが「京都」。そう考えれば歌がここまでなのも理解できるからです。ところで残念なが丸太町より北はわかりません。それから東→西の歌が確かに存在しますが、これも知りません。
京都出身・東京在住「babyQ」さん〜04 05/01〜

<Res>
●いつも楽しいHPの管理を有難うございます。
私は、生まれも育ちも、大阪で、現在も大阪府に住んでいます。正真正銘の大阪人です。

♪ まるたけ えびすに おしおいけ〜
♪ あねさん ろっかく たこにしき〜

私にとって、上記の歌は、懐かしい歌です。でも、この続きは…。

♪ やつはし 買うなら 聖護院(しょうごいん)

そうです、聖護院というメーカー(商標?)が売りだしていた、八ツ橋です。今から25〜30年くらい前に、京都名物;八ツ橋(やつはし)というお菓子のコマーシャルで、この歌が流れていました。ですから、『やつはしの歌』だと思っていました。学生時代に、京都へ遊びに行った時、お土産やさんで、この歌を歌っていたお婆さんに会い、『この歌は、昔から、小さい子達が、手まり歌として、まりをつきながら、歌っていたんどすえ〜。』と、教えていただきました。京都らしい、おっとりとした歌ですね。

その場で京都の通りの地図を見て、『丸太町通り や竹屋町通り のことなんやなぁ〜。やつはしの歌とちゃうかってんなぁ。』と納得した事を覚えています。勿論、「♪やつはし 買うなら 聖護院」 のところは、全く関係が無かったです。細かく言えば、この部分だけが、八ツ橋の歌だったのです。ところで、20年くらい前から、私は耳にしていませんが、今でも、このCMを放映しているのでしょうか?。ちなみに、私は、アンコの入った、生八橋(なまやつはし)が好きです。抹茶味なら、最高です!。わたしンちにお立ち寄りの際には、是非、生八橋をお願いしま〜す。(^_^;)オイオイ
大阪府柏原市に住んでいる「思春期ボーイズの母」さん〜04 12/04〜

<Res>
●♪まるたけえびすにの南北版

<南北に伸びる通り>

「寺町(てらまち)御幸(ごこう)麩屋(ふや)富(とみ)柳(やなぎ)、堺(さか い)高(たか)間(あい)東(ひがし)車(くるま)、烏丸(からすま)両替(りょ うがえ)室(むろ)衣(ころも)、新(しん)釜(かま)西(にし)小川(おが わ)、油(あぶら)醒ケ井(さめがい)堀川の水(ほりかわのみず)、葭屋(よし や)猪熊(いのくま)黒(くろ)大宮(おおみや)、松(まつ)日暮(ひぐらし)に 智恵光院(ちえこういん)、浄福(じょうふく)千本(せんぼん)はては西陣(にし じん)」

(寺町通・御幸町通・麩屋町通・富小路通・柳馬場通・堺町通・高倉通・間之町通・ 東洞院通・車屋町通・烏丸通・両替町通・室町通・衣棚通・新町通・釜座通・西洞院 通・小川通・油小路通・醒ケ井通・堀川通・葭屋町通・猪熊通・黒門通・大宮通・松 屋町通・日暮通・智恵光院通・浄福寺通・千本通)

ちなみに まるたけえびすには名探偵コナン 迷宮の十字路(クロスロード)で服部平次の恋人遠山和葉がまるたけえびすにおしおいけよめさんろっかくたこにしき と 歌ってました。
「山田太郎」さん〜05 12/04〜





(作者から)・・・こんな写真を撮ってみました







●桜だより

<from Mail box>
●関西の新聞では「さくらだより」というのがありましたよね。スキー場だよりみたいなやつで、「須磨浦公園 3分咲き、奈良公園 満開」というように、桜の名所の花の状況が一覧で載っていたように思います。関東の新聞では見ませんね。3分咲き、5部咲き、満開、散りそめのように段階をふんで記述されていました。関東ではなぜないんでしょうか。

1)関東では花見の習慣が関西に比べてない。というわけはないですねえ。
 上野公園とかすごいし。

2)花の名所が少ない。とも思えませんわ。
 そこで思い当たるのが、

3)関西の桜は時差がある、ですわ。たしか吉野の山なんか、下・中・上・奥ぐらいに分かれていたように思うのですが、5月の連休ぐらいまで満開というのがあったような気がします。関西は山が近くにありますからねえ、ちょっと桜の見ごろにも差がある。関東は満開といえば、東京はみんな満開ですから、わざわざ新聞で載せるほどでもないのかもしれません。いかがでしょうか。
埼玉県富士見市「かずぼん」さん〜04 10/30〜







●北前船

<兵庫出身の高田屋嘉兵衛>
●司馬遼太郎の小説『菜の花の沖』の主人公として知られる淡路出身の高田屋嘉兵衛は海運業でありながらただ利益を上げるだけでなく、志を持った人物として知られています。淡路に生まれ、兵庫に出てその後独立。のちに函館を本拠地として北方へと海の道を開拓していきます。詳しいことは別のところに譲るとして、兵庫出身のこの人物に非常に親近感を覚えます。函館の、海を見下ろせる広い坂を下りきったところには嘉兵衛の像が、函館湾を望むように立っています。嘉兵衛の像の前を通ると、淡路の穏やかや海を思い出します。
北国在住「Rokko Walker」さん〜04 12/04〜

<作者から>
●高田屋嘉兵衛は江戸時代、北海道・東北・北陸〜関西を海路で結んだ「北前船」を函館を拠点に運航していた海運業者ですが、現在でも「函館の恩人」として親しまれているそうですね。「文化三年(1806)十月、大火で函館の街の半分が消失した。(中略)。この火事を教訓に、私財を投じて市内八ヶ所に井戸を掘り、竜吐水(消火ポンプ)を設置した。(中略)。嘉兵衛はこのほか道路の整備、開墾、植林などを行って利益を地元に還元し、「函館の恩人」と言われている」〜「北前船・寄港地と交易の物語」(加藤貞仁著・無明舎出版)〜。このように、単に利益を追求するだけでなく仕事を通して社会に奉仕するという信念は、現在の経営者たちに爪の垢を煎じて飲んでもらいたいと感じます。





・・・●吉野家のルーツは大阪?

<吉野家のルーツ>
●一昨日朝日新聞の付録?"Be on Saturday"を読んどったら、あの吉野家のルーツが大阪との記事が載ってました。大阪の吉野町から上京して魚河岸市場に開いた店が吉野家のルーツという伝説があり、実際は吉野町とは少し遠い場所の住吉出身の人物だとのオチになっとりました。僕のような貧乏学生にはオアシスのような吉野家。今は松屋に浮気気味ですが早くよしぎゅうが食べたい〜。それでも新聞を読んでいるのはエライでしょ?<<自慢?。新聞にも学割がほしーーーい。
「唐木田のたぬきち」さん〜04 12/04〜

<作者から>
●メールをいただいて、古新聞の山から探してきました。要約すると下記のようになります。

創業は1899年。明治32年。初代松田栄吉が大阪から上京、当時日本橋にあった魚河岸で牛丼屋を開き、吉野屋と名付けた。「吉野町」出身の「故郷の町の雰囲気で家庭の味を楽しんでもらう」。しかし、これは伝説で戸籍や親類関係の証言では栄吉が生まれたのは現在の大阪市住吉区住吉町で吉野町はない。吉野町そのものは、ここから7〜8キロ北の福島区に古い地名で吉野町があり現存する。日本橋の魚河岸は大阪の漁業関係者が開いた。規模が拡大するにつれ評判を聞いた大阪商人がこぞって店構え、それぞれの出身地を屋号にした。栄吉の「吉野」も近くの地名から取っただけは確認されている。すると、「吉野」は福島区の吉野町のことで、栄吉にとってはそこは生地よりもずっと特別な場所だったのか。あらぬ想像をしてしまう。吉野家は大震災で魚河岸が築地に移ったのにあわせて移転。事業は戦後長男の長男の瑞穂が継ぎ拡大した。





●関西初心者TIPS

<From Mail Box>
●初めまして。8月の夏休みで初めて大阪に遊びに行った世田谷在住のOLです。なかなか大阪の全部を見て回れませんでしたが、このHPを見ていろいろ勉強になりました。エスカレーターの左開けのような些細なことも出かける前に知っておけばもっと面白かったのにぃ。で、関西初心者の私みたく、旅行のTIPSのようなものがあればいいなあ、と思って。私が感じたこと2つほどお知らせしておきますね。

1)店のおばちゃんの「おおきに」に感動。
 「ありがとうございました」よりも「おおきに」を聞くと大阪に来たと感じる。
 店員によるもかもしれませんが、そのような店のリストがあれば。
 もちろん、マック(マクドですね)などは論外ですねぇ。
2)地下鉄が意外と高い。
 東京に比べると短距離が高いので、心斎橋から難波は歩いてみました。
 充分歩ける距離だったら歩くにかぎる。でも夏はこの程度の距離が限度かなぁ???。
 交通機関の裏技教えてください。
「ぶなぴー」さん〜04 12/04〜

<Res>
●先日地下鉄難波駅から大阪城に行こうと路線図を凝視しておりましたら、突然おばちゃんが現れて声をかけられました。びっくりして「大阪城・・・」というと、「○○で乗り換えて○○で降りて歩いたら安いで。でも環状線は高くなるけど、路に迷う心配はない」とあれこれ教えてくれました。また別の日にキオスクで路をたずねたら、わざわざ店から出てきて「あのビル見えるやろ、あの裏」と教えて下さいました。こういうことは東京ではほとんどありませんのでびっくりしたと同時に、大阪の人の優しさを感じました。「大阪では路に迷ったら迷わず人に聞く」ですね。
「やぶがらし」さん〜04 12/04〜







●大阪俗謡による幻想曲

<From Mail Box>
●作曲家・大栗裕(1918-1982)の作品に「大阪俗謡による幻想曲」という管弦楽作品があります。吹奏楽の世界では有名な曲らしいのですが、浅学の身にて数年前にようやく初めて聴く機会を得ました。天神祭のコンチキチの音が出てきたり、どこかで聞いたような旋律が登場します。聴いたことのない方がいらっしゃいましたら、是非おすすめしたい曲です。

参考サイト:NAXOS
http://www.naxos.co.jp/8.555321J.htm
北国在住「Rokko Walker」さん〜04 12/04〜







●関西の勢いが・・・

<From Mail Box>
●実はこのたびの転勤は大阪本社の機能を一部東京に移すことになったことが原因でして、家族の間では単身赴任にするかどうかで少しもめましたし、そうでない場合家をどうするかでもかなり悩みました。結局私一人で11月から千葉県民です。ずっと関西で生まれ育ったので、違う土地に行くことに対する不安もあります。が、それよりも、私の会社もそうですし、知人の会社でも東京に機能を移転させる事例が多々あることが、一番の気がかりであります。いわるゆ「地盤沈下」ということでしょう。関西の勢いが年々低下しているようでなりません。東京一極集中は避けられない潮流なのかもしれませんが、関西人として少し寂しい思いをしております。

 千葉に移住したら恐らくこのサイトを時々拝見することになるかと存じますが、その節はよろしくお願いいたします。
「YH」さん〜04 12/04〜







●関西弁の自販機

<From 掲示板>
●まいどです、小ネタで失礼します。今日、宇都宮駅方面のホームセンターに買いもんに行った時、缶コーヒーを買おうとお金を自販機に入れると、『まいど!』っちゅう声が…。「エッ、まさかねぇ〜」と思いながらボタンを押すと『おおきにぃ!』だって。ダイドードリンコ(本社:大阪)の販売機で関西弁を話すモノが有るのは知っていましたが、宇都宮で遭遇するとは思いませんでした、ハイ。

 見かけは普通の自動販売機です。(…と云うか、あんまり注意して見ていなかったです。)コテコテしてませんでしたヨ。(笑)お金入れて『まいど!』って言われて初めて「アレ?」って思ったので。『ポイントカードも使えまっせ』とか、色々喋る“らしい”です。同じ機械で標準語パターンと関西弁パターンとある“らしい”です。(コレは設定次第なのか?)たぶん関西方面の方が遭遇するでしょうし、この辺りはレスに期待します。(また、そのホームセンターに寄ったら試してみます。)
「栃木在住京都人PAPY」さん〜04 12/04〜

<From 掲示板>
●うちの近所(宇都宮市のはじっこの方)にも、古〜いダイドーのベンダーがあったのですが、つい最近に新しいモノに入れ替えられました。『まさかなぁ〜』と思いながらお金を入れると『まいど〜。あったかぁ〜い飲み物、どうでっか〜』って喋りました。セリフから考えると季節ものみたいなので、継続して観察します。
 前回の投稿の自販機は、ウチのほんと近所なので面白がってよく買います。『つり銭忘れんといてやぁ〜』とか、『○○きばってやぁ〜』(○○は聞きそびれました)等々、色々喋るみたいです。スロットのアタリ付きなんで、もし当ったらどう喋るのかも、非常に興味があります。(誰か知っていたら教えて欲しいです)ちなみにこの自販機、夜は喋りません。(何時からかは知りませんが…)非常に気配りできる方が“入っている”ようです。(笑)
「栃木在住京都人PAPY」さん〜05 02/06〜







●ちこたんの歌

<From 掲示板>
●昔からずーーーっと気がかりな歌があるんです。「ちこたん」という合唱歌で、小学生か中学生くらいの合唱部がコンクールで歌うような歌です。なぜ気がかりかというとこの歌がこてこての関西弁であるばかりでなく、とても悲しい歌でして、最後は、その歌の主人公の男子がほのかな恋心をいただいていた女の子が死んでしまうんです。これ以上は覚えてません。でも幼心にとーっても悲しかったことだけ覚えてます。CDや譜面売っているのか知りたくて書き込みしました。誰か教えてください。ほんとうに悲しい歌なんですから。
「千里のふでばこ」さん〜04 12/26〜

<Res>
●ちこたんの歌ですが、最初チコタンに恋しだして→プロポーズ・婚約に至って→チコタン突然の交通事故死、という衝撃の展開だったと思います。私は数年前に知ったのですが、知り合いは小学校の頃にこれを聞いてトラウマになった、と言ってました。別の知り合いがレコード屋さん(CDは置いていなかったと思います)をやってまして、レコードでならそこで聞くことが出来るかと思います。ちなみにそのレコード屋さんですが、名前が「チコタンレコード」そのまんまです(笑)。JR鶴ヶ丘駅から東へ徒歩5分のところにあります。
「うっちー@堺在住」さん〜04 12/26〜

<Res>
●懐かしいですね。アマゾンで調べましたら、「こどものための合唱組曲 チコタン」
>価格: ¥5,670 (税込)
>現在、在庫切れです。

となっておりました。楽譜ですが、「楽譜屋ドットコム」を検索しますと

>「こどものための合唱組曲 チコタン」
>価 格 900 円
>出版社 株式会社河合楽器製作所・出版事業部
>ジャンル 合唱
>レベル 初級

>- 収録曲目/内容 -
>曲順 曲名/内容 アーティスト1
>(歌手/作曲家など) アーティスト2
>(作曲/編曲者など)
>1 チコタン(ぼくのおよめさん)〜なんでかな〜
>2 チコタン(ぼくのおよめさん)〜プロポーズ〜
>3 チコタン(ぼくのおよめさん)〜ほっといてんか〜
>4 チコタン(ぼくのおよめさん)〜こんやく〜
>5 チコタン(ぼくのおよめさん)〜だれや〜
> 南安雄 / 蓬莱泰三

>6 ◎詩チコタン(ぼくのおよめさん)

と出てきました。さらに職場の尼崎出身の某君は大学のコーラスで歌ったことがあるそうです。それによると、この主人公の家は魚屋でチコタンは魚が嫌い・・・だったのが実は海老は好きだと聞いて「♪チコタンチコタン 海老好き言うた!」というシーンを勤務中に唄ってくれました!。
〜作者より〜04 12/26〜

<Res>
●こんばんは☆東京生まれ・東京育ちの私も「ちこたんの歌」を歌ったことがあります。懐かしい〜!!!。その時は「関西弁の歌なんて歌いにくい!」と思ってました。管理人さんのレスの中にもあるように、ちこたんはエビが好きなので、この主人公は
 ♪そんなら そんなら ちこたん好きな
  エビ・カニ・タコだけ売ったらええねん
  ホンマにええこと思いついた!
って言っているんです。

そうそう、最後はちこたんはトラックか何かに引かれてしまうんですよね。。。それで主人公は「誰がちこたんを引いたんだ!」って。(だから、5番目のタイトルが「だれや」なのです)悲しい歌だなぁ。。。
「多摩っこ」さん〜04 12/26〜

<Res>
●こんばんは。お久しぶりです。ちこたん、小学校で歌いました。
よほど印象が強烈だったのか、今でもバッチリ歌詞を覚えていて、歌えますね。
何でかな♪何でかな、なんでちこたん好きなんかなって、
始まり、ちこたんが魚キライやから、自分ちが魚やなことお父ちゃんに怒ってる。
で、最後はちこたんダンプにひかれるんです・・・。

泣けるのは
♪ちこたーんわろてる〜花の中からー♪ちこたんわろてるー写真の中からー、略
笑うな ちこたん 写真の中なんかで笑うな 
ぼくはつらいねんぞ ぼくは悲しいねんぞ
ってセリフみたいになってるとこかな。
「神戸ののっちゃん」さん〜04 12/26〜

<Res>
●チコタン、小学生のときに習いました。
おそらく一番、二番、三番の歌詞だと思いますが、思い出したところを載せておきます。どっか抜けてるような気もするんですが、メロディに載せることができたので、大体こんなもんだと思います。足りない部分はどなたか補ってください。 長くってごめんなさいね〜m(__)m

(1番)
何でかな、何でかな、
何でチコタン好きなんかな。
何でこないに好きなんかな。
チコタン、チコタン。チコタン、チコタン。
飴玉みたいな目ぇやからかな。
マシュマロみたいな鼻やからかな。
クラスで一番チビやからかな。
クラスで一番ゲラやからかな。
何でこないに好きなんかなあ。
難儀やなあ、難儀やなあ。
チコタン、チコタン。チコタンタン。
どないしょう、どないしょう。
チコタン、チコタン、チコタンタンチコタンタン、チコチコチコチコタンタン、チコタンタン。
僕はアナタを、僕はアナタを……
食べてもたろか!


(2番)
チ、チ、チ、チ、チ、チ、チ、チエコさん。
ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕のこと。
ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕のお嫁さんに、
なな、な、なってください。
もし君がお嫁さんになってくれたら〜
べ、べ、べ、勉強、いたします。
よい子になります、掃除もサボりません、鼻くそほじりません、女の子も泣かしません。
ぜ、ぜ、ぜ、絶対誓います。
チ、チ、チ、チ、チ、チ、チ、チエコさん。
そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そやさかい。
ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕のお嫁さんに、
なな、な、なってください。


(3番)
ほっといてんか、ほっといてんか。
ご飯なんか、いらん!ケーキなんか、見とない!
あほたれ、あほたれ、父ちゃんのあほたれ。
なんで魚屋なんかしたんや。
チコタン魚は嫌いやのに、そやから僕は失恋したのに。
ほっといてんか、ほっといてんか。
ご飯なんか、いらん!ケーキなんか、見とない!
あほたれ、あほたれ、母ちゃんのあほたれ。
何で僕一人だけ産んだんや。
僕が魚屋つがんならんのに、そやから僕は失恋したの
ほっといてんか、ほっといてんか。
一人ぼっちでほっといてんか。
「TOMO」さん〜04 12/26〜







●大阪値切りのコツ

<From 掲示板>
●最近は行ってないから、どうか分からんけど、日本橋でも、大型店舗やったら、ヒラの兄ちゃんに色々ゆうといて、エライさんを引きずり出したら、値段が下がりましたワ。上の方の人ほど、まけてくれる額が低うて、安なってました。それと、個人商店はおまけつけてもらう方がよろしいね。

 知らんトコやったら、きつう値切るけど、なじみのトコやったら、むこうの都合も考えて買わなあかんと思います。例えば、「これ最後やから、安するから買うて」と言われて、買う気がないときは、「ごめん、今度な」ですませて、買う気があるときは、「なんぼになるん?」と、値段の交渉に入ります。
「りょうけん」さん〜05 01/04〜







●七草囃子

<From 掲示板>
●うちでは6日夜に七草囃子を歌って、いわゆる「七草の行事」というものをしていたのですが、今もなさってらっしゃるとこってあるのでしょうか?「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン」などと歌いながら、七草を叩いていくのです。歌詞はかなりあやふやですが(かなり適当に歌っていたのであっているのかどうか)・・・。

行事のやりかたについては、「七草なずな 唐土」などと検索したら出て来ます。7種の台所用品を並べ、1草につき7回(でもうちではめんどくさかったので1回)叩いていくのだそうです。これは一家の主人が最初にせねばならず、実家では亡父がとりあえず1回ずつ叩いておりました。私たちは一緒に歌い、母はそのあと、ザクザク切っておりました。

全国的な風習のようで、二次大戦前までは普通にどこでもなさっていたようなのですが・・・。
「ゆい」さん〜05 02/06〜







●ロバのパン屋

<From 掲示板>
●僕が小学生の頃(昭和40年代)ろばのパン屋という移動型の駄菓子屋さんみたいなのがあって、みたらしだんごや蒸しパンやらをよく買って食べてました。”ろばのおじさんピンカラリン、ピンカラリントとやってくる〜〜〜”という歌声に合わせてやってくるあれですわ。2−3年前に里帰りしたときにふと気がつけばあの懐かしい音が聞こえてくるではありませんか。ろばのパン屋って復活したんですか?歌の歌詞ですが、1番だけではなく2番もあったような気がするんですが、全部知ったはる人いたはりますか?
San Diego発「京都人」さん〜05 02/06〜

<Res>
●ロバのパン屋は、ある年代の人間には本当に懐かしいですね。でも、細々とではありますが、今も営業していますよ。私も、京都文化博物館前あたりで時々遭遇し、その度に買ってしまいます。回るコースがいくつかあるらしいと聞いたのですが、忘れてしまいました…。

ロバのパン屋については、色々な人が調べているようですが、
http://www14.big.or.jp/~amble/b/eii/robapan_1.htm
が一番わかりやすいと思います。もともと、競走馬の名に「ロバノパンヤ」というものがあってから調べ始めたようで、その調査力には頭が下がります。
「BOSE」さん〜05 02/06〜

<Res>
●ロバのパン屋のHPです。
http://robanopan21.hp.infoseek.co.jp/
京都市内では音楽を流しながら軽四で廻っています。見つけた時は買っています。
「山田太郎」さん〜05 12/04〜







●ダイハツの名前

<From 掲示板>
●軽自動車で有名なダイハツは「大阪発動機」が由来と耳にしたことがあるのですが、WEBサイトの沿革には明治40年「発動機製造」から昭和26「ダイハツ工業」に飛んでいるんです。大阪発動機説はウソなんでしょうか。だとしたらダイハツのダイって?。
「愛車はMOVE」さん〜05 02/06〜

<Res>
●これに関してですが漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」143巻にも出ています。
「キハちたん」さん〜05 02/06〜

<管理人より>
●そういえば、伊丹空港のそばに「ダイハツ町」という地名がありますね。まさに工場のあるところなんですが。


<Res>
●同じくWEBサイトの「会社概要」−「会社概況データブックダウンロード」のところに社名の由来が載っていました(pdfファイルで閲覧できます)。その中の「社名の由来」を見てみると、『ダイハツの由来は、大阪の「大」と発動機の「発」をとって…』とありますので、「大阪発動機」が由来ではないようです。 (半分は合っていると思いますが、、、(^^;;;)
「うっちー@堺在住」さん〜05 02/06〜







●京都ゴキブリ

<From 掲示板>
●2002年7月11日に掲載された産経新聞の記事に面白いものがありましたので紹介します。(今頃になって、スンマチェン・・・)

『レッドデータブック(京都)府が上下2巻発行』(抜粋)(略)里山の減少とともに個体数も減っている可能性が指摘されるキョウトゴキブリなど意外な品種も紹介されている。(略)キョウトゴキブリは、府内で発見されたチャバネゴキブリ科の品種でクロゴキブリより小さく一時的に食品工場などで発生する。しかし、通常は平地や低山の樹木に生息し、まれにしか室内に進入しないという。東山のクヌギの受益を夜に食しているのが観察され、レッドデータブックでは「生息環境が失われつつあり、動向を見守る必要がある」としている。(以下略)
http://www.afftis.or.jp/konchu/gokiburi/0606.htm
 環境問題に関する仕事をしている知人に聞いてみると、京都以外(東海、九州や朝鮮半島等)に生息しているキョウトゴキブリは立派な害虫だそうです。さすが、京都の名を冠するゴキブリは品がよろしゅうおますなあ。なお、京都・東山以外の関西では生息が確認されていないようです。

 「キョウトゴキブリ」が新種のゴキブリとして確認されたのが、1960年代に京都市内の民家へ入って来たときのことだそうで、まだまだ最近のことのようです。「キョウトゴキブリ」という名称の由来は、生息地だからではなく発見地だからのようです。生物学研究員の我が妹によると、ゴキブリという生物は森林の樹液を食する昆虫だったのですが、人間の文明化により失われた森林の代わりに住宅に入り、その生態を変化させ必死に生き延びているのに、人間にいじめられる『可哀想な昆虫・ゴキちゃん』であるとのことでした。(我が妹ながら、『ゴキちゃん』とは!)そして、我等が(?)関西の「キョウトゴキブリ」は、森林の減少やスギ等の針葉樹林の植樹に器用に適応できずに、京都・東山を除いて滅んでしまったのではないかと申しておりました。
「まったけ」さん〜05 05/15〜







●どんぶり

<From 掲示板>
●「どんぶり〜!」という掛け声と同時に他人のズボンを下ろす遊びが小学校の頃にとっても流行していました。 この、「どんぶり〜!」という掛け声は、三重県内でも、わたしの住んでいた地区だけなのかもしれませんが、他県でも、同じような掛け声はあるものなのでしょうか??
「かめ@三重」さん〜05 07/10〜







●体育の授業で

<From 掲示板>
●皆様こんばんは。今日、晩ご飯の時に主人と話題になったことなんですが・・・。
 高校時代、男子の体育でラグビーあるのは当然や思てたんですけど、あれって関西特有なんでしょうか。うちの主人、高校から大坂(香里です)で、それまで東北にいたんです。で、東北時代の友人に、「高校ん時体育でラグビーあったぞ」言うたら、「うっそ〜!」と・・・。ちなみに私の出身高校(滋賀県膳所高です)でも男子は体育ラグビーありました。私も高校男子の体育にラグビーあるのは当然やと思っていたので、無い地域(東北は秋田以外はあまりラグビー盛んではないので)もあるとは知りませんでした。皆様のご出身の高校ではいかがでしたでしょうか。関西ではあるんちゃうかな〜と思ってるんですが、どうでしょうか。
「ゆい」さん〜05 07/10〜

<Res>
●高校(大阪府立阿倍野高校)でラグビ−は、当然ありました。そればっかしではなかったですが、体育の一環としてやりましたね。それに柔道もありました。柔道は、”柔道”と言う時間割が組み込まれてましたね。畳を雑巾で拭くことから始まり、受身、技などやりましたわ。
「パピ−」さん〜05 07/10〜

<Res>
●レスありがとうございます。やっぱりありましたか!大坂は特に盛んな地域ですから、そりゃもうあらはるやろ〜とは思ってたんですが。うちのとこも、主人のとこも体育の一環としてです、同じです。うちのとこは同じく柔道もありました。女子は剣道もやりました。水泳の授業も女子でもあるし(水着などは自由なんですよ〜体操服も体育できる服ならばなんでもヨカッタです)、いろいろやった記憶があります。
そういや、出身高校、水泳部より水球部の方が人数多かったです。それに部活、といわず、班活といって、「部」を「班」と称しておりました。藩校が前身なので、それの名残だなんて聞いたことがありました。
「ゆい」さん〜05 07/10〜







●アンニュイな歌

<From 掲示板>
●えらい昔の話で恐縮なんですけれども、ラジオから流れていたこんな曲がいまだに耳に残っておるのです。ハスキーな姉ちゃんのアンニュイな唄で「朝起きたらぁぁ、男の態度が変わってたぁぁ」ってな唄です。ブルース調の曲で、かれこれ20年以上も前になるのかな。誰の何て歌か知りませんか。
「おきな昆布」さん〜05 07/10〜

<Res>
●小林万里子さんですね。 ttp://www.lovepiececlub.com/interview/02.html
「ふんふん」さん〜05 07/10〜







●日本国憲法を大阪弁で読む

<From 掲示板>
●昨日、図書館で「方言で読む日本国憲法」大原穣子著を借りてきました エエねえ 関西弁で訳したら やわらかいしわかりやすいように思えますねんけどまず、前文のはじまり「わたしら日本国民は選挙の時汚いことはせえしまへん・・・戦争やなんて絶対いやだす・・・・」CDもついていて心からそう思てる気持ちが伝わりやすいようなエエなあ。
「カルロスの父」さん〜05 09/10〜







●女性三人組の漫才

<From 掲示板>
● 最近、以前から捜していた「ちゃっきり娘」のリーダーの松原春美さんが書かれた古書を入手しましたが、「ちゃっきり娘」を検索しても「NEOちゃっきり娘」や「NEOかしまし娘」が出てきます。もう、「ちゃっきり娘」は解散してしまったんでしょうか?また、もっと古い話、日吉川秋水さんの娘さんで秋水嬢が、リーダーでやってた三人組みの「ジョーサンズ」っていつ解散したんでしょう?三人のうちの一人は、故・桂枝雀さんの奥さんになられ、秋水嬢はアメリカで結婚して・・・いうのは聞きましたが、菊子さんは、どうなったんでしょう?ご存知の方がいらっしゃいましたら・・・ジョーサンズは古すぎますか?
「山猟師の六太夫」さん〜05 09/10〜







●難読地名いろいろ

<From 掲示板>
●私は兵庫県西部に在住のものですが、そこ(おもに姫路より西)の難読地名をいくつか置いておきますのでよかったら使ってください。

東觜崎  たつの市の地名・・・というかJRの駅の名前だったりしますが、地元以外で読める人すごいと思います。 (注:本年10月から(旧)龍野市は周辺市町と合併のため市名新しくなり平仮名です、以後にあげるたつの市も同様で。)

誉田町誉:たつの市の地名。難読地名のうち文字も面白いのであげてみる。最初の字と最後の字は同じ字だが読みは違っていたりします。
上莇原:たつの市新宮町の地名。たぶん一発で正解でない予感
芝田:たつの市新宮町シリーズ。これはシバタとしか読む人居ない予感がするw
宍粟(市/郡):兵庫県北西部の名前。とにかく一発では読めないw郡の方は来年姫路市になりますよ?
その宍粟市から2つ。似ているが別もんの読みです。
木谷 :山崎町の地名
木ノ谷:こちらも山崎町。
相生:兵庫県西部の市の名前。新幹線の駅のある市のわりには・・・読める人少ないと思う。
  それでも知ってる人多そうなので後回しにしたけど・・・姫路市からも出題。
網干:地元外の人だとアミホシとしか読んでくれないらしい地味に難読地名なところ。
飾磨:とある人にシキマと読まれて凹んだ地名。たしかに飾はシキという読みもあるのだが・・・ここでは違います(例:飾西=シキサイ)
南畝町:これ確か…郵便局がかな表示になってるほど難しい地名。姫路駅の南側のエリア。
姫路市関連おまけ。
魚吹八幡神社:地名とは違う・・・わけですが、これ一発で読める人すごいwウオフキではありませんよ、とヒントものっけ。 別名津の宮


<答え>
東觜崎  ヒガシハシサキ
誉田町誉 ホンダチョウホマレ
上莇原 カミアザワラ
芝田 コゲタ
宍粟(市/郡)シソウ
木谷 キダニ
木ノ谷 キノタニ
相生 アイオイ
網干 アボシ
飾磨 シカマ
南畝町 ノウネンチョウ
魚吹八幡神社:ウスキハチマンジンジャ

<関連URL>→難読地名調査
「W−9」さん〜05 12/04〜

<さらに追加で>
●難読最高級と思われのをいくつか追加で。

丁 :姫路市の地名。兵庫県民でも姫路市民以外で読める人…どれだけいるだろ?
博労町:姫路市シリーズ。正直読めんかった。
岩端町:姫路市シリーズ。お城の近く。
吉美:姫路市の地名。市のかなり南部。
国府寺町:姫路市の地名。某声優さんの名前の読みと一部一緒なので読める人は読める?!
河間町:私自身なんでこれがこういう読みなのかいまだにわからない人です。
芦屋市:意外に県外の人なら読めないらしいので。
六麓荘町:その芦屋市の地名。高級住宅街。
とりあえず追加はこのくらいで。


<答え>
丁 :よろ
博労町:ばくろうちょう、ばくろまち・・・更に地元の人でもばくろちょうという人も
岩端町:いわばなちょう
吉美:きび
国府寺町:こうでらちょう
河間町:こばさまちょう
芦屋市:あしやし。
六麓荘町:ろくろうそうちょう
<関連URL>→難読地名調査
「W−9」さん〜06 02/25〜

<From 掲示板>
●こんばんは、はじめて書き込みします。 静岡から大阪に引っ越して4年です。 地名の読みかたでは、まだまだ苦労してます。 二日前に先輩に教えてもらった地名があるのですが、 それは、生国魂神社です。 これ、「いくたまじんじゃ」って読むんですね。 全然知らなかった。 っていうか関西素人には読めないですよ。これは。 いやいや、苦労は尽きません。
「きりこ」さん〜06 11/19〜

<Res>
●こんにちは、千里のふでばこです。このパソコンを試してみましたら、「いくたまじんじゃ」でちゃんと「生国魂神社」と変換されました。すごい!。でも神社のある場所の地名は「生玉」なんですね。大阪に住む人私でも地名は難しいです。
「千里のふでばこ」さん〜06 11/19〜







●指で3の表示法

<From 掲示板>
●私は、大阪泉州出身岐阜在住5年目です。3を意思表示する時皆さんどうしますか?。私は、中指、薬指、小指の三本を使います。しかしこうすると岐阜の友達は皆おかしいと言います。中三本を使うというのです。確かに大阪でもそうする人 はいましたしかし大阪では僕のやり方におかしいと言う人はいませんでした。みなさんはどうですか?
「くいだおれ」さん〜06 02/25〜

<Res>
●こんにちは。千里のふでばこです。私は中三本ですね。中指、薬指、小指でやってみましたが人差し指さんまで動いてしまって、ぎこちなかったです。私の知人で親指・人差し指・中指で3を表示する人がいました。千差万別ですね。
「千里のふでばこ」さん〜06 02/25〜

<Res>
●わたしも中3本です。手のひらを相手に向けますけど、手のひらを自分の方に向けてるのも、見たことあります。色んなやり方があるんやと思いますけど、「おかしい」とゆうもんでもないと思います。
「りょうけん」さん〜06 02/25〜

<Res>
●所変われば、色々な表現方法があるのですね!私は、楳図かずおさんの漫画『まことちゃん』の【グワシ】を思い出しました。下記のURL 参照
http://umezz.com/gwashi/
ちなみに、私も中3本です。
「思春期ボーイズの母」さん〜06 02/25〜







●巨大看板

<From 掲示板>
●はじめまして、キレイキレイと申します。昔、阪神高速空港線(池田線?)沿線にあったチチヤスヨーグルトの看板が見当たらなくなりました。全盛期wには『探偵ナイトスクープ』で、ヨーグルトのカップの形をした看板の上に賞味期限付の“フタ”まで付けていたのに・・・。
「キレイキレイ」さん〜06 04/16〜

<管理人より>
●ヨーグルトの瓶をかたどった巨大な広告でしたね〜。なくなってましたか。ナイトスクープではわざわざ飛行機で伊丹〜羽田を往復してましたが(笑)。ヨーグルトも商品が多様化してきたので広告効果が薄くなったと考えたのかもしれませんね。


<Res>
●あのヨーグルトのネオンサインは確か3〜4年前になくなりましたよ。チチヤスの支店が区画整理かなんかであそこから少し離れた所に移転したのです。今は少し小さめの平看板を道路から見えるようにビルの脇に設置してるみたいです。
「からす」さん〜07 01/01〜

<Res>
●ところでそのチチヤスが日本初のヨーグルトを発売したんだそうです。ウィキにそんな文章がありました。全然知らなかったです。そのヨーグルトの先駆者のチチヤスが、テーマパークを持っているらしく広島にあるそうです。そこに巨大ヨーグルト広告があればいいのにね。
「千里のふでばこ」さん〜07 01/01〜

<Res>
●確かにあの巨大ヨーグルトは凄いインパクトがありましたね〜オイラもぜひ復活してほしいと思います^ ^
ちなみに、あの近辺はチチヤスの巨大ヨーグルトネオンサインの他にも、巨大な作り物のブルドーザーがビルの屋上に置いてあった建設機械会社のビルとか、本物のミキサー車がビルの屋上に置いてあった生コン屋なんてのも昔ありました。スーパーに行けばその発売当時のヨーグルトの復刻版が売っていますよ。それにしてもテーマパークまで持っていたのですか!!それは知らなかったな・・・^^;
あ!これ書いてて思い出した〜都島区にのりの佃煮で有名な磯じまんの本社があるのですが、ここは巨大な作り物の磯じまんの瓶がビルの屋上にデンと据えつけてあります。あれもインパクトあったな〜^ ^(http://www.isojiman.co.jp/information/gaiyo.html)
「からす」さん〜07 01/01〜







●ポートピアランド閉園

<From 掲示板>
●ポートピアランドが3月いっぱいで閉園なんですね。バブリーな頃に、デートコースとしての定番だった遊園地。とても懐かしい思い出がいっぱいつまった場所がまたひとつ、なくなります。
「芦屋のはずれ」さん〜06 04/16〜

<Res>
●初めまして。芦屋のはずれ様。バブルの頃は青二才の若造どもがこぞって、ポートピアランド→ポートピアホテル→●×▼○、というルートをたどっておられたようですが、かくいう私は貧乏学生で指をくわえて見ておりました(;_;)

遊園地が寂れてくるのは不況・少子化云々と言われている昨今、エキスポランドやひらパーだけは客数増だそうです。エキスポランドは巨大プール「カリビアンリゾート」が好調だったことによるらしい。しかし、特に目立ったアトラクションがあるでもない「ひらかたパーク」が、なぜ客数増なのか。ナゾです。
「海老天」さん〜06 04/16〜

<Res>
●ヒラパーは定期的に宣伝してるし、菊人形という重荷を下ろしたからね。エキスポは隣に万博あるし、阪大あるし、なんたって大阪のベッドタウンだから客足には困らないでしょう。「のってけ、のってけ・・・・」だけじゃぁね・・・モザイクができたあたりからアカンのかもね。ポートアイランド島にわざわざ行って、ポーアイ以外になにがあんのよ??

あ、でも私はポーアイ好きでしたよ。思い出もたくさんあります。「コンドル」がお気に入り。
「クロダ」さん〜06 04/16〜







●システム開発上方落語

<From 掲示板>
●コンピュータや、システム開発をテーマにして、上方落語書いている人がいました。
実装亭炎上の上方おとしばなし
http://www.mag2.com/m/0000188103.html
「たけちん」さん〜06 06/04〜







●移動型金魚すくい

<From 掲示板>
●兵庫区育ちの私、子供のころ近くの公園に金魚すくいと駄菓子をリヤカーに乗せてやってくるおっちゃんがいました。金魚すくい1回30円、たしか「ダイ券」という50円のを買うと2回できたはず。最初は金魚だけだったのに、あとから駄菓子も扱うようになっていきました。帰りは一斗缶に金魚を入れて、帰って行きました。30年くらい前の話なので、もし似たような公園にやってくるおっちゃんご存知の方いらっしゃいましたら、うれしいのですが・・・
「てんてこ」さん〜06 06/04〜







●関西弁誤変換

<From 掲示板>
●ご無沙汰しております。大阪弁の誤変換はありますよ。

どないしてはりまっか?→度ないして張り真っ赤
早よ食べなはれ    →派世食べ名晴れ
大阪駅で待っててや  →大阪駅でまって手や

他にも、仰山出てくるんと茶いますやろ過
「バセットハウンドU」さん〜06 07/22〜

<From 掲示板>
●大阪の史跡「難波宮」が「浪速飲みや」になりよる!
「呑み助」さん〜06 08/19〜
<Res>
●うちのは「浪速の身や」になります(爆)
「関西復帰」さん〜06 08/19〜






●鼻くそ丸めて

<From 掲示板>
●少し汚い話題で恐縮です。まだ幼稚園の頃、鼻くそをほじっていたら母が、「鼻くそまるめてまんきんたん、それを飲むものあんぽんたん」って歌ってました。だれが飲むかいなと、思ってましたがこんな歌知ってはるかたいますか?
「傘ぶらんか」さん〜06 07/22〜

<Res>
●こんにちは!生野区出身のパピ−です。うちらの界隈では、”ハナクソ丸めて黒仁丹〜!”って言いましたけど。小学校の頃、友達とよくふざけあって、ハナクソほじくって、クルクル丸めて、このフレ−ズを言いながら、友達の服に擦り付けたりしてましたね。今から思うと、あああ汚っ!って感じですが、悲鳴あげて、逃げる友達を見るのがおもろおて、よお、しましたわ。
「パピ−」さん〜06 07/22〜







●美容院・理髪店

<美容院の休日>
●はじめまして。美容院の休日は、関西は月曜日ですけど、関東は火曜日なのはどうしてでしょうか?
「toko」さん〜06 08/19〜

<Res>
●関東でも月曜日が定休の店、ありますよ。でも傾向としては火曜日かな。
「うみくらげ」さん〜06 08/19〜

<管理人より>
●美容室・美容院情報検索サイト「ベストサロン」
http://www.best-salon.net/
を見てますと、検索条件の中に「火曜日営業」というのがありましたので、こういう項目があるということは、関東では火曜定休の店が多いのでしょうね。一方で、理容室=散髪屋さんですが、こちらは月曜日定休が多いようです。なぜそうなのか、全美連、全理連などのHPを見てみたのですが残念ながら載ってませんでした。

<Res>
●昨日美容室に行ってきました。お母さんはパーマ屋パーマ屋って言うのですけれど、ちょっと私は嫌です。 美容室の休日のことが話題になってたことを思い出したので聞いたら、関西では月曜日関東では火曜日が多いと言ってましたよ。理由として休日に美容師の研修をする場合があって、同じ曜日だと指導の先生が決まった曜日しか研修できないからじゃないのかな、とおっしゃってました。休みまで研修しなくちゃいけないなんて、美容師も大変なお仕事なのですね。
「千里のふでばこ」さん〜06 11/19〜



・・・・・

<理髪店で洗顔?>
●初めまして。関西の理髪店では自分で顔を洗わなければならないと聞きましたが本当ですか?。タオルは前に置いてあるのですか?
「うみうし」さん〜07 10/08〜

<Res>
●頭を洗った後、顔の前にシャワーを出してくれるから、自分で洗います。洗い終わった頃に、横手からタオルを出してくれます。こっちの方だけやったんか。
「りょうけん」さん〜07 10/08〜

<Res>
●確かに、こちら関東では行われないことですね。どこかで読んだことがあるのですが、これは髭剃り後に、どれだけ肌がすべすべしているか客本人に確認してもらうためだとか。まあ、最近私は10分1000円で散髪してくれる某チェーン店をよく利用しているので、帰省したときも経験してないのですが・・・
〜管理人より〜

<Res>
●都内在住HN森永アントルメです。関東で格安理髪店が出てきたのは比較的最近の話でして、それ以前は散髪するのに4000円ほどかかってました。関西では昔からありましたね、格安散髪店。私が覚えているのは高速神戸近くのメトロ理容室というところでして学生の頃たしか900円程度でやってくれてました。今でもあるのでしょうか。話がそれますが、きょうびの散髪屋さんは終わると「お疲れさまでした」といわれますが私には耳障りです。「ありがとうございました」と言わんかい! (ぼやき漫才風に)
「森永アントルメ」さん〜07 10/08〜

<Res>
●関西では前から洗面台が飛び出してきて「ハイどうぞ!」と言われて自分で洗います。洗い終えればタオルを手渡してくれるのが普通です。でも最近は「耳掃除」のサービスがなくなったのは寂しいですね。
「はんめい 」さん〜07 10/08〜







●一種間の歌

<From 掲示板>
●“月曜の晩に火事いって 水もってこぉ〜い木兵衛さん 金玉落としてドロ(土ろ)だらけ 日に乾かしてカッチカチ”  以前、題名がわからないので『一週間のうた』としたが、ある日、下記のような記事を発見した。

『ありがとう笑名人 第一巻』
高田文夫 笑芸人編著 白夜書房 2003年6月10日 初版 第一刷 p277
特別寄稿 「志ん朝 しのび歩き」山藤 章二

「“火事はどこだよ牛込だ 牛の金玉まる焼けだ”。昔のガキはこんなんで遊んでたんだから銭もかからなかった。そうそう似たやつでこんなのもあった。“月夜の晩に火事が出て、水道の水で消したけど、木兵衛の金玉ドロだらけ”。月曜から土曜までを読み込んである所を見ると、子供に覚えさせようとした唄だろう。たしかにこれならすぐ覚えるが、昔の戯れ唄は、なんで火事と金玉がセットになっているんだ?」とあります。ですから、関西が先なのか、関東が先なのかは判断しがたい点がありますが、東西に発信を同じくする子供の戯れ唄があるわけで、ご記憶の方もいらしゃって当然だと思うが、未だに「その歌なら知ってる」という話しを耳にしたことがない。親父の「関西版」には、“日に乾かしてカッチカチ”と日曜日まで挿入されてあるあたりから考えると関西発か?と思われる。どなたかご教示願いたい・・こんなもんどこの誰がご教示くれるか!(笑)。しかし、木兵衛さんは東西にかかわらず災難である。

“雨のショボショボ降る晩に豆狸(まめだ)が徳利もって酒買いに 酒屋の前で瓶割って いんで(帰って)おとっつぁんに怒られて 便所の隅で泣き笑い”という歌も親父は唄っていました。重要無形文化財の桂米朝師匠もこの歌に関して述べておられる書き物もありますが、米朝師匠の書き物には後半部分が記載されていません。「こんな有名な歌、全部書くこともないやろう」と、思われてのことでしょう。

「しょじょ寺のたぬきばやし」の節に乗せて唄われました名調子“カムカム エンブリボ エンブリボ ア ハワイユ”( Come, come Everybody. Everybody are How are you? )という『カムカム英語』も話題になることもありませんねぇ〜。『ボタンとリボン』『ウスクダラ』も東五九童・松葉蝶子の手にかかると“ バッテンボー ”や“ 薄暗がりで ”になってしまった。今の学生にもこの手で外国語を覚えさせたら早いかもなぁ〜。

「山猟師の六太夫」さん〜06 11/19〜

<管理人より>
●一週間の歌についてですが、「火事はどこだよ」の箇所が、関西なら、「火事はどこや」あるいは、「火事はどこやねん」になりそうで、どうも語呂が悪いような気がするのですが・・・。従って東京が発祥なのでは、という印象を受けてます。


<Res>
● おそらく、管理人さんが仰る通り関西弁なら「火事はどこやねん」とか『首提灯』やありませんが「火事はどこやどこや」になると思います。語呂でしょうね。で、親爺の肩を持つわけではないのですが、関東版にはなんで日曜日が無いんでしょうね?関西人がこさえたんでしょうか? 阪神淡路大震災で亡くなった親爺にもっと聞いておけば、もっと面白い唄を教えてくれていたかもしれません。しかし、なんで『豆狸』で「いなり寿司」なんでしょ?HP開けて、笑いました。
「山猟師の六太夫」さん〜06 11/19〜







●灯油タンクの色

<From 掲示板>
●こんにちは。関東から越して来て5ヶ月。いくつか気付いた事がありますが、最初に驚いたのは灯油18Lを入れるポリタンクの色。関東では赤だったのに、関西では水色なんですね!
「パオ」さん〜06 11/19〜







●関西弁迷翻訳?

<From 掲示板>
●こんなんどうでしょう?

東京弁「ブルータス、お前もか?」
河内弁「ブルータス、われもけ?」
「ぶるーたす」さん〜06 11/19〜







●江戸時代の貨幣制度

<From 掲示板>
●時代劇なんかでしばしば出てくる両替商という商いがあります。外国と取引するわけでもないのでなぜ両替なのか、と不思議に思って調べてみますと、江戸時代の江戸と大阪では貨幣が金と銀と別だったそうです。だから江戸で売ったお金を大阪で使うと金から銀に両替しなくてはならななったそうで、江戸時代の江戸と大阪はほんとうに今の外国のような感覚だったのだなと思いました。それがいまでは新幹線で2時間30分になるなんてねえ。
「リトミックパパ」さん〜06 11/19〜

<Res>
●東京にある銀座という地名。昔、銀を鋳造してたからと聞いたことがあるぞ。銀座と銀貨、関係あらへんのかいな?
「マスオさん@勝尾寺」さん〜06 11/19〜

<Res>
●江戸の方は、一分銀や一朱銀(金との関係は変わらず、価値が変動しない)で、上方は丁銀や豆銀(重さで価値が決まるが、金との関係は相場で決まる)やったような気がします。そやから、庶民が使う銅銭も含めて、大判、小判、銀貨を、幕府が鋳造してたから、金座、銀座、銅座が地金から管理してたと思います。
「りょうけん」さん〜06 11/19〜

<管理人より>
●江戸時代の貨幣システムについてはほとんど知識がなくて・・・。ところで、落語の「千両みかん」などで出てくる一両は 金貨だと思っていたのですが、上方=銀貨だとすると、この場合は銀貨なのでしょうか。それとも、金貨も銀貨も(もちろん銅銭も)、すべて流通していたのでしょうか?


<Res>
●金と銀の話題、マスオさん勝尾寺さん、管理人さん、りょうけんさん、ありがとうございました。銀座が昔は大阪にもあったと、銀座コンシェルジュというサイトで見つけました。意外ですね。
http://www.ginza.jp/story/yurai.html
<以下引用>
銀座という地名は、江戸幕府が銀貨鋳造所をこの地に置いたことに由来する。 駿府(すんぷ 今の静岡市)にあった銀座を、1612年(慶長17年)に江戸に移した。座とは、貨幣や、度量衡に従う特別な免許品を製造した場のこと。銀座の他に、金座、枡座、秤座、朱座、などがあった。 金貨を鋳造した金座は、同じ江戸の常磐橋門外、今の日本銀行がある場所にあった。 1800年(寛政12年)に寛政の改革のため江戸、京都、大阪、長崎にあった4銀座を廃止。のち、江戸銀座のみ日本橋蠣殼(かきがら)町に移し、再興された。
「リトミックパパ」さん〜06 11/19〜







●お笑いの歴史

<From 掲示板>
●関西人は何故お笑いがすきなんでしょうか?、歴史的、文化的背景はあるのでしょうか?、だれかわかる人いはりますか?
「よよよ」さん〜06 11/19〜

<管理人より>
●おそらく江戸時代まで大阪が商業においては日本の中心だったことと関係があるのではないかと思います。以前、NHK人間講座で落語家、桂文珍さんが以下のようなことをテキストで書いておられますので、ここに紹介してみます。

==============================
大阪は商都として栄えました。商業がさかんですから、売り買いのための駆け引きというものが頻繁に行われます。お金のやりとりというのはとかく角が立ちやすいので、言葉の掛け合いの中に笑いというものが不可欠になったんですね。見方を変えれば、日常行われる商いのやりとりを、商人も楽しみたい、買う方もたのしみたいという要素があるのでしょう。(中略) シャレを聞いて笑って喜ぶという関係は、まことに無駄な行為で、いわば生産活動とは直接関係がないようなんですけど、実はそれが商いの潤滑剤になっているのです。商取引の中でお金のやりとりとなるとどうしてもギクシャクしますから、笑いというオブラートに包んで、上手く商談を成立させようという知恵として生まれてきたと思います。
=================================

江戸=武士の都市=上下関係の世界とは異なり、大阪=商人の都市=横の関係だったことと、深く関係があるのではないかと思ってます。武士の世界では「笑い」はどちらかというと不謹慎な部類になるかと思いますし。まさに江戸時代の大阪が「天下の台所」だったことと現在の「笑い文化」とはかなり関係が深いのではないか、と思っているのですけど。








●宮本むなし

<From 掲示板>
●タイトルの名前で定食屋チェーンがあるのは皆さんご存知ですか。ヘンな名前、って思ってましたけど、Wikipediaで、社長の子供が幼い頃、宮本武蔵の事をうまく言えず、「宮本むなし」と言っていた事が語源なんだそうです。私はまだ一度も入ったことがありません。安いしおいしそうだけど、味はどんなのかな、女性一人では入りにくいです。
「千里のふでばこ」さん〜07 02/18〜

<Res>
●こんにちは。岐阜各務原のぽいもです。久々投稿します。宮本むなしは新岐阜駅にもあるんです。生姜焼定食がオススメです。
「ぽいも」さん〜07 02/18〜

<Res>
●安くて美味しいです(そのまんまやんけ(笑))。私、結構気に入ってます。女性一人の人もいますよ。あと弥生軒とかもそうですが、大阪ってお代わりできる定食屋さん多いですよね。貧乏人の味方です(^^ゞ
「関西復帰」さん〜07 02/18〜







●スプーン印とカップ印

<From 掲示板>
●東北で暮らし始めた時にも思い、関西に戻ってきた時にも思ったことを投稿させていただきます。タイトルは上白糖の商品名です。大元の会社が異なるのでネームが違う(スプーンが三井、カップが日清)こともありますが、関西ではスプーンを多く見ますが、カップは見たことなく、反対に東北ではカップばかりでスプーンを見かけたことはありませんでした。流通の関係もあって地域差があると思うのですが、アホバカ分布図のように、おおまかな線引きが出来るのでしょうか。管理人さまがお住まいの地域はいかがですか?関東は知らないのでどっちなんだろうな、と思いまして。
「元滋賀県大津市民ゆい」さん〜07 02/18〜

<管理人より>
これについては、調査結果を別ページに立てました。 こちらをご覧下さい。

・・・・・・・・・・・


<Res>
●オイラの推測ですが・・・スプーン印の砂糖は、以前は台糖(新三井製糖、ケイエスと合併→現在の三井製糖)と言う会社が作っていたのですが、この台糖の工場は神戸にあったから西日本に多く流通してるのでゎないてしょうか?
「からす」さん〜07 05/06〜

<Res>
●からす様もどうもありがとうございます。なるほど、神戸に工場があったんですね、その可能性はあるかもしれませんね。管理人さまもどうもありがとうございます。関東だと流通経路が複雑でしょうから、関西方面のもの、東北のものなど、いろいろ入ってきてややこしいと思われます。

東北ではほんと、関西であれほど目にしたスプーン印砂糖を見つけられなかったので、最初は大津の実家に「スプーン印の砂糖送って〜!こっち見たことないカップ印いうのしかあらへん!」とアホなこと言うてしもたりしてました・・・後日、カップ印でも砂糖は同じだということに気づきました・・・ハハハ・・・。仙台などの大都市であれば、もしかしたら流通経路により、スプーン印を取り扱うお店もあったかもしれませんが、私が利用していた東北の生協やイオンのお店には置いてありませんでした。
「元滋賀県大津市民ゆい」さん〜07 05/06〜

<Res>
●我が家では、スプーン印の砂糖を愛用しています。ほとんど、いただき物なのです。車検後に頂いたり、買物のポイントで頂いたり・・。私は、大阪生まれの大阪育ちです。お砂糖を買う経歴は、長いです。今までに、スプーン印・カップ印・薔薇の印・貝の印(確か、パールエースだったような気がします。)を見たことがあります。同じ上白糖でも、他にも、色々なメーカーがあるのでしょうね。メーカーによって、価格が異なる?お砂糖にも格差社会?。上白糖をよく使いますので、主婦と致しましては、お安いお砂糖がいいな〜と、思っています。(^^ゞ。それから、砂糖は食品なのに、賞味期限とか消費期限が記していませんよね?何でだろう〜?。40年前のお砂糖でも使えるのかな?
「思春期ボーイズの母」さん〜07 05/06〜







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