レーテの舌




春暁の幹にひそんで姉を待つ

花冷えの黒子の人とさよならと

伎芸天黄泉の春からあの人も

そのことは内緒のないしょ夕桜

春夕べ人妻ひらく胡弓かな

花冷えの妻にむかって中也論

鯛の子に過去打ち明けて夕桜

悔恨がちょっとはみだす青葉影

背徳のみどりに小鹿の眼がふたつ

石女の飢えに沈むカタツムリ

梅雨明けや男と女そっぽむく

嘘ついて又生きてゆく花石榴

花石榴生きるヒントの二つ三つ

幻滅は生きのびる智恵はなざくろ

指先がなにかをさがす蝉時雨

裏切りはうつむき加減の夏帽子

ひらがなのさよならばかりさるすべり

昼顔や嘘の顔した嘘が好き

裏切りの海の青さや積乱雲

隣席の素足まぶしく葉月尽

十五夜の女の指の小皺かな

下駄似合う人とさよなら十三夜

のびやかな恋いかがです彼岸花

とおく来て尾花に告げることもなし

さびしくて蟋蟀もろとも山を抱く

露草やルキミヤの人と接吻と

秋天やレーテの女神の舌の先

鶏頭へメモを残して足早に

朽ちし夢燃えることあり吾亦紅

銀河よりしたたる酒に身を反らす

わしゃ九十という婆の目に曼珠沙華

秋日傘ふられ上手なまわし方

白萩は奥へ奥へとくずれけり

またひとり足滑らせる虫の谷

露草やわが密林の蝶の羽

お遍路の涙をひとつ銀やんま

満月は嬉しガンガに抱かれて

見上げればメタセコイアの秋思かな

秋風や妊婦は美術館のほうへ

放埒の兎を逃がす無月かな

水澄んで女の尻の歴史など

やや寒の女子短大へ残る月

晩秋のガラスのむこう投げキッス

雪女恋さめてなお唇熱し

初霜や心をコインロッカーへ

親指と小指がであう炬燵かな

地震の町一月のきれいな妊婦

寒鳩や自由の女神の鼻の先

くちづけの記憶したたる氷柱かな

手をにぎる手は雪のなか雪だるま

寒明やジャズピアニストの黒い肌


目次
神々のタップダンス
風のしっぽ
レーテの舌hon
夜の河
まんきん丹抄
物言いたげなキリスト


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