女3人お遍路日記


第3回 27番神峰寺より33番雪蹊寺まで
その2



かわいい小学生

 30番安楽寺を打ち終えて、歩いていると街の中にハワイのヤシの木が連なった川がありましたので写真を撮りました。私はコンパスで描いたように真ん丸の顔でした。お遍路に出て太って帰るのはきっと私だけでしょうね。22日の宿泊先「ビジネスホテル南風荘」に着いたのは4時30分でした。ここでママさんの足の裏はまめが潰れて血だらけでまっかっかでした。歩くたびにぐちゅぐっちゅいってたらしい!!!あぁーキショーうぅーコワー

yashi
 この南風荘でママさんは40年ぶりに同級生に会うのだと、とっても楽しみにしておられて、お遍路しながらも美容院を捜してはりました。でも四国とは美容院の無いところです。そういえば人も歩いてないし合う人といえば、ほっぺたの赤いお婆さん達ばっかりのような気がします。宝塚にはアホの様に美容院、コンビニ、カラオケボックスetc・・・

 40年ぶりにお会いしたママさんの同級生は田どころ病院の院長御夫妻でした。とっても素晴らしい御夫妻で幾多の困難をお二人で乗り越え、乗り越えて現在のお二人の絆と地位を築かれたのだろうと想像しました。私に出来なかった事でもあり、とても羨ましく思いました。きっとこういう御夫妻が後年、手に手を取り合ってお遍路をなさるのではないのかなぁーと思いました。私達は真心のこもった大層なお接待をお二人に受けて、とても感動しました。これも遍路が与えて下さいました、ご縁というものだと思いました。 この紙面を借りて、改めてお礼を申し上げます。
「田どころ御夫妻、本当に有り難うございました。」

 ママさんの足も田どころさんの持ってこられた、消毒薬と包帯のおかげでここから先のお遍路はずいぶんと楽になられました。お友達が病院だというのも、これも何かの縁なのでしょうね。ハハ、イヤホントニ!

 23日の朝、私は少しおなかが痛くなりました。私はママさんに
「どうぞ気にせずに先に歩いてて下さい。」と言いました。そして、少し眠りました。元気になった私は2時間ほど遅れた9時前に南風荘を出発しました。

 途中、土佐犬の描かれた新しい橋の上で土地の人に写真を撮ってもらいました。土地の人が「五台山」と呼んで親しんでいる31番竹林寺に着いたのは10時頃でした。奇麗な五重塔がありましたので、階段に走って行って参拝の人に写真を頼みました。

 打ち終えて、遍路道を下りると五台小学校の裏に出ました。ずーっと続く下田川ぞいを歩いていると、可愛い小学生が二人で私の方をチラチラ見て追い抜いて行きます。しかし、また私に合わせて横をずーっと一緒に歩いてくれます。私がニコッと笑うとその子達もニッコリ笑ってくれます。
「写真を撮ろうか?」
「うんッ!」
私達は2枚づつ撮りました。
「奇麗に写っていたら送るね。」
とても可愛い字で教えてくれた名前は、仁井田市の池内里早ちゃんでした。

 子供たちが撮ってくれたので少し心配でしたが、青空の下で土手に座った野仏のような子供とお遍路の白装束の私は素敵でした。この事は私にとっては、とても心あたたまる思い出になりました。後から写真とお手紙とぬいぐるみのバッグを送りましたけど、お家の方達はびっくりしてはったかなぁー。まっ いいや! 私は自分の思った通りに素直に行動するのだ! ルンルン

 女の子達と「さよなら」して歩いていると、今度は西宮仁川の人だという歩き遍路の男の人に会いました。この人は家は無く、ずーっと歩いているのだと言われました。この人が、
「あなたのお連れさんに、さっき会いました。」と言う。2時間も前に出たママさんがこんな所にウロウロしているはずがないんだけどなぁー。でも話を聞けば聞くほど、その人はママさんらしい・・・するとずいぶん足が痛いのだろうか?・・・

 とことこトコトコと遍路札を捜しながら歩き続けました。西宮の塩瀬を思わせるような新興住宅地を抜けると大きなお寺の屋根が見えました。
「あぁーあれだな32番さんは・・・よしもう少しだ・・」と思って足にも力が入りました。自転車に乗った学生さんに
「すいませーん、あれが32番禅師峰寺ですか?」
「いいえ、あれは天理教の建物です。禅師峰寺はもっともっと上の方ですよ。」
「えーぇー・・・がっくり・・・」
そうやね、四国の寺がこんなに奇麗なはずは無いもんね・・・横目に天理教の立派な建物を恨めしそうに見ながら通り過ぎて民家の狭い道をもう少しもう少しと歩いていくとゼェーンゼンここからまた遍路山道を1キロくらい登るんだと。ハァー・・・!

 よいしょ よいしょ ・・だいたいもう少しと思っていて、着かないとむっちゃ腹たつねん。ぷーぶつぶつぶつ・・・。

おじさんのお誘い

 12時に着いてお参りを済ませ、また遍路道を下り自動販売機の所で休息をしていると 、お遍路さんをいっぱい乗せたバスが上がって行きます。次に乗用車に乗ってタオルをおでこに巻いたタコの様に丸くて赤い元気な顔のおじいさん遍路が
「お参りしてから乗したるか、待っときゃぁー」と声をかけてあがって行きます。私も手を振って笑います。

baybay  とことこ トコトコ・・と歩いて進んでいると、お遍路バスが追い抜いて行きます。次にさっきのおじいさんが車を止めて
「乗したろー」
「ありがとうございまあぁーす。でも私はぜぇーんぶ歩いて回りまぁーす」
「あのな、昔の偉い人が言うとったで・・・目上の人の言う事は素直に聞かなあかんて・・」と言ってニヤニヤ・・二人で「ハハハハハハ・・・」と大笑いして手を振って別れました。

 その夜に泊まった「高知屋」さんが私に言われるには・・
「今日の昼におじいさんと会いなさったでしょう。きっと貴方がここに今日は泊まると思うから、よろしく言ってくれ。わしは車やからまだ、先に進むから・・あのおじいさんは何回も回られている方で、うちにもよく泊まられるんですよ。」
へぇーそんな方だったのかぁー・・じゃ また 縁があったら何処かで会うのかなぁー・・

 おじいさんにさよならをして、只ひたすらに歩き続けます。左手に海を見ながら・・・人は誰も歩いていません。1時30分頃、とても大きな大きな珊瑚の店で今日の宿泊先「高知屋」に電話を入れます。
「もしもし、昨夜に予約しました者ですが、連れの者と2時間違いで歩いていますので、もしその人が時間に早く着いて前に進まれるのなら、どんどん先に行って下さい。私は必ず24日の飛行機に乗りますから・・・」と伝えて欲しいと。

 1時40分、珊瑚の店の隣の店で昼食をとりながら地図を見ます。ここを出て浦戸大橋を渡り33番雪蹊寺に着くのが3時・・・それから、何とか頑張って喜久屋旅館まで8時くらいに着けるといいなぁー。ママさんはきっと喜久屋さんまで頑張る人だから。2時間早いママさんは、きっともう33番に着いてる頃だし、高知屋さんに今日は泊まらないだろう・・先に進むだろう・・・

 浦戸大橋を渡りきって、遍路札が橋の右端に有りましたので、料金所の手前で右斜めに下りて、ずーっと狭い民家の中をくねくねクネクネ本当にくねくねクネクネと歩きます。遍路札もシールも有りません。人に聞いても分からないし挙げ句の果てに大きい道路と思って歩いていくと、なんと工場の中で突き当たってしまったりで、もぅー引き返すのは100メートルもイヤ!

 道は狭いしぐるぐる回っているような感じで、遍路シールも無いし、 「へんろみち保存協会の宮崎さぁーん浦戸大橋から33番までいっぱい貼ってぇー」 私がこの時にシールを持っていたらバンバン貼った事でしょう。でもこの土地の方に迷惑かな! 雑貨屋さんに聞いてやっと33番雪蹊寺に着いたのは、なんと予定時間を大幅に過ぎた4時でした。

 私が33番に着いたのと同時に、反対方向から自転車に乗った若い遍路も着きました。この人は飯塚市の秋光信桂君でした。そりゃもう背は高くて加勢大周か吉田栄作ばりのハンサムでした。ヒュー 写真を撮って送る約束をして別れました。後から考えてみると、春休みを利用した学生さんだったのだろうか。しかし学生のときに遍路を経験出来たという事はこれから先の彼の人生にとってどれほどの深みを与える事でしょう。一口では言い表す事の出来ない程の素晴らしい事だと思います。

ママさんを追い抜いたー

 昨夜に予約を入れた「高知屋」さんは33番さんの目の前でした。そのお店の前に椅子を出して座っていたお婆さんに
「こんにちわ、お昼すぎに電話を入れたものですが、連れの者の伝言はありませんか?」
「あんたさんの電話があったけん、わたしゃ用事も明日にしてどっこも行かんとずーっとここに座っとったけど、だぁーれも来やせんし、電話もかかっとらん」
「えーぇ!それはどうもすみませんでした。でも本当に私の連れの者は来てませんか?」
「うん 来とらん。嫁に聞いても電話も入っとらんと言うちょる。」

 2時間も早いママさんが、私より遅いはずはない。でも高知屋さんに無断で、また私に伝言も残さずに先に進む方でもない。もう4時だし私はどっちにしてもこの33番雪蹊寺で打ち止めにして高知屋さんに泊まろう。

 私がお風呂に入ってゆっくりしていると、お連れさんが今こられたと言いに来られました。えぇーなぁーんで!!!

   ママさんが言われるには、浦戸大橋の遍路札に気づかずに、料金所を通り抜け、花街道を歩き、そこで奇麗な花を写真に撮ったりで、ゆっくりして(実はこの道は私の歩いた道より1時間くらい遠回りの道らしい)まだか、まだかと歩いていて人に聞くと、何と33番を行き過ぎていて、引き返して来たとの事です。足が痛いのにかわいそうぅー・・・

 私だけでなくママさんも浦戸大橋からは、分かりにくかったのです。遍路札かシールを増やしてほしいなぁー。

 24日朝、私服でもう一度33番雪蹊寺で打ち止めのお祈りをして、写真を撮り「ホッ」っとしました。お寺の目の前のバス停からバスに乗り、飛行場へ・・11時30分の飛行機に乗り大阪へ・・

 なんとママさんはこの24日からお店を開けられます。私はこの日はゆっくり休みます。ママさんはすごーぉーい!!!

 さて次回の遍路は4月18日からこの33番から打ち始めです。ママさん、春美さんノッテルネェーガンバルネェールン



 今回は第3回目の遍路で、27番神峰寺から33番雪蹊寺までの、80キロ3泊4日の遍路の旅です。

 なお、このページは、伊藤 友樹 (VFE04065@niftyserve.or.jp)さんのフリー・ソフトSuper Tag 32を使用して作りました。

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その1

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