第二回土佐編

その2


春美寄りみち

 ママさんは私をバス停に残して、今度は京子を捜して後戻りしていきます。一人で残された私はバス停の椅子に座り反省、反省、はんせい、ハンセイ・・・

 えぇーん私ってどうしてどうして、こんなにバカなの! 一人で喫茶店に入ってルンルンしているときに、京子は心配して私を捜して後戻りしているなんて、おなかなんか空いてないしただの私の我慢の足りなさ。あほさ、ごめんなさい。ごめんなさい。神様ごめんなさい。私がバカでした。これで野宿って事になったら私はどう言って京子にあやまればいいの! もーばかばか! 春美の大ばか!・・・・・しかし・・・しかし・・・反省しながらも私は冷静になって考えました。

henrobus
 私も京子も10年来の友人で、性格を知り尽くしています。去年の遍路のときの京子の行動・・・先に歩いて私を待つという事の繰り返しで進んでいったわ。決して後戻りはしない。それにまだ時間は早い。私も子供ではない。心配して引き返さなければならないような夜中でもない。きっと京子は前にいる。京子は先に歩いて私とママさんのためにまず今夜の宿を捜すだろう。本当に心配するのなら夜中になっても私が着かないとき、その時にタクシーででも捜すだろう。こんな夕方に後戻りするはずが無い。うん。きっと京子は前だ。と考えました。

 引き返して来たママさんに、そう言うと
「絶対に私の目につかずに、追い越せるはずが無い! 空でも飛ばない限り!」と言われます。

 私たちは動かず京子を待つ事、そしてバス停で野宿だといわれます。確信のない私は反省しながら、また疑問を持ちながらもママさんにしたがいます。・・・しかし、もしも前に歩いているならと、この場所より先にある宿に一件づつ「四国遍路ひとり人歩き同行二人」を見て電話を入れてみますが、京子は着いていません。まさか後戻りして26番まで戻って私を捜しているのではないかと金剛頂寺に電話をしますがいません。私はどんどん情けなくなります。皆に迷惑ばかりかけて一人で遍路もできなくて「ごめんなさいごめんなさい・・・」と謝るばかりで・・・。

 私とママさんは、なんども同じ事をしゃべりあい、心配し、私は反省を心の中で繰り返し、そしてもう一度縋る思いで宿に一件づつ電話を入れました。すると6時30分頃でした。「ビジネスホテルなはり」の人がそれらしき人が来て予約した後連れの者を待つと言って前の道路で座っていると言われます。私はびっくりして「その人を呼んでください! お願いします。」と言いました。しばらくの間の私とママさんのイライラドキドキの時間・・・すると受話器の向こうから、あの懐かしい京子の声が

「もしもし ママー」
「きょうこーキョウコーおぉぉぉぉぉー」
「ママーママさんは?」
「いるよ イルヨ私と一緒よー」
「あぁー良かった! でもなんでママといるの?ママさんは私の前を歩いているんじゃないのー」
ははははははははは・・・・どういうこっちゃこれは・・・・・

 私たちがタクシーを呼び、延々30分も走って「なはり」に着いたのは7時でした。明日はここまでタクシーで引き返して、ここから歩かなければなりません。京子はこの日は延々50キロくらい歩いたのでしょう。愕然のびっくりで。

再会 ほっとしたぁー

 部屋が満室で、宴会部屋に一人座って待っていた京子の後ろ姿の懐かしいこと! 抱きついての御対面!

 何と京子は、道路の横にあるほんの少しの遍路道を歩いてママさんを追い越して、しかし京子はママさんが先だと完全に思い込み、ママさんを追いかけて追いかけて歩いていたのです。死ぬ思いで「なはり」に着いて、ママさんが来ていない事を知ると
「あの人はなんて人だ! まだ先を歩いているなんて! 私はもう限界だわ。私はここでママを待とう」と思い、道路に腰掛けて私を待っていたと言う。皆が皆を思いやり、泣き笑いの一日でした。

 私は最後まで、お店によってお饅頭を買ったことにして喫茶店に入った事は内緒にしました。大師さんごめんなさい。
京子とママさん、この紙面を借りて・・・ごめんなさい・・もうしません。

 11月18日の朝8時20分でした。私とママさんはタクシーでまた昨夜のバス停まで後戻りして歩かなければなりません。私たちのこのお遍路に関して、心に決めている事は区切り打ちですが四国1400キロ歩き通すという事です。ですから昨夜のようにやむをえず車を使ったとしても、また元に戻りそこから歩くのです。

 しかしタクシーで戻っていく距離の何と長く遠いことでしょう。この長い道のりを暗くなるまで只ひたすらに、ママさんが先頭だと信じて歩き続けた京子の心身の強さは大したものです。しかしそのおかげで今回の最後の目的地の27番神峰寺まであとひとふんばりです。京子はゆっくりゆっくり歩いて私たちを27番で待つとの事です。私たちは30キロ歩かなければなりません。

 昨夜のバス停でタクシーを降り歩きはじめます。最初は同じ歩幅で歩きはじめますが、少しづつママさんに離されて行きます。とうとうママさんの姿が見えなくなりました。私はどうしてこんなに遅いのだろう。しかし自分のペースを守って歩こう。生まれつき足の強い人、弱い人はいるのだから。しかしもう喫茶店に入るのはやめよう!と思いました。アタアリマエヤッテ ハハ
途中のお店で食べ物と飲み物を買い、トイレを借りてほっとしました。

 私だけがとても遅くて、ママさんが京子に追いついて2時のバスで、二人が先に帰ったら私は一人で帰ればいいのだから・・・でも、きっと京子は私を待っていてくれるだろう・・・と考えながら・・・
一人でモクモクモク・・・歌を唄い、おじいちゃん達の名前や由里の名を呼び・・・ずるずるずる・・・あぁー足が痛い、座りたい・・何処かの会社の前の自動販売機の前に座り込み、ウーロン茶を飲みお饅頭を食べ又ズルズルズル・・・

 橋のたもとで休み、海を眺めて休み、昨夜の京子は一人延々とこの道を歩いたのかと思いなんども感心!脱帽!尊敬!
へんろみち保存協力会のシールを見つけてニコッ! 立て札を見つけてはニコニコッ!四国の道の道標を見ては安心して歩きます。私もこの遍路では、会の宮崎さんに頂いたシールを電柱に貼り、遍路道の木に「頑張って下さい」の札をくくり付けました。

 自分自身を励まし続け、そうとう歩いた頃に昨夜の「なはり」が右側に見えました。嬉しいやら情けないやら・・・さぁー気を取り直して、後ひとふんばり・・・と27番神峰寺に向かいます。もう少しもう少しと思うのですが、イヤイヤここは「真っ縦」と言われる45度の急勾配! なんと、はるか向こうの山の後方にお寺らしきものが見えます。

 まさかね、あれは違うわよネ、きっともっと近くよネ、隠れてて見えないのよネ・・・ハハハ ははは・・・はぁー・・・ ちがいそぅー・・・ それが27番神峰寺でした。

 ハッハッ フッフッ くるしーーーーーっ 最後のふんばり!!京子とママさんに追いつかなきゃ私も一緒に帰りたいし。先の二人も頑張って登ったんだぁー うんしょ うんしょ 急勾配・・・

 2時30分にやっと着きました。京子の顔を見て一安心!待っててくれた、ありがとうー。

 お参りを済ませて、山を降り3人そろって今回の旅を終えられた事で皆の安心にこにこ顔のすばらしさ! 急勾配の坂も下りは、とっととルンルン タッタッタァー 。下まで降りて安田役場前というバス停の前で打ち止めです。ヤッホー! 次回はこのバス停前から打ち始めです。バス停の待合所で遍路の服を着替えました。ここの後ろにあった漁師の家でちりめんじゃこを買いました。5時2分のバスに乗りすごい距離を走って、えっホームは何処!と言うローカルな駅に着きました。

 一駅しか乗らなかったその電車の中で、食べたじゃことママさんに頂いたおにぎりはとてもとても美味しかったです。この電車の中で、京子はぐったりして全然しゃべりませんでした。きっととても疲れていたのでしょう。だって私達を待って何時間も神峰寺で時間をつぶしたんですもの。京子、ごめんね。ごめんね。

 次に牟岐線に乗って1時間以上乗って徳島に着きました。次にフェリー乗り場に着いたんですが、ハハハまたまた欠航でした。ここでも京子のコンピューターが動いて、大阪の南港着のフェリーに乗り電車に乗って難波に着くというまわり道をとりました。そして懐かしい阪急電車に乗り西宮に着いたのが19日の午前7時30分でした。

 例の如くすっぴんのどろどろでフォルックスのモーニングを食べて、宝塚の家に帰りました。

 一つの大仕事を成し遂げて、安心の眠り、また我が家のお布団のここちよさよ。もう最高!

 あぁー早く次のお遍路に行きたいと思うのは、何故かしら!!ははは

 京子ちゃん、キォールのママさん、このわがままな私を根気よく引っ張って下さいまして有り難うございます。そして、どうぞ最後まで見捨てないで下さい。


 今回は第2回目の遍路で、23番薬王寺から27番神峰寺までの、4泊5日、130キロのお遍路日記です。

 なお、このページは、伊藤 友樹 (VFE04065@niftyserve.or.jp)さんのフリー・ソフトSuper Tag 32を使用して作りました。

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