独逸ヘリコプター救急の現状と効果 ![]()
1999年9月下旬、ミュンヘンにドイツ自動車連盟ADAC航空救急部の最高責任者、ゲルハルト・クグラー(Gerhald Kugler)氏を訪ねたとき、「ドイツ・ヘリコプター救急の現状」と題する文書を手渡された。3日後の9月26日にベルギーのブリュッセルで開かれる欧州ヘリコプター救急委員会(European HEMS & AirRescue Committee)でのスピーチ原稿だそうである。クグラーさんは、昨年来この委員会の議長(Chairman)に就任し、今やドイツはもとより欧州諸国のヘリコプター救急をリードしているのであった。
欧州ヘリコプター救急委員会は、ドイツを筆頭にスイス、イギリス、フランス、オランダ、スペイン、イタリア、オーストリア、ノルウェー、スェーデン、チェコの11か国が参加、ヘリコプター救急の共通の問題について情報交換をしながら協力体制を組んでいる。当面の問題は、欧州連合(EU)統合の航空局(JAA)が救急ヘリコプターの運航についてきびしい規制をかけようとしていること。
運航規則を余りきびしくすると、救急ヘリコプターが飛びにくくなる。ヘリコプター救急委員会としては今後JAAの理解を求めて話し合いに入るのだと、クグラー氏は語っていた。
以下にご紹介するクグラー氏の文書では、まだそのことには触れてないが、ヘリコプター救急の効用を整理したものである。
ドイツでは51ヶ所にヘリコプター救急拠点を設け、全国的なヘリコプター救急システムを展開している。これらのヘリコプターを運航しているのは、次表に示すような5つの機関である。
運 航 機 関 拠点数 運 航 機 種 ADAC航空救助部(有限会社)
18か所
BK117、EC135、BO105、MD900
内務省防災局
16
ベル212、BO105CBS
DRF救急飛行隊(社団法人)
11
BK117、EC135、BO105CBS
国防軍
5
ベルUH-1D
IFA国際航空救急(株式会社)
1
BO105CBS
合 計 51か所
――
これに加えて、長距離の患者搬送をするための特殊装備をしたヘリコプターを飛ばしている民間ヘリコプター会社もある。
こうした救急飛行実施の上の法的な枠組みは、ドイツ16州の「救急サービス法」である。したがってドイツのヘリコプター救急は誰もが実施できるというものではなく、政府の責任にもとづく公共的なサービスである。
そのため公共の安全を管轄する政府機関は統一的なサービス基準を設けている。その基本的な内容は救急装備をしたヘリコプターを全国各地の主要な救命救急病院に配備し、救急専門医と救急救命士を待機させ、緊急電話を受ける救急指令センターの指示に基づいて活動する仕組みである。
ADACが1970年ヘリコプター救急を開始してから、今日までドイツ全国で85万回の救急出動をした。最近の出動回数は年間約6万回である。
この緊急出動によって年間何千人という人びとが命を救われ、健康を回復している。したがって今やドイツでは、ヘリコプター救急は不可欠の救急医療手段となっている。この活動は言うまでもなく営利事業ではない。それは地上手段による救急活動を補完するための最も効果的な手段である。したがってこの救急活動に使用されるヘリコプターは、市、郡、または州との間の法的な契約にもとづくものでなければならない。
ADACのヘリコプター救急は、システムとしての効果を高めるために、広域データ集積システムに基づいて動いている。たとえばADACの救急ヘリコプターは全国22か所に配置されているが、すべてミュンヘンの本部コンピューターにつながっていて、ADACの開発したソフトウェアにより治療、運航、経理といった関係事項のすべてが一体となって処理される仕組みになっている。
ドイツ16州の救急法は、ヘリコプター救急の運航費が健康保険によってまかなわれることを想定している。といって、必ずしもヘリコプターの運航に要した全額が健康保険だけで補填されるわけではない。健康保険では認められない経費もある。
健康保険組合の見方からすれば、ヘリコプターの購入費は政府が負担すべきであるとする。救急が公共の福祉のための活動だからだが、しかし政府の方はそうしたヘリコプター購入資金まで出す考えはない。
救急活動には一刻の猶予も許されない。できるだけ早く患者のもとへ駆けつけるために、ヘリコプターが出動すべきかどうか、専門家の判定が出るのをゆっくり待っているわけにはいかない。そのため、ときには無駄な飛行になることもある。その比率は平均15%程度だが、この無駄な飛行の料金まで健康保険は払ってくれない。といってそのままではADACのヘリコプター救急が運営できないので、本来の自動車連盟会員の会費で不足分を補っている。
また費用の増額についても保険機構は容易に認めようとしない。そこで契約単価の決定までには保険機構とADACとの間で厳しい交渉が行われる。そのときADACとしては、ヘリコプター救急の結果が有効であったことを実証しなければならない。
ヘリコプター救急が、他の救急手段に対して如何に有効であるかを数字の上で示すことは必ずしも容易ではない。だが何年か前、ケルン大学のバウム教授は、ヘリコプター救急が社会経済に貢献するという調査結果をまとめた。それによるとヘリコプター救急のために1マルクの出費をすると、3〜4マルクの経済波及効果を上げるという結論であった。
もう一つ、これはドイツの調査結果ではないが、交通事故に巻き込まれた人の生死を分けるのは「ゴールデンアワー」であることが実証された。即ち事故の発生から30分以内に治療を受けなかった人の死亡率は、受けた人の3倍になるというのである。さらに次の30分間にも治療を受けなかった人の死亡率は、受けた人の3倍になる。
最近の英ウェスト・ミッドランドの救急サービスの調査でも、救急車の出動100回に対してヘリコプターを1回使うだけで、患者の快復率は大きく異なるという結果が出ている。
またオランダ・ロッテルダムのエラスムス大学の道路安全研究所の調査によれば、ヘリコプターで救助された外傷患者の場合、もしもヘリコプターがなければ死亡率は11〜17%高かったであろうという結果になった。同じような調査で、外傷患者の余命は、ヘリコプターで救助されたならば18〜40年は追加されたであろうという結果も出ている。
救急医療におけるヘリコプター使用の効果は、もはや否定することはできない。それは単に医療上の問題ばかりでなく、経済的にも効果をもち得る。具体的には次の通りである。
ヘリコプター救急の医療上の利点 ・治療着手までの時間短縮
・救急現場に医師と医療助手を送り込んで、最良のプレホスピタル・ケアを実現
・救急車に見られるような振動、加速、急減速など患者に良くない身体的 な影響なしにスムーズな搬送を実現
・小病院での中間的な治療をせずに、最適な病院へ迅速に搬送
・搬送中の死亡の可能性を減少
・合併症の減少(例えば傷の感染)
・臓器や医薬品の迅速な輸送
・大災害の現場へ救急医や専門医を迅速に輸送
救急活動におけるヘリコプターの利点 ・低空飛行や飛行場外への着陸といった航空法上の特別許可によって、きわめて効果的な飛行を実現
・緊急電話を受けてから2分以内に離陸
・ヘリコプターは地上の救急車よりも3倍速い
・地上からは近づけないような場所や、非常にせまい場所でも患者のすぐそばに着陸
・レスキュー・ホイストを使用することによって、救助活動の範囲を大きく拡大
・病院の施設構造をヘリコプターの活動に適するようにすることにより、迅速な集中治療が可能になる。
・GPSの使用により、救急現場や転院先への飛行時間の短縮
・ドクターカーに比べて出動1回当たりの時間が短いので、殆ど常に緊急事態に対応することができる。
ヘリコプターの経済上の利点 ・救急サービス手段として、他の地上手段と補完し合ってシナジー効果が実現する。
・ヘルス・ケア手段の最適利用が実現
・患者の入院期間の短縮
・リハビリ期間の短縮
・後遺症の軽減
・患者の予後が良く、回復後の活動能力が高まる
・保険会社の支払や政府の年金支払いの節約
ヘリコプター救急は多くの場合、ごく短時間の飛行ですむ。そのため地上の救急車よりも却って安い費用ですむことが多く、もはやヘリコプターが救急車よりも高いとはいえなくなってきた。
ドイツの1997年の健康保険の給付金は、およそ2,500億マルクであった。このうち救急のための費用は30億マルクで、さらにヘリコプター救急はその中の1.5億マルクにすぎない。
ということは、ヘリコプター救急の費用は救急費総額の5%であり、病気治療費に対しては0.06%にしかならない。そういうことからすれば、国家経済におけるヘリコプター救急の費用は、補って余りあるだろう。国民の安全という見地から見ても、ヘリコプター救急の費用効果は他のいかなる手段よりもすぐれているのである。
(西川渉、99.11.26)
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